パリピ御用達のスポーツといえば、やはりサーフィンだろう。
まさか陰キャの私がそんなものに興じるとは思わず、それもこれもアローラで暇を持て余しているせいなので、本当に早く帰りたい次第だった。松崎しげる系ヒロインになる事を恐れながらも、アローラの海が私を呼び、今日もマンタインと共に水上を駆けていた。のだが。
穏やかな海をぶち壊すビッグウェーブが来るまで、およそ三秒。
私の名はレイコ。マンタインサーファー、いやアローラチャンピオンだ。その正体は、辞退して早く家に帰りたいと願うクソニートである。
とにかく暇で死にそうなので、気まぐれにマンタインサーフに繰り出したところ、突然マンタの奴が怯えたようにスピードを落とした。波に乗っていた私はバランスを崩し、直後、跳ね上がったマンタインにより完全に体を投げ出され、あわや水難事故が起きかけたところに、別の事件が発生する。
一体何事なんだ。私、空飛んでるけど?
マンタインのジャンプ力は凄まじいので、そこからさらに投げ飛ばされたら、大気圏が見えてもおかしくはなかった。いやそこまでじゃないにしても、最悪死ぬと思う。死ぬよね?岩場とかに打ち付けられたら死ぬでしょ。
もちろん死にたくはなかったから、背に腹は変えられず、条例に背いてカイリューで空を飛ぼうとした。しかし、ボールに手を伸ばす直前で、凍えるような突風が吹く。どうにも嫌な予感がして震えたら、何かが私の体を捕らえた。一瞬の出来事であった。
「うわっ!」
跨るような姿勢でキャッチされた私は、自分の下にいる存在を確認して、悲鳴を上げざるを得ない。ここでようやく、マンタインがビビって奇行に走った理由がわかった。そりゃ誰だってそうなるよと理解したのだった。
神々しい青色は、大いなる海など比にならない美しさを放ち、宝石みたいに輝いている。この台風のように現れては私を振り回すポケモン、どう考えても一匹しか思い当たらない!
「す、スイクンくん!何故アローラなどに!」
お前パリピ地方似合わねーだろ!解像度が合ってないぞ!
突然出現したスイクンは、マンタインから私を蹴落とし、何故か自身にライドさせて走り出した。伝説のポケモンに搭乗なんて恐れ多く、そしてアローラの条例に違反している事にビビり、とにかく混乱した。何もわからん。こいつがわけわからんのはいつもの事だからもうどうでもいいけどな。旅で学んだことは諦めの早さ、そう語る悲しいレイコであった。
シルクのような肌触りのスイクンに乗せられたまま、私はどこへ連れて行かれるのかもわからず、いつの間にか海を越えていた。陸に上がるならせめて着替えさせてくれんか?私アローラチャンピオンだからね?一応体裁とかあるから。これでも威厳を保っていたいから。
などという願いがスイクンに通じるはずもなく、今度は森に入っていく。元々軽やかな足取りだったが、次第にスピードを落としていき、足音を完全に消した。妙な様子から、きっと何か事情があると察するまで時間はかからなかった。
まぁスイクンが用事もなく私のようなクソニートを連れて行くわけないからな。記録を終え、暇を持て余すばかりの無職である。カメラを持たぬ篠山紀信に、何の価値があるというのか。撮影目的でないなら、考えられる可能性は一つである。
そう、暴力だ。
「…ん?」
カメラがないと一気に脳筋ゴリラに成り下がる哀れな私は、ふと見覚えのある人物を捉え、目を細めた。身を屈めて何かを監視しているそのおっさんは、私とスイクンに気付くと、情報量の多さに困惑した顔を向ける。だろうな。私だっていきなりスイクンとサーファー現れたら引くわ。
「クチナシさん…どうしたんですかこんなところで…」
尋ねると、顔の前で人差し指を立てられたため、何やら事件の香りである。スイクンから雑に降ろされた私は舌打ちし、毛繕いモードに入った犬を尻目に、颯爽登場したクチナシへ駆け寄った。
「…姉ちゃんこそ…場違いな格好だと思うけどね」
「サーフィン中に拉致られたんだよ…!」
真っ先に恥を指摘され、私は拳を握った。マジでやめろ。私だって着替えたかった。でもこの犬がそれを許さなかったのよ。知り合いのところに連れて行くなら本当に着替えさせてほしかった…と嘆き、同じように身を屈める。わかっていたらシャネルのドレスを着て行ったのに…。そんなものはねぇよ。
激しく落ち込みながらも、まずは状況説明だ。何してんの?と尋ねたら、クチナシは声を抑え、茂みの奥を指差す。視線を向ければ、そこにはでかい湖と、でかいキテルグマが周囲を囲むよう立ち並んでいた。はっきり言って異質である。関わりたくねぇ。
なんで私をこんなところに…とスイクンを睨んで、クチナシの話を聞いた。
「あそこに湖があんだろ」
「ありますね」
「それを汚染してる連中がいる」
え?そういう系の話?
私はクチナシを二度見した。クチナシさんといえば、ウラウラ島の島キングだけど、同時に警察官でもある。湖を見張ってると思われる状況、環境汚染、これらから想像するに…。
事件、現場で起こってるね?
マジで何で私を連れてきたんだよとスイクンにメンチ切って、いよいよ帰りたさがピークに達した。けれどもクチナシは容赦なく捜査状況を暴露し、私を巻き込む姿勢を崩さない。守秘義務はどうした。
「目的は、湖に生息するドラゴンポケモンを弱らせて売るためだな」
「ええ?手の込んだクズじゃん」
「キテルグマは連中のポケモンでよ、ああして見張りをしてんのさ」
大体どころか全てを理解させられ、スイクンもおっさんも私を扱き使う気満々だという事も察した。この世はクソだ。満足にサーフィンも許されないとは。犬、熊、オヤジをそれぞれ睨みながら、汚れた湖に眉を下げ、まぁそういう事情なら協力もやぶさかではないとボールを握る。困っているポケモンを放ってはおけない心優しいニート、それが私であった。帰りたがってた事は忘れてくれ。
「しかしまぁ…そいつあれだろ、スイクンだろ」
「え?クチナシさんとグルなんじゃないの?」
「まさか。おじさん、そんなに顔広くないよ」
私は再びスイクンを見つめ、所轄と捜査一課がたまたま同じ犯人を追ってる的な状況か…と溜息をついた。奇妙な偶然に、己の主人公力がほとほと嫌になる。
クチナシさんは純粋に仕事で、ポケモン闇商人を追っていたんだろう。
確かこの湖にはミニリュウだかハクリューだかがいたはずだ。ドラゴンポケモンは強いからな、水を汚染して弱らせ、まとめて大量捕獲にしけ込もうっていう魂胆に違いない。タケシだったらお前ら人間じゃねぇと吠えている案件だろうよ。私も吠えたい、人を巻き込んでんじゃねぇ。サーフィンさせてくれ。
一方のスイクンは、湖の汚染を察知し、遥々アローラまで浄化しにやってきた。しかし見張りのキテルグマが思ったより多いのと、普通に倒すのは骨が折れそうなので、代わりに私に戦わせるべく、サーフィンの途中で拉致した。こんなところか。オメーもマジで迷惑極まりねぇな。つまりパシリじゃん私。鉄砲玉じゃん。
警官とヤクザ犬に挟まれながら、何にしても事情は察した。闇商人は出かけているのか、今ならキテルグマしかいないし、やるんだったらさっさとやっちまおうぜとクチナシの肩を叩く。マンタインも置いてきちゃったしな、早く戻らないとサーフ協会出禁になるかもしんない。どんだけサーフィン楽しんでんだよ。
「あのキテルグマを倒せば万事解決なんでしょ?早くやっちゃいましょうよ」
台詞まで脳筋になってしまった私だったが、何故かクチナシはたしなめる。
「まぁそう焦りなさんな。こっちにもいろいろあんのよ」
「こっちにもいろいろあったけどな」
サーフィンを中断された私の気持ちもわかれ。
「取引現場を押さえてからだ。連絡が来るまで待ってくれ」
マジな感じで言われ、私は着席した。あ、はい…と縮こまり、用意できたら呼んで、とボールを握る。
別所でブローカーとバイヤーを張ってるのか。悠長にしてたらポケモン達が危ないのではないかとハラハラし、あとやっぱ早く帰りたいので落ち着きなく辺りを見回す。
まさかこんなのどかなアローラで闇商人絡みの事件に出くわすとは…。まぁスカル団もいたしどの地方もやばい犯罪組織は存在するが、目の前でポケモンが虐げられてるのを見るのは胸が痛むよ。あのキテルグマ達だってトレーナーに従ってるだけで、善良な人間に育てられてたらこんな事してないだろうし。
すぐ楽にしてやるからな…とトドメを刺す気持ちでいると、待機中のクチナシが唐突な言葉を投げかけた。
「ありがとよ、来てくれて」
「えっ」
急。まだ何もしてねぇけど。
「正直、おじさん一人じゃ骨が折れると思ってたところだ」
スイクンもそう思ってたよ絶対。一人だと怠いわ〜っつって私を連れてきた顔だからこれは。見てよ、この戦う気のない犬の姿を。横になってくつろいでやがる。本当に伝説のポケモンか?ライコウとエンテイを手持ちに入れた状態でないとワープホールから現れないほどお高く止まってるお前はどこに行っちまったんだよ。
完全に一仕事終えた様子のスイクンを睨み、まぁ成り行きだから気にしないで、とクチナシに告げ、気のいい笑顔を浮かべておいた。するとクチナシさんもわずかに口角を上げ、自身のボールを取り出した。
「頼りにしてるよ、チャンピオン」
それいい響きだな…と照れながら、闇商人確保の連絡を受け、キテルグマとのプロレスを始めるのだった。
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「神々しい…」
犬呼ばわりしたポケモンが、ハリウッドよこれが伝説だ、と言わんばかりに湖を浄化する。私はそれをただ呆然と眺めていた。積まれたキテルグマが警察に連行される傍らで、ぐったりしていたドラゴンポケモン達が、瞬く間に復活していく。まるで奇跡でも見ているようだった。
伝説のちからってスゲー!
シシ神様じゃん!私はさっきまで横になって寝ていたスイクンの変わりように驚き、澄んだ水面に映る自分の美しさにも驚いた。これは…広瀬すず…?怒られるぞ。
マジで伝説だったんだな、スイクン。ただのカメラ好きかと思っていたが、ちゃんと仕事はするわけだ。一歩進むごとに毒素が消え、濁っていた事が嘘みたいに、広大な湖は元の姿に戻っていく。きらきら光る水の真ん中で、私を見つめるスイクンは、大儀であったと言わんばかりに偉そうな態度を取っていた。お前本当いつかサーフボードにしてやるからな。マンタインパイセンに極意を享受されとけよ。
キテルグマをボコっただけなのに妙に疲れた私は、湖面をスケートリンクのように滑るスイクンに溜息をつき、ひとまず帰りのリザードン便を要請した。一度ビーチに戻らなきゃな。着替えもそのままだし。
鉄砲玉に使われた事は不服だけど、悪人も一掃、湖のポケモンも救え、キテルグマも悪事から足を洗えそうな事は、まぁよかったと思う。これもアローラチャンピオンの務めってやつかな…やはり一刻も早く帰る必要があるわ。二度とごめんだよ。
じゃ私はこれで…とクチナシに別れを告げようと探していれば、ちょうど向こうから声をかけてきた。
「よぅ、お疲れ」
「どうも…クチナシさんもお疲れ様です。私もう帰っていいですか?」
二言目に帰宅の意思を込めると、クチナシは軽く頷いた。あとはこっちでやっとくよ、と言われ、聴取の類に付き合わずに済む事に安堵する。よかった。これで署までご同行とか言われたら私が犯罪者になりかねなかったよ。
帰宅のためなら何をするかわからない自分の恐ろしさに引きつつ、少し肌寒くなってきたから、早く帰ろうと踵を返した。しかし、帰っていいと言ったわりに引き止めてきたクチナシによって、私はライド用リザードンを少し待たせるはめになる。ごめんて。
「姉ちゃんよ」
「は?」
「いや…飯でもどうだい、世話になったろ」
急。いま言うのかそれ?
ほぼ帰りかけていた時に誘われてしまい、私は二度見した。いやさっき言えばよかったんじゃない?帰っていいですか?って聞いた時に飯どう?って言えばよかったんじゃない?波長合ってなくない?相性悪いんじゃない?
アローラ人の間がよくわからない私であったが、断る理由もないし、正直飯でも奢ってもらわなきゃ報われないところもあるので、素直に頷いた。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
「マリエシティの懐石屋で構わねぇかな」
「何でも大丈夫です」
他人の金で食う飯は全て美味い、それが無職だ。覚えておいてくれ。いや忘れろ。
懐石料理なんて超ラッキーじゃん、と今日一でテンションを上げる私は、次の言葉で急降下を強いられてしまう。
「あと…くれぐれも着替え頼むよ」
「え?」
「その格好…おじさんには刺激強すぎるからね」
「だから普段着じゃねーよ!」
サーフィン中に拉致されたって言ったでしょ!こっちだって水着で警官の中うろつくの恥ずかしいっつーの!
気にしてんだからやめてよ!と声を荒げ、私はそそくさとリザードンに飛び乗った。最後に湖を見た時、すでにスイクンはおらず、サーフボードにし損ねた事を嘆きながらも、浮かれた気分で懐石屋に向かったのだが。
「…なんで?」
クチナシを待っていようと店へ赴いたら、明らかに場違いな生き物の存在に、街がざわついていた。誰かの飼い犬であるかのようにおとなしく座っていたが、隠し切れない瑞々しさが、全身から漂っている。
咄嗟に他人のフリをしようと思った。けれども、私に気付いたお犬様は、おいおい待ってたんだぜ?と言わんばかりに近付いてきたので、絶望は深まる。そして死ぬ。まるで意味がわからなかった。
マジで何?どうしてなの?さっき帰ったはずじゃん。それなのに何で、ここに我が物顔で座ってんだよお前は?
「スイクン…お前も懐石食いに来たんかい…!」
お前浄化しただけじゃん!と仕事量の違いを指摘したら、即座に蹴りをお見舞いされ、絶対このあとサーフボードにしてやると固く誓う私であった。