浅い夢

「見て、あれだよ。山田が連れてきた若い奴」

同級生に足を止められた私は、彼女が顎で指した方を見た。廊下を歩く若い奴は、山田先生の後ろで一定の歩幅を保っており、新しくやって来たと噂の教師である事を悟る。冴えない横顔を見ながらひそひそしていたところ視線が合い、きっと教師なんてしてこなかったタイプの忍者だろうと私は感じた。どこか張り詰めた瞳は、寂しい色も含んでいる。

「緊張してる?レイコが怖い顔で睨むから」
「睨んでないよ。遊んでやろうと思っただけ」
「こわ〜」

ひとしきり笑ったあと、同級生たちは若い教師への興味を失ったようだった。教室へ駆けて行ったのを横目に見ながら、私の視線は教師のあとを追う。姿が見えなくなるまでその場で立ち止まり、やがて歩き出した。他の子同様にそれきり興味を失えばよかったのだが、何となくあの時重なった視線が忘れられず、今の今まで私の心に生き続けている。


「土井先生」

久しぶりに見かけた顔に、学生時代の記憶が蘇ってくる。若い教師を揶揄っていた頃は、楽しかったし子供だった。今やそんな子供たちを吟味する立場になった事が、不思議な時もある。

「また来てるのか、卒業生の特権だな」

また、と言われたという事は、私が最近スカウトに勤しんでいる事を土井先生も承知なのだろう。久しぶりに会った先生はあまり変わりない様子だったが、胃痛に悩まされているらしい。確かに受け持っているあの生徒達を見ていたら、申し訳ないけど納得しかなかった。私は今のところ仕事のストレスなどはない。有り難いことに。
数年振りに訪れた忍術学園は、懐かしさに満ちていた。知らない生徒ばかりではあるものの、教師陣の変わり映えのなさは安心感があり、ここに顔を出せるような城へ就職できた事は非常に喜ばしい事だった。とはいえこんな時代ではいつ状況が変わってもおかしくはないけれど。

卒業生特権を利用して学園をうろついている私は、本当はもうここに用などなかった。気になる上級生はピックアップしたし、学園長とも話をつけている。最後に土井先生に会いたいと思って探していただけだ。その目的も果たせたから、次にここへ来るのはいつになるのかわからない。

「もう帰りますよ、本当は先生をスカウトしたいところですけど」
「君の部下になるのはなぁ…」
「私は嬉しいですけどね、土井先生といつも一緒にいられるなら」

大きく一歩近づくと、気配を悟った先生は同じ距離を退いた。呆れたように溜息をつかれ、なんだか学生に戻った気分だ。

「全然変わらないな、君は…」

私の軽口にそう返す先生こそ、全然変わらない。

「変わりませんよ」

本当は変わった事だってある。スカウトを任されるまで出世したし、諸々の手際もよくなった。薬の調合も上手くなったな。昔怪我をした時に先生から傷薬をもらって、お返しに薬を手作りして渡した事もあった。あの時ほどの情熱はないけど、そんなものなくてもどうにかできるようになっていった。そういうものだと思う。
でも先生に叩いた軽口の数々は決して嘘ではないし、それは今も変わらないのだ。

「それじゃ、お元気で。会えてよかったです」

長居をすると名残惜しくなる事は経験済みだったため、なるべく素っ気ない顔をして手をあげた。本当はもっと話していたいが、それを引っ込めるのは昔から得意だった。先生にとっては私なんて軽薄な生徒の一人だろう。だから誰にでも同じように微笑んで、心揺さぶる言葉を投げる。

「私もだよ」

本当に本当なんだろうな、と思うが、それもまた悲しい。

「またおいで」

真に受けますからね、と手を振る事が精一杯の私は、長引いている初恋の引き際がわからない。

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