地縛霊

不穏な音楽が聞こえる。黒い任天堂が私を怯えさせ、どうしてこんなところにいるのかわからないが、テレビもパソコンもない部屋はそれだけで気が狂いそうだった。

「あなたの部屋ですよ、レイコ」

圧倒的威圧感と共に後ろから声が飛んできて、私は息を止めた。肩に置かれた左手のでかさから、相手は2メートル超えの巨人である可能性が微レ存っていうか、確定である。

「私の…部屋じゃないんですけど…」

思わずマジレスしてしまうほど、いつ見ても衝撃的な景色だ。私の部屋じゃない。全然違う。
まずマイルームには窓がある。パソコンがある。ベッドがある。ベッドから動かずに済む位置にあらゆるものが置いてある。こんな未就学児が遊ぶ部屋みたいなところじゃないよ。大人だからね。そう、大人だから…時計の裏にへそくりが隠してあるし、ベッドの下には…へそくりが隠してある。そしてタンスの裏には…?へそくりが隠してあるんだな。貯金しろ。

ずっと動き続けるミニチュアの電車の音に混じり、トラウマBGMが脳内に直接響いてくる。景山将太の本気が怖いよ。何だか頭がぼんやりしてきて、どこか息苦しい。

「あなたの夢を叶えて差し上げてもいい」

夢。青春ワードにハッとする。
私の夢…?ニート?ニートが…叶う?
瞬間、走馬灯のように父から地方へ異動させられた過去がよみがえる。あの悪夢がもう…終わる…?甘美すぎる誘惑に、私はますます意識が混濁する。
そもそもどこなんだここは。知ってるはずだぞ。これは私の部屋じゃなくて、えっと…誰だっけ…マゾ…いやサド…?違う気がする。

「初めからそうしていればよかったのだ」

サドは…私の後ろにいる奴だった気がする。閉じそうな目を思い切って開き、首を動かした。緑の髪が、誰かを彷彿とさせる。ミツルかな?絶対違うだろうな。彼は廃人的な意味でのサドだから。

「あなたはただそこに座って、ワタクシの言う通りにしていればいいのです」
「ネットサーフィンは…」

Wi-Fi環境整えてくれるの…?と尋ねながら振り返る。するとそこには私を余裕で覆う大男が立っていて、趣味の悪いローブを身につけながら、スカウターで何かを計測している。私の強さ?53万?
おっさんルーターの設定できるの?と疑いつつ顔を見る。暗がりで私を見下ろす左目が鋭く光った。その冷たい視線に、記憶の糸が手繰り寄せられる。

「やはり人間の子供は扱い易い」

私は大人なんだが、この巨人からすれば子供なのかもしれないな。猫ひろしなんかはもはや園児に見えるんじゃね。

「思想などという愚かなものを持たない…陳腐でくだらない夢を永遠に追っていればいいのです」

肩を掴む手の力が強くなった時、バスケットゴールに突き刺さっていた玩具が落ちた。その瞬間私は覚醒した。
これ私の部屋じゃねぇ。Nの部屋!毒親監修!

「ゲーチス…」

なんか速水奨に似た声がすると思ったら!
なんでお前が!?ていうかなんで私こんなところに!?記憶がない!記憶がないけど!ニートドリームdisられた事はわかる!

「王になれ、レイコ。ワタクシが自由にしてやると言っているんだ」

宗教勧誘はお断りだよ。私は口調が荒くなってきたゲーチスの手を払い、回り続ける電車の玩具を止める。
いくらWi-Fi環境整っててもこんな部屋ごめんだね。よく見たらしばらく使われていないのか、汚れや風化が目立つ。もうここには誰も戻らないのに。こんなところで地縛霊やったって何も意味がない。

「陳腐でくだらないかもしれないけど…私の夢は…自分の親父から勝ち取る」

もはや普通のニートじゃ満足できねぇ。どうぞニートになってくださいレイコ様、そう親父の口から聞かなきゃ始まらねぇんだよ、私の真の人生は!

「あんたの息子にはならない…」

間違えた娘だった。Nの事が念頭にあるからミスったわ。
ニートをダシに私を王にして操り人形化を企むなど片腹痛いね。お飾りの王、それさえも職業ですから。職に就く事ほどニートのプライドを傷付ける事はない。
馬鹿にしないでよと山口百恵なみの啖呵を切れば、諭すような表情から一転、ゲーチスは本性を露わにする。般若の形相で私の髪を掴んできたため、咄嗟に突き飛ばそうと手を伸ばした。

「ハゲるだろうが!」
「うわ!」

叫びながら私は飛び上がった。するとゲーチスにしては間抜けな声が聞こえてきて、眩しさに目を細めながらゆっくり瞼を開く。あのトラウマBGMは、もう聞こえなくなっていた。

「ちょっと何!寝ぼけてんの!?」
「え?」

瞳を開いた時、正面にいたのは実父だった。
クソ親父…なんでここに?ゲーチスは?いやいない方がいいけど。
ぼーっとしながら辺りを見回し、どうやら自宅のリビングだと気付いた時には、先程までのやり取りが夢だったと理解できた。
なんだ、ただの悪夢か。まぁそりゃそうだよな、ゲーチスはどっか行っちまったらしいし、私はカントーでニート中…しかもNの部屋なんて行くわけないんだから、明らかに夢だったのに。
気付かないもんだなぁとしみじみ思っていると、起き抜けの娘に父が文句を垂れる。そういえばゲーチス突き飛ばそうとして親父を殴ったかもしれない。故意じゃないが、故意だと疑うなら何故殴られるような事態が起きるのか胸に手を当てて考えてみるんだな。

「うなされてたから起こしてあげようとしたのに!この親不孝者!」
「お互い毒親で苦労するよな、N…」
「はあー?失礼なんですけど!」