現金な奴

たまにはグリーンにも顔を見せてやってくれ、とオーキド博士にウインクなんてされた日には、従うしかないだろう。世界的権威の気さくなアプローチに、じゃあジムに寄ってみます…と苦笑して、トキワに向かった。相変わらずの田舎道は、私の心を無の境地に持っていく。

私の名はレイコ。父のパシリ兼ニートだ。
オーキド博士の元に貴重な研究資料を届けるよう父から命令を受けた私は、渋々、いや渋々々々くらいの気持ちでやっと腰を上げ、先程任務を達成したんだけど、帰り際に冒頭のやり取りを展開したので、これまた渋々トキワジムまでやってきていた。

まぁグリーンの奴…あんなだからレッドや私くらいしか友達いないだろうし、オーキド博士が心配するのもわかるって話よ。
友人の数について私がどうこう言える立場でない事はさておき、たまには会ってやってなんて健気な事を言われたら、さすがの私も心動かされ、博士のためにも世間話くらいしに行くか…と珍しく気を向かせた。孫を思う祖父の気持ち、尊いからな。父からパシリにしか思われていない反動で、肉親の絆に弱くなったレイコであった。マジで縁切るぞ。

しかし、そんな私の純粋な心を踏みにじるのが、あのクソガキである。

「ジムリーダーなら…不在です」

トキワジムの疲れた受付にそう言われ、私も疲れた。前にもこんな事あったな…とグレン島まで行かされた日の事を思い出し、穏やかな気分が一気に修羅である。

マジかよ、また留守なわけ?どんだけサボりまくってんだあいつ。仕事を請け負っているという自覚はないのか。責任感のない若者にキレ、自分は働いてない事を棚に上げながら、深い溜息をついた。

「申し訳ありません…」
「あ、いや…別に大した用じゃないんで…」

疲労気味の受付の人に謝られ、私はつい恐縮した。尻拭いさせられて大変だな…と同情し、それでも最近は予約制を導入したみたいで、多少は楽になったという。

「この頃は支援団体のイベントが多くて…まぁプライベートで空けてるのもあるんですが、日曜夜以外はあまりジムに戻って来られないんです」
「へー…忙しいんだ…」

ジムで突っ立ってるだけがジムリーダーの仕事ではないと説明され、フォローもできる受付さんに、素直に感心した。早くこんな謝罪ばかりの職場を辞めて、もっといいところへ就職してほしいと願うばかりである。
サボりばかりと思っていたが、意外と多忙なんだな…と認識を改めた私は、帰ってくるかわからない奴を待つ義理もないし、そのままジムを後にした。オーキド博士には悪いけど、一応ジムに顔は出したので、それでチャラにして頂きたいところである。

暇なニートの私とは対照的なグリーンを思い、あいつもまともに働いてると思うと、何だか感慨深いものがあった。

確かにPWTとかもあったし、いろいろイベントやってるもんね。地方遠征やらでド田舎に行かされる事だってあるのかもしれない。拷問だな。
トレーナー達の手本にもならなきゃならない重大な役目である。普通にポケモン勝負するよりもきっと大変な事の多い仕事だろう。絶対やりたくねぇな…と遠い目をして帰ろうとしたら、噂をすれば何とやらで、タイムリーな人物に名前を呼ばれた。ド田舎に人の名前を轟かせないでもらえるか?

「レイコ!」

遠くから声が飛んできたので振り返ると、グリーンが小走りで近付いてくるのが見えた。ジムを空けがちな人間にも出会ってしまうこの主人公スキル、いよいよ百発百中な気がしてきたな。
私は手をあげて応え、今日はサボりやめたの?と無職の分際で人様の無断欠勤を突く。棚上げが得意なレイコであった。

「じーさんにお前が来てるって聞いてさ」
「ああ…なんかたまには寄ってやってって言われたから来てみたよ。特に用事はないんだけど…」

わざわざ来てもらって悪いな、と雑に謝り、とりあえず顔見せ任務は達成したので、私も安堵した。

オーキド博士もそんなに気を遣っていただかなくていいのに…。レイコさんがジム行くからな!ってグリーンに連絡入れてくれたのだろうか。なんかめちゃくちゃ重要な案件があるみたいじゃねーかよ。何もねぇ。本当に寄っただけで何もないからもう帰っていいか?こっちはニートが忙しいんで。

まぁ元気そうでよかったよ、と去ろうとすれば、わざわざやってきたグリーンは徒労を避けようと、私の肩を掴む。

「お前、どうせ暇だろ?」
「は?暇じゃ…なくはないけど…」

ニートをする予定の私は、厳密に言えばもちろん暇じゃない。さっさと帰って一刻も早く床に寝転ばなければ、己のアイデンティティがあやふやになってしまうからな、由々しき事態だ。
しかし、世間の人はそれを暇と言うのだから、現実は非情である。

「久しぶりに相手してやるぜ。ちょうどジムも空いてる事だしな」

いやちょうどジムが空いてるんじゃなくてお前がいないからジムも暇してんだろ。本末転倒。
私の相手するくらいなら挑戦者受け付ければいいのに…。マジでただのサボりなんじゃねーか?仕事しろよ。私は暇だけどお前は暇じゃないじゃん。思わず暇と認めてしまった私は、返事も聞かずに行ってしまったグリーンに続き、再びジムへ舞い戻る。

まぁ…いいか。曲がりなりにもニートレーナー、ポケモン勝負を捨てては生きていけないし。主に経済的な意味でな。二兆円くれ。
小銭でも稼がせてもらうとするぜ…と戦う前からカモにしようとしていると、不在のはずのジムリーダーがいきなりやってきたことに、受付の人は二度見して驚いていた。どんだけ空けてんだこいつ…と引き、私は出戻った気まずさで苦笑したのだが、騒然とするトキワジムはそれどころではなかった。

「か、火曜の昼なのに…!」

日曜夜しか現れない男がド平日にやって来た事は、全米を震撼させた。すぐさま受付は私を振り返ると、一体どんな手を使ったのかと迫真の表情で身を乗り出す。

「明日早いから今日は来ないって言ってたんですよ…!何という事でしょう…」

ビフォーアフターしながら驚く受付は、最後に急に正気に戻ると、真面目な顔で呟いた。

「愛の力か…」

恥ずかしげもなく言われ、私は思わず吹き出した。不意打ちすぎて若干照れながらも、ただの気まぐれでしょ、と誤魔化し、フィールドの準備に行ったグリーンを遠目に見て、自分にも言い聞かせた。普通に気まぐれだろ、と。
まぁ私のような引きこもりが外に出る事がまずレアだからね、純粋にポケモン勝負したいって事だろうよ。最強のこのレイコと。トップレベルの実力のこのレイコとな。

強い者を求めずにはいられない戦闘民族の気持ちなどわからない私は、このあとデートに誘われる事も知る由もなく、本当に愛の力だった事も、もちろん理解していないのだった。

「レイコさんが毎日来てくれたらいいのに…」
「嫌だよ絶対…」