かつてない展開は、私に衝撃をもたらした。しかし同時に確信する。
これは…星5!と。

少年に向かって優しげに微笑む博士の姿に、私はちょっとどころかかなり露骨にテンションが上がってしまい、インターネットオフパコマンだったら性欲が抑えられなかったかもしれないと思うほど、それはそれは美しいキャリアウーマンであった。
リアルでオゥフ…と奇声を発してしまった私は、慌てて口元を押さえる。まさか女性研究者とは思ってもみなかったので、しばらく呆気に取られながら目の前にいる女史を、上から下まで容赦なく凝視した。

膝上のスカート、年齢を感じさせない生足、長い白衣に身を包んだ体はスレンダーで、髪型はちょっと黒柳徹子を彷彿とさせるところはあるが、大変綺麗で優しそうな大人の女性であった。間違っても八九寺真宵にセクハラしたりする感じではない。
これまでのおっさんハーレムから一転、ポケモン界初の思い切ったゲーフリの決断により、アララギ博士は美しい女性研究者という設定が与えられたのであった。おとなのじじょうってすげー!

さすが先進国イッシュ…働く女性への支援も手厚いんだろうよ。それに比べて日本は…女性というだけで合格圏内の人間を落とす大学もあるんだから本当にクソだな。父も私をニートにしてくれないしマジでクソ。働かない自分がクソである事は棚に上げ、しばらく博士に見とれてしまった。
そんな私をよそに、少年とアララギ博士はご近所トークを始めていて、完全スルーされている事に特に疑問も抱かず、ぼんやりと二人の話を聞いていた。主人公は無視されることに慣れているのであった。

「博士のチラーミィがうちの庭に迷い込んでるんですけど…」
「あら、ごめんなさい。ちょっと外で遊ばせてたんだけど…そっちに行ってたのね」

二人の微笑ましいド田舎会話を聞いて、私はようやく挨拶せねばという気持ちに至った。
ぼーっとしてる場合かよ。待機すんな。そんなだから最近の主人公はたるんでるって言われるんだよ。新しい時代、令和に相応しい人間になるべく、私は主張していくね。俺がガンダムだ!トランザム!

「それからこの人が博士に…」

レイコ・F・セイエイしていたら、私が挨拶するより先に少年…チェレンくんと言っただろうか、彼が博士に紹介をしてくれたので、いかに自分が駄目な大人であるかを痛感する。コミュ障もいい加減にしろ。
案内してくれただけでなく、ニートの世話までしてくれて本当に良くできたお子さんだと思う…迷惑かけてすまない…私が上様だったら一目で側室にしてるに違いないわ。
感心している場合じゃないので、私も一礼をし、苦笑に近い笑顔を作った。

「初めまして…アララギ博士。カントーから来ました、レイコといいます」
「ああ!あなたが!」

すると、簡素な挨拶だったにも関わらず、アララギ博士は顔を明るくして私の元へ飛んできた。痛いほどの握手を交わされ、私はさっきから苦笑が顔に張り付きっぱなしである。

うわ握力っょぃ。もしや美女の皮を被ったゴリラかと疑いを抱きつつも、特に身分を証明するものを見せてもいないのにすぐ本人だと信用されるパターンに、さらに不信感を抱いて、離した手を緩く擦った。

何でいつも博士すぐ信用してしまうん?まだ名乗ってしかいないんだが。もし私が身元を騙って図鑑を悪用しようとしてる極悪人だったらどうすんの?いかに平和なポケモン界といえど、研究所に忍び込んで御三家のうち一匹を盗むクソガキだっているんですからね。
特定の誰かさんをディスりながら、警備体制を見直した方がいいとマジに思い、博士と目線を合わせた。

「お父様とオーキド博士から聞いています。ようこそイッシュへ!歓迎するわ。来てくれてありがとう」

セキュリティの事しか考えていない私であったが、美人の博士に本当に嬉しそうに言われてしまうと、まんざらでもなくなってきた。もはや警備の事など頭から消え、セコムとかどうでもいいなと掌を返す。お約束の世界だからその辺は別に大丈夫だったわ。俺たちのゲーフリを信じろ。
盛大な歓迎に照れながらも、冷静に考えると不安な気持ちにもなってきて、私は背中に冷や汗をかいた。

え、待ってよ。なんかすごい嬉しそうな反応をされてるけど…大丈夫かな…。まるでもう駄目だと思ってたところに悟空が来てくれたってくらい有り難がってる感じのリアクションなんだが…オーキド博士もうちの親父も、私のこと一体なんて紹介したの?助っ人外国人?過大評価気味に言ってないでしょうね。
各地のリーグで優勝し、旅した地方の図鑑は全て集め切るという、ポケモン勝負にも記録にも長けた最強天才ニートが私の真実の姿だからそんな期待されても…大丈夫だったわ。大丈夫すぎるだろ。自分が有能すぎてびっくりしたじゃねーか。

まぁニートってところは絶対に知られたくないからそんな恥ずかしいところまで赤裸々に紹介していませんように…と祈りつつ、上品に会釈をしてきた博士につられて、私も深く礼を交わす。
社会経験ゼロではあるが、お辞儀の角度だけは自信に満ちた直角90度だ。何か不祥事があった時も、この世界一キレイなお辞儀を見たら誰もが許す気になるだろうって感じの。一生役立たねぇよ。
自信過剰に頭を下げながら脇を見ると、先程私がストーキング、いや後について行かせてもらっていた少年と視線がばっちり重なり合ったので、思わず素早く姿勢を正した。何だかじっと見られており、緊張感が舞い戻る。

なんだ、どないした工藤。俺の顔に和葉でもついてんのか?
少年の視線が気になりつつも、どういう感じで話しかけるのが正解なのかコミュ障の私にはわからなかったため、不思議な見つめ合いを続けていれば、気を利かせた博士がチェレンに声をかけてくれた。

「レイコさんはポケモン勝負も強いのよね。何回もリーグ優勝してるんですって。結構有名な人よ」
「いや私なんてそんな大した者では…」
「もしかして…各地のジムやリーグを出禁になってるっていう、あの…?」

誰が出禁だよ。そんな本当の事を言うんじゃない。ていうかもう解けたし!
何でよりによってそんな噂知ってんだ!と顔を歪めたら、チェレン氏はさらに続ける。

「聞いた話なんですが、いろんな地方のポケモンリーグを制覇して回ってるトレーナーがいるらしくて」
「あら」
「その人はカントー出身の女性らしいんですけど、トレーナーとして充分な実力を持ちながらも決してチャンピオンの地位にはおさまらず、各地をふらふらしてるという…謎の存在として2ちゃんでは専スレもあるんです」

2ちゃんかよ。そんなもん見るな教育に悪い。
黙って目を細めていれば、意味ありげに博士とチェレンの目が一斉に私に集まってくる。まさか…?という顔をされたが、そんな奴他にいたら見てみたいので、もちろん私の事であった。

いや私だよ。私じゃなかったら誰なんだよ逆に。何だかいいように伝わってる感じが恐ろしかったが、チェレンの言う通り、その専スレ持ちの伝説のトレーナーは私で間違いないだろう。ただ実際は、そんな強者を求めて世界を股に掛けてるような話ではない。

確かに、リーグ制覇も出禁もあったけど…別にトレーナーとして大きな志を持ってリーグに挑んだとか、そういう熱い展開じゃないから。
正確にはチャンピオンロードのポケモンを記録するために、まず立ち入り条件であるジムバッジを全て集め、それで今度は四天王やチャンピオンのポケモンを記録するためにリーグに挑んだら、運よく勝ち続けてしまったっていう、完全に記録以外の目的がない不純な動機で4つの大陸を股にかけ、今日までやってきたというわけよ。

記録のためなら、私はあらゆる努力を惜しまなかった。
ある時は四方にカメラを設置し、ある時はワイヤーを使って天井からカメラを回し、またある時は迫力ある画を撮るために自らの足を使って至近距離で撮影したりと、明らかな迷惑行為を続けてきたので、そりゃ出禁にもなるわなって話だ。正直すまんかった。しかしこれもニートになるため…誰に何と言われようと、私は戦い続けなくてはならない。どれだけ迷惑がられようともな。シンプルに人としてやばいよもう。

ジムもリーグも努力値振りも、全部ニートのためにやってきたわけだが、そんな事情を知りもしない二人は、私を見てえらく感心したように称賛の拍手を送る。

やめて、お願いだから。そんなに期待値上げられたらなんか真実を知られてしまった時に、伝説の勇者探しに塔まで登ったら現れたのはメルビンとかいう爺さんだった…みたいなガッカリ感得られてしまうだろうが。やめろ。メルビンだって本当はすごい戦士なんだから…アイラが入ったらお留守番になったとしてもすごいんだから…。つらくなってきたな。

「すごいのねレイコさん…いいのかしら、研究なんか手伝ってもらっちゃって…」
「いいんです…研究だって世間に貢献できる立派な仕事ですから…させてください」

申し訳なさそうな博士へ心にもない事を言って、私は首を振った。
社会貢献とか四番目くらいに嫌いな言葉だけど、ニートのためですとも言えないので、平然と嘘をついてごまかした。大人には小狡い気持ちも大事なのだった。

博士は研究さえはかどれば妙な干渉もしてこないだろうから別にいいとして、問題はこのチェレン少年である。
出会ったばかりの私を見て、早々に専スレトレーナーであると気付いたその直観力と洞察力…侮れない。うかうかしてるとニートだってバレちまうぞ。そんな恥ずかしい事バレるわけにいかないよ。いまだにガン見されているが気付かない振りをし、苦笑を貼り付ける。

私の出禁事情まで知っているという事は、相当なバトルマニア、もしくはオタクである可能性が非常に高い。
噂で聞いた強くて美しいカントーのトレーナー…どんな人なのかな、優しい人かな、その気持ちは次第に憧れに変わっていき…みたいな展開あるかもしれないじゃん。田舎町に舞い降りた私という可憐な美女に心奪われないとも限らないじゃん。自意識過剰も限界を突破しながら、私は苦悩する。

そんないたいけな少年の夢をさぁ…奪っていいと思うか?ニートだってバレるという事は、好きなアイドルが実は結婚してたくらいの衝撃なんだからね。一瞬で手の平返されるだろうが。守りたい、大人の威厳。

一向に目を合わせようとしない私に痺れを切らしたのか、ついにチェレンは正面に回り、チャームポイントのアホ毛を目の前で揺らしながらこちらを見る。真面目草食系男子かと思いきや、結構積極的な姿に面食らった。でもその人柄ゆえ肉食系だと認識されず、チェレン君とはずっとお友達でいたいな…とか好きな子に言われて儚く恋が散る、そういうタイプだろう。
強く生きろよ…と余計なお世話を展開する私へ、彼は尋ねた。

「もしかして、イッシュリーグにも挑戦を?」
「え?まぁ…未定だけど…そうなるかな…」

未来予想図Uを描いているとチェレンにそう聞かれ、たまらず苦笑する。俺達の旅はまだ始まったばかりだ!って時にもうリーグの話なの?と思ったが、人の未来予想図は勝手に描いていたのでお互い様だった。すまん。

まぁどうせ行く事になるだろ、と憂鬱な気分になっていたけれど、正直こんなだらだら世間話をしている暇があったらさっさと出発したいので、私はいつ博士に、図鑑くれ!と言い出そうかタイミングを計っていた。
ニートになるため一分一秒も無駄にしたくないというのが一番の理由だが、今はこのチェレン少年から逃れたい気持ちがトップである。

見てよこの眼差し。私が出禁喰らうほどの実力だと知るや否や、途端に目の色変わりましたよ。太陽拳なみの眩しすぎる眼光に、さすがの私の図太い神経も痛みを訴えるというものである。

やめて、そんな目で見るのは。きっとたくさん努力して各地を旅して幾度となく戦ってきて強さを追い求めてついにイッシュまでやってきたすごい人なのねって感じの。長年連れ添ったパートナーと死別してそいつのためにも世界一の強さを手に入れるべく今日も戦い続けるって感じの。たとえ強さの先に何も残らないとしても…って感じの。そういう目で見るのやめてよ。その視線は人生真っ当に生きてる人に向けるべきであって、私のような、私のような…に、に、に…ニー…。

言えねぇ。ニートだなんて言えねぇよ。彼らには一生黙っとこう。
どうするの、アララギ博士が私の事を無償で図鑑集めてくれるボランティア精神に満ちた人だなんて思ってたら。真実を知ったとき倒れるかもしんないじゃん。私の神聖な研究がニートの踏み台として使われていたなんて…それ以来、アララギ博士は二度とその目に光を宿す事はなかった…BAD ENDってなっちゃうかもしれないじゃん。

ポケモンに相応しくない結末を迎えないためにも、早く二人から遠ざかりたい私は、チェレンのまばゆい視線をそれとなく回避しつつ、お開きの方向へ持っていくための適当な言葉を吐く。

「…君もトレーナーなの?」
「はい。いや…正確にはこれからですけど…」
「そうなんだ…旅に出ればわかる事だけどね、あちこち行ってるうちに自然と強くなっていくもんだよ。だから別に…私もそんなにすごくないから…」

高田純次なみに適当な発言でも、チェレンは真面目に聞いていた。心苦しい限りだったが、あながち間違いではないと思うので、そのまま流しておく。
サトシ君も旅に出てからスーパーマサラ人としての頭角を現し始めただろ?そういうもんだよ。強くなりたいなら旅が一番だと思うな。まぁ私のカビゴンは何故か元々強かったが。説得力/Zero。

先人の助言をチェレンに言い聞かせたあと、何やかんやと適当にごまかして、私は迅速に図鑑を受け取る事に成功した。
職人が朝早くから手作業で作った図鑑は、ついにスライド式にまで進化している。完全に携帯電話です、今すぐアップル社の面接を受けなさい。

これを図鑑と言い張る勇気が逆にすげぇよ…と引きながら、いつまでも研究所にいるとさらに絡まれかねないので、二人に別れを告げ、私は足早に去っていった。幸いにも追っては来なかったから、ホッと息をついて原付に跨る。

なんか…気を付けよう、あのチェレンくんには。すごいトレーナーだと思われてるのかな…いや実際すごいトレーナーだけども、実態はニートだからな…バレた時の半端ないがっかり感を体験させないためにも、ちゃんと隠し通さなくては。
誓いを立てながら、果てなく続く田舎道を見て、私はエンジンを回した。

では…行くか。この先イッシュで出会う未知なるポケモン達が、私のニートロードを飾る…きっとそうなる事でしょう。それはもう華やかに。ファンファーレとかを鳴らして。陸上自衛隊中央音楽隊の演奏が響く中を走り抜いた私がサングラスを投げ飛ばしつつゴールテープを切る、そんな未来が見えるよ。
この旅で最後にしような。いや何としても最後にしたい。ここが俺達のザナルカンド、終焉の地。そして夢のニート生活を我が手に!布団から出ない生活をこの手に!勝利の栄光を君に!ジーク・ジオン!ジーク・ジオン!

ニートへの大きな夢と、ハイテク機能搭載のポケモン図鑑を手に、私はイッシュの田舎、カノコタウンから旅立ったのであった。何だか前途多難っぽいけど。

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