ライヤーにだらだらするなと言われてしまった私は、仕方なく屋敷を出てパシオを探索していた。
なんかお前もチームを作って次のWPMに出ろとか言われたけど…そんな面倒な事は絶対に御免なので、今日も適当にやり過ごしていくしかない。
マジでいつになったら帰してくれるんだろ…と実家の限界ニートルームに思いを馳せる私の目に、それは突然現れた。実家の事なんて考えている場合じゃないと即座に切り替え、正面から歩いてくるデカい男に、視線を向けずにはいられない。
え、待って…あの怪しすぎる行商人…もしかしなくてもあいつじゃね?
素通りしよ、と一切の感情を殺し、私は素知らぬ顔で歩みを進めた。別に向こうは私を知ってるわけじゃないんだから、普通にしていればやり過ごせるはずだ。何故なら私は主人公じゃないから。そこらへんにいるモブAだから。
「おや?」
げぇっ関羽!じゃなくてウォロ!が、私を見て足を止めた。何で素通りできないんだよ!と怒り狂い、しかしここで無視する方がおかしい気がすると瞬時に判断し、なんか話しかけられたかな?的な顔をして振り返る。
改めて近くで見ると、やはり悲しいくらいにウォロだった。なんでだ。お前までいるの絶対おかしいだろ。マジでフーパはあらゆる時空を行き来できる存在ってこと?凄すぎるわ。じゃあ私がニートしてる時空にも連れて行ってくれよ。その世界線だって絶対あるはずなんだよ!
今すぐ殴り飛ばして逃げ出したい気持ちを堪え、ウォロと対峙していると、向こうは胡散臭い笑顔で私を見た。
「どこかでお会いしませんでしたか?」
最悪の声のかけられ方だ。ヒガナパターンなのかこれは?お前も私を知っているのか?
しかしそれにしては、やけに他人行儀である。私の世界のウォロならば絶対こうはならない、あの死闘を繰り広げた世界線ならもっとフリーザみたいな態度取ってくると思う。どんなイメージ?
「いえ、全然」
きっぱりと否定し、ナンパと勘違いした演技で乗り切ろうと、死んだ目をして相手を見る。実際私は普段から死んだ目でウォロを見ている。
「そうですか…」
何かが引っ掛かっているような声のウォロをスルーして、私はそのまま去ろうとした。誰と見間違えたか知らないが、私はモブ。何一つ成し遂げていないただのモブニートだ。ウォロに声をかけられるような面白いトレーナーなどではないんだ。いや最強無敵のトレーナーではあるけども。
無名の最強トレーナーが充分面白案件に該当する事に気付いていない私は、背後に迫る何かの気配にだけはすぐに気が付いた。ヒスイという死地での経験が昨日の事のように甦り、音もなく近付く何かを咄嗟に避ける。
こ、これは…背面取り!?
Yボタン!と脳内Switchのコントローラーを操作して、私は地面を転がった。すぐさま振り返ってボールを手にしかけた時、しまった、と思惑を察して青ざめる。
「見事な回避ですね」
た、試された…!背面を取られて思わず回避してしまったが…これは罠!私がただのモブかどうかを見極める孔明の罠だ!
「まるで数々の死線を掻い潜ってきたような…」
「いやいや…滅相もない…」
咄嗟に誤魔化してみたけれど、恐らく無駄だろう。脅威の勘で私の本性を見抜き、実力を計った…やはり侮れない男…。何故わかったんだろう、私がただの通行人でないと…こんなにモブに徹しているのに…やはり究極の美貌と強者のオーラは隠せない…か…!
己から滲み出る主人公気質を恨みながら、ウォロと会話せざるを得ない状況に陥ってしまった事をかなり悔いた。やっぱり屋敷でだらだらしとけばよかった。これならライナーに小言を言われてた方がまだマシだった。
「しかしかなりの実力とお見受けしましたよ」
そうなんだよ。本気のお前とギラティナアナザーとギラティナオリジンを連続で倒せるくらいの実力を秘めているのはマジなんですよ。どうして審美眼はあるのにファッションセンスは終わってるのか不思議だよ。
「ジブンはウォロといいます。しがない商人ですが、これも何かの縁…ご入用のものがあればお安くしますよ」
「いや…今は特にないかな…」
「それは残念」
いらない、何も、捨ててしまおう、お前と過ごした思い出もな。
今日出会った事もすでに忘れたい私は、ウォロを適当にあしらって逃げる事しか考えられない。ずっと指はYボタンを押す準備ができているぞ。
しかしそんな私の思惑を察しているかのように、ウォロは会話を引き延ばし続けた。しつけぇ。
「ではせめてお近付きの印にこれを」
いらないって!お近付きたくないんだって!遠ざかりたいんだって!
心の中でそう叫ぶも、私は差し出された箱を受け取るしかなかった。妙な行動をすれば、へぇ…おもしれー女認定をされかねないからだ。それだけは避けたい。ウォロの好奇心を刺激する行動は取らず、平凡な人間を演じる事に徹しなくては。時すでに遅しな事には気付いていないレイコであった。
急に押し付けられた贈答品を恐る恐る開けてみると、そこには想像もしていなかったものが収められており、思わず固有名詞を叫んでしまった。
「い、イモモチ…!」
な、懐かしい…!親の飯より食べたムベさんのイモモチの味が今鮮明に蘇ってきたわ。疲れた体に染み渡る塩味と甘味ともちもち食感…唯一無二の職人技…もう味わえないと思っていたが、あの汚いなさすが忍者きたないのムベさんもここに来ているなら、また食べる事ができるのかもしれない。
案外パシオもいいところかもしれないな、と現金な事を考えていると、ウォロは尚も性格悪く痛いところを突いてくる。
「おや、ご存知でしたか。パシオでは馴染みのない料理なのですが」
「えっと…昔食べた事があって…美味しいですよね」
もはや適当に誤魔化すことに意味などないかもしれないが、私は最後まで抗い続けた。さっさと金払って帰ろうと思い財布を出すと、ウォロがそれをデカい声で制する。
「お代は結構ですよ!それよりも…」
タダより高いものはないので、Yボタンと共に身構えた。
「まだお名前を聞いていませんでした」
金を払った方がマシだった。不審者に名前を知られるくらいなら。
「…レイコです」
囁きレベルの声量もしっかり聞き取ったようで、ウォロは突然瞼を閉じながら、黙り込んだのちに呟く。
「レイコさん…」
呼ぶな。そしてすぐに忘れてくれ。私もお前の事は忘れるから。あの服の事も忘れるから。いや忘れられねぇよ死ぬまで。
「不思議ですね…なんだかとても懐かしい響きです」
気のせいだ、と言いかけて、ふと、どうしてこの世界で私と会うのは初めてのはずなのにそんな感覚があるのか、不思議に思った。私が完膚なきまでに叩きのめしたウォロはこの世界のウォロじゃないのに、何が懐かしいというんだ。もしかしてそっちの世界にも私がいるのか?無職の私か?あの忙しないヒスイで労働の義務を放棄するメンタルを持った私でもいるのか?
まぁ普通に気のせい説が濃厚だな…と結論付けた時、ようやくウォロが去り行く気配がして、私はこの上なく安堵した。いつだって神出鬼没のウォロにうんざりしていたが、それはこのパシオでも変わらないと察し、早く帰りたい気持ちがピークに達する。
「では!ジブンはこれで。またお会いしましょう、レイコさん」
御免だよ。たった今お前と再会するまでに帰るのが目標になったわ。
消えゆく後ろ姿を見守りながら、渡されたイモモチを見て、フーパとライヤーにも分けてあげようと考える私であった。別にご機嫌を取って早く帰してもらうように頼むとかじゃないから。本当。嘘だけど。