本日、コン茶屋への出勤はない私だったが、私のいない日も土井先生が来るのかどうか気になってしまい、店の近くで入り口を張っている。
あれから先生、毎日のように来てるからな。マジでハマっちゃったんじゃないかと恐怖するくらい来てるけど、どれだけ私が雑談を振ろうとも必ず人の出入りはチェックしているため、本来の目的を忘れたわけではないようである。
何気にいつも私を指名してくれるのは嬉しかった。たぶん他の嬢だと罵倒を避けられないから、何としても私を置いておきたいのだろう。カオスだ。罵倒茶屋の意味を問いたくなるクソ客である。しかし私も別に罵倒をしたいわけではないクソ従業員なので、心底有り難かった。
そんな土井先生が、私のいない日に茶屋に入ってしまったらどうなるんだろう。何だか心配になり、ついつい来てしまったけれど、その不安は的中した。
背が高いからすぐにわかる。今まさにコン茶屋に向かっているあの汚い着物の男は、間違いなく土井先生だ。やはり来てしまったのかと頭を抱え、どうするか迷っている間にも先生が入り口の前に立ってしまったから、思わず飛び出た。
「土井先生!」
慌てて駆け寄る私に、先生はすぐに気が付いた。今日はコン茶屋嬢ではなく、授業終わりにぶらついている忍術学園の生徒であるため、全力で知らない振りをしなければならない。ややこしいな。いつかボロが出そうだ。
「レイコ。どうした、こんなところで」
「先生こそ…そのような趣味が…?」
「違う違う!仕事だ!」
「え?ここで働いてるんですか?」
冗談を言ったら殴られた。でも女装デカ男需要もきっとこの大性癖時代にはあると思うぞ。
客の時と全然違う態度に、私の頭は混乱しそうである。教師の時は優しく正しく昭和の体罰思考が根強い頼りになる忍者の先生って感じだけど、客の時は普通に気のいい兄ちゃんって感じなので、そのギャップにこんがらがりそうだ。
でも私だって真面目な生徒をやっている反面、ここでは人を罵倒しているわけだから、状況によって態度が変わるのは当たり前なのかもしれない。生徒である以上絶対に見られない土井先生を私だけが知っていると思うと、何だか罪深く、しかし優越を感じずにはいられなかった。
そう思うと急に、先生が他の奴に接客されるの嫌だな、と感じてしまって、たまらず身を乗り出す。
「私も行っていいですか?」
「ええ…?」
全力の困惑を露わにする先生を無視し、返事も聞かず勝手に二名で受付した。
罵倒茶屋とは言いつつも、二名以上の利用に限り、嬢の同席しない普通の茶屋として使える面もあった。ただし後ろで罵声は飛び交うので、頭のイカレた奴しか来ないのだった。
そんな頭のイカレた奴になりながら、飛べたところで豚は豚だろ、と書かれた容赦のない湯呑みを見つめ、私は先生に白々しく尋ねる。
「何の仕事なんですか?」
「言えるわけないだろう、忍者の仕事だよ」
「こんなところでどんな仕事があるって言うんですか…」
それは、紛れもない本心であった。一体どういう人生を歩んでいたらこんなところで仕事するはめになるんだと誰もが問いたくなる事だろう。もちろん答えは私のせいである。こんなところで働く生徒を炙り出す教師という人生でなければ、このように悲しい仕事をせずに済んだんだ。過酷な職種であった。
先生は私の問いに答えない代わりに、本来の仕事を始めた。疑いの視線を向けられているとわかり、気を引き締める。
「来た事あるのか?」
「まさか」
ある。ほぼ毎日来てる。実家より勝手を知っているレベル。
「土井先生は?」
「秘密」
お前もほぼ毎日来てるな。毎日同じ服なのもわかっている。洗濯しろ。
罵倒しない店員が団子を運んできた時、先生は店内を見回した。私を探しているのか、注文した団子に手もつけず、しばらく視線を右へ左へ動かしている。
どれだけ見てもそこに私はいません。眠ってなんかいません。千の風になりながら勝手に団子を頬張って、こっちの立場だからこそ聞ける事を尋ねてみる事にした。
「推しでもいるんですか?」
声をかけた時も、先生の視線は全然こっちを向かない。
「そういうわけじゃないけど…いつも話してる人が今日はいないから」
ようやく私を見たと思ったら、再び疑いの眼差しである。そりゃいないだろ、だってここにいるからな。残念ながら分身の術なんて夢みたいなものはないので、レイコがいる限りレイコさんは出て来られない。表遊戯と闇遊戯のようにな。
当然今の私はピュアな表遊戯なので、こんなところに通い詰めている先生にドン引きの視線を送るのみである。
「その人に罵倒されて喜んでいるんですか…」
「…私がそんな人間に見えるか?」
「はい…」
殴られたけど、この痛みは罰として覚えておこう。
必死に弁解する先生が、真実を言っている事はわかっている。わかっているけど、知らない振りをして軽蔑しなくてはならない、それが何ともつらかった。仕事上軽蔑の視線を送る事には慣れているものの、それは本当に軽蔑しているから平気なだけだ。ここにいる豚共と土井先生は全然違うので、同じ扱いをするのは胸が痛む。
学費が貯まるまでもう少しかかる。まだこの二重生活を続けなくてはならないのかと思うと、本当に憂鬱だった。
二本目の団子を食べようとしたら、無言で手を叩かれたので我慢した。一本目の時は何も言われなかった事を思い出し、先生ってやっぱり優しいな、と嬉しい気持ちになる。
「美味しいですね」
「何故か意外と美味いんだよなぁ…ここの団子」
こういう店の飯には期待しないのが基本であるが、このコン茶屋の系列店は、オーナーの異様なこだわりによりそこそこ美味い食事が提供されている。私も初めて賄いをもらった時は驚愕した。辞めがたいのもそれが理由だった。
昨日来た時に土井先生は、危うくここの団子が美味いという話を、クラスの良い子達にしてしまいそうになったと言って笑っていた。私にはその話はしてくれないんだな、と思って、なんだか寂しくなってしまう。どっちも私なのに。六年の付き合いがある生徒より、最近知り合ったばかりのイカレバイト女の方が気を許せるのか?と思ったら、複雑な気分だ。繰り返すが、どっちも私である。私VS私である。
「そういえば…お前、どうしてついてきたんだ」
「え?」
散々団子を食ったり茶を啜ったりしたあとで、今さらすぎる事を聞かれた私は、なんと答えるか迷った。
正直、コン茶屋の前で偶然出くわすなんていう不自然な状況は怪しすぎるため、疑いを強めるだけだったと思う。それでも飛び出してしまったのは、なんかこう…モヤモヤしたからだ。土井先生が私以外に口汚く罵られる事もそうだが、楽しく喋ったりする事さえ、何だか気に障るのだった。
「土井先生が誰かに罵倒されるかと思ったら…どうにも胸が痛んで…」
「されてないされてない」
冷静に首を振る先生とは裏腹に、私は自分の中にある形容し難い感情を処理できず、少し引っかかりを覚えつつも、最終的には安堵した。
私が休みの日には他の奴に罵倒されてるんじゃないかと不安だったけど、この顔を見るに、そんな事もないようである。
「なら良かった」
思わず笑顔になると、先生も笑っていた。今さら変なやり取りに照れてしまって、私こそ疑似恋愛してんじゃねーぞと猛烈に罵られたい気持ちに駆られるのだった。