最近、兵庫第三協栄丸さんにボートを借りて釣りをしている。
という話をしたら、乱太郎きり丸しんべヱがついてくる事になってしまい、そんなの絶対釣りどころじゃなくなるだろと思った私は、土井先生に頼み込んで引率をお願いした。
こっちだって遊びで釣りなんてやってるわけじゃないのだ、三枚おろしのテストがあるから練習しなくちゃならないのである。まさか忍者の学校に入って板前修行みたいな事をさせられるとは思わず、忍者は多芸でなければならないとは言うものの、さすがに芸達者すぎるだろと感じずにはいられない。まぁくの一教室は行儀見習いの面も大きいし、花嫁修行みたいなもんかもしれないけども。
案の定、懸念した通り事件は起きた。それでも釣りの間は平和だったというか、むしろ入れ食い状態であった。大量漁業で解散の空気になった時、不意にしんべヱが、釣竿を海に落とした事に今頃気付いたと言い出して、そこから大騒ぎである。
何故、落とした時に言わなかったのか…何故そのまま忘れていたのか…読めない思考回路を不思議に思うしかない。おおよその場所を聞き、魚が傷んではいけないので、先に子供達を忍術学園に帰した。
恐らく、きり丸が大物を釣り上げた際、引き上げを手伝おうとして竿を落としたのだろう。あまりにでかい魚を見て竿の事などすっかり忘れたに違いない。それが土井先生の見解だった。
一年は組の担任やってると行動パターンの全てが見通せるようになるんだな。すごいけど大変な仕事だな。いかに芸の幅が広がったとて教師にだけはなりたくない、そう思うしかない私だった。
沖へ出ると、竿は案外すぐ見つかった。ただ針が岩に引っかかっているらしく、引っ張っても取れそうにない。潜って外すしかないみたいだ。
「私行きますよ」
「いいのか?」
「土井先生のお手を煩わせるわけには」
無理を言って引率を頼んだ手前、土井先生に潜水などさせるわけにはいかず、自ら海へ飛び込んだ。釣りの最中は先生の怒声が飛び交っていたため、本当についてきてもらってよかったと心より安堵していた私だ。マジに無理、あの三人が巻き起こすハリケーンを押さえ込む事など私にはできない。
思いの外時間が掛かったけれど、何とか針を外して先生に竿を引きあげてもらう。船に戻ろうとしたその時、体に妙な感触があって、私は硬直した。
太腿のあたりを何かが這うような、吸い付くような、とにかく感じたことのない不快感である。その正体に気付いた時、クリアアサヒくらい肝が冷え、私は絶叫した。
「ぎゃっ!」
このぬめり…そして絡みつく無数の足…ぴったりと張り付く吸盤…。離れてはくっつき、離れてはくっつきを繰り返すその動きに、背中に悪寒が駆け巡った。
船に上がらない私を不審に思った土井先生が、腕を引っ張りながら深刻そうに尋ねるも、上手く言葉が出てこない。
「どうした!」
「た、タコ」
「え?」
「タコ!」
「誰がタコだ!」
違う!タコが絡みついてんの!
何の罪もないのに殴られた私は、頭の痛みと足の異物感で海に沈んだ。いきなり先生をタコ呼ばわりする狂人に思われている事も心外だった。
私は海中に佇みながら、有り得ないけど有り得てしまった現実に苦悩する。
タコだ、タコが服の中に入ってきた。出口を見失って暴れている。
足の周りを行き来する冷たい物体に翻弄されながらも、とりあえず船に戻らなくてはと思っていた時、土井先生が私を掴んで体を引き上げた。濡れて服が重い事この上ないが、それ以上に不快感が強すぎて、じっと座っていられない。
「何してるんだ一体」
「だからタコだってば!」
もう一発殴られたため、誤解のない言葉で言い直す。
「タコが服の中に入ってるんです!」
説明しながら叫ぶと、先生は呆れた顔で溜息をついた。
「なんだ…そんなことか」
なんだとはなんだ。重大事件だろ。
ぬるぬるしたものが這っていて気持ち悪いし、吸盤は強力に張り付いてて痛いし、くすぐったいし、何より体にタコがまとわりついてるなんてエロい、エロすぎる。春画でしか見た事ないぞこんなの。
太腿の辺りを絞めながら、タコは触手を伸ばして移動する。ぞわぞわして思わず立ち上がり、服の上からタコを押さえ込むも、すぐにすり抜けてどこかへ行ってしまった。素早い動きに翻弄されるばかりである。
嫌だ本当に無理、キショすぎるって。海から上がっても元気に吸盤をペタペタと張り付けながら、皮膚の薄いところを通過され、痛みやら何やらで身震いが止まらない。
「そもそもこいつ…どこから入ったんだ…!?」
「どこからでも入るだろう、タコなんだから」
人が格闘している間にも、土井先生は完全に他人事という感じで、呑気に船を漕ぎ出している。
どいつもこいつもふざけやがって。タコだぞ、普通にキショいだろうが。あとタコの口は貝とかも砕けるから一歩間違えたら大怪我である。遊んでいる暇はなかった。
今日は動きやすい格好が良いと思って、男装用の袴で来てしまった。裾は絞ってあるから股立のところから侵入されたのだろうが、再びここから取り出すのは至難の業である。
土井先生もいるけど止むを得ん、もはや脱ぐしかない。解放されたい一心で袴の紐を引っ張り、そのまま解こうとしたところ、私の奇行を察した土井先生が、その手を払ったと同時に膝を蹴飛ばしてきた。弾みで倒れた私は、体を起こした途端に頭を叩かれて、本当に踏んだり蹴ったりである。
「こんなところで脱ぐやつがあるか!」
「じゃあどうやって取ればいいんですか!」
限界を超えている私は怒鳴り返し、半泣きでタコの魔の手から逃れようと身を捩る。股の間にだけは入られまいと努力はするものの、軟体動物の前では無力そのもの、細い足がエロ同人誌のように伸びてくるため、とんだ野生のエロトラップダンジョンに、やっぱり脱ぐしかないと再び袴に手をかけた。
すると土井先生が、いきなり私の足を掴んだ。そのまま脚絆を外して、足袋を脱がせると、裾が広がり出入り口が確保される。もう片方も脱がされている間、私は服の上からタコを叩いては暖簾に腕押しを味わうのみであった。
「裾の方から引っ張り出すんだ」
そう言いながらお膳立てしてくれた土井先生に、なるほど、と頷き、こんな事もわからないほどパニックになっている自分にまず驚愕した。その通りだ、本当にその通りすぎる。土井先生がいてくれてよかった。
そうと決まれば下からタコを引っ張ろう。すぐに裾を捲り上げると、何故かまた殴られてしまい、剥き出しになった足に再び袴を被せられる。
「それじゃ脱いでるのと変わらんだろうが!」
「殴らないでくださいよぉ…」
本気で泣けてきた。無茶言うなと怒鳴りたい気持ちでいっぱいだった。
いや裾を捲らずしてどうやってタコを出すんだよ、絶対無理だろ。私を軟体動物だと思っているのか?それとも私の腕がラピュタのロボット兵くらい長いとでも思っているのか?
明らかに不可能な課題を出されて啜り泣く私は、くすぐったくて力も入らないし、脱がずにタコを引きずり出すのは無理だしで、まさに万事休すである。やはり先生がいない方がよかったかもしれない…そしたら服を脱いでも問題なかったし…ていうかあっち向いててくれたらいいんじゃないのか?なんで見守ってるんだ、人のタコ姦がそんなに珍しいかよ?珍しいわな。
格闘しすぎて息切れしてきた。何でもいいから早くタコを引き剥がしたい。水揚げされても尚この生命力、恐ろしい生物に畏怖の念を抱く私は、もはや残された道は一つしかないと先生に提案した。
「じゃあ…土井先生が取ってください…」
「え!?」
「足の付け根の方にいますから…」
服を脱がずにタコを引っ張り出す…それにはもう、土井先生が袴に手を突っ込むしかない。だって自分じゃ無理だし。届くわけないし。
私が股立から手を入れてタコを裾側へ追い込む案を出し、それなら先生もまだ幾分かやりやすいはずだと迫った。当然相手は渋っていたが、お前が始めた物語だろうとしか言えない。脱ぐなと言うなら責任を取ってくれ。
「どさくさに紛れて触っていただいても構いませんので…」
「触るか!」
冗談だったのに殴られた。あとでセクハラで訴えたりしないという事も伝えたかったのだが、こうなると何を言っても殴られそうだったので黙った。理不尽に殴られるくらいなら海の底で物言わぬ貝になりたかった。
「全くもう…!」
観念した先生は呆れた声を出すと、恐る恐る袴の中へ手を入れる。セクハラにビビってるのかタコにビビってるのか知らないが、慎重な動きであった。
水に濡れた袴は肌に張り付いているため、私の体に触れずタコを掴むのは至難の業である。しかし先生はプロだった。絶妙な位置で気配を探りながら、接触を避けて手を伸ばしている。
感心している場合ではないので、私もタコを押し出そうと、頭を掴んだり足を掴んだり奮闘を続けた。しかしタコとてプロのタコである。ウナギのようにぬめりながら私の手をすり抜けるため、そうこうしてる間に先生の腕に当たった。
「こっちです、もっと」
私の力では埒があかないと察し、そのまま先生の手を引いてタコの方へ誘導した。途端に距離が縮まって、今度は違う意味で緊迫感を覚える。
なんだこの雰囲気は…ていうか普通に考えてこっちの方がアウトじゃないか?生徒の袴に手を突っ込んでいる光景なんて誰かに見られたら終わりだろ。ここは兵庫水軍のお膝元だぞ。
海の上で二人きり…教師と生徒の禁断の関係…大いなる海に包まれながら肉欲に溺れ…快楽という海原へ駆り出していく…などと誤解されたら、第三協栄丸さんが二度とボートを貸してくれなくなるぞ。それは困る、本当に困る。三枚おろしの次は刺身の盛り付けのテストもあるというのに。ここは調理専門学校か?
とにかく一刻も早くこのエロトラップオクトパスを引きずり出さないと。
私はタコの足を肌から一本引き剥がし、それを先生に掴ませた。片手で懸命に引っ張っているが、信じられないくらい吸盤が張り付いて離れない。本当に痛い。産毛が抜けそう。それより先にタコの足が千切れるのではないだろうか。それくらいの力を込めているというのに、タコはここをキャンプ地にすると決めたのか、頑なに動こうとしなかった。
「なんて強情なタコなんだ…!」
先生にもようやくこのタコの恐ろしさが伝わったらしい。私の服の中で格闘し、汗を滲ませながら悪態をついている。加勢しようと地味に足を剥がしてはいるのだが、すぐにまた太腿に張り付いてしまうため、完全にイタチごっこだった。
結局手が滑ってタコが離れ、そして恐れていた事態に陥ってしまう。どことは言わないが、タコが非常に際どい、すれすれにも程がある場所を移動し始めて、それは本当に春画になってしまう!と必死にガードした。
待て待て待て、さすがにエロすぎる!エロすぎる事になる!土井先生が結城リトになってしまう!
内腿に絡むタコはギリギリのところを這い、反対の足へ移動した。ToLOVEる不可避と思われたが何とか回避し、膝の方まで下っていった。
もう無理、もう疲れた。どうして息絶えないんだこのタコは。
しかし膝まで下りたなら好都合である。これで先生も取りやすくなったはず、と声をかけようとしたら、タコの所在を見失った先生に内腿を触れられ、エロ触手よりもそっちに反応してしまった。
「あっ」
思わず声を上げると、目にも止まらぬ早さで殴られた。
「妙な声を出すな…!」
出してない。そっちの受け取り方や。いくら何でも理不尽すぎるだろ。
暴力教師に泣かされながら、先生は一旦離れ、服の上からタコの位置を確認する。
「どこに行った?」
「反対の足に…」
渋々反対から手を入れる先生は、すでに躊躇いなどなかった。私の体に触る事も恐れずタコを掴み、強い力で引っ張っていく。逆にタコは私の足にきつく絡みついて、吸盤で鬱血するんじゃないかと思うほど、とにかく吸い付いて離れない。
いてぇ。マジで取れないのか?遊んでるわけじゃないよな?こいつがクラーケンの稚魚ってだけなんだよな?
しまいには両手でタコを握りしめていた土井先生だったが、力を込めれば込めるほど、滑って指をすり抜けていく。もどかしさのあまりお互い苛立ちを隠せなくなっていたが、さすがに疲労が蓄積し、呼吸を整える時間が必要になった。
「駄目だ…本当にタコか?」
「イカかも…」
くだらない事を言って殴られたけど、拳にも力がない。弱々しい鉄拳を浴びたら、何だか申し訳ない気持ちになってきた。
忙しい放課後に引率をお願いした挙句、セクハラまがいのことを強要して先生に迷惑をかけている…私がタコに絡まれたばっかりに…自分で解決できないばっかりに…上級生なのに情けないよ。一体忍術学園で今まで何を学んできたんだ私は。三枚おろしか。料理の腕ばかり上げてる場合じゃないぞ。
これ以上先生の手を煩わせるわけにはいかない。私は袴の前紐を解き、気の毒な先生に頼るのをやめ、覚悟を決めた。
「先生もういいです…脱ぎますから…」
そう言って後ろの紐に手をかけた時、先生が腕を掴んで制止した。こっちはこっちで覚悟の決まった顔であった。
「変な言い方をするんじゃない…私が何とかするから、そのままじっとしててくれ」
私を見下ろす先生は、半分意地になっているようにも思え、心なしか服の中でタコも焦っている気がした。
「お前だって見られたくないだろう」
格好いい事この上ないけど、もはやその段階は過ぎ去った事を先生はわかっていない。気遣いは有り難いよ、先生の気持ちは本当に嬉しいし、そりゃあ私だってできれば見られたくないけども。
でももう別にいいです。すごい体触ってるし。タコにも先生にもエロい事されてるし。今さら感しかない。
大体なんで見る前提なんだ?見るなよ、向こうを向いていろよ。それともあれか?私が一人ではタコ一匹引き剥がせないとでも思っているのか?見くびられたものだな、その通りだよ。
このまま長々と格闘されるくらいなら脱いだ方が方がいいんだけどな…とすれ違う心を憂いていれば、タコが再び上がってきて、咄嗟に私は足を閉じた。しかし、内腿に入り込む事はなく、下腹部を通過したかと思うと、そのまま脇腹から背中に通り抜けていった。足の比ではないくすぐったさに、私は奥歯を噛み締めて声を堪える。
「うっ」
嘘でしょ。上半身に来たんですけど。
紐を緩めたから侵入されたんだ。私は慌てて背中に両手を回し、服の上からタコを押さえつけ、土井先生を半泣きで見上げた。
「む、無理…無理です、無理、無理…」
「逆にそっちまで来たなら捕まえやすくなったんじゃないか?」
「背中に回ったのをどうやって取れと…」
暴れ狂うタコが、コナミコマンドが如く上下左右へ移動する。多少おとなしくなったものの、その腕力は健在で、背中に張り付いて離れそうにない。
何が悲しくてタコを背負って生きねばならんのだ。こんなところまで来てしまったらいよいよ全裸になるしかないじゃないか。
さすがに恥の意識を捨てられず、頭が混乱する中で、脱ぐか脱がぬか決断を迫られる。このままタコが死ぬまで粘るしかないのか、と思っていると、土井先生が動いた。深すぎる溜息をつくと、私の後ろに回って襟を引っ張る。すぐさま船が沈没しないよう真ん中へ移動して、全てを先生に委ねた。仏のようだった。
「全く世話の焼ける…」
呆れながらも助けてくれる先生に手を合わせ、私は土井教に入信した。有り難すぎて涙が出そうだ。私が板前になった暁には、必ず先生に刺身の盛り合わせを振舞ってあげるからね。いやならねぇよ。
リーチの長い足とは違い、背中であればすぐに引っ張り出せると期待した。襟から腕を突っ込まれ、正直首が絞まりそうだったけれど、堪えて両手で口を塞ぐ。
く…くすぐったい。脇腹に足が張り付くと悶絶しそうになり、先生の邪魔になるとわかってはいるものの、つい体をくねらせてしまって、心の中で何度も土下座した。私だって動きたくない、でも反射なんだから仕方ないんだ、無理なんだ。
腹に力を入れて耐えている間、先生の腕とタコが背中にダメージを蓄積させていき、時々殴られている気もするけど、気のせいと思う事にして呼吸を止める。
格闘の間、揺れる船の上では土井先生の怒声が響き渡っていた。苛立ちともどかしさでほぼ半泣きだったが、タコは梃子でも動かず、私の背で刺青として生きる事を決めたように張り付いている。
痛い。吸盤が痛い。襟が詰まって首も痛い。どさくさに紛れてたまに殴ってくるのも痛い。保健委員でもないのに不運が重なりすぎている。ヒートアップしてくると先生の体も近付いてきて、いろんな意味で私の心臓は爆発寸前だった。
な…なんかドキドキしてきた…先生とはいえ若い男と密着してさらに体をまさぐられているなんてどう考えても異常。未知の体験すぎる。しかも服まで脱ごうとしていたわけだから、私は今頃になって羞恥に苛まれていた。
こんなところ子供には見せられない…乱太郎たちを先に帰していてよかった…いやそもそもしんべヱが竿を落としてさえいなければこんな事にはなっていないので、やっぱりあいつらを連れて来たのが間違いだったのでは?と根本的な部分から反省した。引率があれば大丈夫なんて甘い事を考えた私が愚かだったのだ。当分釣りに連れて行くのはやめようと決意した時、急にタコが前に回り込んできて、私と先生は同時に硬直した。完全に流れが変わった瞬間だった。
タコが、最後の力を振り絞って腹部で蠢いている。
キショすぎる。そしてくすぐったすぎる!
思わず立ち上がりそうになったのを先生に押さえられ、私は首だけで振り返った。
力が入らない。壊れた玩具のように悲鳴も止まらない。脇腹に張り付かれるとねるねるねるねの魔女のような声が出てしまい、もはや限界であった。
「せ、先生…ここまできたらもう…お願いします…」
「お願いしますって言ったって…」
まさか胸元から手を入れるわけにもいくまい。そう顔に書いてある。
いやもういいって。一緒だって。足なのか尻なのかよくわからないところまで触ってたから一緒だって。今さら躊躇うな。どうせここまでタコに辱められた以上、もうお嫁にはいけないよ!
「誰にも言いませんから…!何をされても忘れます!」
「だからその言い方をやめろ!」
そんな殴られるほどの言い方か?先生が勝手にエロい方向に受け取ってるだけだろ。もはや何が正常で何が異常なのかわからない私は、先生が助平心を抱いていても一向に構わないから、とにかくこの地獄を終わらせてほしくて懇願した。
このままだとくすぐり殺される。呼吸困難で死んでしまう。
「お願いします…助けてください…」
ルフィみたいに、当たり前だ!と言ってくれない先生を拝み倒して九字を切った。蹲って震える私が憐れだと思わないのか、と同情心に訴えかけると、先生もようやく折れた。
「あーもう!」
ヤケクソなのかもう何も考えたくないのか、喚いたあとで先生は私の体を起こすと、着物の合わせから手を突っ込んだ。どんな審判もアウト判定な接触に、覚悟を決めていたとはいえ反応してしまって、跳ねた体に羞恥を抱く。
タコとは違う感触と温度で、一気に心臓が爆音を奏でる。上がってくるタコの足を掴もうとするたび、指先が肌に当たった。それもくすぐったくて身を捩れば、先生に背中を預ける形になってしまって、急に死ぬほど恥ずかしくなった。
な…何をやってるんだ私は…先生に何をやらせてるんだ?冷静になると猥褻すぎて恥ずかしさしかないんだが。
不快なタコとは違うものの、とにかく恥が強すぎて顔から火が出そうになる。何よりめちゃくちゃ触っている、本当にどさくさに紛れて触ってないか?ってくらい触ってるんだけど。くすぐったくて暴れる私を押さえ込む姿は、完全に事案である。兵庫水軍に見られたら通報待ったなしだろう。まさに人生を懸けた一戦だった。
「この…っ」
先生がようやくタコの足を掴んだようで、暴れ狂いながら最後の抵抗を見せている。腿と違い絡みにくいのか、ダイソンなみの吸引力で決して離れなかった吸盤の感触が、徐々に上へ上へと移動していった。そしてとうとう服の中から引っ張り出されるタコの姿を拝んだ私は、先生を手助けすべく足を掴み、二人初めての共同作業と言わんばかりにタコを日光の下へと引きずり出した。悪夢から解放された瞬間だった。
やった、終わった。やっと終わった!
タコ姦ToLOVEるがやっと終わったんだ!
喜んだのも束の間、今度は先生の腕に絡みつき始め、まだエロトラップとしての職務を果たそうとするタコの執念に、私は恐れ慄いた。そっちは需要が異なるだろ、と冷静に分析しながら棒手裏剣を出し、頭を掴んで脳を狙う。
「絞めます!」
授業で習った通り、脳の軟骨に手裏剣を突き刺し、変色するまで抉り続けた。まさかここにきて板前修行が役に立つとは思わなかった。そしてこんな場面で活かしたくはなかった。
先生の腕から吸盤を剥がし、その触手が力なく垂れ下がる姿を見て、息絶えた事を察した。乱れた呼吸を整える私達は顔を見合わせ、ほぼ同時に溜息をつく。
「終わった…」
花京院!イギー!アヴドゥル!終わったよ…の顔で天を仰ぎ、着衣を整えながら、棒手裏剣を刺したままタコを船に置いた。激闘だっただけに、そこそこの大きさのタコであった。
エロトラップにしておくには惜しいくらいのご馳走を見下ろしながら、私は先生に深く頭を下げる。
「助かりました…このご恩は一生忘れません…」
「頼むから忘れてくれ…」
決して美談にはならない事件に私も苦笑しながら、恥ずかしくて顔を上げられない。見苦しいところを見せてしまった…そして触らせてしまった…。当分忘れられない感触に夜も眠れなくなりそうな私は、タコから手裏剣を引き抜くと、それを見た先生から思わぬマジレスを受け、ますます顔を上げられない。
「お前…最初からそれで刺したらよかったんじゃないのか…?」
「すみません…忘れてました…」
殴られたが、殴られて当然だ。ほんますんませんって感じだ。意図せずエロい目に遭うとパニックになるということがよくわかった。一般人なら仕方ないだろうが忍者の卵としては情けない事この上ないため、しっかりとエロトラップ修行を積むしかない。いやもうこんな目に遭う気はさらさらないけども。
私はまだ心臓が騒がしかったが、先生は落ち着いたようで、陸に向かって船を漕ぎ出した。回収した釣竿を絶対に離すまいと抱きしめ、死して尚存在感を放つエロトラップオクトパスに視線を向けた。
見れば見るほど立派なタコである。違う形で出会いたかった…と思うしかない。主に壺の中とかで。
「…捌くの?そのタコ」
懸念していた事を土井先生に聞かれてしまい、私は唸った。心境的には嫌すぎるが、SDGsが叫ばれる昨今、無駄にするわけにもいくまいというところだ。
お残しは許しまへんと言われて育った私達が…絞めたて新鮮なタコを廃棄するなどと…そんなフードロス削減とかけ離れた事をできるわけがない…できるわけがないが…なんというかこう…私の気持ち的な面で…食べにくいというか…。
一人で悩んでいても答えが出なさそうだったので、奮闘してくれた土井先生に判断を委ねる事にした。どちらにしてもこのサイズ、一人で食べるのは困難であった。
「先生…食べてくれますか?私をまさぐったこのタコを…」
「だから!お前はどうしていちいち妙な言い方をするんだ!」
船を漕ぎながら殴るという器用な真似に感心しつつも、他にどんな言い方があるのか私は半泣きで問うしかなかった。だってそうじゃん。私をまさぐったタコを食べる事に抵抗がないか聞いてんじゃん。上から下まで這い回ったタコだ。乙女の汚れなき肉体に絡みついたタコなんだぞ。なんか…なんかなぁ?ちょっと気まずいよなぁ!?
先生に食べてもらうのさえ恥ずかしい気持ちになってきた私だったが、当の本人には私の純情な感情など1/3も伝わらなかったようなので、何だか呆れてしまった。
「別に焼けば大丈夫だろ」
そういう問題?衛生面じゃなくて心理的な話をしてるんだけど。まぁそんなデリケートなこと、土井先生にはわからないか。ガサツだし。
結局タコは持ち帰る事にし、あとでこっそり二人で食べる事を約束した。事情を知らない人に食べさせるわけにはいかないからだ。事情を話して食べさせるわけにもいかないし。こんなこと絶対誰にも言えない。恥すぎる。
早く忘れようと思えば思うほど、いろいろ思い出してしまってまた顔が熱くなる。先生の手の感触とか、温度とか、最後まで私を見捨てなかった事とか、恥ずかしさの中に喜びも少しあって、やっぱり土井先生について来てもらってよかったのかもしれないと最後には思えた。
「他の先生じゃなくてよかった…」
「え?」
「何でもないです…」
つい口にした事を咄嗟に誤魔化したが、聞こえてしまった気がする。先生も黙ったからだ。深い意味はなかったけど、浅い意味でもなかったので、勝手に墓穴を掘って恥をかいた。タコ壷があったら入りたい。
しかしこんなに恥ずかしいのに、あとで先生と二人だけの秘密のタコパが待っていると思ったら、何故か少し舞い上がってしまう私なのであった。