運命の出会いだ。偶然とも言うらしいが。
「先生」
狭い世間で、見知った顔に声をかける。嬉しさのあまり手まであげてしまったが、すぐに澄ました顔を作った。今さら何の恥じらいがあるのかって感じだけど。
「珍しいですね、こんなところで」
「そっちこそ。何だか最近よく会うな」
団子屋に一人でいる土井先生は、嬉しい顔でも嬉しくない顔でもなく、至って普通の顔でそう言った。私は嬉しさが全面に出ていた気がするが、それは忘れていただこう。
有無を言わさず隣に座り、青空の下で団子を食べる土井先生を早速邪魔して、自身の目的もついでに果たそうと画策する事となった。
「ちょうどよかった、土井先生にもお尋ねしたい事が」
「食べる?」
「いただきます」
団子を受け取るのと、懐から紙を取り出すのを同時に行い、折りたたんでいた人相書きを開いて見せた。
「この男、ご存知じゃありませんか」
実は先日から、誰かに見られている気配を感じる私であった。もう二ヶ月になるが、各地で度々目にする忍者がいる。毎度変装をしているが、同じ男だ。絶対につけ回されているんだけど、接触してこないのを見るに、時期を見計らっているのではないかと推察する。
土井先生は団子を口にしながら首を傾げ、思い当たる事は何もない様子を見せたため、忍術学園に関わりのある者ではないらしい。
「いや…知らない顔だな。この男がどうかしたのか?」
「恐らく尾けられているんですが…素性も目的もわからなくてですね、忍術学園なら誰か知ってるんじゃないかと思って、今向かおうとしてたんですよ」
事情を説明し、ちゃっかり土井先生と道中ご一緒できるのではと期待して、私は人相書きをしまった。
さほど若くなさそうな男である。長年忍者をやっているなら誰かが知っていそうなものだが、私は見た事がない。もし学園で情報が得られないなら、こちらから接触するしかないか。
面倒だなぁ…と顔をしかめて団子を頬張り、これを奢ってもらった礼に手土産を持って行って、先生に会う口実を作ろう…と打算的な考えを浮かべた。こうなるとわかっていたから会わないようにしていたのに、一度学園に足を踏み入れたが最後、全く気持ちがおさまらない。いい年をして何をしてるんだかと自分に呆れ返る。
先生はこのあとどうするんですか、と聞こうとした時、先に相手が口を開いた。
「君に気があるんじゃないか?ほら、前にもあっただろ?」
そう言われて、失った記憶が蘇ってきた。こちらが完全に忘れていた事を先生が覚えていた事実に、何だか胸が熱くなる。
六年生の時だ。街で数回話した男が、私を訪ねて何度か学園にやって来た事があった。付き纏いというほどでもなかったけど、何の感情も抱いてない男と喋っている姿を土井先生に見られたくなくて、最後は脅して帰した記憶がある。その現場を先生にしっかり目撃されて参ったから、今まで記憶を封印していたのかもしれない。
懐かしさに崩れ落ちそうになりつつも、団子を飲み込んで首を振った。
「相手は忍者ですよ、そんなはずないでしょ」
「まぁ…それもそうかな」
「それに、気を持たせたい忍者は一人だけです」
「はいはい」
私の真剣な心を戯言と流し、先生は呆れ顔で笑った。さすがに、いつまでこんな事を続けるんだろうと自問自答した。
思いは通わないのだから、玉砕しかない末路である。いっそしっかり振られて未練を断つべきか、しかしそれだと先生に要らぬ気遣いをさせて困らせることになるのではないか、このまま浅い夢を見続けていくのだって別に良いのではないか、どうせどうにもならないなら、何だっていい、どれを選んでも同じなんじゃないか。結局いつまでも、惨めさが絡みつくだけの恋なのだ。
あれこれ思い悩むのは、忍者の恥だ。私の気持ちなんてものは仕事になったら関係ないのだし、今ここで答えなんて出せない、もう考えるのはやめよう。
思考停止で無理矢理押し込め、手を合わせて団子の礼を言う。すると先生は突然真剣な顔をして、私の方へ体を向けた。
「実は私も最近付き纏われてるんだ」
「えっ」
聞き捨てならない発言だった。今すぐ始末して来ましょう、と言いかけたのを飲み込み、姿勢を正す。
「…どんな奴?」
忍術学園を狙う不届者は少なくない。思い当たる連中なら何人かいるので、情報提供ならいくらでもするって感じだ。よりによって土井先生を狙うなんて許し難い所業である。つい感情的になりかけていると、先生は急に笑顔を浮かべ、私の額を指で突いた。
「こんな奴」
呆気に取られた私は、喜怒哀楽全ての感情を通り越し、波が引いたような感覚に陥ったあと、羞恥心が凄まじい勢いで押し寄せてきた。言葉にできない時間が数秒あって、たとえ冗談だったとしても受け流せるはずがない私は、たった一言、言い捨てる事しかできないのだった。
「今日は偶然だもん!」
恥ずかしさのあまり立ち去り、正直このあと付き纏おうと思っていたから、図星を指されたようで耐えられなかった。一緒に学園まで行こうと思ったのに、そんなこと言われたらもう無理。今日は偶然って言っちゃったけど、別に今までだって仕事のついでに会ってただけで、後ろめたい事なんて何もない。いやあるけど、あるけどない!
人の気も知らないで…と心をざわつかせながら、私は渋々一人で学園へと向かうのだった。