デリートデート

二度目の殿堂入りという事で、トレーナーカードの更新をするべくオーキド博士を訪ねた私は、偶然実家に帰っていたグリーンと出くわし、トキワの純喫茶でだらだら喋っていた。まだジョウト地方の記録を終えていない私は、そんなに久しぶりでもないカントーの空気に浸り、しばしの休息を楽しんでいる。

「え?レッドに勝った事あんの?」

そんな折に、グリーンの口から衝撃の発言を聞いて、思わずカップを置いた。
シロガネ山で世にも奇妙なイエティに出会って苦戦した話をしたら、グリーンの奴は恐れ多くも、俺はレッドと互角だなどとぬかしやがったのだ。
それはないないとせせら笑い、ピカブイでもバイビーボンジュールを惜しみなく発揮した相手を見て、私は肩をすくめる。

「俺様を誰だと思ってんだ?チャンピオンになった男だぜ?」

いやみんなそうだろうよ。私もグリーンもレッドも通過したわ。しかもお前は当のレッドにチャンピオンの座を奪われた人間だろ、よく恥ずかしげもなく言えたな。
何の説得力もない弁解に目を細めつつ、しかし実際グリーンが強いのは事実なので、あまり疑うのもよくないと思い、一人静かに考える。

私があんなに苦戦したレッドと互角…?グリーンと私は互角じゃないのに…?パワーバランスおかしくない?
思い返しても恐ろしい勝負に身震いして、まぁでも手持ちの相性とかあるからな…と冷静に分析した。
こっちは普通にカビゴン対決で沼ったもんね。あれがなければかなり楽だったに違いない。レベルゴリ押しで一般トレーナーの常識がわからない私は、あのとき初めて相性の大切さを知ったものである。そして手持ち一匹では勝てない相手がいる事も。
グリーンもレッドもバランスよく対策練ってある感じだし、互角ってのもあながち間違ってないのかも。まぁ最強の私には所詮理解できない事ですが…。
一人で天狗になっていると、レッドの話題で思い出したのか、不意にグリーンは紙切れを取り出し、それを私に差し出した。

「そういやレッドから預かってきた。あいつの連絡先」

突き付けられたそれを勢いで受け取った私は、気の抜けた返事と共に紙を開いて、ポケギアの電話番号だとすぐに気付く。
そういや連絡先は交換しなかったな。寒すぎてそれどころではなかったし、交換したところでどうする?って感じもあったけど、どうやらレッドは私を気にかけてくれているらしい。あんなに迷惑をお掛けしたのにフレンドリーに接してくれて本当に有り難いと思ってるよ。いい子だなレッド。まぁシロガネ山は電波入らないんだけどね。無意味。

レッドから預かったという事はお前まさかシロガネ山に…?とマサラ人の登山スキルに息を飲んでいれば、単にレッドが実家に帰ってきたタイミングで渡されたらしく、やはり常人はあんなところに登らないんだな…と理解してホッとした。
あんなとこ簡単に登られてたまるかよ。マジでどうかしてると思うぞ。修行するにしてももう少しマシな場所あるって。ゲーフリのシナリオに縛られなくていいから!戻って来いレッド!過疎地のマサラを発展させるにはお前の力が必要なんだ。このままじゃピカブイ軸で実家が消えちゃうよ!

居場所を失いつつあるレッドはさておき、番号を受け取った私はひとまず登録するも、いろいろ考えた結果、こちらからも一つアクションを起こす。

「でもシロガネ山電波入らないし…こっちから掛けても繋がらないだろうから、次会ったとき私の番号も渡しといてよ」

そう言い、私は喫茶店の紙ナプキンに番号を書いてグリーンに渡した。そもそも私から連絡する可能性は限りなく低いのだ。何故なら私は万年寝太郎のクソニート…人と会話などするはずもない、孤高の引きこもりなのだからね。
出不精を恥じもせず、グリーンを伝言ゲームに使う私だったが、相手は特に文句も言わず紙を見ていたので、彼らしからぬ不気味な様子に思わず目を細めた。

なんだ、やけにおとなしいな。人を使い走りにするなよとか言うかと思ったんだけど。
この三年でお前も丸くなったか…と成長に涙しそうになっていれば、特にそんな事はなかったとすぐに判明する。

「俺に預けていいのか?」
「え?」

手にした紙を見ながら、グリーンは鼻で笑うと、意味深に私へ視線を移す。

「夜な夜な電話するかもしれないぜ?」

イタ電やめろや。小学生か。
くだらないジョークはいいから…と呆れたところで、私は気付いた。そういえばグリーンの連絡先を知らないという事に。

「グリーンのも教えてよ」

何気なく言うと、相手は数秒黙った。まさかこのご時世にポケギアをお持ちでない…?と焦り、マサラの過疎化が思いのほか深刻だったことに気付かされる。
ごめん…イエティのレッドでさえ所持してたからつい…グリーンも持ってると思って…。
考えてみたら連絡先交換なんて不要かもしれないな、私は俗世と切り離された孤独なニートだし、万一用事があったらオーキド研究所かトキワジムに電話すればいいだけの話だもんな。まぁ万に一つもないと思うけど。この三年何もなかったからね、どうせこの先もねぇよ。
寒い人生を送る私とは裏腹に、グリーンはトキワのジムリーダー、つまりパリピである。マサラが過疎っていようとポケギアは当然所持していたようで、私の心配は秒で杞憂に終わった。早く言えや。

「俺からかける」
「え?あ、そう…」
「この番号でいいんだろ?」

紙ナプキンに書かれたガタガタの字を指しながら言われ、私はコーヒーを飲み干し、軽く頷いた。
それでいいならそうしてくれ。どうせ私からは用事ないしな。くれぐれもイタ電はやめろよ。着信拒否リストに入れるなんていう悲しい事態にはしたくないからな。
無制限に登録できるポケギアで、家族と博士ら仕事関係を除いたら、ヒビキとマサキとレッドとマツバとミナキしかプライベートな番号を知らない私である。見ての通りヒビキくん以外狂人だからね、せめてグリーンの番号くらい知ってないとまともなポケギアとは呼べな…いやお前も狂人寄りだったわ。素面でバイビーできる奴が狂ってないわけない。

「…じゃ何かあったら連絡くれ」

気の狂ったポケギアに落胆しながら告げ、コーヒーを飲み干した私は、喫茶店を出ようと伝票を持ち出す。割り勘ね、と年上のプライドも何もない台詞を吐こうとしたところで、グリーンが口を挟んだ。

「何かって?」
「は?」

よくわからない事を問われた私は、思わず聞き返した。文脈を思い返し、何かは何かだろ、と世間話に突っ込まれた事を疑問に思う。
知らんがな。用事があればって意味だよ。わざわざ具体的な事を指定しなくてはならないのか…?私そんなに…特定の用件以外は応答しないクソニートだと思われてるの…?確かに既読無視キングと言われがちだが…そんな融通利かないと思われてたなんてショックだよ…。
私に連絡するに値する内容だと判断したなら掛けてこい、としか言いようのないこちらをよそに、向こうから提案が飛んできて、あまりの面倒さにもうなんでもいいわと吐き捨てそうになる。

「ポケモン勝負の誘いとか?」
「いや…まぁ別に何でもいいけど…」

マジでどうでもよくない?むしろトレーナーとして正解の形だろそれは。まぁ私はニートだから断るかもしれないけどな。クズ。
しかし次の言葉で、グリーンが真に尋ねたい事をようやく理解するのである。

「デートの誘いはありかよ?」

聞き慣れない単語に、デー…?と覚えたての言葉をオウム返しする赤子のような呆けた声を出した。喪を極めすぎてリア充辞典の更新が追いついていない私は、アップデートが完了してもしどろもどろするしかなく、手にした伝票をただ握りしめる。
で、デートって…なに。キーボードの上の方にあるやつか?それはデリートキー。

「誘わねぇよバーカ!」

笑えない小ボケを展開している間に、らしくないと自分で気付いたのか、グリーンは勝手に墓穴を掘って帰っていった。照れ隠しで人を馬鹿呼ばわりするな、と文句を言う前に消え去ったので、私の返事はグリーンには届かない。

「…いいけど」

誘いを受けるかは別だけどな。ニートで忙しいから。
でもまぁデートなんて言われるとさすがにあれだな、なんか…そわそわするっていうか…あいつの女の趣味の悪さはいつ治るのか心配するっていうか…やかましいわ。
何にせよ、グリーンから電話があった時に無駄に構えてしまう未来を案じ、私は頭を冷やすためのアイスコーヒーを、もう一度頼んでしまうのであった。

てかあの野郎金払わなかったんじゃない?次会ったらブン殴ってやる。