A.あなた

私の名はレイコ。クイズ王ではなくガラル新チャンピオンだ。

確かにその昔、グレンジムでクイズに答えさせられた事はあった。電気タイプを雷タイプと誤植してやがるぐだぐだのクイズだったが、技マシン28がしねしね光線でない事くらい知っているので、まぁまぁの正解率だった記憶がある。
そんな私に、テレビ局からオファーが来た。クイズ番組への出演だ。

久方振りの新チャンピオン誕生ということで、世間の注目は熱い。よって露出を求められ、何故かクイズ番組に出る事となり、私は後悔と焦りで頭を悩ませていた。
何故なら私は、そう、ニートだからである。
学歴もなければ知識もない、あるのはこの圧倒的な力のみ…世紀末こそが私の生きる世界だと言っても過言ではないくらい、脳の精度が低い人間なのだ。

マジでやばいぜこれは…新チャンピオンがとんでもねぇ馬鹿だと知られたらどうしてくれるんだよ。
ポケモンに関するクイズしか出さないと言われてはいるが、いつもゴリ押しで勝ってきてる私である、弱点とか効果抜群とか関係ない、この拳で全てを打ち砕くのみ…的なスタンスだから、正直タイプ相性すら怪しいところだ。覚えてる事と言ったらせいぜいガブリアスの種族値くらいだよ…逆にそれは忘れろよ。

600族に思いを馳せながら控え室で縮こまっていると、クイズの対戦相手が入ってきた。私を見るや否や挑発的な笑みを浮かべ、目の前の椅子に腰掛ける。

「負けるとわかっていながら挑むのが癖なんですか?」

いきなり煽られ、私はブチギレの渦に飲まれた。
そもそも何故クイズ対決なのかというと、それは某ジムの特色のせいだと言えよう。これは新チャンピオンと新ジムリーダーの特番なのだ。つまりこいつのせいでクイズ対決になったので、私は理不尽さに歯痒い思いをしている。

おわかりの通り対戦相手はビート。捨てる神あれば拾う神ありを擬人化したような奴である。

「あなたの戦い方を見ていても、知識があるようには思えませんし」

それは当たりだよ。肝心なところ見抜いてんじゃねぇぞ。
無駄に鋭いビートの挑発に乗るべきではないと思いつつ、私は口を開くことをやめられない。

「知識が全てじゃないでしょ」
「クイズ以外ではね」

ぐうの音も出ない。正論で私を殴るのはやめてくれ。収録中に泣いたらどうしてくれるんだ。
とことん底意地の悪いビートをスルーし、私は精神統一を図った。今さら知識を身につける事はできない…ならばせめて頭が冴えるよう、雑念を振り払っておくべきだと思ったのだ。

どの程度の問題が出るかはわからないけど…一問か二問は正解したいところである。意識の低い私はグレンジムで、ばかハズレです…と言われたトラウマを払拭するためにも、己を奮い立たせた。何よりこの特番を見た親父に、そんな事も知らないの?なんて煽られたくない!絶対にだ!
そんな私の思いを知る由もないビートは、こちらの集中を容赦なく欠いていく。

「負ける気はしませんしもちろん僕が勝ちますが…」
「まだ煽る!?」
「練習ならお付き合いしますと言ってるんです」

君が泣くまで煽るのをやめないジョナサン・ジョースタータイプかと思いきや、ビートは予想だにしない発言をし、私に二度見をさせた。練習…?と首を傾げ、早押しボタンに目を向ける。

何、素早く押す練習でもすんのか?押しやすい位置を模索するかね?確かにクイズプレイヤーの早押しスタイルは皆違うものだが…と思いを馳せていると、ビートは突如立ち上がり、目を見開いて声を張った。

「問題!」
「えっ!?」

問題!?今!?
練習ってそういう事なの!?
まさかの方向に私は驚き、たまらず早押しボタンに手をかけた。なかなかの反射神経であった。
そういやこいつ根は真面目な丁寧語ヤンキーだったわ…と思い出し、似たようなところのある私もまた出題に耳を傾ける。場の空気に従順なニートであった。

「一般的に炎タイプが広く知れ渡っており、ここガラル地方ではエスパータイプとして生息しているポケモンといえば」
「ポニータ!」
「ですが」

ですが!?そのテクニック使ってくんの!?

「ポニータの蹄は何の鉱石より硬いと言われているでしょうか」
「知らねーよ!」
「ダイヤモンドです」

コアすぎる!ガチのクイズ番組じゃねーか!
本当にこのレベルの問題が出るの!?だとしたら無理ゲーなんですけど。ビートの例題ですでに心挫けた私は、ポケモン図鑑をちゃんと見ていればわかるはずですが?とトドメを刺され、その場で撃沈した。知識がないというよりは、ポケモンへの愛と敬意が足りないことを痛感したからだ。

し、知らなかった…ダイヤモンドより硬いものが存在するなんて…。確かにポニータの蹴りで岩が粉々になったところを見た事はあるけど、しかし私のカビゴンの腹に風穴を開ける事は到底無理だな、以外に何も思うところがなかったので、脳がダイヤモンドの可能性さえある自分を大いに恥じる。
箸より図鑑を持った回数の方が多いってのに…何も知らないどころの話じゃないな。一回くらいは読んでるけど図鑑の説明文とか全然覚えてないわ、どうせすぐ忘れちゃうし。そういう慢心が知識の蓄積を妨げていた事は認めざるを得ない。

勘と腕力だけでのし上がってしまった事に頭を抱え、これからはもう少し図鑑読み込むから許して…とこれまで出会った博士達に脳内で謝罪する。
そんな私に、ビートは溜息とせせら笑いを向けて、煽りの追い討ちをかけた。

「では…あなたのレベルに合わせて問題の難易度を大幅に下げるとしましょう」

一字一句違わず失礼だな。そんなに言うなら私のレベルに合わせて暴力で対決してくれよ。
知性の欠片もない発言をしてる間に、クイズに魅入られたビートが出題した。

「問題!」

反射的に早押しボタンに手をかけ、真剣に耳をすませた。初めて会った時に比べ、随分と穏やかになったビートの目を見ながら、そう何問も外してたまるかと意気込む。

こんな煽りクルクルパーにいつまでもコケにされてたまるかよ。トレーナー歴は私の方が長いんだ、知識はなくとも培った経験と勘と主人公補正が私にはある。つまり運に任せるしかない!何でも来い!

「…僕がいま最も頭を悩ませているトレーナーは?」
「だから知らねぇよ!」

何でだよ!何でクイズの方向性180度変えた!?お前しか答えを知らない問題を出すな!ポプラの影響を素直に受けてんじゃないよ!

私は早押しボタンを払いのけ、お前のプライベートなんか知るわけねぇだろと溜息をついた。
私レベルに難易度落としたって言うけど逆に上がってないか?てか仮に正解でも不正解って言うだろ、お前しか答え知らないんだから。
不利すぎる勝負を投げ出しかけたが、私はやはり主人公だった。突然閃きが降りてきて、思わず勢いよく立ち上がる。

「降参ですね、本番も僕の勝ちでしょう」
「わかった!」
「もう時間切れです」
「わかったって!」

せっかく閃いたというのに、クイズを始めた本人がお開きにしようとしたので、私はしつこく食い下がった。このまま負けてたまるかと声を荒げる。
しかし、どういうわけかビートも頑なで、私の回答をまるで受け付けようとしないものだから、こっちのボルテージも上がっていき、早押しボタンを何度も叩いた。

「駄目です、今のは無し!」
「聞け!」

去ろうとするビートの腕を掴み、私は指を差しながら叫んだ。

「ポプラさんでしょ!」

自信満々に言い放ち、私は勝ち誇った顔を向けた。どう考えても他に有り得ないし、確かに難易度は低いと納得して鼻で笑う。

そうだよ、絶対ポプラだ。ちょっと考えたらわかる事だったな。
毎日毎日ポプラさんにフェアリー知識叩き込まれてるって言ってたし、ローズさん達と手が切れた今、彼と深い繋がりがあるのはポプラさんくらいだろう。
知識はなくとも洞察力がある事はお分かりいただけたかな?とドヤ顔を晒していれば、私の聡明さに余程驚いたらしい。ビートはポカンと口を開け、しばらく沈黙していた。そしてみのもんたのような長い間のあと、往生際の悪さを露呈させる。

「…本当にクイズの才能がないようですね」
「えっ、絶対正解だろ!負け惜しみだな!?」
「不正解です!」

自信を持って答えたアンサーを否定され、納得できずに私は反論した。
いやだって絶対そうじゃん!他にいる!?じゃあもう私の知らない奴でしょ!知らねーよ私の知らない奴なんて!だって知らない奴だからな!

「じゃあ答え教えろよ!」
「お断りです」

詰め寄ってもこの態度のため、絶対負け惜しみだと確信し、私は歯を食い縛った。
じゃあ今度は私がクイズを出してやる、いま私が一番殴りたいと思ってる相手は誰でしょう!?お前だよ!正解!さっさと左頬を差し出すんだな!私の右手に宿ったゴリランダーが疼いて仕方ねぇんだよ!

完全にキレた若者と化した私は、自分から出題しといて答えを教えないという筋の通らないビートに、かなり理性的に異議を申し立てた。
だってそうだろ!私から言い出したわけじゃないしさぁ!人として問題あると思いますよそういう態度は!ニートの私が言えたことじゃないけどな!
己の人間性を思い出したせいで強く出られなくなった私は、去ろうとするビートを引き止める術を失い、恨みがましい目つきで彼を見送るしかなかった。抗議の視線を向け、その眼差しに耐え切れなかったかどうか定かではないが、ビートは捨て台詞を吐き、最後まで理不尽な印象を植え付けていくのであった。

「あなたにだけは教えませんから!」

ムキになっているような態度の理由がわからず、私の心は呆れと紛糾でいっぱいになる。
私にだけクイズを出したくせに私にだけは教えないって何も意味がわからないんだが?と首を傾げ、しかしどうせ今は教えちゃくれないだろうから、そのうち機会を見て答えを聞き出そうと決意した。それまでかなりもやもやした気分で過ごす事になるだろうけども。

「なんでだよ…!?」

てか絶対ポプラさんだろ!私が思いがけず正解したから悔しくて誤魔化したんでしょ!?でなきゃ本当にわからん!降参するから答えくれ!
ばかハズレです…の汚名を返上できないまま頭を抱える私は、無意識に自分を正解候補から除外している事に気付く事はなく、結局この日のクイズ特番は不調に終わった。

チャンピオンって試合は強いけどクイズは弱いね、とネットに書かれまくった事をビートのせいにしたが、もちろん己の知識不足が原因とわかっているので、ポケモン図鑑をついつい上から読み返してしまうレイコなのであった。