吾輩はニートである。便利屋ではない。
「実はエンジュにできた新しいホテルで怪奇現象が起きてるらしい。ちょっと調べてきてくれ」
いきなり父に叩き起こされた私は、第一声が発せられた瞬間から、首を横に振っていた。そんなおつかいに行くみたいなノリでやばい現場に娘を派遣しないでいただきたい。
寝起きから気分最悪の私の名はレイコ。ポケモンニートだ。
毎日をだらだらと過ごし、一生この平和が続けばいいのに…と思っていた矢先に謎の事件が舞い込んで、困惑どころの話ではなかった。ただの無職にナチュラルに調査を依頼する姿勢も意味不明だった。
「普通に嫌なんだけど…」
「あれは一ヶ月前…とある家族がホテルに泊まった時の事だ」
なんか語り出したし。嫌だって言ってんだろ!
稲川淳二と化した父の話を渋々要略すると、以下のようになる。
一ヶ月前、エンジュシティに新しくホテルが建った。そこには少し前まで廃寺があったらしいが、老朽化により崩壊を起こし、そのまま解体して、跡地にホテルを建てたという。
その出来立てのホテルで、怪奇現象が起きてしまったようなのだ。
旅行に来た家族連れが、354号室に泊まったその日、意識を失って病院に運ばれたことから、事件は始まった。
その後もトレーナーの親子、修学旅行生などが同じ症状に陥り、いずれもすぐに目は覚めたそうだが、共に354号室に泊まっていたという事から、呪いの部屋と噂が立つようになってしまい、現在キャンセルが相次いでいる。
このままでは客足が遠のきかねないと危惧したオーナーが、お祓いやら何やらを駆使したけどどうにもならず、しかしその時に重大な事に気付いたため、私に声が掛かったのである。
「取り壊した寺の呪いなどと言われていたが…祈祷師がお祓いを始めたその時!」
「なんだよ…」
「飛んできたんだよ、シャドーボールがな」
ドヤ顔で言い放った父の言葉に、私は無の表情で固まった。事情を察し、静かに項垂れて床に頭を擦り付ける。
つまりポケモンの仕業ってわけね!?妖怪退治の依頼なのね!?結局物理で殴るだけの話か!嫌だよ!普通に行きたくねぇよ!
端的に言うと怪奇現象はゴーストポケモンの仕業だから退治してくれって事みたいだわ。誰がやるかそんなこと。いくら私が強いトレーナーとはいえ、ゴーストバスターズも可能かどうかは別の問題だからな?他のスキルが必要じゃん絶対!しかも意識不明者が出るって事は…トレーナーへのダイレクトアタックもあるんだろ?無理だよ!ポケモン対戦以外は平凡なニートだってことを忘れないでちょうだい!
ふざけた事をぬかす父親に怒り、そんな依頼を受ける理由もないので、私は無視して二度寝を決め込もうとした。
そもそもなんでこのクソ親父がゴーストバスターの話なんか持ち込んでくるんだ?お前はただの研究者だろ。便利屋を営んでるわけでもないのにどうして…と疑問を抱いたところで、タイムリーに答えが来るわけだから、主人公ってのは都合がいいんだか悪いんだかわからない生き物である。
「ちなみに…お前はただの脳筋担当だ」
「は?」
「ホテルの調査を依頼された人から、レイコを助っ人に寄越してほしいって頼まれたんだよね」
何だかややこしくなってきた。
寝起きの頭で処理しづらい事を喋らないでくれよ。私は苛立ちながら首を傾げ、つまりどういう事?と聞き返す。
私にホテルの調査依頼が来たわけではない…?
ホテルのオーナーが誰かに調査を依頼して、その依頼された人が、私に力を貸してほしいって言ってるってこと?出てきたゴーストポケモンを殴る担当って事ですか?知恵を働かせるスネ夫の相棒として、ジャイアン役に私が抜擢された…と?誰がガキ大将だ。お前の死をもってここをデスリサイタル会場にしてやろうか?
つまり知り合いから頼まれたことだってのはわかった。無駄に顔が広いからな、私も父さんも。
で?このニートの眠りを妨げる不届きな野郎は一体誰なんだよ。ゴーストホテルから依頼が舞い込むような人なんて知らないんだけど。そりゃ変な知り合いは多いけど、でもそんなオカルトじみた属性を持った奴なんかいないし…全然いな…。
いや、いる。
「これリニアのチケットね。コガネの駅まで迎えに来てくれるらしいから、マツバさん」
いたー!お前の案件かー!
しかも何となく断りづらい!
私は父から渡されたチケットを受け取り、行きたくないけど行かなきゃならない気分にさせられ、しわしわピカチュウの顔で肩を落とすのだった。
ゴーストホテルよりマツバさんの方がホラーだろむしろ。
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マツバさんとは、ジョウトを旅してた時に知り合い、何やかんやと交流があったりなかったりする関係である。ゴーストタイプのジムリーダーという事もあって、わりといつもホラーな雰囲気になるのだが、彼自身はいい人だと私は思っている。ていうか思いたい。マツバさんは裏表のない良い人だよ。本当。
「広いし綺麗な部屋ですね…」
その裏表のない良い人と私は、現在噂のホテルの354号室で、ボールを片手に警戒していた。新生ゴーストバスターズの初仕事である。最後の仕事でもあるけどな。
マツバと合流した私は、早々にホテルに連れて行かれ、疲弊したオーナーから話を聞き、そして事件のあった354号室まで連れてこられていた。今日はここに泊まり、出てきたゴーストポケモンを殴って解決に導く、というのが我々の役目だ。のこのこやってきてから言うのも何だが、マジで意味がわからねぇよ。何故私はこんなことを…?ただのしがない無職なのに…。
シャドーボールが当たったと思われる壁の穴を見つめながら、嘆いていても仕方がないので、私はマツバに尋ねた。
「…どうですか?幽霊…いやポケモン…出そうな感じですか?」
「今のところ気になる事はないけれど…しばらく様子を見ようか」
三つ並んだベッドの真ん中に腰掛け、マツバは部屋を見回す。
新築なのもあって、全然霊的なものが出そうなイメージはなく、普通に広くていい部屋って感じだ。無駄に快適な空間なので、とてもゴーストポケモンが住みついているようには思えない。本当にいるのか?と天を仰いだ。
話を聞いたところ、謎のゴーストに襲われたのは三組。ごく普通の家族連れと、旅をしてるトレーナーの親子と、修学旅行に来ていた学生たちである。
彼らに面識はなく、また共通点も特にない事から、無差別にいたずらをしているだけなのでは?というのが有力な説だ。ゴーストタイプは人を脅かすのが好きだからな。誰でもいいからちょっと意識を奪ってみたかったってやつかもしれない。迷惑すぎるだろ。絶対殴ってやるからな。
エンジュでゴーストに精通してるといったらやはりマツバなので、ホテルのオーナーから直々に調査をお願いされたらしい。有能で人望もあるマツバなら、頼りにされて当然だろう。そのまま一人で調査してほしかったが、何故か私を巻き込んできたので、いろいろな気まずさが募っている。
確かに私もゼロ感ってわけじゃないと思うが…かと言ってゴーストタイプに詳しいわけじゃないし…なんで私に助っ人を依頼したんだろう。単にめちゃくちゃ強いからかな?そんな気がしてきた。ていうかそれ以外ないな。最強を取ったらただの無職のこの私に…暴力以外を期待するはずもないよね。
結局ジャイアンになるしかない私は、そんなことを一人でごちゃごちゃ考えていただけにも関わらず、妙にタイミングのいい台詞をマツバは紡ぎ出したので、心を読まれている気がし、ひたすらに怯えた。千里眼の可動域を今すぐ教えてほしいと願ってやまない。
「レイコちゃんが来てくれて助かったよ」
「え、いや…でもお役に立てるかどうか…」
「相手はゴーストタイプだからね。攻撃の効かないカビゴンがいてくれると心強いんだ」
なるほど。採用の理由はそれか。
ようやくまともに納得でき、派遣された事に意義を感じて、少し心は救われた。
でもやっぱジャイアンのポジションなんだな私とカビゴンって…それはそれでつらいです。出木杉になりてぇよ。
そう、私といえばカビゴン、カビゴンといえば私である。光栄にもマツバさんは、私がノーマルタイプのカビゴンを主戦力としている事を覚えていてくださったんだろう。まぁ余裕の6タテをかましてきた巨神を忘れる方がやばいと思うけどな。トラウマだろ。
ゴーストの技は、ノーマルタイプには効かない。逆もまた然りだけど、カビゴンはノーマル技以外も覚えられるから、普通に攻撃は通るのだ。つまり有利。マツバはゴーストタイプの使い手だし、有利であり不利だから、安パイとして私を召喚したい気持ちは理解できる。
そういう事なら力を貸してやるか…と上から目線でせせら笑い、マツバの向かいに座った。
で?物理で殴る以外何もできない私はこの時間をどう持て余せばいいんだ?
まさか世間話をするの…?マツバと…?コミュニケーション能力が欠如しているこの私が…?
待機時間の長さに、急にめちゃくちゃ気まずくなってきて、とりあえず天気の話でも振るか?と血迷いかけていれば、マツバは真面目にゴーストバスターズとしての仕事を果たし始めた。
「事件のことだけど…」
「あ、はい」
「最初に被害に遭った家族は、寝てる子供の上に黒い影が見えて、それを追い払おうとしたら意識を失ったそうだよ」
「黒い影かぁ…」
ゴーストタイプっぽいなぁ。寝てる時にそんなの出たら絶叫するわ。野太い声で。
「修学旅行生も、黒い影にしばらく顔を覗き込まれていたような気がすると言っていたし…何か目的があるとは思うんだ」
「左様ですか…」
「現に、祈祷師がこの部屋に泊まった時は何も起きなかったらしい。お祓いを始めるまではね」
物理で殴るだけの私に持論を展開するマツバへ、こちらはただただ相槌を打つ機械と化した。しっかりと聞き取り調査を行なっていた彼の責任感の強さに、関心するばかりである。
大変だなジムリーダーって。こんな金にもならない事をしなきゃならないとは…。むしろそういう人だからこそジムリーダーになれるんだろうよ。ボランティア精神溢れる眩しい男に目を細め、という事は今日ここに泊まったところでポケモンが姿を現わすとは限らない事になり、私の鬱は加速する。
い…嫌だ…何としても今日中に解決したい…!だってマツバの前じゃだらだらごろごろできないから…!ニートのアイデンディティ失われちゃうよ!
「無差別じゃないとしたら…何か探してるんですかね…」
早く帰りたい私も真面目に考え、黒い影がすぐに人を襲っているわけじゃない事から、動機を推察していく。
まぁただのいたずら説もまだ濃いけど…でも部屋に入った奴がみんなそうなるわけじゃないなら、なんか理由があるのかもな。霊感のある奴はお断りとか。
でも子供の頃は見えるってわりと聞くけど…と考えた時、何気ない事実に気付いた。
「そういえば子供ばっかですね、狙われたの」
親子連れとか修学旅行生とか、三組とも子供が共通点だ。まさかロリーパーの仕業なんじゃ…?とあの薄ら笑いを思い浮かべ、だとしたらマジで嫌だなとドン引きする。
子供を脅かしたり連れ去ったりするポケモンって多いからなー、ゴーストタイプは特に。あとスリーパー。もしそうなら、このまま放置するともっとやばい事件が起きるかもしれない。
なんで出来立てのホテルなのにこんな事になってんだよ。私も旅人だったからわかるが、ゴーストポケモンの生息地は、基本的に人気の無い場所である。暗くてじめじめした辛気臭いところが主なのに、どうしてこんなに綺麗なホテルに住みついてんだ?やっぱこの令和の時代、ゴーストもWi-fiがないとやっていけないとか?
「そうか…」
適当にふざけていると、悩む私とは裏腹に、マツバは閃いたような顔をして立ち上がった。気怠げに座る私を見下ろし、冴え渡った推理を展開する。
「君の言う通り…狙いは子供だ」
「え?」
呆けた顔で首を傾げたその時、一瞬室内の電気が消えた。またすぐに点いたけれど、光が弱まったり強まったりして、私ものんびり座ってはいられない。
な、なに!?ポルターガイスト!?
マツバといるとこれだもんなぁ!と人に責任を押し付け、カビゴンのボールを握りしめる。
近くにゴーストポケモンがいるって事なのか!?シャドーボールでトレーナーにダイレクトアタックが来るんじゃないの!?あの壁のように体に穴を開けるのはごめんだよ!
ビビり散らす私のそばで、マツバは冷静に姿勢を正したまま話し続ける。余裕あるなこいつ。お前の方が怖ぇよ。
「ホテルが建つ前、ここに廃寺があったんだ」
「はい…聞きましたけど…」
「そこは人形供養も請け負っていてね。昔は有名なお寺だったそうだよ」
で!?まさかこの状況で世間話してるわけじゃないよね!?
それとこれに何の関係が!?とハラハラしている間に、今度は寒気がしてきて、思わずマツバの肩を掴んだ。いざとなったら盾にしようと考えながら、カビゴンを出すタイミングを窺う。
「寺を解体する時に…人形が数体出てきたらしい。誰かが捨てたのか…供養されなかったのか…」
マツバの口振りから、何を言おうとしているか察し、こっちの方が怖くなって思わずカビゴンを繰り出した。ゴーストバスターズから稲川淳二に転職した相手に目を細め、恐れ慄く。
まさか…その人形が化けて出てるとかそういう話…?
無知な私には何も思い至らないが、ゴーストに精通したマツバには、もうわかっているのだろう。彼もゲンガーをボールから出すと、冷気が漂う方をじっと見つめた。
もちろん私には、何も見えない。
「捨てられたぬいぐるみに怨念が宿って生まれたポケモン…自分を捨てた子供を探しているんだ」
ゲンガーが黒い眼差しを発動させた方向に、私もカビゴンを向かわせた。しかし、一瞬遅かったらしい。
足元が急激に冷えたかと思うと、黒い影が私の体を駆けのぼるのが見えた。悲鳴を上げる間も無く、赤い瞳と視線が合い、見事にトレーナーへのダイレクトアタックを喰らってしまう。
シャドーボールは飛んでこなかったけど、しっかり閉められた口のチャックを見て、私はこの事件の真犯人の名を叫んだ。
「ジュペッタだ!」
犯人はヤス!ではなくジュペッタ!
ゴーストタイプでカゲボウズの進化系、そしてぬいぐるみポケモンの、あのジュペッタ!剣盾ではメガシンカ廃止されたけどどうする!?強く生きろよ!
人の不遇を嘆いている場合ではない。殴れ殴れ!とカビゴンにジェスチャーで伝えている間に、金縛りを食らった私はベッドに倒れ、そのまま意識を失った。
金縛りは卵技だから反則だろ…と、心の中で文句を垂れながら。
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マツバの言った通り、ジュペッタはぬいぐるみポケモン、つまり捨てられたぬいぐるみが恨みによってポケモンになった存在である。
図鑑の説明にも、自分を捨てた子供を探しているとあるから、ホテルに泊まった子供たちを物色してはいたずらに眠らせていたのだろう、というのが最終的な見解となった。
どうやら廃寺になったあとも寺に人形を持ってくる人がいたようで、それがジュペッタを引き寄せる材料になったみたい。これに懲りたら二度と寺の跡地にホテルは建てない事だな。少なくとも私は泊まらねぇ。エンジュも当分行きたくねぇよ。
「すみません…お役に立てず…」
寝てる間に解決していた事件の概要を聞いた私は、354号室のベッドの上でマツバに頭を下げた。完全に気絶したから全く覚えてないけど、どうやらジュペッタはマツバが何とかしてくれたらしい。
まだぼんやりする頭を押さえ、何の成果も出せなかった事を反省していたが、そんな私をフォローするようマツバは優しく声をかけた。
「ジュペッタを止めたのは君のカビゴンだよ。倒れる前に指示を出してくれただろう?」
指示を出さなくても殴ってたと思うけどな。何故なら俺はジャイアン、ガキ大将なので。
「おかげで解決できたよ。ありがとう」
や、優しい…!いつものややホラーな感じが一切ないマツバに、私は感動した。
え…マジで優しいじゃん。こんな役立たずのニートにもこの慈悲深さ。神かよ。
いや前から優しかったけど、でも普段はゴーストタイプ唯一の男ジムリーダーとしてしっかりとホラーさを醸し出してきてたじゃん?それなのに最初から最後まで優しさが詰まっているなんて…。剣盾でオニオンが出たからヤンデレ枠を分担する事にしたのか?願ってもねぇな。
もうビビらずに済むんだ…と安堵したものだが、そんな私を嘲笑うかのように、マツバは口を開いた。
「それに…」
何故か隣に座ったマツバの瞳が、私を震え上がらせる。
「君が起きてなくてよかった」
意味深な声色に、私は思わず身を引いた。ジュペッタより恐ろしい男を見つめていると、冷や汗が止めどなく流れてくる。
ど…どういう意味…!?怖すぎなんですけど!私が寝てる間に何が行なわれていたの!?地獄の門でも開いた!?もしかして…起きた時にカビゴンが早々にボールに戻っていったのもそのせいなのか!?勘弁してよ!元祖男ゴーストジムリーダーの意地見せなくていいって!あなたの実力はもう充分わかっているのだから…!
私は苦笑する事しかできず、もしかしたらジュペッタに感謝すべきかもしれない状況を嘆いた。
怖すぎる。気絶してなかったらどうなっていたのか…もはや想像すらしたくないね。
頭を抱えていれば、マツバはそんな私を心配そうに見つめた。言っとくけどお前のせいで本調子から遠ざかってんだからな?と告げたい気持ちを抑えながら、何とか顔を上げる。
「まだ気分が優れないなら、今日はここへ泊まっても大丈夫だからね」
「いや帰ります絶対…」
泊まるわけねぇだろこんな曰く付きの部屋に!どんな神経してんだ!?たとえ歩けなくても帰るっつーの!
呪われた354号室を出た私は、手を振るマツバに苦笑を浮かべ、もう二度とゴーストバスターズはやらないと固く誓うのであった。