「山田利吉殿の調査をしてもらいたい」
突然の姫様からの呼び出しは、理解不能なものだった。
何?急に。山田利吉殿ってあの山田利吉殿?山田伝蔵先生の息子の山田利吉殿の事か?
正座で話を聞く私は、城仕えのしがない忍者だ。生まれた時から姫様の遊び相手をしてきた身としては、彼女の性格はよく知っているつもりだったけど、あんまりどうでもいい事を頼んできたりはしない人だったので、この命令はかなり意外なものである。
もしかして不穏な話だろうか。利吉に何か怪しい動きでもあるのか?でもうちは忍術学園とも良好な関係にあるし、あの売れっ子プロ忍者が敵に回る事もそうそうないと思うんだけど、不景気で仕事を選ばなくなっちゃったんだろうか。もしくは、利吉が何か窮地に立たされていて援助を必要としているとか?
真面目に考えを巡らせる私であったが、次の姫の言葉で、それは全て無駄だったと思い知らされる。
「たとえば…利吉殿の好きなものとか血液型とか、そういうのを」
「ABらしいです」
「あー…わかるわかる」
一気に平和な空気になり、その落差に私は思わず身震いした。なんだそのカスみたいな調査は、と言わなかった自分を褒め称えたい。
姫、最近は山田利吉ブームなのかな。ハンサム好きだもんな。
何の意図があるのか知らないが、姫が調べろと言うなら調べるしかない。それが従業員というものである。特に私は最近小隊長の任を解かれ、姫様専属の忍となり、それが出世なのか左遷なのかわからないままお支えしているため、この命令には逆らえないのだった。
去年、忍者隊の総隊長だった母が病死してから、とにかく忙しかった。最近ようやく落ち着いてきたので、姫にもハンサムハントをする余裕ができてきたのかもしれない。母が死んだ時は姫の方が私以上に悲しんでいたので、元気が出たなら何よりである。
というわけで山田利吉調査を開始するのだが…ターゲットは意外と近くに潜んでいた事に、私は驚きを通り越して疑念さえ抱いた。
「利吉さん」
声をかけると、山田利吉が振り向いた。タイミングが良すぎる、と私はすぐに怪しんだ。偶然で片付けられるほど忍者の世界は甘くない。
城内を少し歩くと、関係者がうろつけるエリアがある。もちろん関係者以外は入れない。つまり利吉はこの城の関係者として、何か理由があって来ているのだ。こんなタイミングよく来てる事なんてあるのか?考えすぎ?
「どうしたんです、こんなところで」
「仕事ですよ。あなたは?」
さらっとかわされ、私はすんなり納得できず、返答も口篭る始末。いつも爽やかな利吉が今日は何だか怪しく見え、敵には回したくない男だと改めて感じた。
姫様から山田利吉調査を頼まれた五分後に山田利吉に会う…そんな状況を偶然で片付けていいのか?利吉なんてそう頻繁に会えるわけじゃない、どっちかというとレアキャラだぞ。何らかの力が働いてる気がしてならないんだけど。
しかしその何らかの力が何の力なのかわからない以上、慎重に行動しなくてはならない。適当に話を合わせ、わがままお嬢の気まぐれに付き合わされてる苦労人の芝居を打った。
「私はなんか急に…山田利吉殿から忍者のあれそれを学んでこいと姫様に言われまして」
「またまた…あなたが私から学ぶ事なんてないでしょう」
「いやいや、私など学ぶ事だらけですよ」
謙遜し合いながら、相手の腹を探ろうと口を開いた。
「仕事ならお手伝いしますよ」
「生憎今日は何もないんです」
「さっき仕事って言ったのに」
「ちょうど終わったところだったんですよ」
白々しすぎないか?考えすぎなのか?
間髪入れずに返ってくる言葉には、何かが含まれている気がするけど、やはりその何かがわからないので不安が募った。どうにも違和感が拭えず、そしてそれは気のせいではないと確信している。
考えもまとまらないし、今日のところは一旦引くか。利吉がそう簡単にボロを出すとは思えないからな。姫の方も怪しいしそっちも探らないと。退散を決め込んで帰ろうとすれば、突然利吉から真逆の提案が飛んできて、虚をつかれた気分だ。
「よければお茶でもしませんか?」
「は?」
「ちょっと一人じゃ入りにくい店があって」
予想だにしない展開に、私はポカンと口を開けた。あの山田利吉殿から茶に誘われるなど人生初だったからだ。
怪しい。山田利吉が何の用もなく私をお茶に誘う?絶対ないだろ。話が弾むわけもないし。別に全然話した事ないわけじゃないしむしろ昔から交流はしてる方だと思うけど、まさか二人きりで茶を飲むような仲だとは考えもしなかった。
しかしこのチャンスを逃すはずもないので、喜んで了承する。
「いいですよ」
そもそもの話、利吉が忍者の仕事で城に来てたなら私が知らないはずがないと思うんだが。腐っても元戦闘部隊の小隊長、母なんて全ての部隊を統べていた忍者隊の元総隊長だぞ。ハブられることないだろ。さすがに。さすがにな。
でも姫様御付きになってからあんまり付き合いないな…という事には気付かなかった振りをして、私は利吉の誘いに乗った。連れてこられたのは団子屋だった。別に入りにくくはなさそうな普通の店である。やはり怪しい。
「好きなんですか?団子」
ここでようやく姫から命じられた、利吉の好きなもの調査を開始できそうだと思い、さりげなく尋ねた。逆に聞かない方が不自然なくらいだろう。
しかしそう簡単に個人情報を明かさない利吉は、またもや微妙な回答で私の問いをはぐらかす。
「母上への手土産にと思ったんです。美味しければ買って帰ろうかと」
全然答えてくれない。わざとなのか?天然なのか?私には何も言いたくないという事なのか?誘っておいてどういう事やねんこいつ。
「レイコさんは?」
「好きですよ。ここ軽食もやってますから、よく来ます」
「え?でも食堂があるでしょう」
普通の世間話になったところで、我が城のタブーに利吉が触れた。食堂、という単語を鼻で笑い、私は首を横に振る。
「忍術学園の平和な食堂と一緒にしないでくださいよ。うちの料理長は気の狂った毒使い忍者…新たに調合した毒を試すんですよ、食堂に飯食いにきただけの私達でね…」
「どうしてそんな人を雇っているんですか…」
「ハンサムだからです」
「無茶苦茶だ…」
利吉さんはポイズン忍者の顔を思い浮かべながら、本気で引いてる様子を見せた。命懸けの食堂事情に私ももちろん引いているが、毎日通ったおかげで毒の耐性がついてきた猛者などもおり、世界は広いと感嘆の息を漏らしたものである。
「それ以外はいい人なんですけどね、うちの忍者隊でも結構人気がありますよ」
松坂桃李に似てるし、と付け加えた時、利吉は手を止めて、妙に真剣な表情を向けた。何かまずい事を言ったか?と私も手を止めたが、降ってきたのは特に大した事ない言葉だった。
「レイコさんも…ああいうのが好みですか」
「いや…」
真剣に問われ、私は困惑の声を上げるしかなかった。心の底から、別に…って感じだった。
そりゃハンサムだとは思うけど…それなら利吉さんだってハンサムだし、利吉さんが食堂のお兄さんだったらそれはそれで人気だったと思うし、だからといって私は別に通ってはなかったと思うし、つまり特別好みな容姿なんて、私にはない。
ないけど、大人のジョークは嗜んでおく必要がある。
「私は利吉さんの方が好みかな」
雑にお世辞を言うと、利吉は喜んでるんだか呆れてるんだかわからない声で、謎の言葉を発した。
「私もですよ」
どういう意味?自分の顔が好きってこと?それともオウム返しで褒め合ったってこと?マジでわかんないんだけど。
困惑を団子を頬張る事で誤魔化した私は、これがAB型の男か…とレッテルを貼り、毒にも薬にもならない時間をやり過ごすのだった。