姫の方へ探りを入れてみよう。私が殿の隠し子だとして、私が死んで得をするのは姫様である。もしくは、姫様を後継にしたい者が姫に内密で計画を立てたかのどちらかだろう。ここまでくると全てが怪しく見えるから、もはや誰の事も信用できそうになかった。

「姫、お饅頭いかがですか」

利吉と別れて城に戻った私は、まず川で拾ってきた小魚の水槽に饅頭をぶち込んだ。次に鳩に突かせて、最後に鼠に食わせてみたが、特に変調は見られなかったため、恐らく毒は入っていない。
しかし暗殺計画を立てたのが姫であるならば、徐ろに出された饅頭には何かしらの反応を示すだろう。箱を開けながら艶々の饅頭を見せ、だらだら転がっている姫の様子を探る。

「どうしたんだ、珍しい」
「昨日、山田利吉殿にいただいたんです」
「山田利吉殿に!?」

早々に反応があった。利吉の名前を出した途端飛び上がり、勢いよく饅頭の前までやってくる。値段は、安くはなかった。それなりの饅頭である。こんなものを帰りに簡単に渡してくる利吉には違和感しかないのだが、姫の挙動にはもっと違和感があり、やはり二人は何かを企んでいると確信した。

やはり姫なのか、私を殺そうとしているのは。
姫が生まれた時からお馬さんごっこのお馬さん役をこなしていた私を殺そうというのですか。もう二度と乗せてあげませんよ。

「貰い物を横流しするとは失礼な奴だな…ちゃんとお前が食べなさい」

最もらしい事を言って私を叱る姫は、毒を警戒しているようにも見える。

「山田利吉殿がお前のために買ってくれたのではないか」
「はぁ…まぁそれはそうでしょうね」

毒殺のためですけどね、という言葉は何とか飲み込んだ。

「人の好意を無下にしてはなりません」

それはそうなんだけど、人の命を狙うのもなりませんって感じ。殺意も無下にしない方がいいですか?私に死ねと仰いますか?
じわじわと悲しみが込み上げるが、まぁでも仕方ないよな、と納得できる部分もあり、私の感情は平坦なものである。常に落ち着いて行動するよう教育を受けていたためか、悲しいからといって駄々をこねる気にはならなかった。そんな事より死なない方法を考えなくてはならないからだ。
という私の思考を見透かしたのか、姫は呆れた声で叱責を続ける。

「大体お前は人の感情の機微などが全然わからないのだから、もっとしっかりしなさいよ」

なんで怒られてるんだろう。感情の機微はわからなくても暗殺計画はわかったんですけど。むしろそっちを隠し通してほしかったんですけど。寝てる間とかにさくっとやっちゃってよ。そしたらこんなに悩まずに済んだのに。
己の死すら他人事のように感じてきたところで、姫は私に顔を近付けて言った。

「ちゃんとお礼の品を贈るのですよ」
「利吉さんにですか?一体何を送れば…」
「自分で考えなさい」

提案しといて急に突き放された私は、ここで姫から山田利吉調査を仰せつかっていた事を思い出した。今となってはそれも私を利吉に近づけてスムーズに暗殺させるための名目とわかるが、普通に仕事だったとしても全然達成できていない事を嘆かわしく思う。

「しかしながら姫、情けない話…私はまだ山田利吉殿の好物を突き止められていないのです」

利吉の警戒心が全開すぎて、個人情報を一つも得られていない私は、そう言って姫に泣きついた。もはや山田利吉のことなど何も知りたくないの境地だったが、姫の命令には従うしかない。それがこの城での私の仕事である。死ね、以外の命令は全部聞くしかないのである。
今しばらく猶予をください…のポーズを取っていれば、姫は呆れたように、しかし真剣な眼差しを向けて言った。

「お前が一生懸命選んだものなら何でも嬉しいでしょう、山田利吉殿は」

全然そうは思わない。姫こそ山田利吉殿の感情の機微が全然わかってないと思う。

「今日も城に来ているはずだから、さっさと行きなさい」
「えっ今日も?」

まさかの爆弾発言に、私は死期の近さを感じざるを得なかった。
利吉さん今日も来てんの?暇?売れっ子忍者じゃなかったっけ?さすがに貪欲すぎだろ、私の暗殺に。どれだけ殺したいんだよ。仕事選べよマジで。
仕方ないから殺されに行くか…と冗談とも本気ともわからないことを考えながら廊下を歩き、饅頭をつまんだ。当然毒は入っていなかった。
普通にめちゃくちゃ美味い。美味すぎる。十万石饅頭を超えたかもしれない。

「利吉さん」

仲間から利吉の居場所を聞いた私は、裏門の近くで彼を見つけて声をかけた。どうやら帰るところだったみたいだ。私を殺しにきたのに目的を達成せず帰るのか?それとも今日は下準備に来ただけ?
もはや利吉が何をしていても怪しいだけだが、姫からしっかりしろと言われてしまったので、とりあえず頂戴物の礼だけは述べなくてはならない。

「昨日は…お饅頭ありがとうございました。美味しかったです。一気に食べちゃいました、今」

毒を警戒して一日置いた事に、利吉は気付いただろうか。特に何も気取らせない微笑みすら、不穏なものに見えていく。

「よかった。もしかして…わざわざそれを言いにきてくれたんですか」

笑顔の利吉が少し眉を下げ、私の律儀さに気付いたようにそう言ったが、残念ながらそうではない。姫に言われなければ絶対に会いに来てはいなかったと確信できる。何故なら私はそういう人間だからだ。次会った時でいいや、のタイプだからだ。
黙っておくのも気が引けたので、正直に真実を話しておいた。その方が利吉も心置きなく仕事ができると思ったのだった。

「いえ…姫様に礼をしろと言われたものですから。私はそんなに気が利く人間ではありませんよ」
「それでも、来てくれたんでしょう?嬉しいですよ」

いい奴〜。なんで私を殺そうとしてんだろ。本当に仕事選んでほしい。
ちょっといい奴すぎていつもと違う気がしなくもないが、私を殺そうとしてる時点でいつもと違いまくっているので、性格の誤差など些細な事だろう。恐らく私を油断させるつもりで好青年を演じているのではないか。最近妙に私に懐いた風なのは、全て暗殺計画を実行するために他ならない。そう思う。
もちろん殺されたくないので立ち去ろうとしたが、どうしても殺したい利吉は当然それを許さない。

「レイコさん」

もう呼ばないでくれよ…と思うばかりだ。無視するわけにいかないじゃん。

「よければ…今日も出かけませんか。買い物にでも」

何が、買い物にでも、なんだよ。不自然すぎるだろ。お前友達か?ただの知り合いだよな?百歩譲って飯食うのはわかるよ、情報交換は忍者の基本だし。でも買い物はおかしくない?お前と一体何を買いに行くっていうんだ。ちょっとコスメ見たいからプラザ寄っていい?的な仲じゃないだろうが全然。本当に不審。暗殺するにしてももっと上手にやれないのか?それとも暗殺は初めてか?肩の力抜けよ。
利吉のあまりの不可解さに、私は決意を固めた。確かに清廉潔白売れっ子忍者の山田利吉殿は、殺人などに手を染めた事はないのかもしれない。不慣れゆえにこの為体なら納得はできる。だがつまりそれは私にとってチャンスという事だ。
やられる前に、やる。こちらから仕掛けるなら今しかない。

「ちょうどよかった…実家の掃除をしようと思ってたので、用具を買いに行きたいです」
「掃除?」
「ええ。母が亡くなって一年経ちますから…そろそろ整理を…」
「そうですか…」

哀車の術に好反応の利吉は、そういえば母が亡くなった時、わざわざ私に声をかけに来てくれたことを思い出した。同じ親を忍びに持つ身、シンパシーでも感じたのかもしれない。優しいな…と素直に思ったものだけど。
それがこうなるもんだから、忍者なんて嫌な商売だ。

「利吉さん、手伝ってくれませんか」

人気のないところに行けば、仕掛けてくるに違いない。しかしそれが破滅の時だ、山田利吉。いくら私が一茂といえど、こちらのフィールドでお前は私に勝てはしない。

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