人生狂わすタイプ

「レイコさん、待ってくださあい…」

情けないジニアの声に振り返った私は、思いの外遠くから聞こえた声に慌てて足を止めた。

「歩くの速いんですねえ…」
「すいません、生き急いでて」
「いえいえ〜僕こそこんな格好ですみませえん」

サンダルを見ながら緩い笑顔を浮かべるジニアをしばらく凝視したあと、私はミライドンのボールを掴んだ。やっぱ徒歩は無理だな、と思ったからだ。

私の名はレイコ。こっちの頭緩そうなインテリはジニア。一応担任の先生だが、大してアカデミーに顔を出していない私を生徒と思ってくれているかは不明である。
現在ブルーベリー学園に留学させられている私は、特別講師としてやって来ていたジニア先生と共に、キャニオンエリアのイシツブテまみれな地面を歩いていた。何故かというと、テラスタイプステラのオノノクスを見てみたいと先生が言い出したからだ。
ちょっと常人では到達できないエリアにいるから案内しますよ、と言ったはいいものの、常人には到達できないので、つまり常人には到達できない。だから常人でない人間、私しか到達できないというわけだ。モトトカゲに乗ったところで途中から通行できないし、最後はどうせミライドンを頼るわけだから、付近まで歩いて行くことにしたんだけれども。

よその学校にサンダルで行く以前に、よくその格好で飛行機乗ってここまで来たよな。頓着がなさすぎる。私に頓着のなさを指摘されたら終わりだぞ。そりゃ私だって近所のコンビニくらいならノーメイクで行きますよ、寝坊した時は髪のセットは諦めるよ、でも飛行機乗る時はさすがに靴だろ!何故なら緊急脱出時に走れないから。まぁ主人公でない者には緊急脱出など頭にないかもしれないけどな。レイコの目には常にトラブルと隣り合わせに生きている者の陰りがあった。

「もうここからミライドンに乗りましょうか」
「そうですねえ…そうさせてもらいます」

さっき乗車訓練をしたが、ジニアは初めて乗るハイテクトカゲにはしゃぐばかりで、正直ちゃんと乗っていられるか不安だった。これまで原付やカイリューや横暴プテラやサイホーンやローラースケートやケンタロスなどに乗って来た私も、さすがにミライドンの多岐に渡る移動機能には慣れるのに時間が掛かったものである。
このふにゃ〜っとしたちいかわ先生に耐えられるのか?それとも曲がりなりにも研究者ならわりと慣れてるのかな?知らんけどとりあえず行こう。最悪縛りつけて乗せとけばいいし。生徒からの逆体罰も今回だけは許せよ。

ミライドンをボールから出し、定位置より少し前に座って、ジニアを後ろに配置した。ミライドンの二人乗りは特に規制されていない、というか、そもそもミライドンなんて他にいないんだから俺がルールだって感じ。だから俺が許す。そもそもここは公道じゃないしな。

「まずあの崖にのぼりますから、しっかり掴まっててください」

すぐそばにある、ちょっとジャンプしたら飛び越せそうな崖を指して、私はジニアを振り返った。すると彼は両手を挙げ、あざとく小首を傾げる。

「どこに掴まったらいいですか?」

そう言われ、私は一瞬フリーズした。言われてみればそうだな…と記憶を辿り、大穴に飛び込んだ時の状況を思い出す。
あの時どうしてたっけ…とにかく何かにしがみついた記憶しかないな…まぁどう考えても一人乗りだから実際後ろの奴が掴まるところなんてないわけだが、それでも運転席には備わっている。操縦桿的なものが。

「ここの…」

ちょうどいい位置に伸びている謎の突起を見つめ、私はそれを撫でた。

…ハンドル?なのか?いつも掴まってるこれは。ハンドルじゃないなら逆に何って感じだけど。
何にせよここ以外に掴まる場所はない。私はジニアの手を引っ張り、かなり前傾姿勢になってもらいながら、ハンドルもどきへ両手を誘導した。

「ここ掴んでください」

ちょっと窮屈だけど、四人乗りした時に比べたら余裕しかないので、さほど気にする事なく私もハンドルを掴んだ。別に長時間移動するわけじゃないし乗り心地の悪さは我慢してくれるだろ、大人なんだから。ステラのオノノクスを常人が見るにはこれしかないんだから。嫌だったら帰りはエアームド捕まえて戻ってくれ。そっちの方が怖ぇよ。

私の手の横で、ジニアがハンドルもどきを強く掴んだのが見えた。そして背中から伝わる鼓動がどんどん速くなっていき、こいつビビってんのか?と心配になる。

おいおい…オノノクスを見に行くくらいで日和ってる奴いる?いねぇよなぁ?愛美愛主潰すよなぁ?
頼むからビビって落ちるのは勘弁してくれよ…と面倒な展開を想像していれば、真上から少し震えた声がする。

「…何だかドキドキしますねえ」

日和っているのか愛美愛主に。いや悪乃之苦主に。いやそれとも美羅威曇にか。

「すぐ慣れますよ」
「大人だなあ」

ライドにビビらない事の何が大人なのかはわからなかったが、もう面倒だったので何も告げずにジャンプした。飛んで体が少し浮き、離れないようジニアの手を上から握る。

「ひえ〜」

上擦った声に少し笑いながら、着地した岩の上で辺りを見回した。振動と衝撃にジニアはわりと体を振られていたが、これから飛行に入るとさらに体幹を必要とするので、日和っている場合ではないのだった。

「飛びますからね」

ジニアが小声で返事をした瞬間に、私はミライドンへ合図を出した。

「落ちてもちゃんと助けてあげますよ」

高く飛び上がり、風に乗って空を駆け出したら、急にジニアは緊張が解けたように息を吐いた。強張っていた腕は自然な力でハンドルを掴んでいて、もう慣れたのかと感心する。
ミライドンが有能とはいえ、結構バランス感覚は必要なんだけど、ジニア先生意外と体幹悪くないんだな。うちの親父なんてプテラからもカイリューからもすぐ落ちちゃうのにな。そのまま頭打って真人間になったらいいのにな。
何にせよ順調に進めているのは万々歳だ。むしろ急に静かになったジニアが逆に心配になって振り返ると、どうしてか彼は上を見て、何かに納得したような声を出す。

「なるほどなあ…」

この時、ジニアの手を握ったままだった事に気付いて、さりげなく離した。他意はなかったとはいえ教師と生徒の接触はデリケートすぎる問題、PTAとクラベルに見られたらジニア先生が怒られてしまうところだったわ、危ない危ない。まぁいつも怒られてるからいいのかもしれないけど。しっかりしろ。靴履け。
そもそも二人乗りの時点ですでに問題が発生している自覚のないレイコは、空に向けられたジニアの呟きの意味も、全く理解できないのであった。

「みんなこうやって夢中になっちゃうのかあ」