チャンピオンのリーグカードの裏面を書けと言われた時は、驚きすぎて二度見した。マクロコスモス入社一年目にして重大任務を預かり、私なんかでいいのか…と恐縮したものだが、こういうのは大体新人の仕事らしい。本人と相談して内容を決めるとの事で、レイコさんと打ち合わせの約束をしている私は、スパイクタウンまでやってきていた。
なんか…緊張しちゃうな…。ざっと調べたけれど、レイコさんの経歴やばいもん。
私は資料を確認しながら、新チャンピオンレイコのトレーナー情報に慄き、なんで今までこんな人が誰にも知られずにいたんだ?と疑問を抱かずにはいられない。
あの無敵のダンデさんに勝てる人なんていないと思ってたけど…これは確かに好敵手になり得るよね。世の中って広い。一体どんな人生送ってたらあんなに強くなるんだろう。それを紐解くためにも、しっかり取材をしなくちゃな。
まさかニート人生を送ってたなどと知る由もない私は、レイコさんに指定されたビルに入り、人を避けながら部屋を目指す。
なんかネズさんのライブに行くって言ってたけど…このビルってもしかして控え室も兼ねてるのかな?楽器や備品がたくさんあるし、スパイクジムのジムトレーナーが慌ただしく走っている。
ライブ終わりなら時間が取れるというので、私はいそいそとスパイクタウンまで赴いたのだ。打ち合わせのあとネズさんとマリィさんと食事に行くらしいから、それまでの僅かな時間だ。といっても一時間程度は話を聞けるだろう。交流やら仕事やらで、しばらくチャンピオンは忙しそうである。合間を縫っていくしかなく、早足で廊下を進んだ。
やっと辿り着いた時には、レイコさんはもう座って寛いでいた。白とピンクのジャケットを羽織っていたから、一瞬ジムトレーナーかと思ってしまい固まったけど、顔を合わせるとすぐに本人と気付く。
新チャンピオンだ。なんかいつもと雰囲気違うなぁ。
「あ、どうも」
「お疲れ様です、今日はよろしくお願いします…!」
頭を下げるとレイコさんも会釈をしてくれて、人当たりの良さそうな様子に安堵した。よかった、怖い人じゃないみたい。
「すいません、こんなところまで来てもらって…」
「いえ!こちらこそお忙しいところありがとうございます!」
「いや…今日はお忙しくなかったから…すいません…」
ライブを楽しんでいただけなんで…と苦笑するレイコさんは、確かに相当楽しんでんな…と感じるだけの風貌だった。まずジャケットの色が完全にネズカラー。サイリウムも置いてあるし、ネズのファンかな?と思うくらいには、用意周到な姿である。
ネズさんもジムリーダーを引退してから積極的に音楽活動をしてるみたいで、ジムチャレンジ直後で盛り上がっているのもあり、スパイクタウンはそれなりに活気付いていた。チャンピオンだってたまの休みくらい楽しみたいだろう。貴重なプライベートに突撃して申し訳ないと思いつつ、時間がないので話を切り込んでいく。
「どうでした?ライブ」
「楽しかったよ。疲れたけど」
終わると一気に疲労が来ますよね…と虚な目をする彼女の話を聞いていくと、別にネズの熱狂的なファンというわけではなく、チケットをもらったから行ってみたところ盛り上がってしまって疲れた、って事らしい。そのわりにちゃんとそれっぽいジャケットを調達しているあたり、真面目な一面があるのかもしれない。普通に似合う。より強そうだし。ちょっとヤンキーかと思っちゃったのは内緒ね。
この部屋も、ネズさんが使っていいと言ってくれたそうだ。ご好意に報いるため、私は早々にリーグカードについて打ち合わせを始めた。
私としてはカビゴン1体でチャンピオンにのぼり詰めた経歴を書きたいところだったが、いやそんなに凄そうなこと書かないでくださいよ…と謙遜されたため、話し合いは難航した。何だかあんまり目立った事は書いてほしくないみたいだ。こんなにすごいんだからたくさん書けばいいのに…と思う私は、悩み果てるレイコさんに進言する。
「客観的な評価も書かせてもらいたいんです。今まで言われた事とか…印象に残ってる言葉があったらそれも」
「そうですね…あると思うんですけど…いい事はあんまり浮かばなくて…」
「悪いことでも大丈夫ですよ」
「レイコさんって軽いですよね、って言われたトラウマならあります」
それは書けねぇよ。どんなシチュエーションかめちゃくちゃ気になるけどさ。
このようにレイコさんが奇人変人としか関わってきてないとおっしゃるため、ろくなエピソードを書けそうになかった。ある程度は固まってきたが、客観的な部分がまとまらず、とりあえずエゴサして集めてみるか…と画策する。
みんな新チャンピオンに注目してるからなぁ…リーグカードの情報は読んで楽しいものにしたいんだよね。まだレイコさんがどんな人なのかガラルの人達はあんまり知らないし、意外性とかそういうのも盛り込みたい。
実はニートだという最大の意外性を知るはずもない私は、考えている間にかなり時が過ぎたことに気付き、ハッとして時計を見る。
「お時間大丈夫ですか?食事に行かれるんですよね?」
「たぶんまだ平気です。準備できたらネズさんとマリィがここまで来てくれるみたいなんで」
「そしたらお二人に聞いてみたらいいかもですね、レイコさんの印象」
身近な人物からの評価なら正確かもしれない。私の提案にレイコさんは曖昧な相槌を打ったけれど、最後には頷いてくれた。
「そうだな…一応聞いてみます。面倒な奴って思われてそうだけど」
「まさかぁ」
「いやマジでな」
真顔で言われ、私は苦笑した。どういう関係なんだろうなネズさん達と…。ライブ行くくらいには仲良いんだろうけど、面倒がられてるのは一体何故なのか…こう見えてトラブルメーカーなのかな。
何にせよ情報がほしい。早く仕上げろと上司に急かされているのだが、レイコさんがこの調子なので日を跨ぐ事になりそうだ。まぁリーグカードって一生出回るものだから、変なこと書きたくない気持ちは大いにわかる。
「性格は冷静沈着で他人に流されず、少し神経質な面もあるが常に前向きで、虎視眈々と正レギュラーを狙っている…みたいなのはどうですか?」
「それ日吉若じゃないですか…ちょっと休憩しましょう。飲み物買ってきます」
煮詰まりすぎてアグレッシブベースライナーをパクろうとするレイコさんを残し、私は退出した。
何だかライブ終わりで相当疲れてるみたい。研究の手伝いなんかもやってるらしいから、かなり多忙なんじゃないかな…一体どんなモチベーションで毎日をこなしているんだろう…あんまり情熱的な人には見えないのに…。
全てはニートのためだなどと知るはずもない私は、自販機を探している時にネズさんと擦れ違った。方向からして、レイコさんのところへ行くのかもしれない。
もうライブの後片付けは終わったんだろうか。こりゃのんびりしてられないな。後日改めるとしても日程を決めておかなくちゃレイコさんは捕まらないぞ。
電話しても出ない事が多いと噂のチャンピオンである。特に朝はほぼ不在だ。昼まで寝てるニートだからだとは誰も知らない。
急いで部屋まで戻り、ドアを開けようとした時、話し声が聞こえて私は思わず息を殺した。和やかに談笑しているとは言い難い雰囲気がそこにはあったからだ。
静かな廊下で、扉の向こうからレイコさんの神妙な声が響いてくる。
「ネズさんって…私の事どう思ってますか…?」
え?告白中なの?
まさかの展開に私は扉から身を引き、そしてもう一度聞き耳を立てた。謎の空気に動揺し、そして人との打ち合わせ中に何やってんだと思わずにはいられない。
え、ど、どういう事なの…!?私がお茶買ってる間に一体何が…!?
どうやらレイコさんとネズさんが二人きりで話し込んでいるらしい。私が戻ってくるってのにロマンスを展開する神経どうなってんの?やばくない?ていうかそういう関係だったとか全然知らなかったしかなりスキャンダラスなんですが…。
スクープになってはまずいと思い、私は周囲を見回して、人が来ないか見張る事にした。選手のプライバシーを守るのも社員の務め…社会人としての意識が芽生えた瞬間である。
私も相当に動揺していたが、それはネズさんも同じだったようで、若干上擦った声が奥から聞こえてくる。
「…はあ?」
驚いたように聞き返すネズさんの顔は見えなかったけど、容易に想像がついた。私も思ったからだ。はあ?って。
いやだっておかしいでしょ!打ち合わせ中だぞ?何でそうなったの?ネズさんが驚いてるって事は別にいい雰囲気だったとかでもなさそうだし、本当に全てが謎。どういう状況だったら聞く?私の事どう思ってるかなんて。
「忌憚なきご意見をお聞かせ願いたいんですが」
続いたレイコさんの言葉で、私はハッとした。何だか妙だと思った理由がわかったのだ。
あ!こ、これ…あれだ!客観的評価の収集だ!
事実に気付いたとき、私は思わず部屋へと駆け込みそうになってしまった。だって絶対勘違いするからだ。
リーグカードの文章のやつね!?世間のチャンピオンに対する評価なども盛り込もうって言ってたやつ!
確かにネズさんに印象聞いてみたらどうですか?とは言ったけど、そんな意味深な聞き方しろとは言ってないから!コミュ力ゼロなの!?
どう考えても告白にしか聞こえなかったため、ネズさんもそう思ってたらまずいぞ、と私は焦った。なんかこじれそう!せっかくライブに行くまでの仲になってるってのに!
友情崩壊を危惧する私は飛び込もうか迷い、そうこうしてる間にも話は進んでいく。
「何ですか…忌憚なきご意見って」
ごもっともすぎる。いきなりそんなこと言われても意味わからんしな。
するとレイコさんもさすがにそう思ったみたいで、申し訳なさそうに声を落としていた。
「すみません、急に言われても困りますよね…でも私もどうしたらいいのか…」
言い方ー!思わせぶりすぎる!
このままじゃアンジャッシュのコントになってしまう!やっぱり入ろう!と私はドアノブに手をかけた。
もう聞いてられない!ネズさんが危険な男だったらあすなろ抱きされるところだぞ!犯罪現場にしてたまるか!
失礼します!と声を張り上げようとした瞬間、中から物音が響き、私はまたしても出鼻を挫かれた。椅子と机がぶつかるような音に、思わず肩が強張る。
お、遅かったか…!?あすなろ抱きか!?
「…レイコ」
溜息と共に、ネズさんにしては余裕のない声が聞こえ、こっちがハラハラしてしまう。
「俺いまライブ終わってハイテンションなんですよ」
「え…どう見てもいつも通りなんですが…」
本当だよ。360度ローテンションだよ。
「だから…」
再び椅子が引きずられる音と、ネズさんと思わしき足音がする。中の状況はわからないが、音がドアから遠ざかっているため、きっとレイコさんの方へ近付いているのだ。
やべぇってバンドマンは!ハイになったら何するかわかんねぇぞ!いや全然ローだと思うけど!常人とハイの基準が違いすぎる件はさておき、本人がハイだと言ってるのだ。ライブ後のアドレナリン大量分泌状態でチャンピオンに言い寄られたら、クズの代表格バンドマンは何をするかわからない!ネズさんとて油断は禁物!
バンドマン、バーテン、美容師の3Bとは付き合っちゃいけないって知らないのか!?と偏見に満ちた感情を抱いていた時、とうとうアンジャッシュのコントに終了の兆しが見えた。足音が止まったと思うと、すぐにネズさんは口を開き、私とレイコさんを大層驚かせるのだった。
「リーグカードに載せる文章の参考にしたいとかなら、早めに白状しやがれって事です」
「えっ!そうです」
まさかの大当たりに、バンドマンを見直した。よくわかったな!と感激すらして、擦れ違いが起きずに済んだ事に安堵する。
えー!すごい。本当に凄すぎなんですけど。悪タイプとは名ばかりのエスパーかな?洞察力がありすぎるネズさんには感服するしかなく、わかってたなら焦らせないでよ…と深い溜息をついた。
すると同じタイミングでネズさんも息を漏らし、このとき明確にローテンションになった事を察した。
「…そんな事だろうと思いましたよ」
呆れの中に、残念そうな声色が含まれていた気がして、また入りづらくなってしまう。ここから何か生まれるかもしれない雰囲気が、有るような無いようなって感じだ。
どうしよう…めっちゃアウェーだ。もういっそ帰っていいかな?無事に誤解も解けたっぽいし、でもまともとはいえネズさんもバンドマンだからやっぱチャンピオンと二人きりにするのはまずいかな…とどこまでも偏見で疑いながら、時間ばかりが過ぎていく。
「どう思ってるか、ですが…」
すると、流れたと思った話題を、ネズさんが律儀に拾ってきたので、その優しさにも驚いた。
この風貌だし暗いしダイマックス無しでもめちゃくちゃ強いしそんでやっぱバンドマンだしで、正直優しいイメージはなかったけど、意外な面倒見の良さに衝撃を受ける。
いい人ー。ネズさんってこんな優しいんだ!レイコさんもいい人だし、やっぱ上へ行ける人ってそれなりの人格が備わってるって事なのかなぁ。
何だかリーグカードに書くべき事を閃きそうになって、メモを出しながら、キリのいいところで入るべくタイミングを窺った。ネズさんが喋り出すのを待ち、この時ようやく、立ち聞きなんてしちゃ悪かったかもしれない、と思い至った。
「普通に好きですよ」
心臓が飛び出そうな発言に、私の方が緊張した。
「みんなもそうでしょうしね」
「あ…ありがとうございます…そうだといいんですけど…」
ストレートな言葉選びに動悸を速めた私とは裏腹に、レイコさんは何だか自信なさげな態度だった。
確かに新チャンピオン誕生はかなり湧いたし、白熱した試合内容も納得のいくものだったので、歓迎してる人の方が多いだろう。そもそもジムチャレンジ中からみんな注目していた。だってめっちゃ強かったもん。私も普通に好きだ。
あんなに強いのに、功績をひけらかしたりもしないし謙虚な態度でいられるの、私は尊敬しちゃうな。控えめなのはカントー人の気性なんだろうか。
ニートだから目立ちたくないだけ…という理由など当然知らないので、私は素直に感心する。
まだ不慣れな事も多いだろうけど、応援してあげたいね。そのためにも最高のリーグカードに仕上げたい。
新チャンピオンをガラル中が注目している。まだまだ初々しい彼女を支えられるように頑張ろう…と仕事に前向きになる私と、同じ気持ちを抱いている男が、レイコさんを激励した。
「頑張ってください、チャンピオン」
穏やかなネズさんの声にほっこりしたところで、二人に動きがあった。マリィを呼んできます、という一言が耳に入り、ネズさんが退出しそうだと気付いた私は、立ち聞きしていた事がバレないよう、猛ダッシュで部屋から遠ざかった。
あっぶね!のんびりしてたら鉢合わせるところだよ!
とんでもなくハラハラさせられたわ…とある程度離れたところで踵を返し、いま来た風を装い、レイコさんの元へと戻っていく。当然ネズさんと擦れ違ったが、バツの悪さから不自然に顔を背けてしまった。
なんか…こっちがドキドキしちゃったな…ネズさん優しいし…好きだなんて他意なく言えちゃうあたり大人だよね…。さすが悪タイプ使いのバンドマン、魔性だよ。
私も今度ライブ行こうかな…なんて考えながら、通り過ぎたタイミングでネズさんを見た時、わずかに赤くなった耳に気付いて、私は三度見した。リーグカードの件を見抜き、意見を述べ、そして励ましていた人間の思わぬ姿に、衝撃を受けるどころの話ではなかった。
えっ…!?なに!?どうした!?もしかして照れてるの!?
余裕ありげだったというのに、本当にハイだった可能性を見て、たまらず部屋へと駆け込んだ。他意あったんじゃない!?と思いながらレイコさんと顔を合わせたら、こっちは涼しい顔で手をあげながら私を迎えた。
「あ、おかえりなさい。さっきネズさんが来ましたよ」
動じてねぇ。来ましたよ、じゃないよ。知ってるしさぁ。
私は動揺を悟られぬよう笑顔を作り、買ってきたお茶を机に置いた。物音を聞いた通り、椅子の位置が動いている。
やっぱ何かあったんじゃないの?ネズさん照れてたし、意味深な発言も多かった。でもレイコさんは至って普通なので、何が真実なのか全く見えない。
するとチャンピオンは苦笑気味に眉を下げ、何を言うかと思えば、謙虚とかいうレベルじゃない受け取り方をしており、今日の私は度肝を抜かれるばかりなのである。
「なんか…めっちゃ気遣ってくれて申し訳なかったですね…」
ネズさん優しいからな〜と有り難がるレイコさんは、呑気に茶を飲み、打ち合わせを再開しようと椅子に座り直す。魔性のバンドマンに狂う様子も見せないどころか、完全に優しさで片付けている姿を見て、私は真顔になった。そして気付いた。
この人…鈍感なんだな…夢小説の主人公なみに…。
バンドマンだけはやめとけって言ったけど、むしろ夢主人公だけはやめとけって感じかもしれない。
優しいだけじゃないと思いますけどね…と助言しておいたが、全くピンときていない様子だったので、リーグカードには「とても鈍感な性格」とこっそり付け足しておくのだった。