少し遅めの昼飯を摂っていると、途中からやって来た土井先生が、何も言わずに隣に座った。いつもだったら相席なんて拒否したいところだけど、今日ばかりは話を聞かねばならないので、黙って箸を進める。Aランチだった。被ったな。
すでに察した私は、どのランチを頼んでもついてくる味噌汁に目をやり、輪切りのちくわが先生の椀から私の椀へ無許可で移されていくのを見送る。
こういうのって何らかのハラスメントに抵触するんじゃないの?練りハラだろ。
「行ってくれましたか、占い」
「ああ…」
ちくわを移し終えた先生は溜息をつき、昼食どころじゃない顔をしながら俯いている。
よかった、行ってくれたんだ。いや行ったからこそその顔なんだろうけど。あの長蛇の列に並んでもらった感謝と罪悪感で胸は痛んだが、もはやこうしなければスタートラインにすら立てない事はわかっていただきたい。
しばらく黙っていたので、何もかも言いづらいのだろう、しかし話し合わねばならぬ。私達がそれぞれ別々の明るい未来を歩むために。
勝手に追加されたちくわを食べ終え、周りに人がいない事を確認したのち、先生を見つめる。いやほぼ睨んでいた。
「それで…結果は?」
「言えない…」
なんでや。言えよ。せーので答え合わせしようよ。
「言えないが…お前が最近ストレスを抱えている理由はわかった」
ストレス、とはっきり言われてしまい、私は苦笑する。確かにそう。適切な表現。大雨に打たれて不気味な顔をする私を見たら、そりゃあ先生もこの問題は深刻だと捉えてくれる事でしょう。たかが占いだと笑い飛ばされなかった事には感謝しかない。いい先生だ。
言えないとは返されたが、言えないような事を占い師から指摘されたわけで、つまり私と同じ予言をされてしまったのだろう。六年後に元教え子と結婚する、そんな恐ろしき呪いの言葉を告げられたに違いない。気の毒すぎる。胃炎が悪化しなきゃいいけど。
しばらく唸っていた先生だったが、気を取り直して昼食を食べ始めた。その最中に、有力な情報を私に共有してくれた。
「それで…いろいろ気になって聞いてみたら、どうやら他の先生方も占い師を調べていたらしい」
「え、そうなんですか」
「相当のめり込んでしまった生徒がいたようだ…」
先生の青い顔を見るに、かなり貢いだ奴がいたと見た。哀れで愚かだ。占いなどに夢中になって理性を飛ばしてしまうなど忍者にあるまじき醜態。悔い改めろよ。
しかし、こうも当たるとつい頼ってしまう気持ちもわからなくはなかった。羽目を外した生徒のために動いてくれる先生がいる忍術学園は本当にいいところだなぁと素直に思う。まぁ隣のこの教師は教え子に手を出すみたいだが。本当にカスやな。絶対に外れてほしい。
「何か裏があると思って、一月ほど占い師に張り付いてみたと言っていたが…」
根気強すぎる。生徒思いにも程があるだろ。逆に怖いわ。
「早朝に犬の散歩、団子屋で朝食を摂ったあとは街で日暮れまで占い、夜は犬の散歩、ついでに惣菜を買って帰宅…の繰り返しだったとか」
犬飼いのルーティンでしかない。朝晩散歩に行くなんて模範的な飼い主だな。
あの占い師儲けてるわりに生活が質素だね…と意外な一面に驚くも、つまり要略すると、何の成果も得られませんでしたという事にしかならず、私は思わず確認した。
「怪しいところはない…って事ですか」
「そうなる…」
二人の間に重い沈黙が流れた。怪しいところはない、種も仕掛けもない、にも関わらず全てを見通したように言い当てる。
じゃあ本物ってことじゃん。
本当によく当たる占い師なんじゃん。ただそれだけのこと?千里眼のあるスゲー奴っていうだけの事なの?意味のわからない神を信仰しているけど、実力だけは本物と結論付けてしまっていいの?
絶望すぎる。そんな事を確かめるために占いに行ってもらったんじゃないんですけど。
どうやら結婚へのロードが固まってきたようだな…と半分諦めてきた私とは裏腹に、先日占ってもらってまだ血気盛んな先生は、何とも頼もしい心意気を見せた。私も最初はそうだったことなど言うまでもない。
「でも占いは所詮占いだし…そんなに気にする事ないと思うぞ」
私もそう思ってた。遠い昔のようだ。
「私は信じてない」
私もそうだった。私もそうだったけど、もう事情が変わったんだ。気構えだけで跳ね返せるほどフォレストサーバー神の力は甘くないんだよ。
怪しい神を信じかけている私だったが、それはそれとして、こうもきっぱり信じてないと言われると、わりと心外である。
引く手数多なこの私と結婚したい奴なんて星の数ほどいるでしょうに…こんなにはっきり結婚したくないと意思表示されてしまうと微妙に傷付くな…それはこっちの台詞ですが?って感じ…ちくわ食べてあげたのに…もっと言い方を考えてくれませんか?美少女のプライドがボロボロよ。
好きでもないのに振られた気分で憂鬱になっていると、そんな私とは対照的に、土井先生はポジティブに、そして力強くこちらを諭した。
「だから、お前も信じなくていい」
なかなか無理がある状況だったが、そう言ってもらえると有り難い部分もあり、やっぱり占いに行ってもらってよかったな、と思った。昨日まで敵だと思っていた土井先生が、味方になったと思えたのだ。
「むしろ…そうならないようにすればいいんだよ」
初歩的な事を言われ、それもそうだな…の気持ちと、そう上手くいくかな?の気持ちが混在して渋滞した。でも確かにそうなのだ。どれだけフラグが立とうとも、結婚しなければいい、ただそれだけの事なのだった。
「ありがとうございます…悩んでたんですが…先生に話してよかった」
「そんなに気にしてたならもっと早く言ってくれればよかったのに…」
「いや…言いづらいでしょ普通…」
乙女心を一寸も理解していない先生にマジレスし、何度目かの溜息をつく。
私だって最初は気にしないようにしてたよ、でも最近の密着イベントの多さを経てようやく危機感を覚えたわけ。大体占いで先生と結婚するって言われて不安ですなんて言えると思うか?こいつ何?って思うだろ。何を占ってそうなるの?になるだろ。変な奴って思われたくなかったの!思春期なの!結婚というワードに動揺するお年頃なの!
でもそれももう終わりだ。何故なら結婚しなければいいからだ。そう思うと本当に気が楽になり、親を人質に取られでもしない限り土井先生との結婚は有り得ないと何度目かの正直で今度こそ確信した。
そうだよ、先生と結婚なんてするわけない。私はこれから高級取りの忍者になって順風満帆な人生を送るんだから、こんないつも汚い着物を着ただらしない奴と結婚するわけがないんだ。そうだよね、そうだよな、それでいいんだよな?
でも親を人質に取られることもあるかもしれないしな…とネガティブを捨て切れず、それを振り払ってほしくて先生に話しかける。
「友達がね、占い師に落とし穴に落ちる事を言い当てられたんですよ、場所まで正確に。でも避けられず落ちたんですよね」
「それはお前の友達が保健委員だからだ」
「あと失せ物の場所を聞いた友達は全部見つけてもらったそうです。三十二個」
「失くしすぎだろう」
「あとは…」
まだまだ出てくる百発百中エピソードが止まらなくなっている時、先生の声が響く。
「レイコ!」
突然声を荒げられ、私は口を閉じた。真剣な顔で見つめられ、不覚にも心臓が跳ねる。
「物事に絶対はない…だから、必ず外れる時がくるはずだ」
「はぁ」
「私とお前でそれを成し遂げよう」
なんか鬼気迫ってるな。そんなに私と結婚するの嫌なのか?それはそれでやっぱ複雑。心外すぎる。
何はともあれ先生がやる気になってくれているようなので、力強く頷いておいた。洋ドラならここからシーズン2が始まるところである。
私もちょっと元気が出たし、見てろよフォレストサーバー神、必ず邪教に堕としてみせるからな。