ぬれぎぬ[濡れ衣]
@ 濡れた衣服
A 身に覚えのない罪

これは私達が、濡れ衣Aを着せられる数分前の出来事である。

「そういやゲーチスってなんだったっけ」

オッス!オラ、ニート。ポケモンマスターは目指してないんだ。
いろいろありつつも無事ホドモエシティに辿り着き、チェレンと健全な一夜を過ごした私は、特に何のフラグを立たせる事もなく順当に朝を迎えていた。後ろめたい事など何もないのに、帰り際のジョーイさんの不審そうな目がとても痛かった、そんな思い出を抱えながら新しい街へ出発だよね。もう二度と行けないあのポケモンセンター。

今度こそチェレンとお別れしようと口を開いた時、不意に、本当に不意にある事を思い出し、私はその場に踏みとどまる。そう、それはゲーチスの事であった。
ゲーチス…これはNと観覧車に乗った時に言われた単語なんだけど…まぁおそらく人名でしょうね。誰だっけ…会った事あるかな?若アルツを疑う記憶力なので自分の全てが信用できない中、優等生のチェレンはすぐに答えてくれた。有能。

「あれですよ、カラクサタウンで演説してた奴」
「あー…あの宗教っぽい奴…やっぱプラズマ団なのか…」

顔とかは全くわからないが、何となく思い出したので私は頷いた。解放がどうとか言ってた野郎か。遠目からでも巨人である事がわかるほど背が高かったのは微妙に覚えてるわ。さすが欧米人はでかい。チェレンがあんな風になったら泣くかもしれん。そのままの君でいて。
何かどうせ偉そうな奴なんでしょ?幹部的な?何にしても会いたくはない。こういうパターンはよくあるやつだから…何とか団には必ず幹部がいて、ボスと戦う前にそいつらを蹴散らさなきゃならない、それが最近のポケモンのお約束よ。でも今回ばかりはゲーフリの思い通りになんてならないから!誰ともフラグを立てず、人混みを避け、極力関わらないように、そして話題に出さないようにするんだよ!
この誓いがすでにフラグである事に気付かないまま、私はチェレンとの世間話を軽く流した。

「ゲーチスが何か?」
「いやちょっと思い出せなかっただけ。ありがとう」

チェレンに突っ込まれたのでそう答えたが、まぁ半分以上は嘘だ。何なら全て嘘だ。思い出せなかったっていうかNと観覧車に乗らなきゃ記憶から完全に消されてただろうよ。情弱の私は適当に流し、今度こそお別れを言おうと手を挙げたところで、何やら威圧感のある人物が近付いてきた事により、再び別れを中断させられるのだった。

重たい足音が聞こえた方を、私たちは同時に振り返る。するとそこには、テンガロンハットを被ったいかついおっさんが立っていて、一瞬保安官かと思ってしまった私は、援助交際じゃないです!と叫びかけてしまった。
なに。誰。まさかジョーイさんが通報したんじゃないだろうな。姉弟を装った怪しい男女が一つのベッドで…と勇気ある告発をしたのではと焦り、濡れ衣だよ!と心の中で訴えた。
しかし、我々が着せられるのは援交の濡れ衣ではなく、もっと理不尽なものである事を、この時はまだ知らない。

「お前らか。カミツレの話していたトレーナーは」

いきなり話しかけられ、私はチェレンと目を合わせる。いやまずお前が誰だよ。名を名乗れよ。
どうやらジョーイさんの通報で駆け付けた保安官でない事は察し、その点は安堵した。しかし何とも威圧的な態度は我々を恐縮させ、そしてカミツレさんの名を出された事により、一層混乱は増す。
なんでカミツレさんだ?カミツレさんって言ったら…ライモンのジムリーダーできれいな姉ちゃんだったけど…おっさん知り合いなの?まさかランバ・ラルとクラウレ・ハモンみたいな関係じゃないよな…と謎の勘繰りをするゲスな私に、おっさんは早々に解を提示する。

「ワシがこの町のジムリーダー、ヤーコンだ。歓迎なんかしないぞ。何しろ橋をおろしたせいで捕まえていたプラズマ団が町中に逃げてしまったからな」

ジムリーダーかよ!どうりでキャラデザがあると思った!
絶対子供泣くだろこの威圧感。CERO:Aとは思えない無愛想なおっさんを上から下まで凝視し、私は顔を歪めて棒立ちする。ヤーコンと名乗ったその人は、怒っているのか通常運転なのかわからない表情で私たちを睨むと、偉そうに腕を組んだ。
そっか、この街にもジムあんのか。何だろうな…見た感じだと岩…格闘…地面あたりを使いそうなキャラデザだが…。メタ発言もそこそこにし、何やらいきなり意味の分からない事を言われたので、私は首を傾げる。

ていうか歓迎しないってどういう事だよ。しろや。ジムに挑戦する未来ある若者を笑顔で出迎えろよ。あんたに挑むために遥々来たかもしれないでしょ!まぁ特にそういうわけでもないですけど!じゃあどうでもいいじゃねーか。
そんな事より気になる文言があったので、いつまでもふざけていられない。また名前を聞く事になってしまった某組織に、私はいよいよ怒りの炎がオーバーヒートである。

出たよ、プラズマ団。ここでも何かあんのか?
完全にNの生き霊に憑りつかれている私は、露骨に肩を落として溜息をついた。
祓いてぇ。一番いい霊媒師を頼む。なんでまたプラズマ団が出てくるんだよと歯ぎしりをし、ヤーコンの言葉を思い返した。
それで…なに。橋をおろしたせいで捕まえていたプラズマ団が町中に逃げた?
だから?って感じなんだが。だから?なに?

ここで私はようやく、どうしてホドモエの跳ね橋が上がっていたのかを理解して、ああ…と納得の声を上げる。
そうか、何らかの罪で捕まえていたプラズマ団が街から逃走しないように、道を絶っていたのか。でもカミツレさんが私たちのために橋を下ろすよう頼み込み、渋々作業してる隙にプラズマは散り散りになったと。
状況を把握し、それは災難だったな、と同情する傍らで、私は真顔を作る。

いやどう考えても言いがかりじゃねーか。私たちのせいじゃなくない?みすみす逃がしたのお前だろ。めちゃくちゃなおっさんにガンをつけ、しかし顔面威圧力の差で敗退した私は、叱られた犬のように顔を下げる。生まれた時から負けてたな。
わざわざそんな恨み言を言いに出迎えてくれたのか?と律儀なヤーコンに呆れつつ、今回は珍しくチェレンも同意見だったようで、彼は強面にもジムリーダーという地位にも臆する事なく向かっていった。

「…メンドーだな。橋をおろしてくれた事は感謝してますけど、それとこれとは無関係ですよね?」

そうだそうだ!と私はチェレンの横で野次を飛ばした。
大体橋を上げっ放しにしとくなんて迷惑千万だろ!ポケセンは混むし、ライモンから来たランナー達は、やっと街に行けるよって心底安堵してましたよ。みんなそれぞれ予定があるんだから勝手な事はやめてくれ。そんなに逃げられたくないなら足でも切っときな。全年齢のゲームで言っていい発言じゃない。
まぁそれもこれもプラズマ団のせいなので、奴らへの憎しみは倍増するばかりである。抗議する我々をヤーコンは鼻で笑うと、チンピラより無茶苦茶な因縁と要求を突き付けたのだった。

「何とでも言え。大事なのはお前達が来た、そしてプラズマ団が町中に逃げていったという事だ。自分でも強引だとは思うがお前らもプラズマ団を探せ。凄腕のトレーナーなんだろ?」

まぁね、と頷いた私をチェレンが軽く小突いた。ごめんて。嘘がつけない正直者なんだよ。
ニートを隠している事を棚に上げ、何故私たちがそんな怠い事を…と苦言を呈せば、ヤーコンは自身がジムリーダーである事を逆手に取り、姑息な条件を提示する。

「そうだな…プラズマ団を見つけ出したらジムで挑戦を受けてやるぞ!人生はギブアンドテイク!」

圧倒的にこちらのギブが多い事を指摘する前に、言うだけ言ってヤーコンは走り去った。恰幅の良さのわりに機敏だったので、当然運動不足ニートが追いつけるはずもなく、後ろ姿に向かって中指を立てるだけに終わった。ガラが悪い。
またしてもプラズマ絡みの騒動に巻き込まれた憤りで、私は地面を思いっきり蹴り、憂さを晴らす他ない。

あのクソオヤジ…なんて卑劣なんだ!私は心で吠えた。血の涙を流しながら。
テイクが安すぎるだろ!割に合ってねぇ!プラズマ探しに数時間でしょ、かたやジム戦は数分…ブラック企業にも程があるじゃねーか。時給出してくれるってんならやぶさかではないが。働き方改革に熱心な私は、横暴なヤーコンに舌打ちをし、ホドモエの街を見渡す。

この広い街を…冗談きついぜ…。どうやらやるしかないみたいなので、私はチェレンに視線を移し、やっぱこいつが騒動を呼び込んでいるのでは…?とアホ毛を見つめた。助かっている部分も多々あるが…こっちのギブアンドテイクもなかなかシビアだと私は思うぞ。

「…どうする?」
「やるしかないですね…まぁメンドーな連中を倒しつつ強くなれるし」
「じゃあ手分けして探すか…何かあったら連絡してくれ」

正直、プラズマ団とかいう危ない連中を相手に、チェレンのようないたいけな少年を一人で当たらせるのは心が痛んだが、ヤーコンのおっさんもすでに手を回していると思うので、ここは時短でいく事に決めた。私は原付に跨り、あの奇抜なファッションを血眼になって探していく。
こうなったら秒で見つけてやる。そして逃げられないように足を切る、なんて事はせずに、全員縛りつけて見世物にしてやるからな。発想が誰よりも悪人な私は、制限速度を華麗に無視し、ホドモエの街を駆け抜けるのだった。良い子も悪い子もマネすんなよ。

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