ポータウン

ポケモンに好かれやすい人間と、そうでもない人間がいる。どちらかといえば後者になる私の名はレイコ。アローラチャンピオンなのにツツケラに追い回されて負傷した哀れなニートだ。

ポータウンに用事があった私は、ただ普通に傘を差して歩いていただけのパンピーであった。まさに人畜無害、チャンピオンの肩書きなど持ち歩きはしない通行人だったというのに、何故かいきなり野生のツツケラに襲われ、傘を破壊しただけでは飽き足らず、その鋭いくちばしで私の頬を突きやがったものだから、さすがに生命の危機を感じて交番に飛び込まざるを得なかった。
中まで追ってくるかと思ったけど、クチナシさんの陰気なオーラに臆したのか侵入する事はなく、どうにか逃げ切った事に安堵しているのが現状である。

マジでどうかしてんだろあのツツケラ…私に何の恨みがあるんだ?別にミラクル交換に流した覚えもないし、突然暴行される意味がわからねぇよ。まぁ巣穴を撮影するために卵の群れにカメラを混ぜた事を根に持ってるのかもしれないけど…。確実にそのせいだわ。

なんかわりと野生ポケモンに狙われる節あるんだよな…。これまでの旅を振り返り、プテラには全力で嫌われるし、スイクンには付け回されるしで、一度ターゲットにされたが最後、随分としつこく執念を燃やされた過去を思い出して、私は深い溜息をついた。
今回のツツケラにも何回か遭遇している事から、同じパターンのやつと予想される。

真っ当に生きてるだけなのにさ…と落胆し、ニートが真っ当でない事を棚に上げる私は、逃げ込んだ先の交番で、クチナシさんから手当てを受けていた。鳥ポケモンから逃げ惑うやばい形相の女を快く受け入れてくれたこと、本当に感謝致す。さすが島キングなだけあるな。
変わり者のおっさんとばかり思っていたが、案外警官らしいところもあり、絆創膏を持ってきてくれた優しさを心底有り難く感じる。紆余曲折経たせいで人の厚意には弱くなったレイコであった。悲しい人生だね。

るろうに剣心とまではいかないけど、縦に入った切り傷にガーゼを当て、まだ周囲を飛んでいるツツケラを睨み、その執着に冷や汗をかいた。

「何なんだあの鳥…」

まだ旋回してやがる…。交番から出たらまた襲ってくるつもりなんだろうか?
痛む頬を押さえながらぼやくと、クチナシさんは絆創膏の箱を開けて、いかにも経験豊富な大人みたいな台詞を吐いた。

「ま、ポケモンと人間も相性ってもんがあるさ」

そうだな、以外に何も言えない発言を受け、そうだな…と私はそのまま頷く。
確かに仰る通りだ。仰る通りだし、ポケモンに文句を言ったって仕方ないし、どうしようもないんだけど、だからって寛大に済ませられるほど私は心の広い人間ではなかった。

どう考えても理不尽すぎるだろ。いきなりドリルくちばしだぞ。下手したら死ぬだろうが。軽傷で済んだ方が奇跡なくらいである。
風穴が開かなかった事だけは良しとしたいが…こんな顔で知り合いに会ったら、絶対人斬り抜刀斎だって笑われちゃうよ…!

治るまで絆創膏で隠しておこう、と決意し、傷に貼ろうとすれば、クチナシさんはそんな私を制すると、貼ってくれるらしい動作をした。剥離紙から剥がされた絆創膏は私の顔に向かい、思わず片目を閉じる。

「あ、ありがとうございます」

礼と同時に顔に貼り付けられ、しっかり覆われた傷を触り、私はへらへらと笑った。今日やけに優しいな…とわずかに緊張しながら、誤魔化すよう話を戻す。

「相性って言っても…合う奴の方が少ない気がしますけどね」
「へぇ」

私は実家のプテラを思い浮かべ、永遠に続く奴との冷戦に、虚無の世界へ意識を飛ばした。
マジで害鳥だからなあの野郎。破壊光線ブチかましてくるし、上空から叩き落とそうとするしで本当に気が合わない。もしかして飛行タイプと相性悪いのか?私が氷タイプのようにクールビューティだから?

寝言をほざくニートを遮るよう、クチナシは貼りたての絆創膏に指を添えた。いきなり頬を触られた事に驚き、プテラやツツケラの事など一瞬で吹き飛んだ私は、その意味深な様子に硬直する。

なに、どうした。まさか貼る場所間違えたとかじゃないよな?そんなに耄碌してるとは思いたくないけど、人間いつ老いるかなどわからないものである。私も最近ショッピングエリアに行ったはいいけど何を買うつもりだったか完全に忘れてそのまま帰った事あったもんな。しっかりしろ。

クチナシさんもぼちぼちの中年だしそういう事もあるだろう…と勝手に老人扱いしていたが、どうやら彼はまだいろんな意味で現役だったらしい。絆創膏を下から上へなぞり上げると、とても警察官には見えない不敵な笑みを浮かべた。マル暴かな?

「じゃあ俺とねえちゃんはどうだと思う?」

戯れに聞かれているのかと思ったが、頬を触る指が妙に焦れったく、私は緊張を走らせる。悪徳警官に苦笑を返し、どう答えればいいかわからず、ただ目を泳がせた。

「さぁ…」

何の相性を聞かれてるのか知らないけど、そもそもクチナシさんとはそんなに親しいわけでもないしな。私はアローラでの旅を振り返り、脱力系猫背おじさんの活躍を思い出した。

何だかんだで面倒見は良さそうだったかもしんない。ダウナー系だけどドロップアウトボーイやガールやポケモンを放っておけないタイプなんだろう。だらけきった態度に見えるが、それはここぞという時のために無駄な動きはしないという、ニートにも通ずる極意のようなものを感じるし…ということはつまり…私とクチナシさんはわりと近いのでは…?
公務員と無職では天と地ほどの差がある事を棚に上げ、思ったままを私は口にした。

「結構…似てるところはあると思うけど…」

シンパシーを感じる。やれやれ系のダルデレな点などに。
いっそ属性被りを危惧する自意識過剰の私は、直後に全く似ていない事を思い知らされた。私と違ってクチナシさんは包容力も行動力もある、つまり大人だったというわけだ。懐石も奢ってくれるし。

頬を撫でていた指はいつの間にか下がっており、唇の端で止まっていた。息をすると触れてしまいそうだったので、呼吸を止めながら、雨の音に混じった自らの心音に惑わされる。

「試してみるかい」

何をだ。相性の話か?どれの何の相性?
可憐なフェアリータイプの私は悪タイプのクチナシさんには効果抜群だと思いますが…なんて冗談も言えそうになく、黙り込んだ。何ならそれも冗談にはならない気がし、意味深な距離で見つめ合う。寂れた交番の空気も相まって、雨の慕情感がすごかった。

何故だろう…クチナシさんの指が妙に心地いいっていうか、夢心地っていうか…まるで夢の中にでもいるかのような感じがする…。ていうか夢なんじゃないの?全年齢のゲームで怪我するの絶対おかしいよな?
思わぬところから真実に気付きかけた私であったが、直後に襲われた眩暈により、一瞬意識が飛んだ。思考を遮るみたいに頭の中がぼんやりして、そのままクチナシの手に触れる。

「…いいですよ」

チャームボイスで応えたのが、もはや自分の意思かどうかもわからなかった。しかしつぶらな瞳からの甘えるコンボでドレインキッスも辞さない構えの私は、近付いてくる悪徳警官を拒否できず、そっと目を閉じる。じわじわと痛んでいた頬はいつの間にか何も感じなくなっていて、妙だと思いつつも、今はそれどころではない。かつてないリア充な雰囲気は、私の気分を高ぶらせた。

しかし、鼻先が触れ合った途端、私に使えるフェアリー技は、所詮ガーディアン・デ・アローラくらいなのだと思い知らされた。フラグをぶち壊す大技は、他の追随を許さぬ強さであった。

「いって!」

突如として走った鋭い痛みに、私は汚い悲鳴を上げた。いい雰囲気になってたせいで完全に油断していたが、またしてもツツケラに後頭部を攻撃されてしまったのだ。
キツツキ以上の高速連打に円形脱毛症を危惧した私は、怒りに任せて振り返る。

いやなんで今よ!?めちゃくちゃいい感じだったのに!何故いい感じになっていたかは知らないけどさぁ!ていうか本当なんでいい感じになってたんだ?ニートと警官だぞ、どう考えても水と油じゃねーか。

再び正気に戻った瞬間が、夢から覚めるタイムリミットであった。
とりあえずツツケラは殴ろう、と後ろを向いた私は、飛び込んできた光景に絶句した。明らかに鋭利なくちばしで突かれたのに、背後に立っていたのは鋭利な部分などどこにもない、スリーパーだったのだ。
瞬間、全てを察して項垂れる。あらゆる事が腑に落ち、どうりで公務員なんていう安定した職種の人間が無職を口説きやがるわけだよ!と不可思議な展開に納得した。

なんだ夢か!よかった〜!いやよくねぇよ!お前のパターンかい!
また性懲りも無く変な夢見せてんのか!?いい加減にしてくれ!出るとこ出ますよ!
残念ながら訴訟を起こす前に振り子をかざされ、私の意識は遠のき、現実へと向かっていく。フェアリータイプになり損なった事が残念なようなそうでないような気分で、でもエスパーのスリーパーには等倍だからどうでもいいか、と結論付けた。やはり最後に残るのは悪、起きたら必ずやブラックホールイクリプスを喰らわせてやると誓い、まどろみに誘われるまま、私は思考を止めた。

薄れゆく意識の中、貼られた絆創膏の感触だけは、最後まではっきりと感じられるのであった。