ハノハノリゾート

私の撮影した記録映像の権利は、全て父や共同研究を行なった博士たちに委託されている。だからグリーンに言われるまで、私はかつてフレームインされまくったスイクンの映像が、本格派のテレビ番組で流されていることに気付かなかった。

私の名はレイコ。カメラマンではなくニートだ。アローラチャンピオンという仮の姿も持っているが、心はいつだって無職である。
アローラに滞在中の私は、たまにはハノハノリゾートで優雅に過ごすか…と思い立ち、数日前から高いホテルでだらだらと寛いでいた。幸いチャンピオンとしての仕事もしばらく無く、広いベッドの上で自堕落な日々を過ごしていたのだが。

残念ながらその平穏は、突然崩される事となった。元祖クソガキの登場で。

「…いま見なくてもいいんですけど…」
「どうせ暇だろ」

文句を垂れる私を一発で黙らせたグリーンは、DVDをチラつかせながら鼻で笑った。

先週、アローラでバトルレジェンドとかいう小生意気な事をやっているグリーンから電話があった。
「NHKスペシャル〜伝説を追い求めて〜」に私の撮った映像が使われてるらしいと、わざわざ報せてくれたのだ。スイクンを長時間記録した貴重な映像という形で紹介されたようだが、正直スイクンなんて見飽きるほど見たのでどうでもよかったんだけど、せっかくのNHKだから録画を頼んだわけである。

カントーに帰った時にでも見せてもらうか…って感じだったのだが、録画したDVDをグリーンはわざわざホテルまで持ってきて、全く片付いてない私の部屋に押しかけてきやがったものだから、正直頭を抱えている。お前の方が絶対暇だろ、という言葉は飲み込んだ。泥仕合になるんでな。

「まぁ適当に座っていただいて…」
「…どこに?」

テレビを起動しながら促したが、椅子には荷物を置きまくっていたので、顔を見合わせて苦笑した。もはや小言さえ言ってもらえないあたり、呆れを通り越して諦められていると感じる。
地味に一番傷付くからやめろ。お前がアポ取って来てたら椅子の上くらい片付けたわ。荷物を床に下ろすだけだけど。

片付けの意味を辞書で引いた方がいい私は、仕方ないのでベッドに座り、DVDを再生する。

「それにしても…お前よくこんなの撮れたな。結局評判よかったぜ」
「撮れたっていうか…撮らされたっていうか…」

壮大な音楽と共に始まった番組を見ながら、感心するグリーンの横で、かつての旅を思い出し失笑した。

スイクンとか…懐かしいな…。クチバの海を駆ける青いワン公が、ドヤ顔でポーズを決める光景に、神妙な声のナレーションがついている。笑うところか?これ。
撮影者に対して謎の行動を繰り返しており…と解説されているけれど、どう見てもカメラにポーズを決めているだけだ。理由はない、ただ己の美しい姿を撮らせたかった、それ以外にスイクンの思惑はねぇよ。

モデル志望のスイクンを追うドキュメンタリーは、確かにほぼ私の映像の切り貼りで構成されていた。数十年前に目撃された時との映像比較などもあり、なかなか面白かったけど、やはりこんなものを見るくらいなら寝てたかった…と大きなあくびをして目を擦る。
大体午前中に来るんじゃねぇよ。ニートの活動時間は午後から明け方だって知らないのか?

全くこれだからパリピは…。人種の違いに溜息をついた時、グリーンは思わぬ形で私の生活リズムを知る事となった。ベッドサイドに手を伸ばしたかと思うと、直後に呆れた声が降ってくる。

「レイコ…」
「ん?」
「お前…昼に目覚ましかけてるのかよ」

いきなりの不規則バレに、私は驚きのあまり二度見した。どうしてそれを…!?と手元を見れば、グリーンは私の目覚まし時計を持っており、針の位置で起床時間を知られてしまったのだと理解する。さすがのニートも、これには羞恥を感じずにはいられなかった。

おいふざけんなよ、勝手に見ないでくれる!?人の十二時アラームを!夜食にホウエンラーメン食って朝を知らせるキャモメの鳴き声と共に就寝した痕跡を見ないで…!

「別にいいだろ!暇なんだし!」

正確にはニートが忙しいが、何をするのも私の自由なので、生活リズムをとやかく言われる筋合いはなかった。それはそれとして人生の質が低い事をクソガキに指摘されるのは、普通にプライドが傷付くものである。クオリティオブライフとは無縁の私を嘲笑うグリーンに我慢ならず、目覚ましを取り返そうと手を伸ばした。

もう返してくれ私の自堕落アラームを…!こっちは五分刻みのスヌーズがないと起きれない体なんだぞ、可哀想だとは思わないのか。

「返せよ早く!」

競技かるたなみのスピードで、私は時計を弾き飛ばそうとした。しかしリーチが足らず、風を切る音だけが高級ホテルに響き渡る。
もう一度…と再び手を振り上げたら、私が見せたかるた名人の片鱗に警戒したグリーンは身を引き、そのままベッドに沈んだ。私も態勢を戻せず、グリーンの上に雪崩れ込む。
重厚なナレーションがテレビから流れる中、目覚ましに夢中になっていた私は、意味深な姿勢にようやく気付いて、ハッとした。様々な思考が駆け巡り、目を合わせたグリーンと共にフリーズする。

なんだこの状況。近いぞ。

謎の照れを感じつつも、ひとまず体を起こそう…と冷静に思う私だったが、何故かグリーンはそれを制するよう、私の腰に腕を回した。背筋が鍛えられているはずもない私は、結局元の姿勢に戻り、速くなっていく脈を落ち着けられず、困惑する。

なに、突然フラグが立ってしまったんだけど…!?無駄に高ぶるこの感情は一体…!?急展開についていけない焦りからの動悸か!?
思わぬときめきトゥナイトに、グリーンが真壁俊に見えてきて、妙な気を起こしそうである。そもそも何でこんな格好になってしまったのか考えた時、私が夜型だったせいなのを思い出して、曰く付きの時計に手を伸ばした。

そうだ、とりあえず時計を奪い返そう。全てはそれからだ。

「は…離してよ…」

キョドりながら要求した私に、グリーンもいつになくマジな感じで聞き返してくる。

「…どっちを?」

意味深な問いかけは、さらに私を混乱の渦に叩き落とした。何故か即答できない自分には違和感しかなかったが、心臓が爆発しそうでそれどころではなかった。

どっちって…どっちもだけど…どっちもだけども、どっちだ…!?

目覚まし時計を押収した手を離すのか、私の腰を押さえる手を離すのか、もしくは両方なのかを問われ、思わず口籠った。どっちもだよ!つってビンタすればいい話なのに、この状況を維持しなくてはならない気がして、頭がぼんやりしてくる。

なんだか思考が…遮断されていくような…どうしちゃったんだろう、この感覚…。
朦朧としながらも、グリーンの体温で熱が上がる私は、自らフラグを立てる言葉を口走る。

「目覚まし…」

囁かれたファイナルアンサーに、グリーンは素直に目覚まし時計を離した。代わりに私の手を握って、もっと体を引き寄せる。

何だこの夢小説みたいな状況。いや夢小説だったわ。
テレビからは久石譲的なシリアスな音楽が流れる中、私達の間にも、何故かシリアスな空気が流れている。何かがおかしいと感じる感性さえ徐々に失われていき、やけに熱いグリーンの手を、私も握り返した。

「今日…泊まってもいいか?」

え?椅子にも座れないような部屋に?
片付けという概念を失っている私は、グリーンの台詞に正気を疑ったけれど、本当に正気を疑うべきは自分であると、直後に思い知らされる事となる。

「十二時起きでもいいなら…」

答えながら相手に顔を近付けた時、テレビの音量がわずかに上がった。視界の端に映っていた青色の犬はいつしか消え、やけに明るい色がチラつき出す。いい雰囲気真っ只中の私は、それどころじゃなかったはずなのに、あんなに熱かった掌の温度がわからなくなって、代わりに妙なナレーションを耳が拾った。

「若い女性に催眠術をかける瞬間を、カメラは捉えました」

鼻先が触れ合った瞬間、私はハッとした。そして見たのだ。テレビに映る黄色のポケモンを。

「そう、催眠ポケモンのスリーパーです」

お前かー!

起き上がった途端、私は全てを思い出した。コンビニに行こうとしたこと、途中でスリーパーと出くわしたこと、催眠術をかけられたこと、そしてこれが七周年記念企画だという事をな!

どうりで夢小説みたいな事が起きると思ったよ!と納得し、ベッドから降りた私はテレビを殴りつけてキレた。一度ならず二度までも妙な夢を見せやがった黄色の化け物に、今度ばかりは許しちゃおけないと憤る。

ふざけやがって!喪女の純情弄ぶのはやめろ!かなり焦ったじゃねーか!
マジで起きたら被害届出すから。非道に徹する私は段々と不鮮明になっていく景色を睨み、消えゆくベッドを振り返る。

いつの間かいなくなったグリーンとスリーパーに溜息をついて、もちろん怒りは忘れちゃいなかったけれど、でも正直夢でよかった…!と複雑な気持ちになるレイコであった。
またグリーンに会ったとき一方的に気まずいじゃねーか。いい加減にしてくれ。