06.ライモンシティ

都会を抜けると、都会だった。
やっぱり…そうなんだね。私は街を見渡しながら、ついに敗北を認めざるを得ない。イッシュはカントーより全然都会だった、という事実を。
悔しいけど完敗だわ。もう何も勝てねぇな。同じ都会でも日本と国外では雲泥の差だよ。都会度で勝てない事はわかったから、もうカントーで作った職人の一品をイッシュで使ってもらうとかそういう和風総本家みたいな感じで勝負するのがいいと思うね。遠い異国でカントーの技術が使われている…それってとても…素敵な事だと思いませんか?別に公式の回し者ではない。

アララギ博士と別れて次なる街へ向かった私は、またしてもきらびやかな町並みに圧倒されている。砂嵐を越え、博士の足止めを越え、辿り着いたのはライモンシティなる都市だった。夜だというのに昼間のような明るさが私の目を細めさせる。
すごいきらきらしてる。聖闘士星矢といい勝負だな。同じ都会でもヒウンとはまた違う雰囲気があり、今にもオーシャンズ11が集いそうで、カジノで一攫千金狙うのもありかもなと向こう見ずな若者らしい事を考える。まぁ元手がないから無理なんですけど。再来してくれよゴールドラッシュ。

ここにもジムがあるという話なので、ポケセンで休む前に私はその辺りを軽く見て回る事にした。次々と観光スポットを目の当たりにし、疲れも忘れて遊び呆けたくなってしまう。
ドームもあるし劇場もあるし遊園地まであるじゃねーか。ポケスロンドームの比じゃないよこれは。ジャージ着用の義務もないし。義務付けられなくても部屋着は常にジャージである事は内緒だ。誰も興味ねぇよ。
ここまで真面目に記録とジム戦ばっかやってきた事だし、そろそろ息抜きに遊んでも罰は当たらない気がする。私は自分を甘やかす口実を与え、ラスベガスを一望した。
一刻も早くニートになりたいとは言え、戦士にも休息は大切…。日頃お世話になってる礼も兼ねて、明日チェレンを誘って遊園地にでも繰り出そう。そんな事より強くなる事の方が大事なので…とか言われたら殴り飛ばしそうだけども。おとなげない。

そうと決まれば早速連絡だ。翌朝、正確には翌昼、私はチェレンを遊園地に誘うべく、ライブキャスターを取り出し、少ない連絡先一覧から相手を探す。
あいつ生き急いでるからもうライモンにいないかもしれないけど…まぁその時はその時だ。案外どっかで観光してるかもしれないし。劇場でアニーを見ているチェレンを想像し、ないだろうな、と首を振った時、突如何者かが凄まじい勢いで私にぶつかり、危うく道の真ん中で大回転をするところであった。いきなりの事に声も出ず、何とか体勢を立て直した時にようやく、どこ見て歩いてんだ馬鹿野郎!と怒号を飛ばす。咄嗟の事態に本性が出るという事を身を以て体感したレイコであった。
あぶねぇな!私が体幹のいい大人だったからよかったものの、子供だったら大怪我してたかもしれないんですよ!なんて治安の悪いの悪い街なんだと憤る私は、ぶつかった相手を見て、その見覚えがありまくる姿に思わず大きく開口した。ぶつかられた私は無傷だったが、走ってきた相手は足元で盛大にスライディングを決め込んでおり、何とも無残な有様である。しかし私が驚いたのは間抜けな転び方ではなく、一度見たら忘れない、あの奇抜なファッションであった。

こ、この奇怪かつ斬新な激やば衣装…こんなのを恥ずかしげもなく着れる集団は、あいつらしかいない…!

「プラ…」

ズマ、と言い切る前に、相手は勢いよく立ち上がる。ぶつかった時に落ちたと思われるモンスターボールを拾うと、そのまま謝りもせず逃げて行ったので、私の怒りのボルテージが一気に駆け上がっていった。

間違いない、プラズマ団だ。
イッシュに生息する謎の宗教団体ことプラズマ団。カラクサで演説をし、チェレンに共闘を願い出られた事で因縁のある連中は、これまで私が出会った何とか団の中でも特にやばい格好をしているので、正直忘れられるわけがないって感じだった。
何してんだこんなところで。まさかカジノか?許せねぇ。私だって入った事ないのに。ていうか謝れよクソ野郎。イッシュ人マジ何なの?Nも謝らねぇしプラズマも謝らねぇしどんな国なんだよ一体。確かに訴訟の多いこの国、日本人みたいに咄嗟に謝ってたら過失を認めた事になって裁判では不利になる恐れがあるけども、でも今回は十割お前の過失だろうが。絶対謝らせてやる。
憎しみの炎を燃やしながら、私はプラズマが逃げて行った方へ走り出し、ウサイン・ボルトになりきって追いかけた。
さっき不自然に落としたモンスターボール…あれも怪しい。盗んだやつなのではなかろうか。何かポケモン解放を謳って人のポケモン盗むって聞いたし、ライモンは人の多い街である、そこを狙って奪いまくってたっておかしくはなかった。
別に正義感があるわけでもないが、ポケモン泥棒を放置というのはニート以外どうでもいい私でもあんまり気分が良くないものである。アララギ博士に意味深な事を言われたのもあって、私は思わず足を動かしていた。反骨心のような気持ちもあった。

どうやらプラズマは遊園地の方へ逃げて行ったらしい。目立つ制服が人波に混じり、見失いそうだから早く追わなきゃならないんだけど、早々に運動不足が祟り始めた。
ここまで順調に走ってきましたが…しかしレイコ選手、体力が持つでしょうか?いやぁ無理でしょう。選手としては落ち目ですからね。若い団員の脚力には敵わないのでは?失礼極まりない脳内実況と解説を振り払い、プライドを奮い立たせて私は進んだ。ニートとはいえ旅で鍛えられたこの根気…見せてやる…!履き慣れた靴をなめんじゃねーぞ!

こんな時に限って原付を駐輪場に置いてきているので、己の間の悪さを私は心底呪った。ぬかったわ。ニートと原付はズッ友じゃなきゃいけなかったのに…!ボロとはいえ愛車がいかに便利かを思い知ったところで、私はふと見知った人物を見た気がし、つい足を止めてしまった。遊園地のド真ん中で、私よりこの場に相応しくない男を発見してしまった事を、次の瞬間には心から悔やんだ。私の視力がマサイ族なみに良好だったばっかりに…。そんなわけない。
呆然と立ち尽くしていると、相手も私に気付いたようで、真っ直ぐこちらを見据えてくる。というか待ち伏せてたんじゃない?あっち全然動じてないけど。気付かなきゃよかったと思ったが、時すでに遅し。似つかわしくない場所いたのは、相変わらず目立つ緑髪、主人公仕様っぽい黒の帽子を被った電波のイケメン。

「N…」

呟いたら、Nは私の前までやってきた。しまった自分から絡んでいってしまったわ。無視して走っていけばよかったのに。人の良さが裏目に出ちゃったよ。
何でこんなところにいるんだ、と警戒心をあらわにし、しかしこう人が多くては奴とて何もできまい。私は堂々と構え、ポケットのボールを握りしめた。
どういうつもりかは知らないが、今は精神病患者に関わっている暇はない。無視してさっさとプラズマを追うに限る!と足を踏み出せば、Nはそんな私の心を見透かしたような言葉を投げかける。

「プラズマ団を探しているんだろう?」

思わぬ台詞に、私は非常口のマークのような格好でピタリと足を止めた。まさかこいつの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
なん…だと…?と、顔を久保帯人タッチに変え、目を見開く。
何故お前がそれを知っているんだ。エスパー伊東か?小さいバッグの中に入れるとは思えないから、やっぱお前私のストーカーだろ。おかしいと思ったんだよな、博物館であんな偶然を装ったぶつかり方をしたり、ここで待ち伏せしていたり、挙句プラズマ団を探してる事まで知ってるときたら、もうストーカー以外有り得ない。そうじゃなきゃおかしいよ、こんなに変質者不可避だなんて。RPGの主人公じゃあるまいし…いや主人公だった…生まれの不幸を呪うわ。

「彼らは遊園地の奥に逃げていったよ。おいで」

主役の悲しみの背負って呆気に取られていると、突然手を掴まれた。とうとう接触まで果たしてしまい、呪怨の伽椰子みたいな声を出すも、Nは無視して歩き出す。お前すごいな。やっぱ私の挙動不審を上回る不審者だと呪怨にも動じないんだ。感心している場合ではないので、すぐさま手を振り払おうとする。
しかし、プラズマを見失った今、行方を知っているっぽいNに頼る他道がないのも事実…というかお前のせいで見失ったも同然だからな。責任取れよストーカー野郎。
電波を信用したわけではないが、この遊園地にいる事は確かなので、私はおとなしく手を引かれ、Nについていく事に決めた。意識しないようにしたいのだけれど、53万ある喪力のせいで、どうしても指先の神経は過敏になる。

冷たい手だな。養命酒とか飲んだ方がいいんじゃないか。冷え症にはやっぱり漢方だって母さんも言ってたし。
いつになく静かなNを不審に思いながらも、私も特に話す事はないので、黙って目をこらし、あの奇抜な服装を探す。何故こんな晴れ渡る青空の下、電波に手を引かれながら宗教団体を追っているんだろう。周りのカップルを見ていると段々我に返ってきて、死んだ瞳でNの後ろ姿を見つめた。
どうして私の彼はパイロットじゃなくて怪電波なんだ?血・かよっていますかって感じの手だし。本当なら今頃チェレンとメリーゴーランドに乗ってメルヘンしているはずだったのに、なんで私の人生はいつもこうなんだよ?主人公だから…ですか?正解の音。

非情な世の中を嘆いていたら、ちょうど真上に観覧車が見えた。そこでNは足を止め、私は相手に顔を向ける。ここへ辿り着いてから一向に動かないので、しばらく呆然と円を眺めたのち、ハッとした。
え?ここ?まさかと思うけど観覧車に乗ってんのかプラズマは?いやそんなわけないだろ。ポケモン盗んで逃げてんだぞ。
どういう事だ、説明しろ苗木!と睨みつけた時、衝撃の展開が私を襲った。

「観覧車に乗って上から探そう」
「…え?」

耳を疑う発言に、思わずバニングリッシュで聞き返す。パードゥン?と。
聞き間違いか?乗ろうとか言われた気がしたんだが。それとも乗ろうじゃなく呪うって言ったの?私がお前を呪いてぇよ。
てっきりこの付近にプラズマが潜んでいるのかと思っていたのに、斜め上の発想を返され、私は二度見を越えて三度見だ。その速度、フレッツ光隼に相当すると言っても差し支えない。
お前…居場所知ってるんじゃなかったのか?上から探そうって何、どういうこと?それはいいアイディアだね!なんて言うと思ったのか?一から十まで意味がわからず、でもお前の提案を受け入れる事はできない、それだけは言えるよ、心からね。
馬鹿かお前は。そりゃ見晴らしはいいからあれだけ目立つ格好のプラズマは目に入るかもしれないけど、でも観覧車じゃ見つけた時すぐ駆けつけられないから意味ないでしょうが。頭大丈夫か。大丈夫じゃないからこうなってるのか。大体なんでこうなった。私が…悪いのか…?
一周まわって自分を責め始める私の意思など完全無視し、Nはのん気に話を続ける。

「僕は観覧車が大好きなんだ。あの円運動…力学…美しい数式の集まり…」

聞いてねぇよ。私何型だと思う?っていう質問くらい知らんがな案件。どうでもいいわ。
相変わらずのスルースキルで語り出され、小卒の私は理解が追いつかない。しかし、Nを一瞬でも信じた自分が馬鹿だったという事だけは、さすがの低学歴ニートにも理解できた。情けなさとマラソンの疲労で全ての気力が失われていく。
とりあえずお前の趣味なんか知らねぇ…どうでもいい…今はただ解放してほしい、それだけだ。ポケモンより私を解放しろよ。マジでいい加減にしとけ、と腕を振り払った私だったが、ちょうど下りてきた観覧車に、なんとそのまま体を押し込められてしまった。
畳みかけるような急展開に驚きすぎて、思わず小刻みに反復横跳びをしてしまう。意味もなく観覧車を揺らしてしまったが、私の心だって揺れまくりだよ。何なんだ本当。本当に何!?

いよいよ温厚な私もトサカにきたので、大音量の舌打ちをお見舞いした。
何だよ…お前本当何なんだよ…!何!何がしたい!?言ってみろ!もうお前の全てがわからない!わかったのはお前が観覧車が好きだって事だけだよ!私は嫌いになりそうだけどな!嫌いなものランキングトップ10に堂々のランクイン!果たして今宵のベストヒット嫌悪祭の第一位に輝くのは!?Nです。それは不動。
こっちが閉所恐怖症だったらどうするつもりだったんだ、と人の事情などお構いなしなNに文句を言うため、般若の形相で振り返る。すると想像したより至近距離に彼の姿があり、直後にドアの閉まる音をしっかりと聞いて、私は恐怖から子犬のように不安な目をしてしまった。

「え…?なに…?」

扉…閉まっちゃったんだけど…そして観覧車…上昇してるんだけど…なんで…どうして貴様がここに…?
フリーズしたまま時ばかりが過ぎ、私は揺れる車内で、必死に状況を整理しようとする。
観覧車に乗って上から探せやカス!と乗せられたまではいい、いやよくないけどこの際いいわ。なのに何で…お前まで乗ってるんだ?嫌がらせ?
混乱する私を嘲笑うかのように、観覧車はどんどん上昇していく。頭がおかしくなっているこちらをよそに、Nは微笑みながら座席に腰かけたので、ようやく私はこいつと相席するはめになったという事を察して絶望した。声も出せずにいれば、追い打ちをかけるように相手は口を開く。

「これ、二人乗りだから」

運営許さない。絶対にだ。

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