久しぶりに実家に帰った。見合いの手紙をもらってから初めての帰宅だった。
長期休みなので普通はそのまま家に帰るのだが、今回の宿題は城に住み込む必要があったため、先にそっちを終わらせてから帰る事にしていたのである。犬の名札と共に数日歩き、ようやく家に帰って来られた。あれから利吉さんがどうしたのか知らないけれど、私が去ったあと、城で爆発騒ぎがあったと町の噂で聞いた。殿様の暗殺未遂が原因だとも言っていた。詳細はわからないがとりあえず犬は無事らしい。新学期が始まったら名札を返すつもりだったから、それを聞いて安堵したものである。市原悦子みたいな女中たちも巻き込まれていない事を祈るばかりだ。もちろん利吉さんも。


いつもの事だが、父も母も怪我をしているようだった。父の方は大した事なさそうだけど、母は広範囲に火傷の跡が見られる。
まさか城の爆発騒ぎってこの人達が原因じゃないよな?となると利吉さんも無関係ではないと思うが、大丈夫だったんだろうか。一瞬嫌な予感がよぎるも、そうと決まったわけではないから、何も聞かずに荷解きを続ける。仕事のことは聞かないルールになっている。家族だろうとも教えてくれた事はなかった。

「山田伝蔵先生の息子さんって…」

静かな空間で、突然母が口を開いた。今まさに利吉さんの事を考えていたのと、意中の人の名前が出た事に驚き、心臓が跳ね上がる。

「山田先生に似てる?」

どういう質問なんだ。なんで急にそんな話?もしかして見合いの話と関係あるのか?山田先生系ハンサムの事なのか。
わけがわからないながらもとりあえず主観で答え、焦げの残っている母の髪を見つめた。

「パーツは似てるかな…」
「ふーん」
「なんで?」

素朴な疑問を投げかけると、母は面白くなさそうな顔で私から身を逸らした。

「さぞかし色男だろうと思っただけ」

なんだそれ。その通りだが。
そう言い捨てたきり無言になったため、会話は終わったらしい。一体なんだったんだ。てっきり見合いの話かと思ったけど、全然そんな気配もないし、私が手紙をスルーしたから諦めたのかもしれない。もしくは向こうに断られたかだな。

夜になって探し物をしている時に、簪の引き出しを開けたら、ジーファーが一本なかった。休みに入る前に熱心に研いでいたものだ。城の爆発の事と、怪我の事と、利吉について聞いてきた事が頭の中でぐるぐる巡り、何か関係があるんじゃないかと思ったら、夜中に何度も目が覚めてしまった。でももし取り返しのつかない事になっていたとしたら、さぞかし色男なんて呑気な台詞は出てこないだろうと信じたい。ていうかそもそも何で利吉さんのこと聞いてきたんだろう。会ったんだろうか。会ったとしてどうしたんだろう。気になる。気になるけど、きっと教えてくれない。自分で調べるしかない。

翌日、休み中だが忍術学園に足を運んだ。休みだろうと誰かしらはいるので、山田先生がいらっしゃったら、利吉さんがどうしてるか聞いてみようと思ったのだ。宿題をやってた城で爆発騒ぎがあったと聞けば、気になるのは当然と言えよう。山田先生でなくても誰かから情報はもらいたかった。
しかし、山田先生に尋ねる前に、運命がこちらに味方した。普通に利吉さんがそこにいたのだ。あまりのタイミングの良さに驚くより先に駆け出していて、私に気付いた利吉も走り出した。

利吉さんだ。よかった、無事だったんだ。てっきり暗殺騒ぎの最中、用心棒として奮闘したのかと思ってた。いや、したのかもしれないが、瀕死の重傷などは免れたようだ。
今日は何でここにいるんだろうとかそんなのどうでもよく、心配が杞憂だった事に心底安堵して、近付くにつれ速度を落とす。
しかし利吉は小走りのまま私の元へ来ると、軽めのラリアットを決めて人気のない場所まで連れ込んできた。てっきりシータとパズーのような感動の再会があると思っていただけに、バイオレンス歓迎には衝撃を受けるしかない。

「レイコちゃん、ちょっと来て」

そう言いながら引きずられているため、行くも来るもなかった。ただ、ラリアットの時の感覚で、腕に包帯が巻かれているのがわかった。ラリアットできるくらいだから大した事ではないのかもしれないが、何かしらがあった事は間違いないだろう。
休暇中の忍術学園は静かである。わざわざ倉庫の裏にまで連れ込まなくても、人はほとんど通らない。
それでもここに連れてきたのは、見られたくない事をするからに他ならなかった。利吉はラリアットついでに私を抱きしめると、深く息を吐いて安堵の声を漏らす。

「あー死ぬかと思った」

心の底から体感したような声色に、一体何事かと混乱する。それ以上にドキドキしてしまい、利吉の鼓動が聞こえてくると、さらに胸が騒いでいく。

「り、利吉さん…腕をどうしたんですか」

左右で触り心地の違う腕を確かめながら、よくよく探ってみると体にも包帯が巻いてあるとわかった。広い範囲の怪我には心当たりがある。

「よくわかったね。大した怪我じゃない」

気丈な態度で微笑んだ利吉だったが、私を抱きとめたまま、じっと顔を見つめてきた。またキスされるのかなと期待したが、全然そんな事はなく、普通に恥である。

「君って…母親似?」
「え?はい…母から毒を抜いた顔とよく言われます」
「ははは」

笑ってやがる。私と母の両方の顔を知ってないと出て来ない笑いだ。
母にも同じような事を聞かれた事から、段々と顛末が見えてきた。私が去ったあとの城で何があったのか、想像するのは難しい事ではなかった。

「その怪我…誰にやられたんですか?」

尋ねても、利吉は微笑みを浮かべたままだ。

「仕事のことは言えないんだ」

それはそうだろう。両親もいつもそうだし。家族にも言えない事があるのが忍者だ。それでも一緒に暮らしていると、さすがに気付く事もある。

包帯の範囲からして宝禄での火傷だとしたら、父の仕業かもしれない。利吉さん本当に用心棒の仕事だったのか。暗殺騒動の時に、うちの親とやり合ったんだ。
薄々思ってはいたが、両親は暗殺家業なのだと思う。利吉さんの方が暗殺者でなければの話だが。用心棒だったからそれはないと思うけど、きっと本当の事は誰も教えてくれないんだろうな。それは私がまだ子供で、未熟な学生でしかないからだ。

「でも、簪の事は聞いておいてよかったな」

笑いながら頭を撫でてくる利吉さんに、全然笑えない私は、母はお気に入りのジーファーを駄目にされて機嫌が悪かったのだと今になって気付いた。でも私がうっかり喋ったおかげで利吉の命が助かったのなら、本当によかった。きっと両親にとってもよかったと思う。
フリーだとこういう事もあるんだな…と酷な世界に打ちひしがれる私だったが、利吉は真逆の事を言うため、その感覚もプロだなとしみじみ思った。

「フリーの忍者のいいところはね、仕事を選べるところなんだ」

選べないって前に言ってた気もするけど、忘れた事にしよう。

「今回は手を引いたよ…向こうもそうしたみたいだ」

最後にすでに何の確執もない事を宣言され、私もようやく息をついた。両親と利吉さんがバチバチなんて事になったらストレスで倒れそうだ。大人の世界を目の当たりにする中で、私にできる事といったら犬にちゅ〜るを与える事くらいである。無力さを感じるばかりだが、それでも忍者になろうという決意は変わらなかった。両親が見合いをさせたがるのも今ならよくわかるけど、私の気持ちは変わりそうにない。

何の言葉も発せずに見つめていると、また抱きしめられ、段々と強くなっていく力にドキドキしっぱなしである。溜息をつく利吉を見れば、余程恐ろしい目に遭ったんだなと想像できた。私も母との手合わせは本当に嫌いだった。しぶといし不死身の杉元みたいでとにかく嫌だ。ジーファーを折ったとて怯みはしなかっただろう。無事でよかったとしか言いようがない。
ただお互いに顔を見て、私の事が浮かんで手を引いたのだとしたら、あのとき蛍を集めた事とか、逃した事とか、手を振り返しそびれた事とか、全部に意味がある気がして、それがとても嬉しいのだった。

「君の母上、めちゃくちゃ怖そうだったけど…」
「めちゃくちゃ怖いですよ」
「見合いはちゃんと断ったんだろうな?」

急に緊張感のない話をされ、私はポカンとしてしまった。なんで急にそんなこと聞くんだって感じだった。
確かに母の圧に負ける事は多々あるが、知らぬ間に見合い話は流れていたので、断る以前の問題である。そもそも何の権利があって利吉さんが私の見合い話に口を出すんだ?まだ何の関係にもなってないと思うんだが。すでに彼氏なのか?返事も聞いてないのに。

「そんなこと…利吉さんに関係あるんですか?」

いくらいい雰囲気といえど、仮初の夫婦から脱却した覚えはないため、はっきりとした言葉を求めて私は一度突っぱねた。ちょっと意地悪を言ってみたい気分だったのだ。
すると、見た事もないようなすごい顔をされ、利吉さんの中では関係しかないとわかり、もう舞い上がった。空も飛べそう。

「ふーん…そういうこと言うわけだ」
「冗談ですよ」
「君の冗談って笑えないんだよな…」

心外すぎる。散々冗談を交わした仲なのに。

「…私の事もらってくださるんですか?」

じゃあもう本音しか言うまいと尋ねたら、利吉も気恥ずかしそうに目を逸らして、真実味のある空気が流れていった。

「…冗談じゃなくて?」

しかしそう言われると、悪い癖が出て考え込んでしまった。利吉さんみたいな仕事人間を待ってたら行き遅れそうだしな、と簡単に想像できた。
いま忙しいからちょっと待って、を繰り返すうちに月日が経ってしまうんじゃないか。結婚してくれたとして、第二の山田伝蔵と化す事も目に見えている。私も忍者の仕事したい気持ちあるし、そういうのってどうなんだろう。意味あるのかな。まともな夫婦のロールモデルがないと本当によくわからないな。
一向に頷かない私に痺れを切らした利吉が額を小突き、握った拳からもどかしい気持ちが伝わってきた。

「何でそこで考え込むんだよ…!」
「すみません…」

素直に謝って、正直な思いを吐露した。

「私も…また利吉さんと一緒に仕事したいから、まずはもっと頑張ります」

補習の日から今日までの事を思い出すと、やっぱり利吉さんは憧れの人だな、と心から思った。格好いいし、面倒も見てくれたし、最後は犬を任せてくれたし。私もそういう人になりたいから、ちゃんと勉強して立派な忍者になる。そのために忍術学園に入ったんだった。見合いなんてしてる場合じゃないのだ。
仕事中毒と結婚するの微妙だな、という空気を何とか有耶無耶にし、勤勉な姿勢を見せると、利吉さんは半分呆れながらも嬉しそうな顔を見せてくれて、さすがに照れた。やっぱ二つ返事で結婚してもらったらよかったかも、と秒で決意を揺るがしていると、利吉は私の肩を叩き、門の方へ体を向けた。

「名残惜しいけど行かなくちゃ」

そう言われると寂しい限りだったが、名残惜しいなんて台詞を吐かれた日にはときめきを覚えるしかない。それにまた会えるという希望が今回はあるので、寂しさを抑え込む事ができそうである。
今日もちゃんと手を振ろう、と意気込む私に、利吉は最後に手紙をくれた。ご丁寧に宛名が書いてあったので、本当は託けるつもりだったのかもしれない。

「これ、時間ある時に読んで」

わざわざ何をしたためる事があったんだろう。意外な贈り物にとりあえず礼を言い、姿が見えなくなるまで利吉を見送った。手を振り返されると嬉しい事がよくわかった。振り返さなかった自分の薄情さもよくわかった。利吉さんよく許してくれたな。仏のようだ。

静かになったところで、時間ある時に読んでと言われた手紙を、今まさに時間がある私は開封した。前に外で堂々と読んでたら利吉さんに盗み見された教訓から、壁を背にしてさらに身を屈めて目を通した。
文章自体は短かったが、強いインパクトを残す内容に、私は思わず笑ってしまう。冗談のセンスでも利吉さんに勝てないや。やっぱりもっと勉強するしかないな。

「自分で言っちゃうのね…これ」


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レイコちゃんへ

縁談あります
フリーの忍者 十八歳
正真正銘、山田先生系ハンサム
前向きに検討よろしく


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