カーラエ湾

リーリエが、ルザミーネさんと仲直り…というのもあれだけど、いろいろあったから何かプレゼントをしたいと言い出した時は、なんていい子なんだと感心した。
しかしプレゼントについて相談に乗ってほしいと言われた時は、相談する相手間違ってるだろと放心した。

私の名はレイコ。親に贈り物などする気にもなれない、冷えた家庭に生まれしニートだ。一刻も早く絶縁したい毎日を送っている。

なんだかんだと互いを思い合っているリーリエご一家の絆に目頭を熱くさせる私は、現在カーラエ湾の砂浜で、グラジオと共に真珠を探している。

プレゼントの相談をされてしまった時は焦ったけれど、他ならぬリーリエの頼みである。肩叩き券でいいんじゃね?という言葉を飲み込み、わりと真剣に思考を巡らせた。やはり子供らしく手作りが一番なのでは…と雑な案を出し、そして思い出したのだ、かつてカーラエ湾で、真珠を拾った事を。

カーラエ湾には、毎日結構な数の真珠が流れ着く。誰でも獲れるので価値は低いけど、真珠なら豪華な雰囲気あるし、それを使ってブレスレットを作る事になったのだ。

親孝行のリーリエのため、真珠探しを引き受けた私とグラジオは、毎日カーラエ湾に通い、三人で協力し合ってぼちぼち真珠を拾い集めている。もうすぐ目標数に達するので、本格的にアクセサリー化を目指すべく、リーリエは小物の買い出しに行った。小島に坊っちゃまと二人きりなのは、正直話題に困るところがあったけど、真面目にこなしていると時間はあっという間に過ぎていく。

ていうか今日…あんまりないな。いつもはもう少し見つかるんだけど。
乱獲しすぎたのか、砂を掘ってもヒトデマンしか出てこない状況に、私は渋い顔で額の汗を拭った。海風が心地よいとはいえ、日差しは殺人的である。

暑い…。砂の照り返しが半端ねぇな。カントーの暑さよりマシな気はするものの、ヒキニートにとっては外出がそもそも苦行である。
ポケセンの冷房にあやかりたいよ…と泣き言を言いながら、さすがにぶっ通しで作業を続けていたので、グラジオに休憩を申し出た。坊っちゃまの玉のような肌が日焼けなんてした日には、財団中の人間に刺されかねないからな。

オリエント急行の再現を警戒する私は、グラジオと共に日陰に座り、一粒だけ見つかった真珠を見せながら苦笑する。

「今日あんまり落ちてないよね」
「ああ…俺もこれだけだ」

互いに成果を見せ合い、不漁を嘆く。あと少しだと思うと長いパターンのやつだろう。
もう何日も真珠を探しているので、暇とはいえマンネリ気味だし、リーリエからは恐縮されるしで、とにかく早く終わらせたいが、大自然の気まぐれの前にはいかなる努力も無意味である。
他の島でも探した方がいいかもな…と考えて地面に手をついた時、下を見ていなかったせいで、うっかりグラジオの手に、自分の掌を重ねてしまった。危うく坊っちゃまの厨二ポーズを決める大事な手に全体重をかけそうになり、私は慌てて位置をずらす。

「あ、ごめん…」
「いや…」

思いがけず青春の一コマめいた真似をしてしまったことを、深く反省しながら動悸を速めた。
危ねぇ…こんな無人の小島で意味深な事をしたら痴女と思われかねないぞ。アローラチャンピオンとして、そして人間としてやばい状況を作るわけにはいかず、何とか話をそらして誤魔化した。

「リーリエ…いい子だよな。お母さんのためにさ…」

あのか弱かったリーリエが、毎日活発に砂を掘っている姿を見るだけで、何だか感慨深いものを覚える私だった。これからも紆余曲折あると思うが、苦労して作った真珠のブレスレットを見て家族の絆を思い出してほしい…そう思うよ。
マジで大変だったからな真珠探し。そういえばいつから始めたんだっけ?何日もやってる気がするけど、記憶を遡ろうとすると、何だか途端に不鮮明になる。

あれ…本当にいつだ?ていうか私…カーラエ湾じゃなくてコンビニに…。
大切な事を思い出しかけた時、再びグラジオと手が触れた。今度は私ではなく、相手が接触してきて、意図的な触れ合いに心臓が跳ねた。まるで記憶を遮るかのように。

「世話になってばかりだな…レイコには…」
「いや…まぁ…リーリエとは友達だし…気にしないで」

まるでグラジオとは友達じゃないような言い方になってしまったが、実際微妙なところなので余計な事は言わないでおいた。友達面するなとか言われたら傷付くしな。つれぇ。
ここまで来たら乗りかかった船である。私と父は冷え切った関係だが、リーリエ達にはそうなってほしくないと健気に思い、頑張れ、とグラジオの手を握り返した。私に出来ることがあれば力になるよ。どうせ暇だからな。

まぁニートが忙しいけど…と早々に前言を撤回していれば、私の優しさに胸打たれたのか、グラジオはわずかに微笑んだ。年相応の笑顔に和んだのも束の間、何故か距離を詰められると、今度は真剣な顔つきで呟く。

「リーリエが俺たちに手伝いを頼んだのは…真珠のためだけじゃないと思うぞ」
「え?」

謎の発言に、私は首を傾げた。真珠のためだけじゃ…ない…?と意図のわからない言葉を脳内で繰り返し、いつもなら永遠に気付かないところだが、どうしてか今日の私は鈍感夢主ではなかった。
重なった手から伝わる鼓動で、グラジオが言わんとしている事を察し、呼吸を止める。やけに熱のこもった眼差しから逃れられず、潮風の中でただ見つめ合った。

なんだ…この…焦燥感にも似た感情は…?
私は得体の知れない胸の高鳴りに戸惑い、妙な気を起こしそうな自分に恐怖した。元々美少年だと思っていたグラジオが、今日はとびきりイケメンに見えて、我が目を疑うと同時に、高揚感を抑えられない。
そして、とどめと言わんばかりに確信的な台詞を発し、グラジオは私を追い詰めるのだった。

「俺とお前を…二人にしたかったんだろう」

波の音が、私達の空気を盛り上げた。情緒しか感じないシチュエーションに流されて、それどういう意味?と空気の読めない事も言えそうになく、というかどういう意味かはわかり切っているのだ、この鈍感夢主の私が!

誰もいない小島で若い二人が見つめ合う…それが一体何を意味しているか、理解できないはずがなかった。そう、理解できてる事がおかしいんだ。何故なら私はフラグクラッシャー、恋愛への頓着の無さゆえ、いつだって全てをぶち壊してきたニートである。
それをこんな…いかにもいい雰囲気になってるなんて、どう考えてもおかしいだろ。

何かが起きている…と違和感を覚えてはいたけれど、それを上回る高ぶりが、私の思考を止めた。今はこの空気に浸っていたいと熱望してしまうのだ。
まんざらでもない気持ちも後押しし、冷房の効いたポケセンより海辺の方が良い気がする…と心が変わる。そして、グラジオも同じ気持ちだとわかっていた。

「真珠…まだ見つからなくてもいいよな…」

リーリエには悪いが、と続けたグラジオに頷いて、どちらともなく顔を近付けた。目を閉じかけた時、相手の肩越しに光る物を見つけ、私は思わず身を乗り出す。

ん?なんだ、あれ。もしかして真珠か?

きらきらと揺れる物体は、波にさらわれそうだったため、たまらず私は駆け出し、雰囲気そっちのけで砂を掘った。何故かそうしなくてはならない気がしたのだ。

うっかり男にうつつを抜かしてしまったけど…やっぱ最優先は真珠だからな。リーリエとの友情を大事にしている私は無心で手を動かし、そして光っていたものが、円盤のような形をしていることに気付く。

真珠…ではないな。でかいし平たい。全面が太陽に反射して輝いている。銀色のそれを手に取った瞬間、糸のようなものでどこかに繋がっていることがわかって、じわじわと記憶がよみがえってくる。ハッとした頃には不気味な影が迫っており、手を離せば円盤は左右に揺れた。

この規則的な動きと形状…銀色の輝き…。

間違いない、振り子だ!

勢いよく振り返ると、やはりワンパターン、スリーパーがそこに立っていた。私に向かって振り子を揺らすと、あの腹立つ顔で笑い、意識をどこかへいざなっていく。もはや感情も失いかけていたが、夢とはいえリーリエの頼みは最後まで成し遂げてやりたかったな…と健気な事を思う私であった。
まぁ途中で坊っちゃまにうつつ抜かしたけどね。すまん。