「しかし少年、君はチャンピオンになってどうするつもりかね?」

軽率に内心でブチギレながら、もしかしてこのあと年寄りの長話が待っているのではないか、と考えて面倒臭くなっていたところで、アデクはチェレンに問いかける。
いつもなら本当に超絶面倒臭くて聞き流しているのだが、それは私もちょっと気になってた事だったから、静聴の姿勢を取った。

チャンピオンね…。そもそもチャンピオンって…何…?職業?
生まれた時からニート一択の私にとっては、正直チャンピオンの魅力というものがわからない。芸能人みたいなもんだもんな…自分がなれるとは思わないというか…いやなれたけど真の意味でなれないというか…とにかく遠い存在である。
そんなチャンピオンになりたいと強く願うからには、チェレンも何か成し遂げたい事でもあるのだろうか。政治家になって日本を良くしたい、ワールドカップで優勝して日本人の底力を世界に見せつけたい、リンミンメイになって歌というカルチャーの力を届けたい…など、夢には大体理由がある気がする。
茶々も入れずおとなしくしていたら、アデクの問いにチェレンは小首を傾げると、不思議そうに我々を見てきたので、私も反対方向に首を傾げた。まるで感情の無いロボットが人間を理解しようとし、コ…コロ…?とデータにない情報を処理するみたいなリアクションだったから、シンプルに心配になる。そしてその予感は当たってしまうわけだ。

「…強さを求める以外に何かあるのですか?一番強いトレーナー、それがチャンピオンですよね」

さも当然と言わんばかりに、チェレンはそう言い放った。逆説タイプね、と理解し、しかしそれは恐らく、アデクのチャンピオン観とは食い違っているのだろう。私は二人を交互に見て、先帰っていいか?と場違いな自分を嘆いた。私ここにいる意味ある?もうこの街にいたくないんですけど。ライモンだけで話引っ張りすぎだろ。
強い者が必然的にチャンピオンになる、というチェレンの論は、まぁ半分合ってる。私がそうだからな。でも誰しもがなれるわけでもないというのもまた真実だった。走馬灯のように蘇るマント、石、メーテルを頭に浮かべ、皆等しく人格者であった事を思い出し、そして同時に騒動に巻き込んでくれた事も思い出したから、瞬間的に真顔になった。何だったんだあいつらは。暇か。
ひとえにチャンピオンっつっても難しいよな…と私も頭を捻る。それぞれに思い描く形があるだろうし…みんないい人である事には変わりないけど。この爺さんは知らないが。

暇を持て余したJKのように爪を触って突っ立っていれば、アデクは少しの間のあと、諭すような口調でチェレンに語りかける。森本レオには程遠いが、優しげな声色だった。

「強くなる…か。それだけが目的でお前さんは満足するのかね?いやもちろん君の考えを否定しているわけではないが」

腕を組んで語り出すアデクに、チェレンは黙って耳を傾けていた。そんな真面目な光景をよそに、いよいよ長話になる事を察した私は、隠れてこっそりあくびをする。
これも共通項なんだけど大体チャンピオンって奴は一回喋り出すと長いんだよな…ORASのダイゴさんとかマジで話長すぎてラティオスとラティアスの厳選する人がどれだけの苦痛を強いられたか計り知れないよ。
苦い過去を振り返りつつ、まぁチャンピオンにはチャンピオンにしかわからない何かがあるってのも理解はできるので、それ以降はあくびを噛み殺しながら二人の様子を見守った。

強くなった結果としてのチャンピオンか、何か目的があってチャンピオンになるのか。同じチャンピオンでも両者は異なり、どちらも語る資格はない私は、己を嘲笑って目頭を押さえた。
ニートへの通過点としてチャンピオンになるなんて不届きにも程があるわ。マジでカスだぞ。ワタルはトレーナーとして未熟な部分を指摘してくれたし、ダイゴさんはホウエンを守るために奮闘していた。シロナさんは美しいからOKで、人格がゴミな私は彼らのようになれるはずもなく、ただただ後ろめたい。本当にすまない。消してくれていいから殿堂入り記録。リーグの汚点だよ。
こんな不純な動機でチャンピオンになってきた奴に比べたら、チェレンなんか全然立派だね。一番強くなるという動機だけで充分だよ。並々ならぬ努力も必要だし、きっと挫折もある、スランプもある、楽しい事ばかりじゃない、それでも目指すってんだから、たくましい若者だと思う。

でもチャンピオンになるという事は、チャンピオンになってからの事も考えなくちゃならないという事なんだなぁ…としみじみ思って肩をすくめる。
君がチャンピオンに憧れるのと同じように、他にもたくさんいるわけだからそういう人は。そのトレーナー達の気持ちを背負うというのがどういう事か、賢いチェレンにわからないはずがあるまい。話が長かろうが人を導く存在でなくてはならない、それが…チャンピオンだ。完。
いい感じにまとまったところで、アデクのターンに移った。もちろんこっちも1ターンが長いぞ。

「わしはいろんな人にポケモンを好きになってもらう、そのことも大事だと考えるようになってな」

チラっとアデクが私に視線を向けてきたので、思わず体をびくつかせて苦笑を浮かべた。
まさかあくびしてた事に気付かれたか?と焦り、一回だけだから許せよと強気に出ながらも、背筋を伸ばして反省する。確かにいくらダイゴさんの話が長かろうとあくびをした事など一度もございませんでした、イケメンの前でだけ体裁を守ってしまい誠に申し訳ありません。心よりお詫び申し上げます。
脳内謝罪会見を開く私の誠意が伝わったのか、アデクはチェレンに視線を移して、ようやくまとめに入るのだった。

「若者よ。君のように強さを求める者もいれば、ポケモンと一緒にいるだけで満足する者もいる。いろんな人がいるのだ。君とわしの考えるチャンピオン像が違っていても、そういうものだと思ってくれい」

微妙に言い訳っぽかったが、そうだぞ!と私は全面同意し、大御所みたいな顔で大きく頷く。
全くその通りだよな。いろんな人がいる、それぞれに形がある、正解は一つじゃない!だから私を偶像崇拝するのはやめよう!私は私なりに正しいと思う道を進んでいるんだよ。強さを持っているからって所かまわず振りかざしたりはしない…それを求めていない人もいるし、手を貸し過ぎると誰も成長しなくなる可能性だってある…つまり私には自由を謳歌する権利があるって話だ。君と私の考えるレイコ像が違っていてもそういうものだと思ってくれい。
これが言えたら…どんなに楽か…!と世間体を捨てられない私は、血の涙を流しながらチェレンに目を向ける。俺は弱い…君はこんな風にはならないでくれよな。などという私の思いが通じたのか、自分の心象を全く気にしないチェレンはアデクをスルーして踵を返し、そして振り返る事もなく言葉を発した。それも、この先闇落ち回避が見込めないレベルの薄暗い声で。

「…強いのがチャンピオン。それ以外の答えはないよ」

無慈悲に言い放つと、チェレンは小走りでその場から去っていく。後ろ姿を見送りながら、私もあとに続こうと足を踏み出したけど、冷静に考えてチェレンのフォローに回るのは得策ではないと思い至り、不本意ながらもここに残る事を決めた。
無理だわ、思春期の少年への繊細な心配りなど無謀。人徳の欠片もない私は、バイビーボンジュール、ツンデレあたりのクソガキと関わった結果ろくな事になっていないので、同じ轍は踏まぬよう苦汁の決断をする。結果、老人介護をするはめになったため、ぶっちゃけどっちもどっちだなと逃げ場のない状況を嘆くのだった。

「お前さんはどちらでもないな」

隙を見て立ち去ろうと思ったところで、それをさせないのがNPC、もといチャンピオンであった。
普通に話しかけられてしまい、私は肩をびくつかせながら振り返る。またお説教か?と思ったら心底鬱だ。
このじじい、さっきの私とチェレンのバトル見てたんだよな…。圧倒的な力で敵をねじ伏せるカビゴンと、それを横から撮影する私という狂った光景を。よりによってチャンピオンに見られてしまった不運を呪い、愛の説教部屋行きを覚悟した。でもこれが仕事なんです!あなたの知らないクールジャパンがそこにあるのよ!

「この上ない強さを求めているわけでもなければ、ポケモンと一緒にいるだけで満足できる器でもない…」

予想した通りアデクは説教めいた台詞を吐いてきたので、私は不貞腐れながら、やっぱりチェレンを追いかける振りをしてほとぼりが冷めるまで物陰に潜んでいるべきであった…と痛感した。レイコは賢さが1上がった。
どうやらイッシュ人はエスパータイプが多いようだな。私の特に信念も何もない様子を見抜いたらしいアデクに、どう返したらいいかわからず眉を下げる。
それはまぁニートだから…この上ない強さは求めてないし…ポケモンと一緒にいられる事は有り難い事だと思ってるけど、でもニートという野心が一番なんで…やっぱニートじゃなきゃ意味ない。つまりお前の言う通りだ。しかしそれもまた一つの形…じじいと私の考えるトレーナー像が違っていてもそういうものだと思ってくれい。汎用性の高い台詞を復唱したが、今回ばかりはアデクも、多種多様だね、というまとめで終わらせてはくれないようだった。何故。

「トレーナーとして迷いがあるのか」

ポジションが定まらない私の現状を、アデクにあっさり指摘され、私はまた無言で棒立ちだ。こんな時どういう顔したらいいかわからない、綾波の言葉が今なら痛いほどわかる。笑ってんじゃねぇぞ。
ニートにもなれず、トレーナーにもなれぬ哀れな山犬の姫である私は、迷わない方が無理だと自嘲した。加えてカメラマンまがいの事までさせられ、自分が一体何者なのか、もう私にはわからないよ。
ニートも半人前、トレーナー業も…強いは強いがまともにできている気はしない。このままではよくないと漠然と思ってはいるが、それに向き合うのも何だか怖くて、アデクの言う通りかもしれなかった。
ずっと迷ってる。イッシュに来てからずっとだ。

「何故ポケモンに指示を出さない?」
「え?いや…出さなくても勝てるし…」
「君のポケモンは君の指示を待っているように見えたがな」

急に尋ねられ、咄嗟に答えた私は、初対面の相手に謙遜を捨てるという暴挙を働いてしまい、この上なく焦った。すぐにハッとして、いやその…何というか…あれがこうで…と言語になっていない言い訳を重ねる。よりによってチャンピオンに何を言ってるんだと自分を殴った。その天狗鼻へし折った方がいいんじゃないのか。

アデクは別に責めている風ではなかったが、指示を出さなくても勝てるなどというトレーナーの風上にも置けない発言が後ろめたくないはずもなく、自分で自分を追い詰める。
実際、出さなくても勝てるのは本当だ。何をやっても強いからな。ただ攻撃技を叫ぶのが指示じゃないし、そんなに簡単ならトレーナーなんていらないと思う。つまり私は…いらない…?鬱。自らの首を絞め、感情が死んだ。
そうだよ。技名を叫ぶだけなら誰だって出来んだよ。どの技出したって一撃必殺なんだから、わざわざ指示する必要がない。トレーナーとポケモンっていうのは、ポケモンバトルという限られた時間の中でいかにして相手を倒すかを考え、状況を判断し、より良い選択肢を互いに導き出していく、そういう関係を言うのではないんだろうか。
強くなりすぎたポケモン達は、平井堅の歌に出てくる季節のように、僕の心を置き去りにしていく。

「…今さら指示なんて聞いてくれんのかな…」
「自信がないのか?」

不意に出た呟きをアデクに指摘され、私はハッとしながら首を振る。常に天狗の私が何を弱気になっているんだと叱咤し、らしくない自分を秒殺した。
そんなわけあるかよ。バッジ何個持ってると思ってんだ?余裕の三十個越えだぞ。おかげでイッシュ来る時に金属探知機に引っかかったからな、これで言うこと聞かないポケモンいたら全部捨ててやるわ。
心外だな…と髪をかきあげ、虚勢を張る私を優しく見守るアデクから目をそらした。何だかイッシュに来てからざわざわしっ放しで、そんな目で見るなよと目潰しを食らわせたくなる。どうせ老眼、白内障も入ってきてる歳だろ、私が引導を渡してやるよ。

大体自信があるとかないとか何なんだ、それってそんなに大事なことか?これまで上手くやってきているので、今さら揺さぶらないでほしいと願う。
私にだってわかんねぇよ。でもバッジの数だけじゃ計れない事もあるって本当は知ってんだよ。でも考えたくない。だって考えちゃったら、私なんて所詮お飾りのトレーナーなんだとか、私には何も残らないかもしれないとか、そういうのが事実に思えてきて嫌なんだよ。職務経歴無しという現実しか残らない女を想像してみてくれ。非情すぎるだろうが。
どうやらトラウマ観覧車ダブルコースが相当効いているようで、マイナス思考に拍車が掛かり、良くない事ばかりが脳内に渦巻いていく。
もう私なんてダメダメだ…金はないし仕事もないし人望もないし性格も良くないし…いいところなんて容姿と頭くらいしかないよ…充分ポジティブじゃねーの。
そうやって錯乱状態で煮詰まっている私を見兼ねたのか、アデクは慰めるような言葉を掛けてきたので、それなら最初から説教とかしないでくれ…と落ち込み損すぎる事態にたまらず目頭を押さえた。もう帰ってくれ。私も土に還るから。

「心配するな。君の強さは間違いなく君のもの。ポケモンが持つ強さだけではない」
「そんな突然褒められましても…何も出ませんよ」
「いやいや、君はまず自覚を覚えるべきだな。先程の戦い方、勝利への確信はあるはずなのにどこか自信がないように見えた。一体何を恐れている?それほどの実力を持ちながら」

何か急に褒められ出したので、そのうち援助交際でも申し込まれるのではないかという疑惑が浮上し、思わずアデクから距離を取る。こうもいきなりストレートに告げられると不信感しかなかった。
なんだ…爺さん…生涯現役か…?一回何万で私をお買い上げするつもりだっていうの?申し訳ないけど私のストライクゾーンは十歳から五十五歳までですよ。案外広い。
額によってはやぶさかではないと言えるほど私は汚れた主人公ではないので、ホテル街に入らないよう細心の注意を払い、アデクを見据えた。普通にジョセフ・ジョースターなみの精力ありそうだから怖ぇよ。CVも同じだしな。その理屈でいくとオーキド博士も絶倫という事になってしまうが、この件には気付かなかった事にして思考を殺した。

まぁ言うてもね、さっきのバトルはNとの微妙な観覧車体験後、そしてチェレンとのこれまた微妙な観覧車体験のさらにあとの勝負だったからな。精神的に疲れてたってのもあるわけで、決して自信がないわけじゃないと私は思う。そう見えたのは恐らくチェレンに対する遠慮、同情、気遣い、そして憂さ晴らしに使った事への後ろめたさ、この辺りが起因していると思うんだな。本当にすまない。あとでチェレンには誠心誠意土下座をしようと思う。
それに買い被ってもらってるようだけど、私のポケモン達が強いのは本当にポケモンが強いだけだというのは覚えて帰っていただきたいな…。電波とクソガキと観覧車に乗っただけで心が折れる私は所詮弱い女…あなたに慰めてもらう価値すらないから…。止まらない自虐を嘆いていると、またチャンピオン特有の180度話が変わるという妙技を披露され、そのNPCの自由さを、私は少し羨ましく思うのだった。

「時に若者よ。ポケモンの卵を孵した事はあるか」
「…は?ありますけど…なんで?」

急。もう全てが突然。じじいのスピードについて行けない私は、問われるがまま頷くしかなく、そして卵の話なんてされて焦りが募らないはずもなかった。
この強引に話を捻じ曲げる感じ、普通に嫌な予感しかしないんですけど。明らかにフラグ的なものが建築される状況を、私は危惧した。何故なら卵には、押し付けられるものという印象しかないからである。
あれは今から数年前…ウツギ博士に押し付けられたトゲピーの卵を、さらにヒビキ君に押し付けたというポケモンハラハラリレーを展開した事があった。直近だとシロナさんに押し付けられたリオルの卵で地獄を見たから、エッグも十二分にトラウマである。
まぁリオルの卵は別に難なく孵ったんだけど…金銀版から導入されたなつき進化システムが全てを狂わせたな。こちとら夜型ニート、日中にレベルアップなんてそもそも難易度が高いし、本当に懐かなくて心が死んだ。手持ちのルカリオは、今でこそ貴重な人型サイズ要員として重宝されてるけど、まぁそういう逸話があって卵へのトラウマを深める存在であった事をご留意いただきたい。

とりあえず卵を持ち歩けないほど杜撰な管理はしていない旨を主張し、私はアデクに深く頷く。すると相手は納得したように微笑んで、早々に嫌な予感が的中した事を大いに嘆くのであった。

「実は今、ちょっとばかり珍しいポケモンの卵を持っていてな」

相手の台詞に、私のSAN値が一瞬でピンチである。
あれ…私…このパターン知ってるな?

「きっとお前さんの図鑑を埋めるのに役立つだろう」

そう言ったアデクは、どこからか見覚えのある球体を取り出すと、それを私に突き出し、受け取らないわけにはいかない状況を瞬時に作り出してきた。この見事な土台作成、間違いなく一級フラグ建築士であったと言えよう。予感は正しかった…と渋々両手を出し、私は項垂れた。

もしかしなくてもこれは、ポケモンの…たま…卵…かな…?エッグ的な…。そうじゃない可能性もあるけど、そうじゃなくない可能性の方が高いね。
いやどう見ても卵だろこれ。ポケモンの!卵!図鑑を埋めるのに役立つのは一瞬!お荷物は一生!また押し付けられた!と絶望に天を仰いだ。

いらねぇよ!もういいって!こっちはすでに手持ち四体いるんだよ!カビゴン、カイリュー、メタグロス、ルカリオという大食漢の厨ポケ軍団が手に余ってんの!食費どんだけかかるかわかるか?頼むから食の細いポケモンであれよ!じゃなきゃ飼えないって!こいつだってニートの手持ちになるなんてかわいそうでしょ!うるせぇ。

ていうかお前どこに隠し持ってたんだこんなもん。絶対さっと取り出せる代物じゃないだろ。四次元ポケット所持疑惑のアデクを睨んで、私はかわいそうな卵を撫で回した。
まさかそのチェリムのポジフォルムみたいな髪の中に入れていたんじゃないだろうな。黒柳徹子かよ。卵くれるなら飴をくれよトットちゃん。
別に卵が欲しいとも言ってないし、むしろいらないくらいの気持ちであったが、卵を押しつけた張本人は何だか得意気に満面の笑みを浮かべていたので、軽い殺意が湧いた事など言うまでもない。
育て屋の爺さんでさえ卵がいるかいらないか聞いてくるんだぞ。それなのにこのジジイ…選択肢すら出さないなんて…授与不可避じゃん。しかし、仮に選択肢があったとしても、いいえを選んだところではいを選択するまで無限ループし続けるというあの有名なドラクエ方式が待っている事も察している私は、諦めの境地で卵を貰い受ける事を決めた。
リュック圧迫で半泣きの私に、アデクは無邪気に笑いかける。殴りたい、その笑顔。

「初心忘るべからず!それを持って初めてポケモンと触れ合った日を思い出すといい。ではな!」

大声で言い放ったあと、アデクは私の恨み言も聞かずに、さっさと立ち去って行った。その姿、まさに台風の如し。あの18号を彷彿とさせる最強クラスの災害だった。

何だったんだあのじじい。本当にチャンピオンか?ただの卵押し付けおじさんだろ。しかしチャンピオンとはもれなくポケモン押し付け野郎なので、ただ信憑性が増すだけに終わった。絶対チャンピオンだな。もう終わりだよイッシュは。
度重なる老若男との交流に、いい加減ソウルジェムも濁りそうな私は、魔女になってる暇はないので、今後の事を考える。受け取った卵を、腫物でも触るかのように慎重に地面に置いた。

で?どうすんねん、これ。マジでどうすんだよ。絶対いらなかったと思うんだが?
微動だにしない卵は、私を嘲笑うかのように足元で存在感を放ち、ただならぬオーラをぶつけてくる。
本当にどうしよう。まぁ珍しいポケモンって言ってたから…確かに記録の役には立つかもしれないけど…でもちゃんと育てる自信ないな…。懐かないリオルのトラウマが根強い私は、しばし悩んだあと、しかし悩んでももはやどうしようもないので、意を決して卵を抱えた。
もうしょうがねぇ。やろう!アデクの言う通り、初心に戻る事も大切かもしれないしな。何より私自身が、心の奥底で変わりたいと願っているような気がして、その答えをくれるかもしれない卵をしっかりとリュックに詰め込む。本当に不運なのは卵から孵るポケモンだ、だって孵ったら私と一緒に生涯ニートなんだからな。憐れ。悲惨。かわいそうに。恨むならアデクを恨めよ、と言い捨て、何回も溜息をつきながら輝く街、ライモンシティをあとにしたのだった。
この街マジでろくな事なかったな。二度と来ねぇ。

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