途中何度か橋上を飛ぶ鳥ポケモンとぶつかりながらも、私達はホドモエシティに辿り着いた。
何だよあのコアルヒーとかいう鳥。チェレンには全くぶつからないのに私にだけ激突してくるんだけど。何か恨みでもあるのか。そこら中に落ちてるきれいなハネを拾って換金しようとしている事がそんなに気に入らないってんなら換羽なんてするんじゃないよ。換羽を換金、なかなか上手いじゃねーか。笑点なら座布団二枚。持って行かれる方。

髪に絡まる羽根を引っこ抜き、そろそろ日も落ちてきたしお互い解散しましょうか、とチェレンと頷き合ってポケモンセンターに足を踏み入れたその時、他所のセンターに比べてホドモエのポケセンは人で溢れ、かなり混んでいる様子が見受けられたので、私は一瞬圧倒される事となった。この混雑感は地方で開催される300スペースくらいの同人イベントレベル、もしここがビッグサイトだったら整列待ったなし状態だぞと苦言を呈したい気持ちになるのをおさえ、部屋を取るべくカウンターへ向かった。

なんぞやこれ。ポケセンのロビーに人がいっぱいいるなんてそうそう有り得ないんだけど。アニポケの過疎っぷり見てみろよ、サトシ一行しか客いないだろうが。あのレベルが通常だと思っていただけに、私は驚いて周囲を見渡す。
そういえば跳ね橋おりた時…やたら走ってホドモエに行く人達いたよな。もしかして本当に地方同人イベント的なやつでもあるのか?コミケの時は近辺のホテルが制圧されるというあの状況と同じ…?何にしても部屋空いてないと困るんだが…宿の心配をしてしまうくらいにはわりと人が多い。さすがに今日は泊まる場所確保しなきゃなりませんよ、だって嫌だよ私こんな羽根だらけの肉体で野宿するの。風呂入らせてくれ。ネットカフェレベルの風呂でいいから入らせてくれや。

チェレンを引き連れてジョーイさんに、二部屋お願いしますと告げた瞬間から、私の今晩の運命は決まったようなものであった。気まずさの延長の、一線を越えた先の、私とチェレンがもう逆に全然空気が重く感じないレベルの仲になるまで、およそ三秒を切っていた。

「すみません、実は久しぶりに橋がおりた影響でトレーナーの方がたくさんホドモエに入って来られて…今ポケモンセンターは満室なんです」

着いて早々、カウンター越しに発せられたジョーイさんの言葉に、私の脳裏に野宿の二文字が浮かんだ。野草が肌に当たる感触を思い出して身震いし、露骨に嫌な顔をしてしまったあと、真顔に戻して眉間に皺を寄せる。
なん…だと…?
それは、久保帯人のタッチで大コマを使ってしまうくらいの衝撃であった。
満室?満室だって?そんな事あんの?天下のポケモンセンターが満室?一部屋に二段ベッドが二つ、最高四人が泊まれる部屋が満室ですって?そんなわけあるかと憤怒し、目頭を押さえた。
ここに来る前のホドモエマラソン…あれはようやく橋がおりたからここぞとばかりに町に入ろうとする人達のポケセン部屋取り合戦だったのか…擦れ違うランナーに頑張ってくださいなんてのんきに声をかけた自分が憎らしくてたまらねぇわ。頑張ってんじゃねぇよ。ソチ五輪のスキークロスみたいにゴール前で一斉に転んでくれ。

マジで何の意味があって跳ね橋上げっ放しにしてたんだよ、と募る憎悪を何の罪もないジョーイさんに訴えかけたところで踏みとどまった。心の底では因縁をつけたかったが、本当につけたかったが、こっちは生みたての卵抱えてんのに野宿なんかして風邪でも引いたらどう責任取ってくれんだとチンピラみたいな言いがかりをつけたかったけど、でも何とか理性でこらえて唇を噛む。代わりに、この羽根まみれの体で同情させる作戦に出た私は、何とかなりませんか?と心底気の毒そうな顔をしながらお願いした。
見てこの全身羽根だらけの私。キレイな体のチェレン。この差を見て。気の毒すぎるでしょ?私も気の毒だしこんな可愛いチェレン少年を野宿なんてさせようものなら阿部高和にホイホイ食われちまうだろうが。胸が痛まんか?痛むよね。人の心を持っているなら何とかしてください。後生だから。強引な気持ちを瞳に乗せて頼み込むと、ようやくジョーイさんは口を開き、申し訳なさそうに眉を下げた。

「一部屋でしたらご用意できそうなんですけど…」

白衣の天使は私とチェレンを交互に見て苦笑する。あるなら早く言えと一瞬思ったが、ジョーイさんの微妙な表情から私は全てを悟って、効果線をバックにハッと白目を剥いた。

え、何…もしかして私…怪しい感じに見えてる?全身羽根だらけの痴女、つまり援助交際をはたらこうとしている不審者に見えているというのか…?
衝撃の展開に口元を押さえ、ショックのあまり立ったまま気絶しかけても無理はないという話だ。え…最初に満室って言ったのは犯罪を未然に防ぐため…?嘘でしょ私不審…?こんな…え?こんな無害そうな顔をしているのに?若い少年を金で買って愛でるような女に見えているというの?いくら私のストライクゾーンが広いからってそれはないから。寺田心から宍戸錠までいける広さだけど、ここは天下のポケモンセンター…壁の薄い空間でわいせつ行為に及ぶわけないでしょうが。いやポケセンじゃなくてもしないけど!私という戦うボディは全年齢なんで!
心外すぎて逆に開き直ってきた私は、一切の下心を持ち合わせていない仏の顔をし、何なら兄弟ですけど?的な態度で首を振った。

「全然同じ部屋でいいですよ」
「えっ」
「…なに、嫌なの?」
「そ、そうじゃなくて…」

己の体裁を守るべく独断でジョーイさんに返事をしたら、チェレンはあからさまに困った顔をしたので、隣に潜んでいた伏兵の存在に私は威圧の目を向けた。
やめろやお前。お前が嫌そうな顔したらますます私にショタコンの嫌疑がかかるだろうが。ここは嬉しそうな顔で、大丈夫だよお姉ちゃん!って言っておけばいいんだよ。似てない姉弟という設定で通せるんだから!
ますます不安げな表情を作るジョーイさんに苦笑して、私はチェレンの背中を軽く叩いた。

ていうか何で君が困った顔すんだよ。普通困るのは私の立場だからね。子供相手とは言え年頃の女が男と一つ屋根の下…江口洋介も黙っちゃいないよ。私だって一人部屋がいいのを泣く泣く我慢してるんだ。わかる?野宿も嫌、 子供を野に放り出して自分だけふかふかベッドで安眠ってのも大人として駄目、その結果がこの同室よ。最善策だと私は思うね。

これ以上ジョーイさんに疑われる前に、もごもご言ってるチェレンを引っ張って、私は指定された部屋に向かった。あんまりだらだらしてたら通報されちまうからな。部屋に連れ込んでしまえばこっちのもんよ…へへへ…自ら犯罪者に寄せてどうする。
常識人の顔で歩き、どうやら一番奥にあるらしい空室を目指して、リュックを抱え直しながら進んだ。何か背中重いなと思ったらそういや卵持ってたわ。いや別に忘れてたわけじゃないけど、卵を抱えながらの旅ってのは相当しんどいわけですよ。思いの外頑丈とはいえ卵だからな、雑に扱ってると割れやしないかってストレスが極限状態なわけ。今さらアデクに対しての憎しみが湧いてきたが、部屋に着いて卵を安全な場所に放置したらその気持ちもすぐに落ち着く。野宿を免れた実感が、何よりもの平穏であった。

しかしその平穏も、長く続かないのが現実というものである。
電気をつけて部屋を見渡せば、そこは完全に一人部屋であった。

「狭っ!」

狭い。思わず叫んでしまうほどに。
私の実家の自室より圧倒的に狭い。何これ子供部屋?物置?ぽつんと置かれたベッドと風呂とトイレが一つずつ、あとは申し訳程度に電話が置いてあり、これは確かにジョーイさんもためらうだろうなと理解した。
何なんだこの夢小説のために用意されたかのようなシチュエーションは。ベッドが一つしかない、通り雨に振られて彼の家でシャワーを浴びるしかない、雪山で遭難して裸で暖め合うしかない、これがご都合主義三大シチュエーションよ。よく覚えておきな。
三大のうちの一つにまんまと当てはまってしまった己の夢主スキルに、私は項垂れた。おあつらえ向きに角部屋なことも絶望を深めた。
いやでも…別に…いいけど?同部屋だろうとベッドが同じだろうと無問題ですよ。逆に何か問題がありますか?って感じ。チェレンくんは健全純朴な少年…ネットサーフィン中に出てくるエロ広告をクリックした事など一度もないような清らかさを持ち合わせている事は明白…身の危険とは無縁だ。何も問題はない。もちろん私も援助交際を持ちかけたりしないし。当たり前だバカ。囚人生活はニートとは言えねぇんだよ。模範囚として美容師の資格取ったりしねぇわ。
だから何も心配する事はない!と言い聞かせて平静を装う私とは裏腹に、チェレンはあからさまに気まずい顔で目をそらした。正直か。

「…ベッド一つしかないですけど」
「そうだね。一緒に寝るか」
「え?な、そ、そんな事ダメですよ…!」

チェレンくんはキャベツ畑やコウノトリを信じてるから無修正ポルノを見せたら絶望するに違いない…と幽遊白書の樹みたいな事を考える私の予想を裏切り、彼は動揺に加え赤面した。その反応、この世の営みを全て理解しながらも幼い心が汚らわしさを拒否しているようで、思春期に少年から大人に変わる瞬間を私は見せつけられているような気分になった。
イヤ!チェレンきゅんまでマセガキ共と同じような思考回路なんてイヤイヤ!なんて事は言わないが、同じベッド=ふしだらな事と認識している相手に軽々しく、一緒に寝る?なんて言ってしまったのだ。援交の誘いと取られてやしないかハラハラしてしまう。
違うから!確かにこのニート、何の信念もなくトレーナーをやり、ジムやリーグを荒らしてきたクズだけど!でも犯罪行為だけは絶対しないから!清らかだから!筋斗雲にも乗れるから!
信じて!という気持ちで私は尚も冷静さを保ち、別にやましい気持ちはありませんが?的な表情を作る。

「でもベッド結構広いし…」
「そういう問題じゃなくて…レイコさんはベッドが一つしかなかったら平気で男と添い寝するんですか」
「ちょ…、やめてくださいよ誤解を招く言い方は!チェレンと私じゃ間違いが起こりようもないでしょって話!」
「子供扱いしないでください」

どこに引っかかってんだキミは!?自分が一人の男として認識されていない事への憤り!?大人扱いしてもらいたい年頃ってこと!?
ややこしい!唸りながら私は拳を握った。ていうかせっかく無知を装ったのに結局いろいろ言わされちまったじゃねーかよ。やめてくれ。
全く子供のくせに生意気な…と真面目学級委員長に向かって溜息をつく。そうは言ったってベッドが一つしかない事実は変わらないんだし、どうしようもなくね?床で寝んのキミ?私は嫌だよ疲れたから。子供だろうとベッドを譲るのは不可。おとなげないと言われてももう無理だから。筋肉痛は翌々日に来るし、化粧ノリは悪い、風邪は治りにくく、肩こりが取れない、そういう年齢に差し掛かってるわけ。床なんかで寝たら背中バキバキだよ。死ぬわ。
かといってチェレンを床で寝かせるのも大人としてまずいと思うので、ここは何が何でも飲んでもらうしかない。そして早々に休みたいから。卵は重いし様々なストレスがのしかかって限界なんだ。もう男にだらしないと思われても構わん。心外だけども。アジアの純真として今までやってきた私の活躍を見せて差し上げたいわ。ポケモンニートカントー編ジョウト編などをご覧ください。
話し合いはあとにしてとりあえず風呂入ってくるか、と荷物を下ろしながら外を見れば、明るい満月が私達のいる部屋を照らしており、ライモンやヒウンではネオンの輝きで自然光が死滅していたから、不意の風流に私は故郷を懐かしく思う。

なんか…ナチュラルに…帰りたい。疲れすぎて。都会も楽しかったけどやはり実家に勝る安心感はないな…清らかだと思っていたクソガキに絡まれる事もないし。いまだ目くじらを立てているチェレンに肩をすくめ、満月をバックに私は小粋なジョークを飛ばした。

「…チェレン君はメガネを取ったら狼になったりする感じなの?」
「からかわないでくださいよ…!」

とうとう枕を投げつけられ、私は逃げるように風呂場へ駆け込んだ。
ちょっと遊びすぎたな。真面目なメガネっ子とかマニュアル通りすぎるぞチェレン。人間ギャップが大事なんだ。私のようなクソニートが料理上手だったら見直すでしょ?そういう事。まぁ上手ではないですけど。豪快さは平野レミに負けていないが。
しかしまぁ、あれくらいでムキになるようじゃやはりまだ子供だね。グラエナどころかポチエナ、ガーディ、ヨーテリーってやつですよ。子犬も子犬。ニート相手に何を照れてんだか。まぁいいやさっさとシャワー浴びて寝ちまおう。鳥の羽根落としたいし。このところ好き放題言われまくったからな、休ませてくれ心身を。
美人のアララギ博士に始まり、電波王のN、初対面にも関わらず卵を押しつけてきたチャンピオンのアデク。その他諸々。一体どういう事。イッシュ人キャラ濃すぎじゃね?なんでみんな大概襟立ててんの?流行ってんのか?わからん。いまだに全貌がつかめないイッシュは、ひたすらに私を悩ませ続けた。
本当早く帰りたい。帰ってニートになりたい。ここにいると何だかごちゃごちゃ考えてしまいそうで、私はいまだにこの地を、好きになれないでいるのだった…。
とナレーションを決めた翌日には遊びほうけて、しっかりイッシュを満喫しているレイコだった。順応性高い。

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