山田利吉調査、二日目。
今日も今日とて、利吉さんが城にいる。しかもうちの忍者隊総隊長と話している。
あれは去年亡くなった私の母に代わり、総隊長になった男だ。人格もできているし実力もあるし、後釜はこの人しかいないだろうと誰もが思っていた人間だ。そもそも、この城はタソガレドキと並ぶほど、とにかく忍者が多い。各小隊に十から二十人は配置されているから、人手に困るような事はまずなかった。だから、外部の忍者である山田利吉がうろうろしているのは、わりと珍しい状況なのである。
山田利吉さんと私の関係は、そう複雑ではない。私は忍術学園の卒業生で、山田先生に懇意にしてもらっていた…程度のことだった。
私の母は歴代最強と言われる忍者隊総隊長を若い頃から務めており、娘の私は偉大な母を追うように、学園屈指の実力者である山田伝蔵先生に自主的に教えを請うていたわけだ。当然利吉さんとも顔見知りになるし、卒業後もたまに一緒に仕事をするから、わりと信頼できる人間だとは思っているんだけど。
でも何?この胸騒ぎは。何かが妙だとは感じる。総隊長と何を話す事があるんだ?いやまぁあるか、仕事なら。私の方も言えない仕事を抱える事あるし、全ての情報が共有されるとは限らない。
だけど、気になる…と思わずママレードボーイのオープニングを口ずさんでいると、話を終えた利吉が真っ直ぐこちらへ近付いてきた。何の躊躇いもない速度だ。
「またお会いしましたね」
「…今日もお仕事?」
「そんなところです」
適当すぎる利吉に、いろいろと考えが巡ってしまう。誤魔化しもしないのは何?本当に何もないからか?逆に何かあるから適当なのか?完全に疑心暗鬼だ。私を撹乱させるのが目的なら、すでに達成していると言っていい。
「どうですか、また食事でも」
「いいですけど…」
再び食事に誘われてしまい、ますます謎だ。何か企んでるのは間違いないと思うんだけど、それを私に見破られないと考えているのなら、みくびられたものである。姫も私を鈍感脳筋ゴリラだと思っている節があるし、利吉さんにもそう思われてるのかもしれない。心外すぎる。
怪しい利吉の挙動に注目していれば、彼は東の方を指差して言った。
「ハンサムがいる食堂に行きますか?」
「…昨日の話忘れたんですか?」
「大丈夫ですよ、毒くらい」
大丈夫なわけあるか。毒餃子を食った四人の人間が三途の川を見てるんだぞ。
あそこは飯を食う場所じゃなくて毒薬を取りに行く場所なんだと説明し、利吉を説得した。その途中で、私の脳に閃きが走る。
そういえば、三日後に入っていた私の出張が急になくなった。姫のご用命だったみたいだけど、だからと言って代わりの仕事が入る事もなく、私は暇を持て余している。もしかしたら山田利吉調査のためだったのかもしれないが、結局姫は何のために調査を命じているのか教えてくれない。
それに利吉さんも仕事でここに来てると言うけど、何だかんだふらふらしてるだけ。しかも私と。
変だ。絶対変だな。毒食堂にも誘われるし。
毒食堂…毒食堂?
毒?
まさか…私…消される?
途端に、全てのピースが嵌った気がした。
そうだ、私、消されるんじゃないか?
そうかもしれない。偉大な母という後ろ盾を失い、私は窮地に立たされているのではないか。
正直心当たりはある。それは殿の隠し子のことだ。
母に夫はなかった。そして母は殿から滅茶苦茶気に入られていた。だから、私は母と殿との間にできた隠し子なんでは?と噂されていたのだ。
結局死ぬまで私が誰の子なのか母は教えてくれなかったので、本当のことは知らない。でもそれがガチならば、跡目争いの火種となる。姫から命を狙われてもおかしくはなかった。
いや、でもなぁ…と空を見上げて考える。
姫、いい子なんだよな。忍術学園時代、私のイカレた上級生や下級生の話を喜んで聞いてくれてたし、姉妹のように育ったから、もしそうだったら悲しい。すごく悲しい。でも仕方ないか、そういう時代だし。母がミスターなら、私は一茂だし。桑田とMattにはなれなかったし。忍者としての利用価値も大してないなら、もはや消されるしかないのかもしれない。
偉大な親を持つという点では利吉に親近感があったけれど、その気持ちも今日までか。身内で手を下すのが躊躇われたから、山田利吉が実行役に選ばれた可能性が濃厚になってきた。こんな汚れ役を引き受けた利吉の心情は定かではないが、私だったら気分は乗らない。ていうか、断れよ。仕事選べよ。
つまり端的に言うと、私の命を狙っているんじゃないか、この男は。
「レイコさん?」
考えていたら、利吉に呼ばれてハッとさせられる。
「食堂は行きませんよ」
「わかりましたって。じゃあどこへ行きましょうか」
正直どこにも行きたくないんだが。どこに行っても死なんだよな?死に場所を選ぶって事だよな?
いやそう簡単に死んでたまるか。相手の思惑がわかったならこっちも手を打てる。とりあえず忍者の基本、情報収集に励むしかない。私相手に正攻法で来るとは思えないから、最大限に警戒しつつ、返り討ちにする。それだけだ。
「うどんの気分です」
「いいですね」
二つ返事の利吉を先導し、私が店を選んだ。席を立ってる間に毒でも入れられないかヒヤヒヤしながらも、何となくだが、利吉はこんなところで汚れ仕事はしないだろうとは感じていた。うどんは普通にコシがあって美味い。
「利吉さん、総隊長と何を話してたんです?」
「見てたんですか」
「そりゃハンサムが二人並んでればね」
鼻で笑いながら、私は核心に触れてみた。暇な私が二人の仕事を気にするのは当然の事である。
すると利吉は手を止め、うどんの湯気を見つめたあと、私と視線を合わせた。
「あなたの話ですよ」
ぞくっとする。思わず身構えたが、懐の暗器が飛び出ることはなかった。
「毒を盛られたのに、あなただけ生きていたとか」
「いやみんな生きてます…」
また毒食堂の話か。私は大きく溜息をついた。
そもそも何故あの食堂を毛嫌いしているかというと、それは私自身が毒を盛られたからだ。非常にシンプルな理由なのだった。
部下との楽しいランチの時間に、突如として訪れた地獄絵図。頭を押さえて蹲る忍者達を蹴り上げ、毒物を吐き出させたあの日が今でも鮮明に思い出せる。
「…餃子定食だったんですけど…韮に紛れて水仙が混入してたんです。私だけ運良く韮の部分のみを食べたんでしょう」
それはラッキーでしたね、と驚く利吉だったが、私はこの話をいろんな人に三十回くらいしているので、もはや蒸し返されたくないレベルだった。鉄板ネタみたいになるのやめてほしい。普通に業務上過失致傷の被害者だからね。過失なのか故意なのかもわからないしね。
しばらく餃子を食べられなかった事を思い出していると、また食べられなくなりそうな言葉が利吉から飛び出て、私は箸を止めた。
「毒が効かないのかと思いましたよ」
意味深すぎる。探られてたってこと?これで安心して毒殺できるわ〜ってこと?この薬味の葱はちゃんと葱ですか?水仙と間違えていませんか?
急に失せた食欲を誤魔化してうどんを流し込み、何とかここでの毒殺を免れた私は、帰りに饅頭屋へ寄ろうと利吉に提案された。今度は毒饅頭か…と溜息をつき、支払い中の利吉に声をかける。
「またお母上へのお土産ですか」
持ち帰り用に包まれた箱を見て、絶対そんなわけないと思いながら、あえて尋ねた。山田先生も利吉さんもそう頻繁に家へ帰ったりしない事はわかっていたから、肯定の返事を聞き、嘘をついていると確信した。
「ええ。それと…」
徐ろに箱を一つ差し出され、やはり来たぞ、と息を飲む。
「付き合ってもらったお礼です」
「いや別に食事しただけなんですけど…」
「いいから。受け取ってください」
毒饅頭だ絶対。これに毒が入ってるんだ、絶対入ってる、絶対。絶対に。
箱を受け取りながら、ろくに礼も言えず、私はそこで利吉と別れた。これから衣食住すべてに警戒しなければならないと実感が湧き、身が引き締まる。
どこで毒を入れたんだろう。いや、この店主がグルなのか。昔からある饅頭屋の気がするが、上手いこと取り行ったり騙したりして協力させているんでしょう。私の目は誤魔化せませんよ。
でも饅頭なんて…他の人が食べる可能性があるのに、毒を入れたりするだろうか。不幸な事故が起きやしないか?それとも致死量ではないのか、そもそも死に至るような毒ではないのか。利吉の性格を考えて、どうもこの方法は違和感があると思い直す。
他の人に危害が及ぶような事はしないはずだ、山田利吉は。彼にも矜持があり、わりと感情的な人間性も見受けられ、優秀だけど決して非道な忍ではない。人並みの優しさも持ち合わせており、正しい方を選ぼうとする。毒を使うのは彼らしくなかった。
でもそれならば、これは一体なに?って話になる。なんでくれたの?今日の時間なんだったの?本気でわかんないんだけど。
結局毒の可能性を捨て切れない私は、悩んでいる間は食べることができず、別口から暗殺計画を紐解こうと奮闘するのであった。