01.カノコタウン

オッス!オラ、レイコ!ポケモンニートを目指してるんだ!

この世の人たちを魅了してやまない不思議な生き物、ポケモン。そいつらのデータを集めるために、私は遥々イッシュ地方とやらまでやって来ている。
これにはやむを得ない事情があるわけなのだが、まぁ詳しくは序章参照だ。簡単に言うと、見つけたポケモンを図鑑に記録していく事で生涯ニートになれるのである。そういう約束を父とした。完全に本末転倒だが、もう何も考えたくない。無心でニートを目指すぞ。

そういうわけで、私はこの先快適なニート生活を送るために、まずはカノコタウンを訪れていた。ここに住むアララギ博士とやらが、今回父と共同研究をする事になった偉い博士で、その人に改良されたポケモン図鑑をもらうのが最初のミッションである。

ポケモン図鑑…それは見つけたポケモンを自動的に記録していく超ハイテク機械…。しかし、私専用に作られたそのマシンは、ガキ共に持たせる物とは圧倒的にクオリティが違っていた。

動画解像度大幅アップ!過去最長のズーム機能!最大72時間つけっぱなし可!ソーラーパネル搭載につき充電も簡単!なんと今なら三脚付き!お値段たったのプライスレス円!
特注すぎてもはやカメラに近い事など、誰一人として気にしていない。作っている時点でおかしいと思う人間は一人もいなかったのだろうか。もしくはカメラに図鑑機能がおまけとして付いてる事を認めたくないのか。そこには職人のプライドがあるのかもしれない。

図鑑職人の朝は早い。「まぁ好きで始めた仕事ですから」最近はセンサーの感度がよくないと愚痴をこぼした。まず、図鑑音声ガイドの音質の入念なチェックから始まる。「やっぱり一番嬉しいのは研究員からの感謝のお手紙ね、この仕事やっててよかったなと」「地方によって特色が違う。機械ではなく人間の手でなくては作れない」一切の妥協を許さない、プロ意識を感じさせる一コマだ。
もうスティーブ・ジョブズの下で働けよ。

何だか自分の使う図鑑に職人の血と汗と涙が滲んでいるのかと思うと複雑な気分であったが、深く考えないようにして地図を確認し、原付に跨る。

手ぶらが一番という事で徒歩で旅をする人も多いが、私はもっぱらこれね、ハーレーダビッドソン。もちろん嘘だ。
右京さんの相棒は変わっていくけど、私の相棒はどこへ行っても原動機付自転車一筋である。もう随分乗ってるからボロだし、何なら乗る前からボロかったけど、やっぱり原付の旅が一番だと思うわけ。チャリ漕ぐのはしんどいし、何より自動というのがいい。二段階右折はちょっと面倒臭いけど、バイクとなると今度は手入れが大変だから、やっぱ原付くらいがちょうどいいんだよね。動かなくなったら何の感慨もなく捨てれるしな。心を失ったレイコであった。

雑談を交えながら進む私だったが、走れば走るほどどんどん田舎道に入っていくため、そろそろ不信感が芽生えてくる。思わず地図を確認し、しかし何度見てもカノコタウンはこの先を示しているため、嫌な予感に眉をひそめた。

イッシュって…ネットで調べた感じではかなり都会だったんだけど…大丈夫なのかこれ。道合ってる?いや、でも研究所がある町は総じて田舎だったから、今回もそのルールが適用されてる可能性は充分にあるな。
ヤマブキという大都会から遥々やってきたというのに、わざわざド田舎を目指さなくてはならない現状を呪っていると、ようやくカノコタウンと思わしき期待通りの田舎町が見えてきた。とりあえず三軒以上の住居はあるから、マサラよりは格上の相手だけど、コンビニもないし充分な田舎である。

なんか…ディスってるわけじゃないんだけど、どうしてこんなところに住もうと思うんだろうな…。いやディスってるわけじゃなくて、ただ純粋に何故この田舎に住居を構えたんだろうなって思う…別にディスってはいないけど…もうやめろ。

田舎を小馬鹿にせずにはいられない病を抱える私は、そう広くない町で、早々に研究所と思われる建物を見つけた。田舎のいいところはすぐに目的地が見つかるところですよ、と雑フォローを入れ、入り口の前に立ち、看板を確認する。

アララギ研究所って書いてある。間違いなくここだ。
なんか研究所行くの久しぶりだなぁ…と建物を見上げ、できれば二度と行きたくはなかったが、諦めの境地で溜息をつく。

一応身分証明のためにトレーナーカードを用意しておくか。いくら田舎とはいえ天下のポケモン研究所である。きっとセキュリティは万全に違いない。セコムさえかけていないウツギ研究所とは天と地ほどの差がある事でしょう。

しっかりフラグを立てながら服装を正していると、どうやらそんな私を邪魔に思う人がいたらしい。突然後ろから誰かに話しかけられ、どきりと心臓を跳ねさせる事となった。

「あの」
「えっ!」
「すみません、通してもらえますか」

いきなりの事に慌ててドアの前から飛び退けば、振り返った先にいたのは第一村人、カノコタウン在住と思われる子供であった。まさか人がいるとは思わなかったため、テンパって声が裏返る。

び、びっくりした…!閑静とかいうレベルじゃない過疎っぷりだったから、出歩いてる人なんていないと思い込んでたよ…!
私はドアの前から退き、失礼しましたと一礼して、声を掛けてきた子供を見る。

眼鏡っ子だ。聡明そうな顔立ちをした、アホ毛の主張が激しい少年。年は碇シンジくらいかな。真面目ですってオーラが全身から溢れており、私を少し迷惑そうな顔で見上げていた。

ごめんて…不審者じゃないから許してよ…。私だって来たくて来てるわけじゃないんだから…。何だか悲しくなってきたが、泣いてる場合じゃないのでしっかり謝罪はしておいた。

「ごめん、気付かなくて…ところで君はここの関係者?」
「いえ、僕は…アララギ博士に用があって」

すると、バッドニュースのあとにはグッドニュースが訪れるもので、奇しくも同じ目的を持った子供と出会った私は、ここぞとばかりに食いついていった。

「実は私もアララギ博士と約束してるんだよ。ここに来るの初めてで…一緒に行ってもいいかな」

かなり遠慮がちな態度で尋ねると、少年はすぐに頷いてくれた。どうやら近所の子みたいだ。案内しますよ、と気前のいい事を言ってくれたから、やはり田舎の人は優しい…と秒で掌を返す。

ありがてぇ。いくら約束してるとはいえ、私のような不審なニートを研究所に入れてくれるか怪しいところあるからな。銃社会のイッシュである、発砲されないためにも用心に越した事はないね。

中に入った少年に続き、私も緊張しながら足を踏み入れ、厳重なセキュリティに備えた。ガードマンでも何でも来い!と身構えたが、目の前に広がる光景は、人の気配のない玄関と、よくある研究所の内観であった。
冗談でしょ、と薄ら笑いを浮かべている間に、さっきの少年はどんどん奥へ進んでいく。彼を引き止める者はおらず、私はそれを、ピラミッドを背負って進むシュウを見つめるような気持ちで、ただ棒立ちするのみであった。

…え?マジで?ノーガードマン、ノーセキュリティですか?
あいつ普通に入っていったんだけど。すたすた歩いていく少年の背はどんどん遠ざかり、どこからどう見ても完全にノーマークである。信じられない光景は、私の頭を抱えさせるには充分すぎるものであった。

本当もう…勘弁してくれよ田舎の研究所!なんでどこもかしこもザルなんだよ!今度こそはって信じてたのに!先進国らしい姿を見せてくんない!?やはりワールドクラスは違うな…って感じさせてほしかった!
吉田沙保里レベルの警備員がいるって信じていたのに…。窓口さえない有様を嘆き、所詮田舎は田舎、世界だろうと関係なかったんだと結論付け、勝手にハードルを上げて勝手にがっかりする私は、肩を落としながら少年のあとを追った。

研究所訪問もこれで五度目…オーキド研究所に始まり、ウツギ、オダマキ、ナナカマドと経てきたけれど、大体このアララギ研究所と同じような規模だったな…セキュリティの概念が存在しない解放された施設…それが私の見てきたポケモン研究所だ。という事はつまりそれが普通ってこと…?そんなわけねぇだろ。ISMS取れ。

非常識な世界を嘆いたが、しかしこうやって近所の子供がフラットに足を踏み入れるくらいなので、アララギ博士も子供に慕われるタイプの優しい博士なのかもしれず、その可能性だけが私の救いとなった。
ほぼ変人だったけど、どの博士も普通にいい人だったからな…アララギ博士もそうだと嬉しいよ。まぁ欲を言えば…ちょっと無精髭とか生やしてて、Yシャツの一番上のボタンとか外してて、どことなく高橋大輔みたいな髪型をしたイケメンの博士がいいかもしんない。ウッ…カロス…地方…?今のヴィジョンは…一体…?

茶番を展開しながら、まだ見ぬアララギを目指し、研究所内をうろついていく。
私は面識ないし何一つ情報を入れてないけど、父とは知り合いみたいだ。そりゃ見知らぬ相手と共同研究なんてしねーわな。まぁあの碇ゲンドウみたいな父と共同で研究する気になるくらいだから、きっと心の広い博士だとは思うよ。そうじゃなかったらただの奇人なので、この博士ガチャは何としても勝ちたいところだ。

星5…星5…と祈った瞬間、ついに目標を確認した。そして、その意外な展開に、思わず目を見開いてしまう。
少年が、アララギ博士、と声をかけると、近くで資料を片していた爽やかな女性がこちらを振り返る。それはそれはシャンプーのCMのように、見事な見返り美人仕草であった。

なんだ。もしかしてアララギ博士って。アララギ博士って…!

「あら、チェレン。どうしたの?」

アララギ博士って、女の博士だったのか!

  / back / top