負けるとわかっている勝負にわざわざ挑む気になるだろうか。参考までに言うと、私の答えはノーである。だからバトルサブウェイにだけは絶対挑戦しないし、全自動卵孵化ロードをあえて使わずスカイアローブリッジを往復してやるという気持ちで、ギアステーションを避けながら生きる事を誓っている。BW2の強制バトルイベントの事は知らない。フラグじゃねーよ。

でも私にだって、ポケモン勝負ってのは、ただ勝ち負けを決めるだけのものじゃないと気付いた時期があったはずなのだ。まぁ絶対勝つっていう点は変わらないけど、楽しいと思った時や、悪くないと思った時が、遥か昔にはあったはずなんだ。チェレンみたいにひたむきに、頑張ろうと誓った日々が絶対にあった。忘れてないと思う。忘れてないという事を、チェレンとのバトルで思い出した。

「どうやって?どうやったらそんなに強くなれる?」

チェレンは、私に問いかけるというよりは独り言みたいにそう呟いた。
観覧車から降りたあと、早速バトルを仕掛けられた私は、勝利をおさめてもいつもと同じように、別段感じるものはなく、カビゴンとハイタッチを交わしている。
別に普通だ。同じベルトコンベアの流れ作業だとわかっていたはずなのに、何かが変わると心の片隅で思っていた私は、どうやらNや博士に感化されすぎたらしい。そう簡単に変われないって自分で言ったくせにな。多少はNのせいで憂鬱になっている心が解消されると期待したところもあるかもしれない。そんな事で解消されるわけねぇだろ。当分引きずるわ。Nに比べたら山男のナツミなんてトラウマ力5のゴミです。ザコ。
憂さを晴らしたどころかチェレンにも大袈裟に偶像崇拝されている事実を知り、ますますテンションが落ちている私は、何やら思い詰めた表情の彼に言葉をかけるにも、自身の事で精一杯だったので、ただ黙ってボールを見つめていた。

どうやって、って。どうやって強くなったっけ私。なんか最初からわりと強かったんだけど。ニュータイプと同じ。ごく一般的な過程を通過してこの位置だよ。
マサラタウンからコラッタを倒し、ポッポを倒し、トキワのフレンドリィショップの店員に捕まり、ポケモンの捕獲方法を教えてくれる酔っ払いのじじいに捕まり…時には断崖絶壁に住むポケモンを記録して、深海のポケモンを記録して、荒波の中を進むとか、激しい滝に打たれるとか、雷雨の中を突き進むとか、そういう普通の過程を通ってきたに過ぎないんだな。全然普通じゃねぇよ。死と相席してるわ。
年頃の娘に何て事をさせるんだ、と過去を思い返しながらこの世界の不条理を嘆いて、とりあえず応えなくてはと頭を捻らせた時、私の有り難くもない言葉を遮る声が聞こえてきて、思わずチェレンの方へと軽快なステップで飛び上がった。見たか今、手負いの鹿くらいの足さばきだったぞ。
そんな事はどうでもいい、一体何奴!

「まぁやっぱり何事も経験と言いますか…」
「良い勝負だったぞお前達!つい見入ってしまった!」

名言の一つや二つを残そうとした瞬間、わざとかってくらい私のセリフを遮断する豪快な声が周辺に響き渡った。たまらず肩をすくめ、声のした方を振り返り、新キャラ登場の予感に思わず田中邦衛顔になってしまっても仕方がないというものである。まだ人が話してる途中でしょうが!

何だこの漫画みたいな展開。誰だ一体!正直何を言えばいいかわからなくて詰んでたから助かったけど、でも失礼な野郎だぜ!
こういう登場の仕方をする人物というのは大体決まっていて、悪の怪人か物語の鍵を握る重要人物か、この世界で言うならばそこそこ地位があり…威厳もあり…今後の展開で関わってくる…まぁつまりチャンピオンだろうな。これ絶対チャンピオンだろ、賭けてもいい。こういうノリで出てくる奴なんてのはチャンピオンしかいねぇんだよ。タイミング的にもいつ出るの?感じだし。林修じゃなくても今でしょって言うわ。
確信を持って目を向ければ、そこにいたのは何とも派手な赤い髪のおっさんで、おっさんっていうか爺さんで、一瞬松岡修造なみの熱さを感じてしまったくらい、とにかく本当すごかった。髪が。太陽擬人化…?

一目見ただけで私の危機探知レーダーがやばい奴だと知らせてくるんだが。ハーレイ・ジョエル・オスメントでなくてもシックスセンス反応しまくりだよ。
四方っつーか五方に髪が爆散している。ご当地名物的に言えば紅葉まんじゅうと完全に一致。腰にモンスターボールを付けているのに、首からもぶら下げていて、おまけにこの大都会で素足に靴を履いているという石田純一姿勢には、ただただ驚かされた。浮いてる。部屋着ジャージの私が言うのも何だが、浮いているぞその格好は。
ファッションチェックも済んだところで、怪しい中年からチェレンを守らなくてはと私はすかさず一歩前に出た。しかしNの時より警戒していないのは、先程から感じている断固たる確信のせいであろう。そうチャンプ。アリスで有名なチャンピオンだ。

この無駄に濃いキャラデザ…ここまでのインパクトを誇ってチャンピオンでないとするなら、私はBWのスタッフ、ちょっと頭おかしいと思うね。チャンピオン以外にこのキャラデザ通す?ありえなくない?突然絡んできてこっちに有無を言わさぬ迷惑な態度、これが許されるのはチャンピオンだけですよ。
何となく威厳も感じられたので、まぁ予想が間違っているにしても悪い人ではない気がするな。まさか今さらライバルポジションって言うんじゃないでしょうね、血迷ったかゲーフリ。おっさんと戦う事で絆を深めていくポケモンって何なんだ。ニューシネマパラダイスじゃないんだよ。
勝手にいろいろ勘ぐっていると、チェレンが先におっさんに向かって口を開いた。君は相変わらず怖いものなしだよね。いつか刺されても知らんぞ。

「…失礼ですがどちら様で?」
「チャンピオンでしょ…」
「チャンピオン!?チャンピオンがこんなところで遊んでるんですか?」

小声で予測を耳打ちしたところ、まさかのチェレンが声を荒げたので、私は思わず相手の背中を軽く叩いた。
馬鹿野郎、お前声がでかいんだよ!まだチャンピオンかどうかも定かではないのに、加えてどう考えても定年退職済みの年齢であろう人間に遊んでいるとは何事なんだ!と私は顔の前で人差し指を立てる。
全く君は私だけでなくチャンピオンまで偶像崇拝か!イッシュのチャンピオンっていうくらいだからきっと日夜ポケモンのためにボランティアに勤しんで挑戦者と全力で戦い正しい道への教えを説いたりしてるんだろうな…的な!事を!考えているんだな!また!どう考えても私の方が遊んでいるので、気まずい思いをしながら咳払いをする。

「聞こえたぞ。何とも手厳しい若者だな。初めまして、わしの名はアデク。いかにもイッシュリーグのチャンピオンだよ」

こちらの陰口を気にする様子もなく挨拶してきたチャンピオンに、私はついガッツポーズを決めてほくそ笑んだ。よし!正解は!越後製菓!
やはりな…と得意気な顔をし、チェレンにボウリングでストライクを決めた人なみのテンションを晒しながらハイタッチを求める。微妙に手がかすって、不発すぎる触れ合いに苦笑した。うそ…私と君、相性悪すぎ…?だろうな。わかる。どう見てもヤンキーくんとメガネちゃんだからな。誰がヤンキーだよ。焼きそばパン買って来いや。

見事正解を引き当ててコロンビアの私は、ニートになったら副業で占い師でもやろうかななんて儲からない事を考えつつ、どことなく騒動のオーラをまとっているようにも見えるチャンピオンに視線を移して腕を組んだ。
本当にしっかりばっちりチェレンの失言は聞こえていたらしく、アデクと名乗った老人はぬかりなく訂正の言葉を投げた。

「ちなみに遊んでいるのではなく旅をしているのだ」

旅、と言ったアデクにますます微妙な気持ちになり、チャンピオンという安定した職業に就きながらまだ何を求める…?と真顔で問いたい心を、私はぐっと抑えた。つーかそれチャンピオン業どうなってんだ。サボりか?織田裕二じゃなくてもずっちぃなー!って言うぜ。せーので一緒に後ろ向くって言ったくせに後ろ向いてない鈴木保奈美くらいずっちーなー!
募るばかりの不信感に、逆にチャンピオンではない可能性が微レ存し始めている私であったが、まぁ本当にチャンピオンだったら名乗らないというもの失礼なので、気乗りしないながらも私は口を開く事を決意する。
が、早名乗り選手権イッシュ地方優勝者のチェレンに、私のようなコミュ障ごときが勝てるはずもなかったため、普通に彼に自己紹介のターンを先越されてしまった。貴様には年功序列から教えていく必要があるらしいな。女子アナを見習え。

「僕はカノコタウン出身のチェレンといいます。トレーナーとしての目的はチャンピオンですけど」
「おお!目的を持って旅する事は素晴らしい!それで、そちらのお嬢さんは?」

アデクに問われて、私は瞬間的に脳天に花を咲かせた。トリビアの泉で言えば、タモリも滅多に押さない、そう、満開である。
観覧車のトラウマが一気に消え去る最高の響きに、先程までのモヤつきはどこへやら、絶好調中畑清も騒ぎ出すような、それはそれは誠に情緒的な代名詞だったのである。

お嬢さんて。何?お嬢さん?私の事?最高すぎかよ。もっと言ってくれ。もっとお嬢さんと呼んでくれよ爺さん。もうなんかイッシュに来てから私をまともにお嬢さん扱いしてくれる人いねぇんだわ、観覧車好きのキモヲタとフラグ立っただけなんです。イケメンなのにキモヲタという新ジャンルがあるなら、私にだってニートだけどお嬢さんっていう肩書きあってもいいでしょう。何ならお嬢さんと呼ばれたいがために本名を名乗らないのもやぶさかではないよ。こじらせすぎだろ。

「私は…ヤマブキシティのレイコと申します」
「ん?ヤマブキ…カントーの?もしやリーグ荒らしのレイコさんか?」

誰がリーグ荒らしだ。何でイッシュにまで悪名轟いてんだよ。
自己紹介に対する切り返しがまさかの見事なディスだった事に、有頂天だった気持ちは一瞬で消沈し、クソジジイに格下げしたチャンピオンへジト目を向けて私は肩を落とした。

誰がリーグ荒らしやねん。道場破りみたいに言うな。もうね、イッシュに来てからろくな噂聞かない。私の噂事実無根なものばっかりなんですけど。いや無根ではないけど。チューリップの球根放っといたら全然知らん花咲いたみたいな感じっすわ。出会って早々失礼な言い草に、ガンをつけて私は舌打ちをした。
違うから。本当に違うから。言いがかりにも程がある。純粋に挑戦者としてポケモンリーグに行っただけなんで。まるで迷惑行為を働いたかのような発言、偶像崇拝ボーイことチェレンの前でやめてもらえますか。こっちはもうあとがないんだから…軽蔑されたくない…美しく聡明なレイコさんとしてチェレンの胸に生き続けたいんだよ…そんな偶像は最初から死んでる。

そりゃあバトル中に四方にカメラを設置して記録取った件については邪魔以外の何者でもなかったかもしれないよ。過去を振り返り、四天王たちの引いた目つきを思い出して、確かに悪名轟いても仕方ないかもと即座に悔い改めた。バトル時間よりカメラ設置時間の方が長かったらそりゃブチギレるわな。もう昔の事なんだから許してくれ。カンナさんの冷たい視線、今でもたまに夢に見ます。

「これは是非イッシュリーグにも来てほしいものだな!手合せ願いたい!」

初手でディスったわりにアデクは好意的な態度だったので、どうやら煙たがられてるわけではない事にホッとし、そして絶対にボコボコにしてやろうと誓った。
お前の純粋にバトルを楽しむ者の目を濁らせてやるからな。チェレンの前で荒らし扱いした罪は重いですよ!この先安定した老後が送れると思うな!保険金目当てに結婚してやったって構わない!お友達から始めてください!

物騒な冗談はさておいて、まぁ実際手合せするかどうかはアデクの手持ち次第といったところである。珍しいポケモン持ってるなら記録に行くけど、ただの虫取り少年だったらちょっとね。予感めいた事を考えている私をよそに、アデクは再びチェレンに向き直り、二人で何やら話し始めたため、結局リーグ荒らしを訂正してもらえずに終わった。
おい。荒らし扱いしたこと謝罪しろや。マジで覚えてろよこいつ。イッシュで出会う男にろくな奴がいない事にやっと気付いて、もうこの地は駄目だと初の海外進出を、全く喜べない私であった。愛国心の育つ旅だったな。

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