「…キミは強い。キミは一体何者だ?」

戦いを終え、Nはいつもの語りに入る。
勝負の結果は言うまでもないので言わないが、まぁあえて言うなら私はぶっちゃけ負け知らず…一度たりともこの膝をついた経験はないという事かな。跡部よ…気絶して尚君臨するか、みたいなやつではなく。本当に負けなしのやつ。
レベルが違いすぎるんだよ…と首を振り、やっと私がただのトレーナーではない事に気付いたらしいNを見据えた。
マウンテンゴリラ相手にその辺の草むらにいるカマキリなどが勝てると思うか?そういう次元。超次元バトルだからよ。こちとら何年も連れ添ったポケモン達、お前のはさっきその辺で拾ってきたポケモン、経験値も努力値も差がありすぎるだろ。
ちなみに何者かと問われればニートと答える他ないので、Nの問いかけは全力でスルー推奨だった。どうせこいつ人の話聞いてねぇしな。

「だが僕には変えるべき未来がある。そのために…」

私が何者だろうと関係ないと言わんばかりに、Nはゆっくりと近付いてきた。真っ直ぐ目を見られ、視線のレイザービームを撃ちながら相手の顔を凝視すると、何度見てもイケメンで心底参る。なんで?なんで人は顔の良さの代償に大切なものを失ってしまうの?観覧車が好きというパンピーっぽさもあるのに、何故プラズマ団のボスなんて身の丈に合わない事をやっているのか。私には微塵もわからなかった。
彼の後ろにそびえる観覧車は、さっきまで乗っていたはずなのに何だか遠く感じる。

「僕はチャンピオンを越える」

遊園地の雑踏に混じらず、Nは突然はっきりとそう言った。いきなり大きく出られて、私は思わず二度見だ。なんでそうなった?話の脈絡とか全部無視するのやめろよ。

「…チャンピオン?」

すでに四回越えている私は、そんな事をしても意味があるとは思えず、死んだ目をして首を傾げる。
何故急にチャンピオンが出てきたの?そして何故その宣言を私にしたの?友達いないのか?まぁ私にもいないからお前にもいなくて当然だろうけども。お前をディスるたび自虐しなきゃならない私の気持ち考えろよ。
意味がわからず唸っていれば、Nはちゃんと目的を説明してくれたので、多少はコミュ力も上がっているらしい。絶対私のおかげじゃん。感謝してくれ。

「誰にも負けない存在となり、全てのトレーナーにポケモンを解放させる!」

誓いを立てられ、私は呆然とした。チャンピオンって存在はそれほどまでに力を持っているのかと驚いたわけだ。
マジかよ。チャンピオンすご。確かにみんな威厳あるし、あの人のようになりたいと憧れを抱く…それがチャンピオンだ。チェレンも目標はチャンピオンだと言っていたから、トレーナーの総本山的なポジションではあるのでしょう。つまり箔を付けるためにチャンピオンを越える。野望を叶えるための重要な通過点というわけだ。私がニートになるためにチャンピオンになるのと一緒。ちげぇよ。

そうか、としか言えず、リアクションに困った私は適当な相槌を打つ。
左様…ですか。そんなに上手くいくとは思えないが、でもそんな事になれば確実に世界は揺れるので、なかなか考えられた作戦かもしれない…民を動かすにはまず自分が有名にならなくてはならないからな。加えてこのルックス、あのイケメンのチャンピオンがそう言うなら…とポケモンを解放するトレーナーだっているかもしれない。大いなる計画を聞き、しかし私は一層わからなくなる。
なんでそんな大事な作戦を私に話すんだよ。私がジャパニーズマフィアのように過激だったら今お前を刺し殺して止める可能性だってあったぞ。絶対黙ってた方がいいのに…とマジレスしかけるも、私に話したところで大差ないと判断されたのだとしたら、それはそれで複雑だった。
そしてNは、さらに私を揺さぶる言葉を投げる。

「キミがポケモンと一緒にいたい、そう望むなら各地のジムバッジを集めてポケモンリーグへ向かえ!そこで僕を止めてみせるんだ」

キミが、と言われ、私の心はざわついた。他人事みたいに感じていた事態が、急に我が身に降りかかったようで、思わず息を飲む。
長いトレーナー歴…私は自分とポケモンのために戦った経験などほとんどなかった。成り行きで世界を救わされ、放置するのも目覚めが悪いし…って事で悪を成敗し、窮地を切り抜けてきたけど、今回は違う。
私がポケモンと一緒にいたいなら戦え、そう言われている。世界中のポケモンとトレーナーのためじゃなく、私がそうしたいなら止めろみろと。そんな風に言われたのは初めてだったので、自分の気持ちのやり場に困り、そしてNが茶番やおふざけではなく本気で信念を掲げているのだと思ったら、ドン引きしてもいられなかった。そしてご丁寧に場所指定までされたせいで決戦の地がポケモンリーグである事も知ってしまった。とんだネタバレじゃねーか。鬱。

「それほどの強い気持ちでなければ僕は止められないよ」
「…気持ちがなくたって勝てるよ」
「そんなはずはない」

秒で否定された。ソースは私なのに。

「キミは確かに強い。でも何かが足りない…」

Nにまでアララギ博士と似たような事を言われ、こんな電波とあんな年増に一体私の何がわかるんだといよいよ反発したくなる。
そりゃ私はクソニートだし無駄に年季入ってるだけのカストレーナーだ。ポケモンの強さに頼りきり、熟年夫婦のように同じ毎日を繰り返すだけ…でもそれの何が悪いんだよ。トレーナーとポケモンの数だけそれぞれの形があるんだよ。いやまぁ私も思うところがないわけじゃないし…もっとより良い道があるのもわかる…でも…何回も言うけど、人はそう簡単には変われないんだ。私が年齢一桁の頃からニートを愛してやまないように。
何でも見透かしたようなNの瞳を見つめていたくなくて、私は俯いた。

「欠けているものが埋まらない限りキミの心は不完全だ。そんな状態で戦うのは許せない。それなのに何故キミのポケモンは…」

珍しくちょっと感情を高ぶらせたNであったが、何か言いかけたあと私から目をそらし、それ以降は何も言う事はなかった。お説教でも来るかと構えていただけに、拍子抜けして新喜劇風にコケる。
おい。最後まで言えよおしゃべりクソ野郎。私が有吉だったらもっと辛辣なあだ名付けてるぞ。いつも余計な事は喋るくせにどうして肝心なところを言わない?コミュ力が上がるあまり焦らしプレイなどという高度な技まで会得したというのだろうか。成長が止まらないNをよそに、まるで成長していない私は何だか落ち込んで、人混みに消えていくNをただ見送った。
台風のように直撃してきたかと思えば…用が済んだらさっさと北上して行きやがる。あの調子だとどうせまた近いうちに会うだろうと予感して、私は盛大に溜息をついた。

「何様なんだお前は…」

N様だったな…とセルフツッコミをし、もう何を考えてもダメそうな思考を放棄した。

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