私は容姿端麗で成績優秀でありながら、正義感が強く、勇気もある忍者の卵だった。だから、先日の光景を忘れる事ができず、罪滅ぼしも兼ねて、ある事を決意したのである。
「私、あの廃寺で覗きをやってる奴、捕まえようと思うんです」
職員室で正座する私は、己の決意を土井先生に相談していた。全ては先生と雨宿りをしたために起きた出来事だったからだ。
数日前、実習帰りに廃寺で雨宿りをした。そこにあった謎の隠し扉は、恐らくハッテン場を覗くために活用されているのだと察し、奇しくもそれを利用して結果的に覗き魔となってしまった事を、私は悔いていた。好奇心に勝てずに三禁を犯した…自分で自分が許せなかった。必ずやかの邪智暴虐の輩を除かねばとならぬと決意した。
「だって卑劣な奴は野放しにできないじゃないですか」
「そうだな…」
当然のように主張すると、何故か微笑まれた。お前も覗いてただろ、とは言われなかった。よかった。何も言い返せないからだ。
「なら放課後まで待っててくれ、私も行くから」
「いいんですか?」
「ああ。何となく危ない気がするし」
思いがけない申し出に有り難みを感じたが、逆に危険なフラグの香りもして、私の心は板挟みとなった。
先生が一緒なら何が合っても安心だ、が半分。先生が一緒だと何が起きるかわからない恐怖、も半分。どちらにしても身の安全は保障できない。それならまだ土井先生と変なフラグが立った方がマシか…と思ってしまうくらいには慣れ始めている自分が、一番恐ろしいのだった。
と、考えていたあの時の己を今すぐに叩き潰したい。
「もう終わりだ…」
不吉な独り言を呟きながら、私は項垂れた。
再びあの廃寺を訪れた私達は、最初に見つけた隠し扉の反対側にもう一つの隠し扉を見つけ、またしても二人同時に入り、うっかり戸を閉めたところ、何やらクソデカい音が鳴り響いた。まさか?と嫌な予感がした通り、扉は開かなくなってしまって、閉じ込められたと気付いた時には全てが手遅れだった。占いなど信じないと誓おうとも、結局フォレストサーバー神の掌の上で転がされる現状は変えられないのである。
絶望的な状況の中、手を尽くしてもどうにもならない事態に、私の心は荒んだ。真面目に生きてるのにどうしてこんな目に遭わなきゃならないんだって感じだ。
すごいな、押しても引いてもびくともしないぞ。からくり扉だったんだろうか。中からは開けられない仕掛けだとしたら、もう終わりである。
ていうか本当に何の施設だったんだよここ。忍者屋敷か?どう考えてもただの寺じゃないだろ。
謎の深まる廃寺の事はもうこの際どうでもいい。問題は、この狭くて暗い部屋にいつまで土井先生といなきゃならないのか、という点だ。
細長い部屋は、蹴破るほどのスペースもなく、何だかやけに頑丈だった。空気はあるから息はできるけど、このまま助けが来なければどうなるか、考えたくもない。
一通りの脱出や破壊方法を試したあと、万策尽きた我々は、向かい合って座り込んでいる。膝を立てても互いの足が絡み合い、私は少し気まずい。
「ここに来ること、誰かに言ったか?」
尋ねられ、答える前に先生から話し出す。
「山田先生には軽く話したんだが…正確な場所まではなぁ…」
「それなら私の方が可能性はあります。先日友人達にかなり細かく話しましたから。イカレたスポットがあるって」
「じゃあそっちに期待だな」
希望を見出せて安心したのか、土井先生は息をついて目を閉じる。悪友ではあるものの六年まで忍術学園に残った者達だ、面構えが違うので、何とか情報を繋ぎ合わせてここまで辿り着くかもしれない。もはやそれに頼る他なかった。
時の流れがいつもより緩やかに感じる。沈黙に耐えかね、つい口を開いた。
「なんかこんな事ばっかりですね」
こんな事、の心当たりが薄いのか、先生の表情は私よりも暗くはない。
「でも…慣れちゃったな…先生と…」
先生と触れ合うのも…と言いかけて、何だか生々しくてやめた。なんだ触れ合いって。動物園じゃないんだから。
「先生と一緒にいるの、慣れてきました」
「…いい事なのか?それは」
「そうは思いませんけど」
はっきり言うと苦笑される。そんな尋ね方をされたら否定するしかないだろう。絶対いい事ではない。慣れ、それはつまり諦めなのである。
抗ってもどうせこうなっちゃうなら、もう流れに身を任せた方が楽なのかもしれないな…という諦念。逆に悟りの境地と言えなくもない。
この前までは一人で、土井先生との結婚を阻止しなくてはと戦っていた。しかし今は二人…同志と共闘中である。にも関わらずこうなってしまうのだから、運命から逃れる事はできないのではなかろうか。ならば、運命を受け入れつつ落とし所を探した方が、合理的なんじゃないだろうか。
毎日方向性で迷い続けている私である。今は、自暴自棄寄りのテンションだった。
「でも…こんなものなのかも…人生なんて」
齢十五にして人生を語り出した私は、明日にでも頭を丸めて今月の標語とかを張り出しているかもしれない。
「どんな人と結婚しても…一緒にいるうちに慣れちゃうのかもな…」
「どうかなぁ…」
私の悲観的な独り言に適当な相槌を打って聞いていた先生だったが、急に我に返ったように声を上げ、大袈裟に首を振った。
「って、人生諦めるんじゃない!お前…もう就職も決まっているんだろ?」
「そうだけど…でも六年後にはもう忍者やれてないかもしれないじゃないですか」
就職できたからって未来が明るいわけじゃないですよ、と溜息をつく私は、先生がキョトンとしているのを見逃す事ができなかった。ただの違和感ではなく、その反応は絶対におかしいと確信できた。そして、それを裏付ける発言が飛び出る。
「なんで…六年後なんだ?」
「え?」
有り得ない切り返しに私は苦笑する。
なんで?じゃねーよ。逆に六年後以外にピンと来ないよ私は。
「だって…六年後に先生と結婚するって言われたじゃないですか、占いで」
「え?」
この時、私の心に新たな恐怖心が芽生えるのを感じた。話が噛み合わない。噛み合わないわけがないのに、噛み合わないはずがない。だって噛み合わない事など有り得ないのだから。
「ええ!?」
何故か激しく驚いてる土井先生に、こっちが驚きだった。これ以上混乱させないでと泣きたくなった。
まさか…と、とんでもない可能性に気付き、根底を覆す展開にヒートアップしてしまう。
「え?先生言われてないんですか?」
「言われてない!」
「はぁ?」
衝撃発言に、私は気絶しそうだった。これまでのやり取りは一体何だったのかと思わざるを得ない展開には、いよいよ自暴自棄になりそうだ。
なんで?マジで有り得ないんだけど。言われてないってどういう事だよ?言われてなきゃおかしいだろ今までの事から考えて。言われてないの?私と六年後に結婚するって、本当に言われてないのか?
てっきり同じ事を言われていると思っていた私は、それならばと至極真っ当な質問を投げる。
「じゃあ先生は何て言われたんですか」
「それは…」
結婚すると言われたから、私のストレスに気付き、その占いを外そうと誓い合ったのだと思っていた。けれども内容が違うのなら、その前提が崩れてしまう。
先生は一体何に抗い、何が私のストレスになっていると思ったのか、聞くまでここから出られない。
真剣な顔で前のめりになると、先生はより真剣な顔で私から目を逸らした。
「言えない」
「は?」
「聞かない方がいい」
怖。何それ。結婚よりもっとグロテスクで悲観的ってこと?
完全に秘匿された占い内容に納得できるほど、私の好奇心は薄くなかった。むしろ人より強いタイプなので、隠されると執着が増した。
「気になって眠れないじゃないですか!」
「絶対絶対絶対言えない!」
「どうして!私と先生の仲でしょ!」
「どんな仲だ!」
反論されるとこの言葉を言うしかない。
「将来結婚する仲ですよ…!」
肩を押さえて迫り、冷や汗をかいている先生に詰め寄った。修羅の形相になる私にも怯まない先生は、頑なに口を閉ざし、やがて考え込むように呟く。
「結婚…」
重すぎるワードに先生が頭を抱えたので、私も一旦手を離した。
「どうして六年後なんだ…」
「それは…一年は組の良い子達が卒業して先生も一区切りなんじゃないですか?」
「いや…それだと辻褄が…」
なんだ辻褄って。六年後だと辻褄が合わないのか?てことは結婚自体は有り得るような内容だったのか?何を言われたんだ、一体何を言われたんだよ!気になる!気になって夜から朝までしか眠れない!
「教えてくださいよ」
もはや貝になってしまった先生は、静かに殻に篭るだけだ。
クソ…私は先生を信頼して全てを話しているってのに、先生が心を開いてくれる気配がまるでない…そんなに言いづらい事なのか?例えば…私がものすごくつらい目に遭うような…言葉にするのも躊躇うほど凄惨な…そういう類の事なのか?
それなら聞きたくないような気もする…と思いつつ、しかしそれだと結婚との落差がありすぎて、全然二つの占いが結びつかない。
あの占い師…どうして違う事を言ったんだろう。
子供だからと私の方はオブラートに包まれたのだろうか。それとも、もしかしたら先生の相手は実は私じゃない、とか。
思えばあの占い師は明確に名前を言わなかった。私も神経性胃炎持ちのO型の教師と結婚するとしか言われてないから、ひょっとすると私の相手も土井先生じゃないのかもしれない。
いや土井先生だとは思うけど。何故って土井先生以外の神経性胃炎持ちO型教師がいたら嫌だから。
「待ってください、それなら先生の聞いた占いの相手は、私じゃないのかもしれませんよ」
「いや、お前だ…」
「何故わかるんです」
はっきり名前を言われたんですか、と再び詰め寄ると、先生は過去の場面を再生するように早口で言葉を並べ立てる。
「成績優秀、容姿端麗で」
「私か滝夜叉丸じゃないですか」
「好奇心と正義感が強く、あとやや自信過剰で微塵を扱うのが上手い六年生と言われたんだ」
「私の事じゃないですか…」
私の事だった。私の事で間違いなさすぎる。誰が自信過剰だよ。事実なんだよ。
不本意な点はありつつも、その条件に当てはまる六年生は恐らく私しかいないだろう。微塵がなければ他の奴だと言い張れたかもしれないが、あんなものを振り回しているのは私か八左ヱ門くらいしかいない。
となるとやはり今さら別人説を唱えるのは無理があるか。残念なようなホッとしたような不思議な気持ちになり、私は自分に困惑する。これで私の結婚相手が土井先生じゃないとなったら、ちょっと嫌かも…と頭の片隅で思ってしまったのだ。それは諦めから来ている感情だと思い込む事にし、再度追及を試みる。
「それで…その成績優秀容姿端麗好奇心旺盛正義感に溢れた自信過剰な微塵振り回し六年生と、先生はどうなってしまうんですか?」
「レイコ」
今度は先生が私の肩を掴んだ。狭い中で距離を詰められると、心臓がざわざわして、まばたきの回数が増えた。
「絶対そうならないようにするから、聞かないでくれ」
マジで何やねん。恐怖なんだけど。
先生の意思が固すぎてこれ以上は無理そうだと判断した私は、観念するしかなかった。そこまで言うなら…と溜息をつく。
「…わかりました」
何かは知らないが、私にとっても先生にとっても不都合な事が起きると言われたようだ。それも絶対に起きてはならない事が。
こんなに深刻な顔で圧をかけられては、土井先生を信じる以外にないだろう。果たしてフォレストサーバー神を出し抜けるのか、私はすでに諦めかけているけれど、抗う先生を応援する事はできる。
「必ず外れる時は来るはずですもんね」
先日の先生の言葉を真似すると、ようやく笑ってくれた。この顔ちょっと好きかも、と血迷った事を思い、そんな自分が信じられず宇宙猫の顔になっていたら、ちょうど駆けつけてきた山田先生に救出された。何ともあっさりした幕引きだった。
山田先生曰く、扉はすぐ開いたという。種も仕掛けもなく、ただ普通に押せば開いたと。
この不思議な出来事を受けた私は、一人背筋を凍らせ、先生にはさっきああ言ったけど、やっぱり外れる時は来ないんじゃないかと思った。そして、もう外れなくてもいいやと思い始めている。