正月のパシオは祭状態だ。
いつもなら紅白を見ている時間だというのに、ニューイヤーパーティーの手伝いに駆り出されて徹夜状態の私は、カウントダウンの興奮に紛れてカビゴンと豪華ディナーを爆食いしたあと、朝方にようやく屋敷に戻ってきていた。昨晩から騒がしすぎる街を歩き、昼も夜もない陽気なパシオは陰気な私と対照的である。
あー疲れた。ただ警備をするだけのはずだったのに何故か配膳をしたり片付けをしたり迷子のアナウンスをしたりと、とにかく雑用係を押しつけられて本当に疲れた。普段働いてない分、こういうイベントの時は手伝ってやってもいいか…という私の良心に付け込んで次々と仕事を押し付けてくるライヤーへの愛憎が止まらないよ。絶対私のこと舐めてるよね?だってシロナやカルネにはこんな雑用させないでしょ?私だって最強トレーナーなのに全然リスペクトが足りないよ、人よりちょっとニートなだけじゃんか。
ニートにちょっともクソもない事はさておき、文句を言うとさらに何か押し付けられそうだから、今は黙って解放された喜びを噛み締めようと決め、玄関ホールに足を踏み入れた時だった。まさに先程忘れ去ろうとした顔が目の前に現れた事により、私のテンションは地の底まで急降下していくのである。
「げっ」
ライヤーがいる。何故かダイゴさんまで一緒だ。足長男が二人もいると圧巻の光景すぎて、由緒正しい日本人体型の私は思わず足を止めてオーラを消した。
しかし露骨に嫌な顔をした私の存在はすぐライヤーの目にとまったらしい。サングラスの下で目を吊り上げながら、迷う事なく近付いてきた。終わった。また小言を言われたついでに雑用を押し付けられるぞ。
「何だそのリアクションは」
「いえ別に」
ライヤーには素知らぬ顔をし、ダイゴには軽く会釈をしておいた。どうもおはようございますご機嫌ようって感じに去ろうとしたのだが、このお祭りムードなパシオで、悠長に眠っていられるほど、人手が足りているはずもない。
「ちょうどいいところに来た。レイコ、もう一仕事してもらうぞ」
出たよ、最悪だわ。昨日の夜から散々働かされてるってのにさらにもう一仕事とかある?タダ働きはニート道に反するんですけど。労働基準法にも反してると思うんですけど。
残念ながらこのパシオでは、ライヤーこそが法であった。露骨にうんざりした私を見かねてか、ダイゴが横から仲裁するように口を開き、現在何が起きているのかを簡潔に説明してくれた。そしてそれは私の意識を180度変えさせるには充分すぎる言葉であった。
「西の会場に料理が足りていなくて食材を運ばなくちゃならないんだ。誰かのカビゴンが食べてしまったようでね」
それは確実にうちのだね。すまん。素直に働きます。
「レイコちゃんさえよければ手伝ってもらえないかな」
「もちろんですよ、お安い御用です」
「さては貴様のカビゴンが…」
言いかけたライヤーの口を押さえ、私は引き攣った笑みをダイゴに向けた。
「私がカイリュー飛ばして行ってきます」
「頼もしいね。もちろん僕も一緒に行くよ」
ダイゴの手を煩わせるわけには…と思ったが、カビゴンが平らげた量を考えると、とても一人で運べるとは思えず、申し訳なさを感じつつ頷いておいた。
まさかストックがなくなるまで爆食いしていたとは…。とはいえ労働の対価として大目に見ていただきたいわね。カビゴンだって今日は頑張ったんですよ、眠って眠って眠って眠って睡眠リサーチして眠って眠って眠ってとにかく眠って忙しかったんだから。何もしてねぇじゃねーかよ。
「では二人とも頼んだ。レイコ、それが終わったら休んでいいぞ。ご苦労だったな」
ようやくライヤー様から労いのお言葉をいただき、解放宣言を得た。しかしその時、何故かおもむろにブラックカードを渡され、どう見てもクレジットなそれに、私は二度見不可避であった。
なに、このクレカは。セキュリティコードまで見えてるけど。ニートにこんなものを見せるなんて一体何を考えている?働いてない貴様はカード会社の審査も通らないだろうという煽り?
卑屈な私の事など気にも留めず、ライヤーは淡々とクレカを渡すという奇行の説明を開始した。
「夜には新しい年を祝した最大規模のパーティーが開催される」
「開催されすぎだろ」
「そのカードでお前の衣装を用意してこい。使える店は裏に書いてある」
言われるがまま目を通せば、そこには私でも知ってるレベルのパシオの高級ブティックが記されていた。
何?このブティック用のクレジットカードって事?どういうタイプの金持ちなんだよ。異次元ミアレよりも超次元富豪だろ。
庶民ニートとはスケールが違いすぎて、もはや言葉も出てこない。そもそも何故私の衣装がいる?パーティーに出るなんて一言も言ってねーし。何もかもが初耳だし。もっと寝正月の文化を思い遣れよ。お前が私の世界に迷い込んだ日には気が狂うまでだらだらさせてやるから覚悟しとけよ。
王子と無職、富豪と庶民、陰と陽。二つは相容れぬものである。それは当然全てにおいてそうなので、ライヤーは私の全身を指差すと、勝手にカードを渡しておいて失礼なことを言い放った。
「しかし貴様のセンスは信用できん!」
うるせぇな。お前にだけは言われたくねーよ。今日はちゃんとジャージはやめてホールスタッフの格好にしただろうが。
マジでポケモン界の人間にファッションに言及されるの解せなすぎる。こんなこと言いたかないけど、誰一人とてまともじゃないだろ。どいつもこいつも街を歩くのに相応しい格好じゃないって。奇抜すぎるって。ポケモンの登場人物すぎるって!
実際ポケモンの登場人物なのだから仕方ない。私は溜息をつき、店の人に選んでもらえばいいんでしょ、と不貞腐れてカードを懐にしまった。けれども、ライヤーは予想外にもダイゴの方へ向き直り、なかなか丁寧に私の身を託すような言葉を投げた。
「ダイゴ、同行を頼めるか?」
「え」
え、だ、ダイゴ?ダイゴさんに同行してもらうの?私の買い物に?なんで?こんな脳内メーカー全部石の男のセンスに任せるつもりなのか?
まさかすぎるライヤーの選択に私は動揺した。ダイゴさんを付き合わせる事も申し訳ないのに、正直センスもいまいち信用してない。本当に大丈夫か?見る目あんのか?女の服選びなんてチャンピオンになる事より難しいと思うぞ。
突然託されたダイゴだったが、嫌な顔一つしないどころか、何故か乗り気ですぐに了承していたので、完全に私だけが置き去りである。
「ああ、もちろん。あの店はジュエリーも豊富だし、役に立てると思うよ」
石や。石選ぶ気だこいつ。石しか選ぶ気ないかもしれん。
全力で遠慮したいところだったが、ダイゴに向かって、いやお前石見たいだけだろとは言えないので、仕方なく奇妙な買い物を了承するしかない私であった。
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すぐさま会場に食材を届け、早々にフリーになった我々は、パシオでも指折りの高級ブティックへと向かった。普段なら絶対に足を踏み入れない店に、イケメンを連れて入場するホールスタッフスタイルの私。カオスである。
それでも嫌な顔一つせず店員が迎え入れてくれたのは、ダイゴが同行してくれたおかげかもしれない。地位から得られる信頼の大切さをしみじみと感じるレイコであった。
予想通り、即座にジュエリーコーナーへ向かったダイゴに手招きされ、私は期待を裏切らない石男に苦笑した。
「レイコちゃん、こっち」
正月だからか晴れ着がここぞとばかりに並んでいる。ときメモでしか見たことない光景だ。そんな圧巻の加賀友禅には目もくれず、ジュエリーがふんだんに使われた髪飾りのコーナーへと誘われて行く。
和な感じのアクセサリーばかりだ。という事は私は晴れ着でパーティーに行かされるわけ?着付けとかできるはずもないけど。着崩す自信しかないけども。そして値段が書いてないんだが大丈夫か?このブラックカードは本当に効力があるんだろうな?
心配の尽きない私をよそに、金持ちは金の不安などないようで、ダイゴは値札がないことも気にせず、色とりどりの石を眺めている。
「君のイメージではこの赤が合いそうだけど」
それは私がオメガルビーの世界線の人間だからでは?もしくはあなたがね。
「こっちの爽やかなブルーも捨て難いな」
「ちょっとメタグロスの色に似てますね」
ちょっとどころか完全一致説もあるが、何というかダイゴさんに似合いそうな色である。少なくともアルファサファイア色ではないね。
単に自分好みの石を選んでるだけじゃないのか?とダイゴを不信げに見たら、何故か目が合ってしまい、私は驚きに心臓を跳ね上がらせる。
「そういえば…君のメタグロス。僕のメタグロスに少し似てる気がするんだ」
そりゃお前にもらったダンバルだからな。どういう経緯で手に入れたダンバルかは知らないけど同じ系譜なんじゃないのか。
「変な事を言うようだけど、君を見てると懐かしい気持ちになる時があるんだ。不思議とね」
そう言ったダイゴに本当に懐かしむような目をされ、私は少しの切なさに見舞われて視線を逸らせなくなった。
そんなこと言われたら寂しいような気がしてくるじゃん。せっかく知り合いのいない街で人目を気にせず楽しんでるのに、いやもうだいぶ知り合いになっちゃったけど、でもここの世界線の人達とは何かを協力して成し遂げてもいないし拒否権なく巻き込まれてもないし本当に他人だし、それが快適だと思ってるんだけど、でも微妙に切ないというか…私の偉業がなかったことになってるのが癪というか…とにかくそういう感情が湧き上がってくるからやめてよね。
前ウォロピーにも似たようなこと言われたし、まぁあいつは胡散臭いから適当ぬかしてるだけかもしれないけど、でも案外この大いなる宇宙は繋がっているという事なんだろうか。潜在意識がどこかからやってきてたりするんだろうか。
不可解な現象に頭を悩ませながらも、センチメンタルをこじらせた私は、ダイゴとの思い出が走馬灯のように蘇り、いいのか悪いのかよくわからない記憶に思いを馳せる。
「私もですよ。ダイゴさんの事、ずっと昔から知ってるような気がしてます」
実際知ってるんだが。親子揃って石マニアなのも知ってるし、デボンスコープとかよくわからん石とか家の鍵とかくれた不審な金持ちだったんだ私の世界のダイゴは。今思い返しても意味がわからない。他人のガキに鍵貸すな。
しかしすぐ正気に戻り、スピ女と思われるのは癪なので、咄嗟に先程の意味深発言を取り繕っておいた。
「まぁテレビで見たのかもしれないけど」
誤魔化すように笑うと、ダイゴも笑ってくれた。イケメン。微笑みだけで世界中の喪女が蒸発しそうだ。
「あっちの鋼色の着物と合わせてみようか」
さりげなく自分の好みを押し付けられ、結局全てダイゴのチョイスで買い物を終えるのだった。
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値段も見ないままブラックカードで着物と髪飾りを買い、またライヤーに借りを作ってしまったことを悔やみながら、私は屋敷でおとなしく晴れ着を着付けてもらっていた。
メタリックな帯が鋼感を醸し出している。ダイゴ推しの女の格好すぎないか?癪だわ。同担に目をつけられないように身を隠さないと。
買い物のあと、仮眠のつもりがぐっすり寝てしまってかなり元気な私の元に、ダイゴがイケメン成金オーラを隠す事なく向かってくる。パーティーの前に迎えに行くと言われ、反抗する理由もなかったのでそのまま了承した。何故なら私は今日どこで何のパーティーがあるのか知らないので。何もかもがライヤーの匙加減で急に決まる、それがこのパシオであった。帰りたすぎる。
「思った通り、よく似合ってる。さすがだね」
何がさすがなのかわからないが、プロの着付師に仕上げてもらった私を見て、ダイゴは後方腕組み奴のように頷いていた。鋼タイプを思わせる光沢のある着物に、メタグロス色の石がついた髪飾り…まさかこれマジコスとかいうやつじゃないよな?と自身もコスプレ集団の一員になってしまったんじゃないかと怯える私は、とりあえず律儀に礼だけは述べておいた。
「ありがとうございます。お忙しいところお付き合い頂いてすみません」
他人行儀な口調になりながら、すっかり暗くなった道を二人で歩いた。といっても街が近付けばすぐに街灯で全てが照らされていく。浮き足だった観光客やバディーズ達がすれ違いざまにこちらを見ている事もよくわかる。
ダイゴといるとマジで目立つな。極妻みたいな格好の極ニートは肩身が狭いぜ。今だけ顔面岩下志麻にならないかな。
「そういえば今日のニューイヤートーナメントだけど」
なんて?初耳すぎるんですけど。
突然ダイゴの口から出た血生臭い単語に、私は二度見した。
何、ニューイヤートーナメントって。またポケモン勝負なの?この街ポケモン勝負しか娯楽ないのかよ?道を歩いてもバトル、塔に登ってもバトル、アカデミーでもバトル、パーティーでもバトル。バーサーカーすぎるだろ。私だけいつも場違いニートなの勘弁してくれよ。道を歩いても塔に登ってもアカデミーでもパーティーでも寝てたいっつーの。
「もうチームは決まってるかい?」
「いえ全然」
そして何故出場すること前提なのか。全員参加のトーナメントなの?そうと知っていれば来なかったのに…いや、だからライヤーは詳細を告げなかったんだな。私の扱い方を熟知してんじゃねーよ。このブラックカードはもう返さないからな。
思惑通り、ここまで来てしまった以上、もはや帰るとは言えない私である。世間体を気にせず生きる事の難しさを痛感するのであった。
やるならさっさと勝ってまたカビゴンと爆食いするか…と諦めの境地にいる私だったが、ダイゴはバーサーカー寄りの人間なので、トーナメントに意欲的な姿勢を向けて、そして私にもそれを求めてくる。
「なら僕と組んでみるのはどうかな。君と一緒なら僕たちもいつもより力を出せそうだ」
そう言われ、別に全然構わないのだが、サポート系のスキルなど一切持たない私と組んで果たして力が出せるかな?と聞きたいところではある。技全部破壊光線みたいなタイプのバディーズだぞ。協調性は終わってるんだよ。
ダイゴさんがいいならいいですけど、と素っ気なく返そうとしたところ、急に立ち止まったダイゴからじっと見つめられ、私は思わず背筋を伸ばした。
「それに…」
意味深な視線でメタグロスカラーストーンに目を向けられると、終わったらあげましょうか?と言いたくなる。
「今日の君を誰かに取られるのは癪だしね」
イケメンだ。イケメンはイケメンであることを惜しまないからイケメンなんだよな。何の話?
私というか石を取られたくないのでは?と言いかけて踏み止まり、柄にもなく照れてしまった私は、目を泳がせながら最終的には俯くしかなかった。
「よ…喜んで…」
こっちのけんとになってしまった。今夜のパーティーでギリギリダンスを披露するはめにならなきゃいいんだが。
どの世界でもイケメンのダイゴに翻弄されつつ、結局服を選んだダイゴと金を出したライヤーとチームを組んで、トーナメントは予想通り何の捻りもなく優勝した。
ダイゴとライヤー、金持ち二人に挟まれてオセロだったら私も金持ちになってるはずなのに、何故こうも庶民なのか。この大宇宙が繋がっている限り、私の本質も変わらないという事なのかと思うと、そのうち何か大きな事件の渦に巻き込まれる気がしてならないのであった。