隣の芝

マサキさんが研究資料を返しに来たので、ご飯でもどうですかと誘えば、何故かレイコまでついてきた。タダ飯ぐらいのニート娘にご馳走してやる義理はないが、マサキさんの手前強く出られない。それまで計算づくだとしたら、この女、我が娘ながら恐るべしずる賢さ…その知性を別のところで活かしてほしかった。

飯時で混んでいる飲食店は、なかなかに騒がしい。隣の席のカップルがイチャついてる事にレイコはイラつき始め、私はそれをたしなめた。

「そんな露骨に苛立つんじゃないよ」
「だって…見た?パスタ一本一本食べさせ合ってるんだぜ?わんわん物語でもやらねぇよ」

首を切るジェスチャーまでつけてカップルへの憎悪を募らせる愛娘…まぁ確かに一本一本食べさせるのは非効率的すぎて科学的観点から父さんも苛立ちが止まらないし、わからんでもないよ。だけどそんなアシリパさんなみの顔芸で嫌悪感示すことなくない?全く気付かず二人の世界に入り込んでるカップルもすごいけどな。
料理がなかなか出てこないのも相まって、レイコの怒りのボルテージは上がりまくっていたが、今度は父に代わりマサキさんがたしなめ役を買って出た。

「別にええやんか…個人の自由やで」
「…さてはお前もバカップルになるタイプか?」
「いや…ちゃうけど…」
「大体マサキは好きな奴いんの?」

すごい勢いで展開したぞ今。
我が耳を疑う状況に、私はレイコとマサキさんを交互に見た。
なんか今流れるように恋バナに移行していったように思えたんだが?気のせい?いや気のせいではない。私はこの時、フラグ乱立夢主人公の真髄を見た。
理由はわからないが、レイコは昔からやたらモテた。本人不在にも関わらず誕生日にはプレゼントが届くし、訪ねてくるのは男ばかりである。その多くはポケモントレーナーだったから、まぁ強い奴には無条件で惹かれてしまうというあれだろうと思っていた。しかし今!レイコが人を誑かす瞬間を私は見た。
これが夢主かぁと感心しつつ引いていると、動揺を露わにしながらマサキさんは口を開く。一方レイコは質問しておいてメニューを熟読していた。聞けよ。

「い、いる」
「へー」
「誰か聞かへんのかい!」

死体のような脈のなさに、父も無念だ。すまんマサキさん…娘は石油王にしか食指が動かない…!

「だって知らない奴の話されてもな」
「し、知っとるで」
「え?」
「知ってる奴やレイコも!」

ようやく隣のカップルがパスタの入れ食いをやめた。マサキさんの声に一瞬振り返り、すぐまたわんわん物語の下位互換を再開する。私も青春の1ページのような事態に手に汗握った。
これは恋が進展、もしくは撃沈するパターンのやつ…相手はお前やレイコ!と告げた時、果たして脳内でラブストーリーは突然にが流れるのか、それともさよならが流れるのか、小田和正の采配にかかっている!
ていうか父親の前でよくそんな話できるな…とまともな事をつい考えてしまうと、レイコはメニューから手を離し、ハッとした顔でマサキさんを見た。まさかレイコ…お前気付いて…?とそわそわしたが、私は直後に一級フラグ建築士&破壊神の真骨頂を目撃するのであった。

「もしや…綾波…レイ…!?」
「三次元や!」

じゃあ知らんわと再びメニューを見出したレイコの無礼講に、すいませんと思わずマサキさんへ頭を下げてしまう父であった。