「私のカジッチュがいなくなっちゃって…どこにも見当たらないんです…」
と、言われたら探すのを手伝わなきゃいけない職業な〜んだ?
少なくともニートではない。
「これがチャンピオンタイムか…」
ナックルシティを歩き回って絶望する私の名はレイコ。ガラル新チャンピオンの肩書きを持つニートである。
今日はナックルシティに用があって赴いたんだけど、半泣きで歩いてる女の子を見つけてしまった事から、本日の予定が全て狂った。ついでに気も狂いそうだった。
チャンピオンたる者、いやチャンピオンでなくとも、泣いてる人間を無視して通り過ぎるというのは、さすがに気が咎めるものだろう。
普通に街を歩いていた時、向こうからしゃくり上げる声が聞こえてきて、何事?と思ったら目が合い、その瞬間逃げられない何かと遭遇してしまった事を察した。赤い目をして眉を下げる女子が、チャンピオン…?と小声で囁くのを聞き、声をかけずにいられる方が人生上級者だろう。
困っている女子を助けざるを得なくなった時間…そう、チャンピオンタイムの始まりである。別に目が合ってなかったらスルーしてたとかそんな事はない。あるんだな。
ドラゴンタイプがこんなに扱いづらいとは思わなくて…と泣く女の子は、まぁ十代半ばくらいだろう。捕まえたばかりのカジッチュをボールから出したら、すごい速さで逃げられてどこに行ったかわからなくなってしまったという。私もいまだにカイリューには手を焼かされているので、ドラゴンの気難しさは大いにわかり、同情した。
根気が大事ですよドラゴンは、と上から目線で慰め、私と女子は手分けしてカジッチュを探しているというのが現状である。この広いナックルシティを回るのは本当に大変で、初めて都会を恨んだ瞬間だった。
マジで広大。広すぎる。こんな中からあんな小さいリンゴを見つけるとか正気の沙汰じゃねぇよ。これもチャンピオンの務めなんですか?私立探偵の仕事じゃなくて?
いまいちチャンピオンタイムの発動条件に納得がいかないながらも、闇雲に探していても仕方がないから、私はポケモン図鑑を開き、カジッチュがいそうな場所をリサーチする事にした。まともに図鑑を使っている自分にも何だか泣けた。いつもかざすだけなんで。読めよ。
すると早々に発見があり、さすが図鑑と呼ばれるだけの事はあると感心する。
カジッチュって…リンゴの振りをして天敵から身を守る習性があるんだ。そりゃそうだよな、でなきゃあんな姿してねぇよ。
てことは木の上にいる確率が高いって事なのでは?
即座に思いつき、自画自賛を止める事ができない。天才。さすがスター。閃きの伝道師。お前ほどのニートはいないぞレイコ。最後のは悪口だった。
他にも、片想いの相手にカジッチュを渡すと恋が実る…なんて逸話もあり、そっちは心底どうでもよかった。爆発しろリア充。末長くな。
そうと決まれば街路樹を探すに限る。緑の少ないナックルシティ、探す範囲がぐっと狭まり、見えてきた希望に縋り付いた。
奇妙なリンゴが成ってる木があるはず…と上を見ながら歩き、木にへばりついて葉っぱをかき分け、通行人に不審な目で見られても、私はチャンピオンタイムを全うした。自身の献身的な態度に感動し、そして早くカントーに帰りたい気持ちを募らせていく。もうニートタイムしかしたくねぇよ…ボランティアなんかしてると蕁麻疹が出ちゃうだろうが…。
奉仕活動を体が受け付けないニートは、虚な目で木を物色していた時、ふと木の実に混じったリンゴらしきものを見つけた。明らかに一つだけ違う形に過剰反応し、血走った目で凝視する。
あれか!?ヒメリの木だけど…なんか色もサイズもちょっと違うやつがある!
これで違ったらもうサジを投げてやる!とチャンピオンタイムの放棄を考えながら、木に近寄って葉の間を凝視した。どう考えてもヒメリじゃない事を確認し、祈りながら近くの塀を登る。
いやもうこれ絶対カジッチュだから、間違いないから。天敵はごまかせても散々記録した私の目はごまかせねぇぞ!
塀から枝をつたい、危なげな感じになりつつも、私は何とか木の上に登ってベストポジションについた。やはりカジッチュだ。木と繋がってないし、完全に枝の上で休んでやがる。
クソ、なめやがって…このニートを労働させた罪は重いからな。
これであのトレーナーのカジッチュじゃないとかいうオチだったら、私はゴリランダーの如き腕力でリンゴを握り潰してしまうかもしれない。隠し切れない殺気を纏いながら、両手でリンゴをしっかりと掴んだ。眠りこけてくれたおかげで、案外すんなり捕まった。
よし!チャンピオンタイム完ッ!
獲ったどー!と叫びたい衝動をこらえ、私は仕事を完遂した気になった。もう絶対に離すまいと意気込み、そして二度と逃すなよとトレーナーに念を送る。
マジでこれっきりにしてくれ。もう今からはニートタイムだから!絶対ホテル戻って寝るからね!たとえムゲンダイナが出てきても対処してあげないんだから!
早くこれを返して普通のニートに戻ろう、と完全にスイッチをオフにした時、私の奉仕活動を止めさせない声が響いて、なかなかニートにしてくれないガラル地方を恨んだ。
「何やってんだ、チャンピオン」
うるせぇ!チャンピオンタイムは終わったんだよ!と叫びかけた口を、私は咄嗟に閉じた。勝手に終わるなって話もそうだが、声をかけてきたのが意外な人物すぎて、言葉が出てこなかったのだ。
木の上にいる私と、そう遠くない距離で見つめ合うことになったでかい人物の名を、私は呆然と呟いた。
「キバナさん…」
何故ここに。そりゃナックルシティはお前のホームだろうけども。
木の上でカジッチュを両手で掴んでいるターザンのような私を見るキバナさんは、当然怪しんだ顔をしていて、どうにも居たたまれず苦笑した。知り合いには見られたくなかった…と悔しさに唇を噛み、しかしこれは奉仕活動、何も恥じる事はないと開き直った。
しかし、そんな私の恥を刺激する発言をするものだから、ドラゴン使いは無自覚煽りの達人である。
「不審な奴がいるって聞いて来たんだが…お前か!」
失礼すぎるだろ!笑顔で言うな!
人の不審行動を笑うキバナをド突きたい衝動に駆られたが、両手が塞がっているので暴力行為は阻止された。実際、塀を登り木を伝い歩く不審者なのは間違いなかったので、強い反論に出られないのも事実だった。
つ、つらい…陽キャのキバナに怪しい奴と思われるとは…。これだから陰キャは…って呆れられたらどうするんだよ。
違うんです!と迫真の表情で首を振り、決して怪しい者ではないというアピールをした。
「チャンピオンタイムなんです…!」
不可抗力不審者である事を弁解するため、私は早く降りようと決意したのだが、ここで大きな問題に気付き挫折した。むしろ何故最初に思い至らなかったのかと疑問を抱き、己のポンコツぶりに血の涙が滲む。
しまった。両手塞がってるから降りられねぇ。
馬鹿なのかな?と呆然とする私は、一瞬宇宙に意識を飛ばしかけたけれど、そんなますます不審者に拍車がかかる真似をするわけにいかず、すぐに正気を取り戻す。
いや呆けてる場合じゃねぇ。カジッチュを入れる網などを用意しておくべきだったという反省もあとでいい、とりあえず今はどうにか下に降りることが先決だよ。これ以上誤解が広がらないうちにな。
さすがに飛び降りるとなると高すぎるなぁ…と下を覗き込んだ時、不意にキバナと目が合って、私は天才的アイデアを閃いた。実にいいタイミングで来てくれた彼に急に感謝し、自身の主人公属性もたまには役に立つもんだと意識を改めた。
「キバナさん」
私は寝ているカジッチュを突き出し、ヘルプを出した。
「このカジッチュ、ちょっと受け取ってください」
「え?」
私は己の柔軟な発想を心底リスペクトした。止まらない自画自賛の中で、投球ポジションを見定める。
そうだよ、キバナさんにカジッチュを持っといてもらったらいいんだ。そしたら私も両手が空くし、木から降りられて不審者も卒業できる。
マジでグッドタイミングだったぜ…と神の使いにさえ見えるキバナにお願いをすると、彼は何故かポカンとしたまま動かず、電柱のように突っ立ったままだったので、今度は私の方がポカンとしてしまった。流れる奇妙な空気に、何だか居たたまれなさを感じる。
何?どうした。まさか聞こえなかったのか?いや聞こえないにしても察しろよ。受け取ってくれないと降りられないの!あなたのせいで不審者が加速しちゃうのよ!
頼むから早くしてくれない?と辺りを見回しながら、私は内心焦りを募らせる。
木登りしてるところなんて極力見られたくないんだから…だってチャンピオンだぞ、格好いい姿だけをガラルに刻み付けて帰りたいじゃねーか。華々しい活躍を見せた美しく強いトレーナーのイメージを保っていたいってのに…ボランティアの挙句に不審者呼ばわりだって?間違ってもそんな風に言われたくはなかった。生き恥である。
ニートの方が恥な事はさておいて、私は手の中のカジッチュが覚醒し始めていることに気付き、ますますテンパった。ボールから出した途端に逃げるような奴である、起きた時にこんな不審者に捕まってると知ったらどうなるかわかんないぞ。そして自ら不審者に甘んじてしまった自分が悲しいよ。
そんでキバナは何してんの?と下を見たら、彼は悩んだような顔をして首を捻っていた。
「まぁドラゴンタイプだし…って、そういう問題じゃないか…」
何やら独り言を呟くキバナに、マジで早くして、とタメ口を利きながら、私は枝を何度か踏み付けた。もたつく男を上から威嚇する様子、まさにゴリラであった。
本当に何?なんで受け取ってくれないの?チャンピオンがこんなに困ってるのにさぁ!こっちはもうニートタイムが迫ってんだよ!そしてカジッチュの覚醒もすぐそこまで来てる!
手の中でリンゴが震え出した時、もう限界だと私はカジッチュを振り上げた。
また逃げられたらたまったもんじゃない。早くトレーナーのところに返してやりたいし、少し強引だが、キバナさんならきっと何とかしてくれるだろ!
「投げますからね!」
「は!?」
私は宣言と共に、カジッチュをキバナ目掛けて射出した。回転するリンゴは美しい放物線を描き、重力に従って落下していく。
一瞬戸惑った様子のキバナだったが、さすがに落とすわけにいかないと思ったのか、暴れるカジッチュを物ともせず、しっかりとキャッチしてくれた。無事に受け取ってもらえた安堵で、私は深い溜息をつく。
よかった…これで木から降りられる…猩々にならずに済んだわ。
そいつ絶対離すなよとキバナに念じながら、枝に掴まり、塀を巧みに利用して、私は地面に着地した。この短期間で猿人類としての能力が上がりすぎた自分がつらかった。
早く人間になりたい…と願いながらキバナのそばへ行くと、彼はまだ何か唸っていて、暴れるカジッチュをじっと見つめていた。どことなく呆然とした雰囲気がある。
「受け取っちまった…」
困ったような声色に、何なの?と再三思う私だったが、ここは大人なので協力してくれた彼に礼を述べておく。
「ありがとうございます、助かりました」
いいところに来てくれたのは本当だからな。謎のもたつきはあったけど感謝はしている事を伝え、地に足のついた生活を喜んだ。
するとキバナは微妙な反応をし、不自然に目を逸らすと、背も態度もでかいわりに小さな声で呟く。
「結構強引だな、お前…」
まぁいきなり投げるのは確かに力技すぎたかな…と思っていれば、話が何だか噛み合わなくなってきて、今度は私が首を傾げる。
「嫌いじゃねーけどさ」
そして優しげに微笑まれ、曖昧な返事しかできず、私は棒立ちした。左様ですか…?と苦笑し、なんで急にそんな事を言ったのかまるで理解できない。
何の話してんだ?私もキバナさんの事は嫌いじゃねーけど…今そんな感情を確かめ合わなくても良くないか?
もしかしてチャンピオンタイムを頑張っている私への激励だろうか…と想像しながら、とりあえずいつまでもカジッチュを持たせているのも悪いので、私は両手を前に出し、貰いますよの姿勢を取る。
「ん?」
するとキバナは、そんな私の行動に首を傾げた。さっきからどうにも噛み合ってないのが気になって、もしかしてキバナさん調子悪いのか?と私は心配する。
ん?じゃなくて。それ私のだからよ。いや私のっていうか私が探してた奴だから返さなきゃいけないわけ。両手塞がってると降りられないから一旦渡しただけで…もういいからな?持ってもらわなくても。私がチャンピオン責任でしっかり飼い主に送り届けます。
という事を視線で訴えても伝わらなかったので、私は手を出しながら口を開いた。
「それ…返してくるので」
「返してくる?」
「探してほしいってトレーナーに頼まれたんです。だから不審者じゃなくてチャンピオンタイム中で…」
怪しい者ではない事を強調しつつ、そういえばテンパってキバナさんには何の説明もしてなかった事を思い出した。いきなりカジッチュを投げつけられて意味がわからなかったかもしれない…とようやく思い至り、申し訳なさが募っていく。
そっか…そりゃそうだよな。ごめんなさいね急にリンゴぶつけて…当然わけわかんないよね、怪しいニートが木の上からカジッチュを渡してくる状況とかどう考えても謎すぎるもん。私だったら叩き落としてたかもしれんわ。蛮族かな?
そんな意味不明な中でしっかりキャッチしてくれたキバナさん、本当にいい人だと思うよ。その優しさ、私…日付変わるまでは絶対に忘れないようにする…。永遠に刻んどけカス。
そういうわけなんで…とキバナさんの手にあるカジッチュを掴んだら、やっと咀嚼したらしい相手は目を見開き、何故か赤面して叫んだ。
「あー!そういう事かよ!」
いきなりカジッチュを結構な勢いで突き返され、私は仰け反りながら受け取った。そういう事だけどそんなにでかい声出すほどか?と驚き、戻り次第即暴れたカジッチュを押さえ込んだ。
やっぱ今日のキバナさんホルモンバランス崩れてねーか?ぼーっとしてるかと思えば声を張り上げ…顔も赤いし発熱の恐れもある。いつもと様子がおかしい場合、それは病気のサインである可能性は充分にあるので、私は純粋に心配だった。
もはやニートタイムの気分だったけど、体調が悪いなら病院に付き添うくらいの気概はあるため、チャンピオンタイムの続行も検討した。流れで捕獲も手伝ってくれたし、キバナさんのためなら問診票も書いてあげたって構わないぜ。名前以外何も知らんけどな。
大丈夫ですか?と気遣いの言葉を投げようとした時、いまだ熱の下がらない表情で、キバナは私の額を軽く小突いた。マジで大丈夫か?と本気で心配になってくるが、世間は私の鈍感さの方が心配である事など知る由もない。
「本気で悩んじまっただろ!」
捨て台詞のようにそれだけ言うと、キバナは溜息をついて去っていった。何をだよ?と問いかける暇もない出来事に私は唸り、とりあえずカジッチュを返したらキバナさんの奇行についてナックルジムに報告しとくか…と最後まで体調を心配した。
絶対様子おかしかったもんな。いつもは陽キャの優しい兄ちゃんなのに、今日はどっちかと言うと向こうが不審者だった。働きすぎで疲れてるのかもしれない…やはり労働は悪だと痛感してしまうね。ますますニートへの気持ちを高める私は、キバナの奇行が自分のせいだとは思いもしていないし、カジッチュにまつわるリア充な逸話も、完全に失念しているのだった。