お父さん、お母さん、元気ですか?御病気などされていませんでしょうか。
私といえば、電波障害により脳波を遮断され、思考能力が麻痺するという緊急事態に陥っています。何が起きているかはわかりません。マジで状況が飲み込めません。もし私がここで電波ジャックされるような事があっても、どうか信じていてください。必ず生きて帰ります。例え人の形をしていなくとも…。それではお元気で。愛する娘より。

運営の非道な乗車条件により、密室空間に閉じ込められてしまった私は、速筆で遺書を書きながらこの沈黙にひたすら耐えていた。二人乗り専用、と天井に注意書きが書いてあるこの観覧車の意味不明なリア充仕様に、独身貴族の我々は血を吐いて倒れていくしかない。
マジ何なのこの観覧車。全国の喪女を敵に回して何がしたいんだ?BW2で取り壊しにするため?お望み通りにしてやるよ、ビジネスマンのヒロナツがな。しかし彼にも裏切られる事をレイコは知らない。

密室空間ではどうしようもないので、結局私とNは向かい合わせに座り、上昇し続ける観覧車からおとなしく景色を眺めていた。というかおとなしくする以外どうにもできない。抗うだけ無駄。今は疾走して失った体力を回復する事に努めよう。さりげなくプラズマを探しつつ、これで相手が葉月珪だったらな…と私は無いものねだりをしてしまう。
ときめきメモリアルってよりはドキドキサバイバルって感じにイカレたこの状況は、緊迫した環境で徐倫との結婚を了承してもらおうと承太郎に許可の言葉を迫るアナスイなみに意味不明で、深く考えれば考えるほどドツボにはまる気がし、私はそれ以上考えるのをやめた。
私は無。早々に思考回路を遮断し、相変わらず嫌味なほど輝いているライモンの景色に集中する。すぐには地上に降りられそうもないので、全てを諦める他ないのだが、しかし嫌でも目に入る緑のダメージヘアを前にして、沈黙に耐えられるほど私は無口な性格ではないのだった。
く、空気が重い…!会話を弾ませるのも不得意だが、無言でいるのもつらい、それがコミュ障なんだよ…!押し込んだくせに一言も話さないNに痺れを切らして、私はつい口を開いてしまった。

「…何で二人乗り専用か知ってんの?」
「向かい合って座らないと傾くのかもしれないね」

雑な話の振り方をしたら、Nはすぐに答えてきた。私はしばし考えたあと、鼻で笑って首を振る。
馬鹿な…何を言っているんだこの馬鹿が…そんな事あるわけないでしょ。そんな杜撰な設計だったらな、今頃車体は傾いて傾いて傾き切ってるし、第一隣同士に座ってべたべたするカップルの落下死体が後を絶たないでしょうが。馬鹿じゃないの!まぁ試すけどね!
極限状態に置かれると、人はおかしくなってしまうものである。知的好奇心が抑えられなくなった私は、静かに立ち上がってNを見下ろした。
確かに見た目は結構ボロだし、あんまり乗る人もいない寂れた観覧車かもしれん、しかし建設基準だけは満たしているに決まってるし、そう信じたいよ。でももし向かい合って座らないと傾くようなクソ観覧車だとしたら…?今まで運よく死傷者が出ていないだけだとしたら…?ここで真実を暴くのは正義の行いではないのか。正義の使者に、今こそなるべきではないのか。ただ暇を持て余しているだけなのは言うまでもない。真相を確かめるべくレイコは現地に飛んだ。

躊躇いつつも、好奇心で身を滅ぼした私と共に死ぬがいいと意気込み、そのまま勢いよくNの隣に腰かけた。向かいに飛び移ったその時のフォームと速度は、光速のランニングバックと謳われた小早川セナを彷彿とさせる伝説の走りであったという。着地したと同時に腕と脚を組み、実に堂々としたふてぶてしさで、隣にいるNに視線を向ける。
見た?私のアイシールド21完コピを。また膝故障するなと足をさすり、しばらく待っていたけれど、当然傾く気配はなく、観覧車は私の猛攻に耐え切り、先程と何も変わらず回り続けていた。静かな空間は過ぎ去る景色以外に何の変化もない。一つ変わったとすれば、それは恐らくNの表情だけだ。
おい何笑ってんだてめェ。

「…傾くか傾かないか、そんな事はどうでもいい。問題は何でも試してみなければわからないというところにある…そうは思わんかね?」
「試さなくてもわかるさ」

殺そう。もう殺すしかねーな。
ばっさりと切り捨ててきたNに殺意を燃え上がらせ、私は拳を握る。何よりも自分の愚かさに嫌気が差して、その場で頭を抱えた。
なんて愚かな真似をしてしまったんだ私は…見られたからには死んでもらうしかない…クソ…俺はなんて無駄な時間を…。エアポカリを握り潰し、絵柄を井上雄彦タッチに変えながら三井寿の顔を作った。夢見させるようなこと言うな。

で?結局何で二人乗り限定なのこれ。お前も知らないって事でいいのか?私に恥をかかせたからには納得するだけの理由がほしいんですけど。自分でかいただけじゃねーか。
ストーリー上の都合という大人の事情が全ての答えだと認識していても、私は舌打ちせざるを得ない。
まぁ…いいよ。もういい。向かいの席に移った瞬間40ヤード4秒4の自己ベスト越えた気がするからもういいわ。くだらない事をしてしまった…と元の席に戻ろうとしたら、まるで見計らっていたかのようにNに肩を叩かれて、私は反射的に振り返る。思わずびくついてしまった屈辱に唇を噛んだ。やめてよその心霊のように冷たい手でいきなり触るのは。早く養命酒を飲むんだよ。
視線の先にいる相手は、じっとこちらを見つめていて、私も負けじと睨みつける。大体お前がこんなものに押し込めるからこっちはいらぬ恥をかいたんですよ。殴らせろ。前々からお前を一回殴らないと気が済まないと思っていたんだ。出会い頭からな。
執念深い私はガンを付けてさらにNを睨んだが、動じない相手は私の腕を引くと、無理矢理また隣に座らせてきた。

「このままで」

貴様は私の彼氏か?電波フレンド(仮)とかかな?アメーバで検索検索ゥ!じゃねーよ。
隣にいる事を要求された私は、目を細めてNを見つめた。何というか、もはやただドン引きである。
…楽しいか?隣同士に座って楽しいのか?今までみんな電波を恐れ、誰一人として隣に座ってくれる事なんてなかった…そういう過去をお持ちとかかな?納得しかない。人生悲しすぎるでしょ。悔い改めて生きなよ。
見通しは悪いし並んで座る必要性を全く感じないし、いろいろと不愉快であるが、どうせここは逃げ場のない密室。距離なんてあってないようなものである。向かいに座ってると嫌でも顔が見えるから、案外こっちの方が楽かもしれなかった。理不尽な状況でもポジティブに生きようとする私の姿勢、素敵だと思いませんか?見習って。今すぐにだよ。

もはや半分自棄になった私は、隣のNは存在しないものとし、当初の目的であるプラズマ団を探して、無言で地上に目を配らせる。いろいろありすぎて9割方忘れてたけど…そうだったわ、プラズマ追ってたんだ私。畳みかけるように展開が押し寄せてくるから古い記憶は忘却の空よ。だからベルベットの空の下歌う声は聞こえてんだよ。
池袋ウエストゲートパークがもう十年以上前だなんて信じられない私は、乾いた風に吹かれ一人きり歩いてると思われるプラズマを懸命に探してみる。しかし人の多いライモンシティ、いかに変な格好だからと言っても、そう簡単には見つかりそうもなかった。ていうか変な格好の奴なんていっぱいいるしよ。風船を配るピエロ、ペアルックのカップル、意味不明な日本語のTシャツを着た外国人、クッキーババアetc…おかしな奴ばっかりだ。私の隣にいる妨害電波発生機もそう。早く帰りたい。

しかし、高いところからゴミのような人々を見て、ムスカ気分になるのはそんなに悪くないと思い始めているのもまた事実であった。二人乗り専用でなければ別に観覧車だって好きだし。あとは一緒に乗る相手が葉月珪だったら言う事はなかったよ。

「レイコは観覧車が好きかい?」

ちょうどその事を考えていた時に問いかけられ、私は肩をびくつかせながらNを振り返った。やっぱりエスパータイプなの?とますます怯え、呼び捨てにされた事には憤った。この間から馴れ馴れしいぞお前。さんを付けろよデコ助野郎。
それまで沈黙を保っていたNに突然尋ねられた私は、ひるみつつも適当に頷いておく。

「…何とかと煙は高いところが好きっていうことわざがカントーにはあるんでね、好きだよ」
「それはよかった」

笑顔で言われて私は青筋を浮かべる。良くねーわ。誰が馬鹿だよ。いや確かにこの状況を招いた事は馬鹿でしかないと思うけども、でも今のは自虐ジョークだから。知名度の低い県に住む県民達が自分の地元をディスるくらいの小粋なジョーク!そんな事ないですよ〜って返すのが社会なの!この不適合者め!と心の中で罵り、軽く窓を殴った。

「同じ考えを持った人がいると満たされるだろう。僕は今キミが観覧車を好きでいてくれてとても嬉しいんだ」
「左様か」
「キミもいつか僕の理想に辿り着く日が来るかもしれない」

観覧車好きってだけで理想まで一致するという超思考、まさに電波。もはや呆れを通り越して感心だ。
やっぱ…お前ってプラズマ団の代理店とかそういう感じなんでしょ?演説を聞いた人達に電波トークで語りかけ、宗教に勧誘する…これが手口ですよね?謎は全て解けたよ。これでも昔はFBIの敏腕捜査官として犯人をバリバリ検挙し…と経歴を偽りながら苦笑していると、観覧車はとうとう頂上に辿り着いた。やっと折り返しだと安堵したのも束の間、ここから怒涛のNのターンが始まる事となる。
この街で最も高いその場所に到達した時、彼は突然私の手を握った。ぎょっとしていると距離を詰められ、さらに心臓が跳ねる。

何。なんで。今度は何なの?
近いんですけど…とドン引きし、ていうかいちいち手を握るなよと振りほどこうとする。しかし迫りくるNの謎の圧により、私は上手く対応できず、結果不審なイケメンを野放しにしてしまった。何だかシリアスな雰囲気が、私に空気を読ませようと訴えかけているようだった。
マジで何?まぁ確かにな、才色兼備容姿端麗な美少女が隣に座ってたら、そりゃあ手くらい握りたくなる気持ちもわからんではない。わからんでもないけど、シンプルに犯罪です。現行犯。執行猶予五年は固いでしょうね。
まともな自己評価もできないくらい完全に混乱している私を、さらにカオスに陥れるかのようにNは耳元へ顔を寄せてきて、この時の私の脳内には、真っ先に訴訟の文字が浮かんでいた。勝訴!と見知らぬ誰かが紙を掲げている。その紙も突風に吹かれて飛んでいっていしまうくらい、次の瞬間、とんでもない情報が耳に入り込んできた。

「最初に言っておくよ。僕がプラズマ団の王様」
「…は?」
「ゲーチスに頼まれ一緒にポケモンを救うんだよ」

代理店どころの話ではなかった。
ついNの方を振り返ってしまったが、驚きのあまり私は思い切り身を引いた。何かとんでもない告白をされた気がするけど、あまりに相手と距離が近かったため、パーソナルスペースを守る事しか考えられない。近い。普通に近いんだよお前は。離れろと相手の体を押したが、頑なに手は離してもらえそうになかった。
それで何、プラズマ団の?王様?王?
それ跡部王国とどっちがすごいの?

混乱に混乱が重なり、とりあえず状況を整理するため、しばらく俯いて瞳を閉じる。手から伝わる体温が徐々に熱くなっていくのを感じて、思わず息を止めた。
どうやら血は通っていたらしい。わりと人間かどうか半信半疑だったよマジで。きっと私は三番目だから…とか言い出してもせやろなって言ったと思う。せやな。お前のせいで妹は怪我して入院したんや。それはトウジ。

ていうかまずゲーチスって誰だ。そんな奴いたか?私わりと話聞いてないから覚えてないこと多々あるんで…運よくフラグを危機回避した可能性もあるし。ここで回収してしまったみたいだけど。あとでチェレンに聞こうと全面介護の姿勢で臨み、そんなのんきな事を考えている場合かと顔を叩く。
ちげぇよ。今ゲーチスとかそんな謎の人物の事はそこまで重要じゃねぇ。それより聞き流せない話あったじゃん。ほら跡部王国。違うプラズマ団の王様。

なに、王様って。千年パズルでも完成させたのか…?至って普通のトーンで言われてしまったので、偉大さがわからない私はしばらく沈黙する。
プラズマ団の王様…王様か…まぁ代理店ではなかったにしろ、やっぱり私の読みは大体当たっていたという事だな。やっぱ宗教の勧誘だったんじゃん。想像の範囲内。全然焦る事ない。まだ慌てるような時間じゃあわあわわあわあわあわ。落ち着け。

王様…王様か。王様?それはつまり…今までの組織的に言うと…ボスって事!?
それならそうと早く言え!と私は溜息をついて天を仰いだ。

そうかこいつがボスなのか!プラズマ団の!一番偉い!全然服装とかラフすぎて気付かなかったけど!なんで制服着てないんだよ!もうちょっとわかりやすい格好してくれてたら回避できたかもしれないのに!強制イベントである事を知らないレイコは悔しがったが、近い未来、圧倒的ボス感を醸し出すクソコラさえも回避する事はできないと、この時はまだ知る由もない。

もしかして私を観覧車に乗せたのってプラズマから遠ざけるためか?衝撃の事実に閉口し、もはや全てが茶番である。
今さら気付いても遅いけど、どうやらまんまとはめられたらしいな。してやられたわ。これは完全に拉致監禁ですよ。なめやがって。睨みつけながら上から下までNを見回し、さりげなくボス力を測定する。
随分若いボスだが…お前みたいな奴に人が付いていくのか?まぁアカギでさえ二十七歳らしいから年齢は関係ないかもしれないが…ちょっと線が細すぎる気がする。言ってしまうと威厳がない。引率力もなさそう。人の上に立つタイプには見えないな…とボスソムリエとして評価し、結果、素で尋ねてしまった。

「…本当に?」

いろいろ言いたい事はあったが、あまりのボス感のなさに思わず聞き返した。
だってなんか…王より王子感の方があるというか…ハマーンよりミネバっていうか…とにかく釈然としない何かがある。あるけども、ボスってんなら話は早い。ぶっ飛ばしてやろう。
これまで数々の組織を成り行きで潰してきた私は、身を以て知っていた。ボスを倒せば全て終わるという事を。それがこの世界のルール。ゲーフリの描いたシナリオ。降りたら覚えてろよといつになく好戦的な気分になり、今か今かと地上に着くのを待った。

ボス力を全力で疑う私だったが、Nは特に反応せず、ただ微笑んだだけでこちらの問いには答えない。何だか余裕の態度だ。普通にムカつくな。自分はよく喋るくせに人の質問は総スルーというNに、第一回ポケットモンスターコミュ障大会金賞を受賞させてやりたい気持ちになる。おめでとう。その調子でコミュニケーションの歴史に名を残していただきたいな。ちなみに銀賞は私だ。いらねぇよ。
そのまま特に会話が弾む事もなく、観覧車はゆっくりと下降していき、早く地上に降りたい気持ちが全身から溢れ出ていく。もう限界だ。早くしてくれ。コミュ障とコミュ障がせめぎ合っても何も生まれないから。手を繋いでもラブストーリーは始まらない、小田和正だって裸足で逃げ出すよ。
あのオフコースでさえ匙を投げたというのに、どうしてか手を離さないNは、ようやく少し離れて視線を外へ向けた。パーソナルスペースに平穏が訪れただけでもホッとする。このままだと幸せの基準が低くなっちゃうだろうが。

「この世界にどれほどのポケモンがいるのだろうか…」

不意にNがそんな事を呟くものだから、私はゾッとした。
おいやめろ。そんなこと言うなよ。600数種で充分なんだからね。他所の地方に行くたびに記録するポケモンが増えていくという悲しき現状を、私はずっと嘆いてきた。
もうこれ以上記録すんの嫌なんだけど。カロス地方とか存在しないし、おめーの席ねぇから!つって先に机ブン投げとくから、ここで断ち切らせてほしい。いやもうどれほどポケモンがいてもいいから、イッシュを旅の終点にさせてくれ。これが終わったらニートってのが親父との約束なんだから。今度こそ守らせる、絶対にだ。
身震いしつつ、よその地方については考えたくなかったので、私は自ら話を振った。クソコラ地方の事は忘れろ。いいな。

「…ポケモンを解放したいって言ってたね」
「ああ」
「なんで?ポケモンを救う事と関係なくない?」

いまいちわからない私は、真面目にそう問いかけた。Nは人間がポケモンをボールに閉じ込めてると思ってるみたいだけど、別に無理矢理そうしてるわけじゃないし、好きで一緒にいる事くらい見たらわかるはずだ。私だって。私だって…そう…だと思う。少し前までは、そうだと自信を持って言えた。今は少し、声が震える。

「キミにもすぐわかる。いや、もうわかってるかもしれないね。ポケモンの幸せが何なのか」

また視線を合わせられたので、私はすかさずNを睨んだ。と同時にようやく手を離す事に成功し、立ち上がって下車の準備をする。やっと地獄から脱出できそうで、もはや泣きそうだ。大体ポケモンより先に解放するべき存在がいるだろ!それは私です。観覧車に閉じ込めていいほど軽い存在じゃないんだよ。悔い改めて。
地上までの距離があとわずかとなったところで、私は扉の前に張り付き、意味もなくドアを両手で叩いた。
ヘルプ!係員ヘルプミー!早く早く!早く出して!もう息苦しい!この部屋の怪電波が私の心電図を狂わせてるんだよ!健康診断で引っかかるくらいにはな!
中で戸を叩く私は、余程すごい形相だったのだろう。観覧車の係員は慌てて扉を開けてくれたので、やっと思いで外の空気を吸い込む事ができた。

脳波乱されて死ぬかと思った。よかった生きて戻れて。地に足の着く生活って本当に素晴らしいな…。澄んだ空気も…素晴らしい。泣きそう。もう一生物の心の傷負ったわ。ベガスで豪遊できるほどの慰謝料もらわないとやってられないよ。遊びたいだけだろ。
外気に感激していると、Nもすぐに降りてきたので、私は急いで身構える。空気吸ってる場合じゃなかった。通報しなきゃ。

「N様!」

すると、観覧車の前で対峙している我々の元に、誰かが走ってやってきた。視線を向ければ、先程逃げられたプラズマ団がいて、まずはあいつから殺す!と忘れかけていた怒りを蘇らせる。
野郎!ようやくお出ましか!お前を追いかけたせいでこのクソ電波に絡まれたんだからな!生きて帰れると思うなよ!ぶつかって謝罪もないのはボスも下っ端も同じだな!とガラの悪い組織に怒り、私はボールを握りしめた。
心配げに駆け寄ってきた謝罪なしプラズマ団員と、おまけでついてきたもう一人の団員がNに声をかけている姿を見て、私の怒りの導火線はどんどん短くなっていく。何がN様だ馬鹿野郎。元素記号に敬称つけてんじゃねぇ。

「ご無事ですか?」
「お怪我は!?」

Nの身を案じるプラズマ団に、私は蹴りを入れたい衝動にかられていく。
ちょっと待てよ。何で私がこいつに危害を加える前提なんだよ!普通私の身の方が危険じゃね!?密室で二人きりだぞ!拉致監禁の被害者は私だっての!もう怒りすぎて逆に無だよ、無。感情がないからお前らをぶちのめす事に何の罪悪感も湧かないわ。覚悟しとけ。
いちいち癇に障る集団だぜ…と眉間に皺を寄せ、主人公らしからぬ顔で一同を睨みつけていれば、Nは下っ端たちに手を挙げて合図をした。ドッグトレーナーかな?

「ポケモンを救うために集まった人も僕が守るよ」

Nがそう言うと、プラズマ団はお言葉に甘えたのか、早々に駈け出して逃亡していく。ボスを置いて逃げるという下っ端の風上にも置けない行動に呆然として、お前やっぱり人望ないだろとNを見つめた。
正面に立ちはだかる彼が、何をしようとしているのか察し、私はボールを構える。
いいよ、ボスってんなら部下の責任も取ってくれんだよな?逃げた奴の代わりも務めてくれるって事なんだよな?わかった。合計二発、殴らせろ。

「さてレイコ。僕の考えがわかるかい?」
「わかるよ、手に取るようにな」
「その言葉、本当だと嬉しいね」

電波の思考が読めるようになったら終わりだな…と思いながらも、これから何が起きるか察してしまい、しかし今の私にとっては願ってもない事である。
これは、完全にポケモン勝負の流れ!そして私が勝ってお前を二発殴る流れだ。今から両頬出して準備しとけよ。ボールを取り出したNを見て、私はせせら笑う。

何だかんだ言いながら好戦的だよなお前。ライバルキャラだから仕方ないにしろ、勝負のためにポケモンを使うって点は我々と同じである。解放を謳ってるのに、それは矛盾してる事にならないのか?と疑問を覚えた。まぁ意思を押し通すためには戦わなきゃならないってのもわからなくはないけど。
前回とも、前々回とも違うポケモンを出してきたので、彼には手持ちと呼べるポケモンはいないのかもしれない。ボールに閉じ込めておく事はしないんだ。私と戦ったら、それでお別れ。
でもポケモンの方が、お前と一緒にいたいかもって考えたりはしないんだろうか。
ボスのわりにはあどけなさの残る青年の顔を、私はしっかりと見つめた。普通にイケメンなのもムカついてきたな。沸点が実写デビルマンのクオリティくらい低い。

「僕に見えた未来…ここではキミに勝てないが、逃げるプラズマ団のため相手をしてもらうよ」
「ここではどころか一生勝たせる気はないけどね…私強いから。往年の孫悟飯くらい」

やるなら早くしよう、と私は足踏みしながら手招きをした。
別にお前の野望を止める気とかは全然ないけど。興味もないし電波には関わりたくない。
でも何か…私の内に眠る反骨心のようなものが…お前の理想を否定したがってるんだよ。わずかに残った私のトレーナーとしての感情がな。
ポケモンをボールに閉じ込めてるなんて思わないし、閉じ込めてる限り幸せになれないとも思わない。ポケモン図鑑のためにポケモンが犠牲になってるとも思わない。でも口で言ったって、きっとこいつにはわからない。
そっちが力でねじ伏せる気なら、こっちも力でわからせてやるよ。結局最後は脳筋になるので、いまいち締まらないレイコであった。

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