姫に呼びつけられた私は、今日は休みのはずなんだが?とキレたい心を抑え、雑に茶を点てていた。淹れろと言われたから淹れたが、あまりの雑さに痺れを切らした姫にもういいと茶筅を奪われ、結局おとなしく正座をしている。
「…茶を飲むために私を呼んだのですか?」
「まさか」
何だかやけに上機嫌だ。姫は私に器を差し出しながら、オタクのニチャつきを隠しもせず、推しカプの進捗を聞いてくる。
「最近、山田利吉殿とはどうだ?」
「まぁ…おかげさまで仲良くさせていただいてます」
「オホホホホ」
高笑いしてやがる。自カプが成就して嬉しいんだ。キモオタ根性逞しいな。
全ての真実が明らかになったあと、私は利吉に口裏を合わせてもらい、何だかんだと関係が進展した事にしておいた。お付き合いしておりますと姫に報告した時は、祭りだった。この宴は三日三晩続いたって感じにはしゃぎ回っていたので、私が姫を疑っていた事はたぶんバレないと思う。もしバレたら激怒からの号泣で地獄が三日三晩続くと思うので、自カプ成就作戦で撹乱させておいたのだ。おかげで平和なものだった。
しかし姫様もマイナーカプ好きよのう…と茶を啜っていると、徐ろに紙を差し出される。
「お前を呼んだのはこれを渡すためだ」
「なんですか?」
「山田利吉殿からの手紙」
「私に?」
意外なものを差し出され、思わずその場で読もうとすると、一人で読めと怒られた。デリカシーがないだの何だのと散々言われたのちに廊下で立ち読みした結果、今夜私の実家で落ち合おうと書いてあった。掃除の続きをしましょう、と。
掃除は利吉を返り討ちにするための口実だったのだが、中途半端になっている事が気になっているのかもしれない。遺品整理なんて重すぎること言っちゃったからな…家族思いの利吉的には捨て置けない事だったのかも。そういうところは嫌いじゃないけど。
とりあえず先に行って罠とか片付けておくか…。今度こそいるものがあったら持って帰ってもらおう。何だか妙に浮き足立ってしまって、あの時推しカプ活動をしていた利吉の気持ちが、今なら少しだけわかる。
「…レイコさん、姫様に嘘をついて何とも思わないんですか」
やって来た利吉は開口一番文句を述べてきた。何となく状況が想像でき、私は苦笑する。
姫に会った時にいろいろ言われたんだろうな…私と利吉が無事結ばれたと聞いて大はしゃぎだったに違いない。しかしそれは嘘なので、見ていて心が痛んだと。そういう事だろう。
もはや私は姫に対してそんな感情はないため、鼻で笑っておくのみだ。
「向こうだって勝手に人を自カプにしてんだから、お互い様ですよ」
思わず言い放ったが、全然お互い様ではない事くらい承知している。姫が私の命を狙ったなどと途方もない勘違いをした時点で、罪悪感は限界を突破した。すでに痛める胸などない。より一層姫様のために命を賭して働く次第である。ついでに言うと利吉への罪悪感もしっかり持っているから、それを埋める提案もしてみた。
「…そんなに気になるなら、本当にしますか?」
話の流れで軽めに言ったら、さすがに軽すぎたのか利吉は全くいい顔をしない。
「意味わかってないでしょう」
「わかりますよ。マムシ酒もまだありますよ」
「絶対わかってない…」
わかってるんだけどな。人を余程鈍感ゴリラだと思ってるのか、利吉は首を振って溜息をついた。そう思うならなんでわざわざ夜にこんなところで会う事にしたんだ?と逆に問いたい。たまたま夜しか空いてなかったのか?あの日はあんなに泊まるの渋ってたくせに。ていうか今日は泊まるのか?帰るのか?マムシの酒の出番はあるのか?
いろいろ経てみると、利吉の事を考える時間が増えた。思えば最初から予兆はあった。妙だと思った行動が全部彼の好意から来るものだとわかったら笑えてきたが、今はそういうのが全部良いもののように思えてくる。うどん屋あたりからやり直したいな。何の疑いもなく利吉と過ごしてみたいと思うくらいには、私も絆されていた。
と、正直に言うのも照れ臭かったので、最大手サークル主をダシに使った。
「何より姫様の望みですから。従いましょう」
逆に私が利吉を嫌いになっても、姫様が推している限り関係を切れないのでは…と薄情すぎる事を考えていると、相手は全く違う方向に捉えたらしく、不機嫌そうに言った。
「じゃあ姫様が私と他の誰かを推しにしたらどうするんですか」
「え?」
推し変…ってこと?
その発想はなかった。利吉の言葉に私は考え込み、実際そうなった場合を想像する。
なるほどな…確かに同じジャンルにとどまり続ける根気強いオタクは決して多くないだろう。となると…私は利吉の元カノとして当て馬を演じたり…新たな自カプを応援するために奮闘しなくてはならない気がする。例えば利吉にスッポンを渡したり…などと考えている途中で、知らぬ間に言葉が飛び出ていた。
「それはちょっと…嫌だな…」
素直な気持ちが出たと同時に、利吉と目が合った。と思ったら唇まで合わさっていた。一瞬すぎて、思考が巡る暇もなかった。
「…今のはあなたが悪いです」
感情が追いつく頃には、利吉はもう掃除を再開していた。非難の台詞を避けるように忙しなく手を動かし、私はスッポンも食べてないのに顔が熱くなってしまう。
何?今の。
ていうか別に悪くないし。普通の健全な感情だし。そして利吉も別に咎められるような事はしてないし。
何だか動悸がしてきた。落ち着かない顔の利吉を見ていると、さらに鼓動が速まっていく。
毒もスッポンも効かないけど…今のは効いたな。こんなに舞い上がってしまうとは。
やっぱり姫には本当の事を言って謝ろう、と利吉の背に額を押し付けながら思った。
交際を始めたなんて嘘でした、でも今は真実なので許してください、と。