利吉と家の片付けをしに行くから留守にすると姫に伝えたら、晩飯用の米とよくわからない食材をくれた。今度こそ毒か、と思い中身を見ると、鍋の具材と思われる野菜の中に、見慣れないものが覗いていた。

なんやこれ。スッポンと…マムシ酒か?

何でこんなものを持たせる…っていうか、何でこんなものがサッと出せるんだよ。常備してんのか?姫が常に元気なのは慈養強壮に有効な食材をいつも摂取してるからなのか?
まぁ有り難く使わせてもらうわ…と思うしかなく、毒のことはもう考えないようにした。恐らく入ってないはずだ。仮に姫が山田利吉諸共私を毒殺するつもりだというならば、先に利吉に食わせるだけである。私のために死んでくれ。

私の実家は、山奥のポツンと一軒家である。利吉さんの家より秘境ではないにしろ、周囲に家屋はないため、暗殺には持ってこいのシチュエーションだ。仕掛けるなら今だと断言できる。逆にここで手を下さなかったらどこでやるんだと問いたい。いつやるの。今でしょ。

母が亡くなり一年、先月久しぶりに家に帰った。蜘蛛の巣だらけの凄まじい有様だったが、何とか表面上は取り繕い、利吉に見せられる状態にはなっている。ただその時に使い物にならなくなった掃除用具を処分したので、買い足したかったのは本当だった。
今日は、どちらかというと遺品整理をしてしまいたい。遺品といっても武器や本ばかりだが、城で使えるはずなので、必要なものは持ち帰るつもりだ。欲しいものがあるなら利吉さんにもあげよう…と思ったけど、よく考えたらそんな状況ではなかった。今日死ぬかもしれんし。どっちかが。もしくはどっちも。

ところが、だ。
普通に掃除をしていると、思いの外時間がかかり、いつの間にか夕陽が顔を出し始めていた。利吉が文句も言わずに手伝ってくれているものだから、それをいい事にあれこれやらせて、干した布団を取り込もうとした時に、ようやく私は今の状況を不審に思う。

いや、暗殺は?

全然仕掛けてこないんだけど。普通に掃除してるんだけど。え?もしかして忘れてる?掃除に没頭するあまり、本来の仕事を忘れてる?そんなわけないよな?
私は外から部屋を覗き、埃被った手裏剣を拭いている利吉を見て、今まさにそれを打とうとしてるんじゃないかと警戒した。しかし、そんな事は特になかった。
いや絶対チャンスあっただろ。時期を窺うにも限度があるって。確かに私の家は忍者ハウス、そこら中にこちらに有利な仕掛けがあるよ。下手に手を出すと危険な場所なのは間違いないけども。
だからって遅すぎでしょ。さっき一緒に川に水汲みに行ったよね?あの時とかチャンスだったんじゃないの?マジで何しに来た?本当に掃除手伝いに来ただけか?

そんなはずはない、と私は首を振る。
絶対にそんなほのぼのした日常など有り得ない。どうして私が掃除なんて…って言うタイプじゃんこの人。そりゃ母上を使って断りにくい状況にはしたけど、でもあの忙しい山田利吉殿が掃除の手伝いなんてすると思うか?私は思わない。絶対に裏がある。
早く仕掛けて来い、利吉。もうこの茶番は終わりにしよう。

私の祈りも虚しく、暗殺計画が進む事はなかった。さすがに痺れを切らし、こちらから提案した。何故私が自分の暗殺をアシストしなきゃいけないんだって感じだった。

「利吉さん、今日泊まっていってください」
「え?」

沈みそうな夕陽を背に、私は扉に手をかけながら言った。同時に姫からもらった食材の袋を顎で指す。

「姫様に夕食の材料をもらってるんです。食べ終わったら遅くなるでしょうし」
「いや…しかし…」

渋る利吉は、まるで本当に葛藤しているかのように見えた。暗殺にはこれ以上ないチャンスである。何を迷うことがあると怒鳴りつけたいものの、二つ返事では不自然だ、悩む振りをするのは当然なのだが。
しかしそれ以上に、何だか利吉はおかしいのである。

「…レイコさん」
「はい」

急に真剣な顔で正座をした利吉に、私も思わず背筋を伸ばした。何事ですかと問えない雰囲気が、周囲に立ち込める。

「お母上が亡くなって、つらい気持ちはわかります」
「え?はい…」
「私にも良くしてくださいました…今でも残念に思います」

どうしたいきなり。何故急に母の話だ。
あまりの脈絡のなさに、私の頭は混乱を極め、相槌すらままならなくなる。予想外の事ばかり繰り返す利吉に段々疲れてきた私は、もはや殺すなら殺してくれと口走りそうな勢いだった。
頼む、やるんだったら早くしてくれ。こっちだって返り討ちの準備は万全なんだ。この張り詰めた気持ちを早く解きたいんだよ。
もどかしさに悩む私は、次の利吉の言葉が何を指していると考えるべきか、また悩む。

「だからと言って、自暴自棄になるのはやめてください」
「はぁ…」

溜息混じりに返事をしたのち、沈黙が流れた。
別に自暴自棄にはなってない。一年も立てば悲しみも薄れるし、闘病生活も長かった分覚悟もしていた。私がやけくそになって死にたがっていると考えているなら、それは大きな間違いである。全然生き残りたい。お前を殺してでも生き延びたいよ私は。たとえ何もかも失ったとしても、母のスパルタすぎる教えがあれば生きていけると思うから。
暗殺を気取られていると気付いたのか、それとも別の意味合いなのか…利吉の言葉の真意は私にはわからなかったけれど、ただで死ぬつもりはない事を伝えなくてはならない。それがせめてもの礼儀だ。掃除手伝ってくれた事への礼も込めてな。

「なってませんが…」
「…本当に?」
「はい」

きっぱり頷くと、利吉は目を逸らし、また葛藤する素振りを見せた。明らかな動揺だ。

「なら…いいんですが…」

全然よくない顔してる。何なんだ本当。何を考えてるんだ?どういう感情の顔?
お前は感情の機微が全然わからないから、と姫に怒られたが、本当にそうなのかもしれない、と少し思った。暗殺に囚われている私は、二人で一夜を明かす意味にまで、一切気が回らないのである。

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