「次のイベントだが、お前にも出てもらうぞ」
有無を言わさぬこの態度。唐突すぎる。今ネトフリでシティーハンター見てる最中なんですけど?アスファルトタイヤを切りつけながら暗闇走り抜けてるんですけど?
寛ぎタイムを邪魔してきたライヤーに、テレビを一時停止して向き直る。私の名はレイコ。この世界ではスイーパーではなくニートをしているだけの本物のカスだ。カスは当然家主には逆らえないので、ライヤーに付き合う他なかった。
「どんな…イベントですか?」
思わず敬語になっていると、声高々に彼は叫んだ。
「ルールを説明する!」
突然始まったんですけど。えっ今からじゃないよね?リハだよね?
「三十人の門番をチームで倒し、宝物庫の鍵を手に入れろ!ただし本物を持っているのは一人だけだ!いち早く本物の鍵を持った門番を見つけ出し、宝物庫を開けた奴が優勝だ!」
へ〜面白そう。
なんて言うと思ったか?怠すぎる。それ仲間と協力して数打たないといけないパターンじゃん。しかもいくら私が最強でも当たりを引かない限り優勝できるとは限らないやつじゃん。なかなか考えられてるな。相応の実力があれば誰でも優勝の可能性があるというわけか。
「で?」
だとしても、で?である。
何故私がそれに出ないといけないの?いや別にいいよ、ただただ敵を叩きのめすだけなら頭使わなくていいから楽だし。たまにはライヤーの言う事も聞いておかないと居心地悪いし。
でもなんでわざわざ今言うの?シティーハンター見てる時に言う必要あったの?いつもは何でも唐突なのに今回の事前告知は何なの?
そうだ、なんだかんだイベント事の時は手を貸してやっている私だ。警備員が足りないから立ってろとか、備品が届かないからマッハ2で取りに行けとか、ブレイク団が出たから五秒で倒せとか…主にトラブル対応に駆り出されてニートを阻止されているだけでも遺憾なのに、陽キャ共のイベントに参加しろですって?怠すぎる。
いや別にいいけどさ〜…でも知り合いのようで知り合いじゃない陽キャとどういうテンションで関わったらいいかわかんないじゃんか〜私が一方的に気まずいじゃんか〜?ね〜。憂鬱。
チーム戦なんて陰気な奴には一番無理だし…とWPMの概念を正面からブチ壊すような事を考えていると、ライヤーの口から意外な言葉が飛び出した。
「今回お前に頼みたいのは門番役だ」
あ、そっち?とうとう私の協調性を育む事を諦めた結果の迎え撃ちタイプ?
それならいっか…と若干前向きになって腕を組んだ。向こうから挑んでくる分には楽だな…単に勝てばいいんだし。面倒でないと言えば嘘になるが、たまには外に出てパシオの様子も見ておきたいところである。新しいカフェとか満喫とかできてたらいいな…そしたらイベントサボって飛び込むのに…。働け。
「本物の鍵を貴様に持たせようと思ってな」
事情が変わった。
楽な仕事とタカを括った途端にそんな事を告げられ、私は秒で否定した。
「いや、駄目でしょ」
門番から鍵を奪って宝物庫を開けた奴が優勝なんだよな?優勝するには本物の鍵を持った門番を倒さないといけないんだよな?その門番が私だったら…どうなる?知らんのか。
「そんな事したら誰も優勝できなくなるだろ」
これに尽きる。何故なら私はこのパシオでさえ最強だからだ。
ここに連れて来られた初日にライヤー達と戦ったが、チェッタとドリバルを率いて三人がかりで私に挑むも、手も足も出ない結末だった事をもう忘れたのか?試しに使ったバディーズ技で焼け野原になった空間は、今も草木が生えていない事を知らないわけないよな?それでも尚、私に門番をさせる…と?死人が出るぞ。
「ほう…大した自信だな」
「いや自信とかじゃなくて…」
事実なんだよな〜!見てよこの曇りなき眼を!常に勝ってきた者だけが放つ輝きを見て!一度でも負けた事のある人間がこんなふてぶてしそうにできる!?常人なら到底無理だ。私のこの偉そうな態度はポケモン勝負において一度も負けた事がない点に由来する事を察してくれ。負けても偉そうなお前にはわからないかもしれないがな。
「誰も貴様を倒せないならそれもいいだろう、その場合貴様が優勝だ」
したくねぇ〜そんな約束された勝利の優勝あるかいな。
「…なんか文句言われそうだなあ…」
ソシャゲをやる身として、運営の不手際からの詫び石を常に見てきた私は、なんだか炎上しそうな気配がして憂鬱さを呟く。
そりゃあポケモン勝負は生物だからね、勝ち負けはその時のあらゆる条件が重なって決まるもの…誰が勝っても負けても文句は言えない、それは私にだって理解できるよ。サトシがスプリンクラーでイワークを倒した伝説の回を見たらそれはわかる。
でも私に限ってそれは有り得ないからな。日照りが起きても勝てる自信ある。隕石が落ちても勝てる自信ある。最終兵器が起動したって絶対勝てるね。不死身か?
つまり私が勝つのが決まっているのに私に本物の鍵を持たせるのはなんか…良くないよねって思うわけ。企画したライヤーが叩かれるのも嫌だしな。こういうのは人が良さそうで適度に勝ちそうで負けそうな奴に持たせるべきなんだよ。誰とは言わないけどさ。チャンピオンクラスだと勝てなさそうだから序盤のジムリーダークラスの人間とかに…いや、やめよう。忘れて。タケシとかいいんじゃないかなんて思ってないから忘れて。
失礼極まりない脳内を振り払いながら、全力で憂鬱な態度を取っていると、ライヤーも私の危機感を察したのか、案外無理強いはしなかった。
「そこまで言うのなら好きにしろ。ただし!鍵はお前に預けておく」
優柔不断ニートに全権が渡ってしまった事に絶望したが、最後にライヤーは不可解な言葉を投げて去っていった。
「お前が楽しめる方向で考える事だな」
た…の、し…む…?
感情を知らない化け物のような気分になりながら、去り行くライヤーを見送り、私はキョトンとしてしまった。
楽しむ…?この私がパシオのイベントをか…?いや今はシティーハンター見てるのが一番楽しいんだけど。
再生ボタンを押した私は、ライヤーって私にパシオを楽しんでほしいとか思ってるんだ…と改めて噛み締め、なんだかちょっと毎日ニートしているのが申し訳なくなるのだった。かと言ってだらだらするのをやめるわけじゃないけどな。カス。
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イベント当日。結局鍵を片手に、私はまだ答えを出せずに立ち尽くしていた。開始まであと十五分を切っているというにも関わらず、だ。
いやマジでどうしよう。憂鬱すぎる。だって私を倒せる奴なんてどう考えてもいないぞ。自惚れとかじゃなくて本当にいない。パシオで勝負した数なんて片手で数えられるくらいだけど、それでもわかる。私のポケモンは、バケモンだ。次元が違うんだ。シルバニアファミリーの中にディアボロが紛れ込んでるみたいなもんよ。
しかもわざと負ける気もないしわざと負ける術さえ持たない。終わりだよ。優勝賞品が二億円ならこのまま鍵持ってるけど、どうせライヤーの黄金像とかでしょ?サンドバッグにする以外に使い道ねーよ。何の意義も感じられない。
私が強すぎるせいで誰も楽しめないイベントになってしまっては、元も子もなかった。
やっぱこのまま鍵持ってるとモヤモヤするし、適当な門番担当に鍵を交換してもらおう。その方が私も少しは楽しめるはずだ。たぶん。きっと。恐らく。知らんけど。
そうと決まれば鍵を押し付けよう。
イベントが始まる前に、私は全力疾走で他の門番を探した。こんな事なら配置図をちゃんと見ておけばよかった…!とどこまでも詰めが甘い自分を呪いながら、何とか人が良さそうで適度に負けそうで勝ちそうな奴と出会う事を願う。
優勝のチャンスがあると思わせてくれるような奴…!私みたいな得体の知れないニートじゃない奴…!いやもうこの際誰でもいい、レッドでもいいわ。レッドに負けたらしょうがないとみんな思うもんね、でも私のような無名のニートに負けるのはみんな納得いかないだろ!?お前誰だよ!になるじゃん!ニートだよ!朝から晩までシティーハンター見てるだけのニートだよ!
そんな無職に、とうとう救世主が現れた。奇しくも期待していたような人選に、思わずテンションが上がってしまう。
いた!門番役のトレーナー!人が良さそうで、適度に勝ちそうで負けそうな奴!
「マツバさん!」
失礼すぎるだろ。でも人が良さそうで適度に負けそうで勝ちそうじゃん。ごめん。本当にごめん。マツバさんが強いの私ちゃんと知ってるから。取って付けたように言うな。
いきなり現れた息切れニートに、マツバは不思議そうな顔で首を傾げる。
「君は…」
そうだった、私モブなんだったわ。知らん奴にいきなり声かけられたら不審に思って当然だよな。馴れ馴れしくてごめん。生まれてきちゃってごめん。
「確か…レイコちゃん」
いやなんで知ってんだよ。モブだぞこっちは。お得意のオカルトパワーか?そういえば人が良くて適度に負けそうで勝ちそうなホラーマンだった事も思い出し、人選ミスを実感するも、すでに悔いている時間はない。
運動不足が仇となり、息も絶え絶えな私は、まともな人語すら話せない状況をマツバに心配されながら、鍵を握りしめた。
「どうしたんだい?」
「すみません…今は何も言わずに…鍵を交換してもらえませんか…」
本物と書かれた鍵を差し出し、マツバに懇願する。
私が強すぎるせいでライヤーのイベントを失敗に終わらせるわけにはいかない…これが一宿一飯の恩義…!一宿っていうかすでに何十宿な事はさておき、冷静に考えたら全ての門番を倒したトレーナー達が私の元へ殺到するのも非常にクソ怠いので、全てをマツバに押し付けたいという気持ちが湧いて出た。自分本位ニートであった。
「お願いします…」
頭を下げて真剣に頼むと、マツバはしばらく鍵を眺めていたのち、私のただならぬ様子を察したのか、強く頷いた。
「わかった、大事なことなんだね」
ま、マツバ氏〜!有り難すぎでござるよ〜!
やっぱりイケメンは心もイケメンだわ〜と感激し、何度も頭を下げながら私は元の場所に戻った。シャトルラン百周したのか?ってくらい息切れが止まらなかったが、それ以上にこんなモブニートを邪険に扱わなかったマツバの人格に胸が熱くなる。
ありがて〜頼れる人格者〜やはりジムリーダーたるものこうでないとね。真摯な人の気持ちを汲み取ってくれる気概がある奴こそ真の強さを持ち合わせていると感じるわ。適度に負けそうなどと言って無礼千万を働いた事はすでに忘れているレイコであった。
マツバが人格者だった事により、無事イベントは盛り上がっていた。終了のアナウンスが出た途端にトンズラしたから誰が優勝したかは知らんが、やはり参加者の中に私を倒せる奴は一人もいなかった。何人か挑戦に来たけれど、秒殺すぎて回転率がよく、逆に暇だったまである。あのまま私が正解の鍵を持っていたら死屍累々になるところだった。ここがパシオの墓場だ。
鍵を手放して本当に良かった…と思いながら帰路を歩いていると、前方に人影が見える。特に何も思う事なく進んでいたが、その人影が近付くにつれ、見覚えしかない人物だと気付き、微妙な距離で足を止めざるを得ない。
あれは…。何故ここに…?閉会式にいるはずじゃないのか…?もしや私を待っていたのか…?だとしたら何故私がここを通ると知っているんだ?
「レイコちゃん」
「マツバさん…」
恐怖の登場をしたマツバに、私は思考を止めた。
何故ここに、と思ったが、いろいろ考えるより先に言葉が出てきて、まるで思考を見透かされまいとするように早口になる。
「あ、さっきはありがとうございました。すみませんでした…」
なんというか…適度に負けて勝ちそうな奴とか思ってすまん。本当。悪いとは思ってる。強くてごめん。可愛くてごめん。ニートでごめん。
咄嗟に謝ってみたが、マツバは優しく微笑むのみである。
「気にしないで。それよりも…」
しかし急に核心を突く言葉を投げるものだから、パシオだろうとパラレルワールドだろうと、油断ならないホラーマンだった。
「鍵を交換したかった理由を聞いてもいいかな」
無理〜!オカルトパワーで察して〜!千里眼で見て〜!いや見るな。無礼千万ニートを見るな。
「それは…その…」
しどろもどろになりながら、そんなこと言って本当は全部わかってんじゃないか?と疑う心を隠せない。
この世界のマツバは根明だと思っていたけど…実は根明のホラーマンだったのか?だって私は見たんだよ、トンズラする前に閉会式の会場へと向かうマツバを!それがどうして反対方向で私を待ち受けているんだ!?おかしいだろ!怖すぎ!やりすぎ都市伝説!信じるか信じないかはあなた次第です!
震える手を抑えながら、私は本当と嘘の混ざった回答で、無難にマツバを回避しようと試みる。
「正解の鍵を持ってるなんて…ちょっとプレッシャーで…」
嘘じゃないよ!本当にプレッシャーだったもん!だって私のせいでイベントが失敗するかもしれないっていう緊張感で十時間しか眠れなかったからね!圧力に耐え難かったのはガチ!別にマツバじゃなくても良かったのもガチ!ただ適度に負けそうで勝ちそうな奴と評していたのもガチだ。ごめん。
「なるほど…」
そんな私の言葉に納得した風のマツバだったが、直後に意味深な一言を付け加える。
「僕はてっきり…」
てっきり!?適度に負けそうで勝ちそうって舐め腐ってたのかと思ってた…って!?それはそう。土下座するわ。
「いや、何でもないよ」
絶対何でもなくはない。実際千里眼があるかは知らないが、私の愚かさだけは見透かされている気がしないでもないね。
その証拠にマツバは、微笑む口元とは裏腹に好戦的な視線を向け、私を真っ直ぐ見つめた。
「今度は僕も挑戦者として参加したいね」
そして私の手を取ると、何かを握らせた。硬い感触に、さっきまで手中にあったものが想像される。
「その時は、正解の鍵を持った君に挑むよ」
宣戦布告に慄いている間に、マツバは人の良さそうな顔をして去っていった。恐る恐る開いた掌には、何故か交換したはずの正解の鍵が握らされており、しばらく理解が追いつかなかった。
なんでこの鍵がここに…。誰かが奪って優勝したんじゃないのか?だとすると…?この鍵を死守して優勝したのはマツバさんだった可能性が微レ存…?
適度に負けそうで勝ちそうな奴なんて失礼な事を考えていた私は、優勝者が閉会式トンズラすなよとマジレスはせず、黙ってマツバの背中を見送る。
手塚、俺は思い違いをしていた。マツバは器用に勝ったり負けたりできる奴だと思い込んでいた。まさかこんなにも勝者の貫禄を見せつけてくるとは…。この出会い、俺様にとって唯一無二のものとなるだろう…私がマツバからホウオウという夢を奪っていない、唯一無二の世界線に…。
なんかこう…そのホウオウの件もあるし、マツバさんって…負けヒロイン的なところ…あると思ってたけど、でもこのパシオ時空ではその悲壮を乗り越えているマツバの姿があるという事なのか…不思議な気分だな。やっぱ根明のホラーマンなんだ。
じゃあやっぱりここが私がニート生活を手に入れる世界線なのかもしれないと急に前向きになり、パシオには人を根明にさせる力があるのかもと感じるレイコであった。
いや根明のニートがいてたまるかよ。