三日目の晩だ。個室に泊まると聞いた時から、私はこの時を待っていた。
利吉が眠るのを確認してから布団を出た私は、一歩で傍まで近付き、無防備に見える寝顔を眺める。月明かりに照らされて顔整いがさらに輝いているが、目的はそれではなかった。

昨日の玉、絶対に当たってると思う。今日は確認する暇がなかったので、というか意図的に避けられているような気がしたため、寝てるうちに観察させてもらおうと画策していた。もちろん、起きているであろう事は承知している。昨日の仕返しと思えば利吉さんも何も言うまい。

よく見ないとわからなかったが、目尻の上の方にわずかに擦れたような跡が見られた。狙った場所と近かったので、多分ここに当たったのだろう。ちょうど前髪で隠れる位置だ。
予期せぬ試し行動だったとはいえ、申し訳ない事をしたな…と冷静になる反面、利吉さんに一発当ててやったという誇らしさもあって、それもまた申し訳なさを加速させた。

「昨日、ごめんなさい」

寝た振りの相手に謝ると、利吉はすぐに目を開けて私を見た。まるでずっと起きていたような覚醒力だ。私を連れていてちゃんと眠れているんだろうか。

「何が?」
「いや…突然玉を当ててしまい…」
「突然襲ったのは私の方だよ」
「え?襲ったんですか?」
「振りだ振り!襲う振り!」

飛び上がるように起きた利吉は、誤解を解こうと必死になっているように見えた。利吉さんほどの実力者なら私が眠っている間に何かしていてもおかしくはない…という思いと、さすがに気付くから何もしていないのはわかっているという思いが同時に存在し、困惑の声を出してしまった。
夫婦の振りをする以上、少々の事は覚悟していたけど…別に利吉さん的にはそこまで求めていないようだ。歩き回ってるだけなので実習としては楽だが、忍者は地味で大変な仕事だと思い知らされている。今日とて収穫はなかったし。利吉さんは私の審査もさせられているし。

「でも、確かに随分と躊躇いなくやってくれたね」

俯く私に利吉はそう言うと、自身の頬を触りながら、今日も手に隠し持っている弾き玉を見透かしたように見つめてくる。

「しかも難しい武器だ」
「親の躾が良いもので…」
「そういえば忍者だったっけ」

思い出したように声を出すと、目が冴えてしまったのか、利吉は本格的に腰を据えて話し始めた。起こしてしまって申し訳ないと思いながらも、利吉さんと話ができるのは正直とても嬉しい。往来を歩いている時は、込み入った話はできないからだ。架空の夫婦になりすまし、福富さん家の子供はまた一段と太っていらして…なんてどうでもいい会話を繰り広げているだけである。それもそれで面白くはあるけど。

「父上から、君は昔から出来が良かったと聞いてるよ。実技は」

実技はね。はっきりと付け加えられて苦笑するしかなく、山田先生にもそう思われていたのかと思うと恥ずかしい限りだ。山田先生が私の事を何と言っていたのかはわからないけど、利吉さんが今回の任務に私を連れて来たという事は、そんなに悪い評価ではなかったのだと期待したい。
しかし教科はどうも苦手だ。歌は歌えるけど曲名が出てこないみたいな感じで、体が先に動くタイプである。両親が忍者ゆえ、生まれた時から忍者の英才教育を受けていたと言っても過言ではない私は、他の子に比べたら当たり前に出来は良かった。もちろん、実技に関してはだが。
そんな境遇を想像してか、利吉さんは興味ありげに質問を繰り出し、同じサラブレッドでも自分とは違う選択をした私を見つめ、話している間もずっと目を逸らさなかった。

「どうしてご両親からじゃなく…忍術学園で教わろうと思ったんだ?」
「そりゃあ…いろんな人から教わった方がいいからじゃないですか?親だけだとどうしても教えるものが偏りますし」

何だか偉そうな事を言ってしまったけど、両親的にもそういう考えだったのだと思う。得意武器は教えられても不得手なものはどうにもならないし、実際、親には実技的な事しか教わってこなかった。あとから授業で、あっこれってこういう術だったんだ…なんて思ったものである。
忍術学園はいろんな流派の先生がいて面白い。利吉さんは別の道を選んだようだが、その気持ちも少しはわかる。でも何の後ろ盾もなく修行するのは大変な事だと思うから、私には真似できないかもしれない。尊敬だ。

「私もそう思う」

普通に同意されると、安堵のあとに嬉しさが込み上げる。この時、忍術学園に入ってよかったな、と思って、やっぱり忍者になりたいという気持ちが強く芽生えてきた。それを後押しするような利吉の言葉が、私にはすごく有り難かった。

「蛍を撃ったり逃がしたり…君って変な子だけど」

心外だな。お前がやらせたんだけどな。そして利吉さんに言われるのも癪なんだよな。

「ちゃんと学んでいい忍者になれよ」

頭に手を置かれ、思いがけない接触に心臓が跳ねた。さらにそのまま肩を引き寄せられてしまい、本当の夫婦になってしまうのかと思ったら、利吉は急に小声になった。

「ついでに、いい実習になりそうだ」

利吉がそう言った時、私も気配に気付いた。ちょっと残念だと思った自分が不思議だった。
隣の部屋から物音がする。確か地味な顔の夫婦が泊まっていたはずだ。あれ忍者だったのか。確かに利吉さんの言う通りいろんな夫婦がいるから、動き出すまで全然気付かなかったな。

物が倒れる音がしたのを合図に、手筈通り動いた。考えていた数パターンのうちの、夫婦を装った忍者の元に密書を狙う忍者が現れて戦闘になるパターンを引いたらしい。いざ本番となっても、意外と落ち着いていた。利吉さんと一緒にいるだけの時間の方が、何故だか緊張を煽っていた気がする。
ようやくこれで帰れるけど、ちょっと寂しいな。緊張から解放されるのは嬉しいはずなのに、どうしてなんだろう。

/ back / top