「レイコさん!」

ジム戦を終えて外に出ると、すっかり夜になっていた。
街の灯りがとても綺麗ね横浜って感じに、街頭や店のライトが点灯しており、ジム戦で疲れた体にブルーライトナイトヒウンの情緒ある街並みが染み渡る。

バトル自体は時間そんなに取られないんだけど、ジムの仕掛けがなかなか曲者だったんだよな…それでいつの間にやらこんな時間よ。勝負以外で挑戦者を淘汰していくというイッシュのポケモンジムの恐ろしさに震え、明日ではなく明後日に訪れるであろう筋肉痛に怯えていたら、誰かが私を遠くから呼んだ。誰かというか、声の感じで大体予想はついてるんだけども。

聞き慣れた声に振り返ると、そこにいたのはやはりアホ毛にインテリメガネ装備の少年、生きがいを探し求めている男こと、チェレンであった。
何してんだこんなところで。さっき次の町に向かわなかったか?それとも私のようにヒウンアイスの呪縛から逃れられず、また列に並ぼうとしているのか…食べたばかりなのにまた食べたくなる、これがヒウンの名物の恐ろしさだったとはね…。覚醒剤の混入を疑いながら私は手を挙げ、いつも走っているチェレンに応えた。そのまま進め、42.195キロを。

「どうしたの?」
「ライブキャスターが鳴ってたの気付きませんでしたか?」
「え?」

走ってきたチェレンに真っ先に指摘され、私はリュックを乱雑に漁る。
何、電話掛かってたの?全然気付かなかったんだけど。やっぱこれリュックに入れとくもんじゃないな…音は聞こえないし通報はすぐにできないし…でも腕につけてると邪魔でさぁ。風呂入る時に外すのも面倒だろ?ニートの倦怠感なめないでもらえるか?
生き方を改めた方がいい私は慌ててライブキャスターを取り出すと、確かに不在着信が一件入っていた。アララギ博士からだ。

「博士がライモンシティの近くで待ってるそうです」
「そうなの?もしかして呼びに来てくれた感じ?ごめんね」
「いえ…まだ近くにいたし…」

申し訳なさそうな顔をして謝ると、チェレンは眼鏡を上げて顔をそらす。少し照れたような様子に微笑ましくなり、私のためにわざわざ走ってきてくれたのかと思うと感動すらした。
すまないな…私が身も心も腐りきったニートだったばっかりに御足労いただいて…アララギ博士のご老体に代わって迎えに来てくれたんだね。博士もきっと筋肉痛が翌々日に現れるタイプなのでしょう。わかるわ…その気持ち…これで博士が毎晩走り込みしてるとかだったら謝るけどな。二人で出ろや東京マラソン。

「じゃ一緒に行こう。後ろに乗ってよ。こんな事もあろうかとヘルメットを用意してたんですよ」

私は荷物の中からチェレン用のヘルメットを取り出し、それを相手に突き出した。
私は反省したのだ。年端もいかない子供をノーヘルでボロの原チャの後ろに乗せて爆走したことを。大人としてアウトだったし、普通に交通法違反だった。私がいくらゴールド免許を持っていたとしても何が起きるかわからない昨今…いつ原チャが壊れるかも知れないし、二時間サスペンスみたいにブレーキに仕掛けがしてあることだって無きにしも非ず。何よりニートと心中なんて嫌でしょ。ご両親に何て言ったらいいかわからないよ。
君の命…確かに預かった…と覚悟を決め、私はエンジンを回す。これ安全第一って書いてあるんですけど、なんて指摘するチェレンをスルーし、素知らぬ顔で口笛を吹いた。
すまん、工事現場のやつしか用意できなかった。許せ。

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