すごいな。これだけ堂々と街を歩いていても何も起きない。大体どこへ行くにも知り合いと出会って絡まれるのが常だというのにそれが全然ない。凄すぎる。これがモブの気持ち…か…!
私はレイコ。主人公のはずがすっかりモブと化してしまったニートレーナーだ。
このパラレルワールドでは、私は通行人Aだ。世界を救ってもいないし誰とも知り合いじゃないし何も成し遂げていない、正真正銘のニートである。やべぇ奴だな。生きる価値を見出せなくて自分で自分が怖くなってくるわ。
ライヤーの屋敷に引き篭もるのも飽きてきたので、シャレオツなカフェにでも行こうかと歩いていた私は、この世界で起きるはずのない事が起き、衝撃で思考が止まってしまった。
「レイコさん」
最初は気のせいだと思った。何故なら私は通行人A…声をかけられるはずなどないからだ。
呼び止める声に、思わず歩くのをやめてしまったけれど、よく考えたら私はもう立派なモブ…話しかけられるわけがない。空耳か…と結論付けて再び歩みを進めた時、それが空耳でない事が確定する。
「あれ?久しぶりすぎて忘れちゃった?」
話しかけられている!この私が!このモブニートのレイコがですか!?
そんな馬鹿な!と振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。
「え…?ヒガナ…?」
「なんだ、わかってたんだ」
無視するなよなーと笑う人物は、賛否両論の擬人化、ヒガナであった。
え、まさかじゃん。意外すぎる人選。絶対この夢小説では出てこないと思ってた女金賞受賞の奴やん。様々な意味で驚きのあまりフリーズし、無駄に辺りを見回したあと、ヒガナに一歩近付いた。
「いや…私の事わかるわけ?逆に」
逆に問いたいよね。私は…誰だ?そなたに私の何がわかるというんだ?
誰もが私を知らぬ世界だと思っていたのに、突然知り合いみたいな顔をしてきたヒガナの登場で、情緒が狂いそうである。
まさかパラレルワールド説は間違っていたのか?となると普通に全員私を無視しているという悲しい結末になるんですが…と混乱する傍らで、ヒガナは何かに納得したように数回頷き、私の肩を叩いた。
「そっかそっか、やっぱりね」
そして訳知り顔でこう言った。
「君の世界じゃないみたいだね、ここは」
パ…。
パラレルワールド説…!やはりパラレルワールド説が濃厚という事ですね!?
世界、という厨二ワードが出た事により、私の推測は完全に事実であると証明された心地だ。
そうだ、ヒガナといえばこのポケモン界でパラレルワールドに言及した第一人者…何か知っていてもおかしくはない。謎に包まれた人物で敵か味方かすらよくわからないが、今は藁にも縋りたい思いである。現状についてわかっている事があるならば教えてほしいと思い、前のめりにヒガナへと迫った。
「ヒガナはどうなの?私と同じ世界から来たとか?」
「まぁまぁ、そんなことは置いといてさ」
置くなや。一番重要だろ。
「ちょっとは寂しかったりするのかな?みんなや愛しの御曹司が、君の事を知らない世界…」
愛しの御曹司って誰。ダイゴのことか?別に財力以外を愛した事はないが…いやそんな事はどうでもいい。私の問いには答える事なく問いを被せてくるヒガナにうんざりしながらも、わりとすぐに答えは浮かんだので、それをそのまま口にする。
「どうだろ…今のところわりと快適だけど」
「あはは、そういうタイプかー」
拍子抜けするでもなく笑ったヒガナは、逆に満足したみたいに頷いた。実際何不自由なく過ごしているので、普通に快適だった。
こうやってだらだら歩いていても事件に巻き込まれる事もないし…いやヒガナには絡まれたけど、石を蹴れば知り合いに当たるみたいな状態が今はない。それだけでも心は安らかだった。
モブってこんなに平和に生きているんだ…って気付いたよ私は。まぁそのモブ達の平和を常に守ってきたのは私なんですけど、この世界ではそれすらないんだ。私が何も成し遂げていない世界…それってなんか…すごく…当然じゃね?
なんで毎回私が世界救わなきゃいけないんだ。このパシオ界みたいにみんなが分担してやればよくね?私がいない世界でも、結局何とかなるって事なんじゃね?つまり私がパシオに来たのは、もうただのニートをしていてもいいというメッセージなんじゃないか?
都合よく解釈してニートを正当化し始めた私を嘲笑うかのように、ヒガナは急に肝の冷える事を言った。
「でもね、君が快適に過ごしている間に、君がいた元の世界はなくなってるかもしれないよ」
「えっ」
何その意味深な台詞。そんなことある?怖いこと言わないでよ!また想像力が足りないよって言われちゃうよ!
「なんてね!」
そうやって茶化されたが、本気か冗談か全くわからない。一生忘れられない言葉としてそれは脳に刻まれ、私の平穏は無事終了した。こいつのせいで私は帰る世界がないかもしれない恐怖に怯えながら過ごすはめになったわ。ふざけないでいただきたい。やっぱり知り合いに会うとろくな事がないと確信し、私は歯を食いしばって男泣きした。
「パシオは面白いところだねー、君とこうして会えるなんてさ」
「私は全然面白くないけどね」
主にお前のせいでな。本当に帰れるんだよな私?ヤマブキのハウスダストまみれの家、ちゃんとあるよね?クソ親父、本当にいるよね?いやいなくてもいいんだけど。帰ったら親父だけがいない街になってても全然いいけど。
見果てぬ実家に思いを馳せていれば、ヒガナは手をあげ、華麗なるバックステップで私から遠ざかる。そして別れの挨拶をする雰囲気を醸し出し、最後まで意味深な言葉で私を惑わせるのだった。
「バイバイ、レイコさん。次はどこで出会うんだろうね?」
どこでも会いたくねぇ。でもどうしても会わなきゃならないってんなら、それは絶対元の世界がいいと願う私であった。