利吉に頼まれた仕事は、結構ガチめの仕事だった。虫取りでも熊撃ちでもなかった。よかった。

最近、出稼ぎに行く若い夫婦が窃盗被害に遭う事件が多発しているという。その理由として、某城の某忍者が夫婦に変装して密書を運んでいるらしく、それを狙う忍者の仕業だろうという事だった。
利吉さんもその密書を追ってるらしい。夫婦に変装した忍者を見つけるか、もしくはそれを追ってる忍者を捕まえれば密書の内容もわかるのではないかという事で、囮役を引き受けてくれる人を求めて忍術学園に来ていたようだ。そして私に白羽の矢が立った。理由は知らないが、たぶん顔見知りだからだろう。

私は先日の大規模水害のため、実習先がなくなってしまうというトラブルに見舞われていたから、今回のこれを実習代わりにする方向にいつの間にか決まっていた。つまり利吉と夫婦の振りをして宿を転々とするわけだ。荷が重過ぎる状況に、しくじったら撃たれるんじゃないかと本気で危惧した。プロの仕事に同行するわけである、責任重大だ。一年は組の連中はよくこのプレッシャーを感じずに利吉さんと絡んでいられるな、と感心する。無邪気だったあの頃へ戻れない私は、まともな夫婦のロールモデルがいない中で試行錯誤を重ねて変装し、利吉と合流した。出稼ぎをコンセプトに衣装を選んでみたが、特にダメ出しはされなかった。

何の打ち合わせもなく出発し、世間話をしている間も、私には不安が付き纏う。
こんなにアバウトでいいのか、設定とか決めといた方がいいのでは?六年生だから信用されてるのか?それとも私にとっては実習も兼ねている事を加味してある程度は試してくださっているのか?わからない。わからないがハンター試験はもう始まっているのかもしれない。
とりあえずボロが出ないよう無口な嫁を演じるか。利吉さんの少し後ろを歩きながら、見慣れた街もなんだか違って見える事を不思議に思う。

なんか変な感じだ。全然夫婦の真似事って思えないな。抜けない学生気分を振り払わなきゃ、と思ったその時、突然足元に違和感があって、私は歩みを止めた。

草履の鼻緒が切れた。不吉すぎる。
買ってからそんなに経ってないのに…何故こんな時に先行き不安になるような事が起きるんだ。その場で立ち止まった私は、利吉さん、と呼び止めようとした。しかし寸前で飲み込み、前を進み続ける相手を見つめ、普通に狼狽えてしまう。
こんな往来で利吉さんの名前を呼んではいけない。誰が聞いてるともわからないんだから。
しかしそうこうしてるうちに、ほぼヴォルデモートの利吉が行ってしまう。一般の妻は夫の事をなんて呼ぶんだっけ。うちの両親はお互いに、おい、とか、あいつ、とかそういうパンピーとは一線を画した呼び方しかしないから何の参考にもならない。
困った末に絞り出し、照れを隠せなかった時、初めて夫婦の真似事の実感が湧いた。

「あなた」

思わず言ったが利吉は止まらない。聞こえなかったのかもしれない。
まぁいいや、仕方ないから後で追いつこう。それとも呼び方が上品すぎたか?父ちゃんとか呼んだ方がよかったのかも?でも子供がいる年でもないしな、私は。それに利吉さんには似合わないし。
とりあえず端に寄って処置をしようと思っていると、踵を返した利吉がすごい勢いで戻ってきて、ぶつかるんじゃないかと私はつい怯えた。なんというか、実習的な意味で不出来な嫁だと怒られるんじゃないかと思ったのだ。
しかし寸前で止まった利吉は、やけに近い距離で私を見つめると、小声で謝ってくる。

「…すまない、気付かなかった…」

心なしか顔が赤い。本当に気付かなかったんだ、利吉さんともあろう者が。人が多いからかな。水害で畑ができなくなった人達が出稼ぎに移動しているため、スクランブル交差点顔負けの混雑である。
だからってそんな勢いよく戻ってこなくてもいいのに。私を忍術学園から預かっている自負が強いんだろうか。

「大丈夫です、ありがとうございます」

利吉さんらしからぬ慌てぶりについ笑ってしまうと、相手は突然身を屈めて切れた鼻緒に触れた。

「足を上げてごらん」
「い、いえ…自分でできますよ」
「私の方が早い」

まさかそんな事までしていただけるとは思わず、かなり迷ったけど、一般的な夫婦だったらここは夫に頼るのかもしれない…。悩みながら足を上げ、体幹が良すぎるパンピーはおかしいので、利吉の肩に手を置き、体を支えた。一切動じない逞しい体つきに、プロだなぁとドキドキした。
感心している間に応急処置が終わって、確かに利吉さんにやってもらった方が早かっただろうと確信し、礼を言う。

「すみません…ありがとうございます」
「とりあえずの処置はしたけど…これじゃあ厳しいな、新しいのを買ってこよう」
「何から何まで…」
「先に行っててくれ、追いつくから」
「本当に何から何まで…」

面倒見が良いというか、無駄のない行動を好むというか、とにかく段取りのいい利吉に感動するだけの私は、己の未熟さを痛感し、恥ずかしいやら頼もしいやらこうなりたいやらいろいろ思って、申し訳ない表情で相手を見つめた。気難しい人かと思ってたけど、全然普通にいい人だな。山田先生から遊び心を抜いた性格って感じだ。

「いいよ、頼んだのは私の方だから」

そう言って微笑まれると、ドキドキする反面、優しすぎて裏があるんじゃないかと疑ったりもして忙しかった。私の実習に合格をつけるかどうかは利吉次第なのだ。こんなに面倒を見られてたのでは、失格になってしまうかもしれない。でも夫婦っぽくできたらいいのか?とも思うし…。
考えても仕方がない。利吉さんは草履を買いに行ってしまったので、私も言いつけ通り歩き出した。応急処置は少し違和感があるくらいで、歩けない事はなかった。さすがの万能さだ。これは捨てずに取っておこう…とミーハーな気持ちで浮かれていた時、肩に手を置かれ、私は振り返る。

「おまたせ」

利吉さんが戻ってきた。振り返った先に爽やかな顔があると、思わず見惚れてしまう。

今さらだけど…私達って夫婦に見えるのかな…どちらかというと兄妹の方が信憑性があると思うんだけど、本当に大丈夫なんだろうか。私を選んだ時点で失敗だったりしないか?不安である。しかし口に出せないまま歩き出し、そのままこれといった会話もなく、旅籠で一泊した。近くにいた女性に、ご夫婦?と尋ねられた時だけ、少し嬉しかった。

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