「…どう?見つかった?」
「いえ…あと探してないのはここだけなんですけど…まさかこの中にプラズマ団いないよな…」

チェレンと合流した私は、捜索状況を尋ねながら目の前にある建物を見上げる。
ひとまず原付で走り回ったあと、空から探した方が手っ取り早い事に気付き、しばらくカイリューに乗って空中を旋回していたのだが、どこをどう見てもあの目立つ衣装はなく、恐らく屋内に潜んでいるのだろうと結論付けたところで、彼と鉢合わせたのだ。
チェレンは室内捜索を請け負ってくれたみたいなので、しらみ潰しに探していたら最後にここに辿り着いたという。その辿り着いた場所、街の南に鎮座するコンテナを見て、我々は目を細めている。チェレンなんかいつになく不服そうだ。無理もない、何故ならこのコンテナには、コールド、と書いてあるのだから。
つまり、冷凍コンテナ。サスペンスなどで閉じ込められがちなあれである。

しばし二人で悩み、ドアに触れただけでその寒さが伝わってきたから、もう心が折れそうだ。
そりゃ私だってね、こんなところにいるとは思いたくないですよ。寒いし冷たいし最悪死ぬからな。でも私と君が同時にここに辿り着いたという事は、もうここしか有り得ないって話なんですよ。絶望的な状況には、つい深い溜息が漏れる。
どうする…行くか?チェレン…先に行かんか?大人として底辺な私は、チェレンに先陣を切らせようと視線を送った。
いや…だってマジに嫌なので…絶対寒いし…死ぬやん。これどれくらい滞在して大丈夫なんだ?そんなに長くいられないですよね?
まぁそう広い建物じゃないから大丈夫とは思うけど…と、立ち往生する私だったが、いつまで経ってもチェレンが乗り込んでいかないので、さすがに激しい疑問を抱いた。
珍しいな、チェレン。お前こういう時は率先して行くタイプじゃなかったか?優等生な風貌に似合わずわりと向こう見ずな彼を私は普段警戒しているのだが、今回は別の意味で心配になる。
すると、決意の溜息を漏らしたチェレンはドアに手をかけ、かなり嫌そうな声で真相を呟いた。

「…寒いのは苦手なのに調べないといけないのか…ちょっとメンドーだな…」

なんだ、寒がりなのかお前。わりと見た目通りだな。
眼鏡っ子らしいもやし感を出され、私はチェレンの年相応なところを見た気がし、こんな状況でも微笑ましくなってしまう。
しょうがねぇな…ここは健康優良児、馬鹿は風邪引かないでお馴染みのこのレイコが先陣を切ってやろうじゃねーの。放っといてくれ。
めちゃくちゃ嫌そうなチェレンの肩をそっと押して、私は彼に代わって戸を掴んだ。そして意を決し、重い扉を開けた瞬間、全身を直撃した冷気によって、私は絶叫を余儀なくされる。

「さっむ!」

外気とのあまりの温度差に、私は憤りと衝撃を声に乗せた。
は!?マジなの!?いくら何でも寒すぎないか!?私はコンテナに設置してある温度計を見て、マイナス20度の表示に卒倒しそうになる。
確かに一般家庭の冷凍庫もマイナス18度以下だから同じくらいではあるが…それでも中に入るとこんな違うのかと震え、体から熱が奪われていくのを感じた。
これはやばい。長居すると危険だぞ…相手は非道なプラズマ団、体の自由が利かなくなれば何をされるかわからない…やはりやられる前に足を切らなくては…と物騒すぎる夢主と化した私は、時間との勝負!と覚悟を決め、チェレンの手を掴んだ。

「え?」
「走って探すぞ」
「ええ?」

混乱しているチェレンを引っ張り、私は冷気の中を走り抜けた。寒い寒い!と叫んで気を紛らわせながら、しかし一向に紛れない寒さを嘆き、それでも走り続ける。本当にこんなところにいるのかと疑わしいほど、そこはとてつもない地獄であった。
マジでここに隠れてたら絶対頭おかしいだろ。まぁ頭おかしいところに隠れないと見つかってしまうという理屈はわかるが、でも普通に死ぬぜ?ごく自然に凍死。私だったらおとなしく投降するね。走っても走っても体は温まらないどころか、吸い込んだ空気が肺を冷やして息苦しいレベルだ。長時間隠れてるなんてありえない。絶対無理。
繋いだチェレンの手はまだ温かいが、いつ凍りつくかもわからないので、寒がりな彼のためにも急いで見つけなくてはならない。例えそれが、人間だったもの、と成り果てていたとしても…。縁起でもねぇ。

そして最悪の事態を想定する私の目に、それはついに飛び込んできた。駆け抜けながら荷物の隙間でうずくまる何かを発見して、慌てて足を止める。

「チェレン!ストップ!」

声を張り上げ、急ブレーキをかけた。その反動で危うくチェレンと衝突しそうになるも、華麗なるターンで回避する。この時の私はまるで氷上の妖精であったと後世に伝えられる事となる。もちろん嘘だが。
嫌な予感に、チェレンとしっかり手を取り合いながら、私はコンテナの奥へ目をこらした。規則正しく荷物が並ぶ場所に、不自然な塊が見える。間違いなくプラズマ団の制服だった。回らない頭で数えると、八人だか九人だかの肉塊が紫の服を囲んでいて、折り重なるように倒れている。服には霜が降り、その凄惨な姿に私は息を飲んだ。

「し、死んでる…!」
「生きてます」

口元を押さえて震えたが、即座にチェレンに指摘されたので、私もよく目をこらした。
するとこちらに気付いた団員が顔を上げたため、確かに彼の言う通り全員ちゃんと生きていたらしい。紛らわしいな。そんな丸まってうずくまってたら死んでると思うでしょ!

「ヴィ…ヴィオ様…!」

歯をガタガタ言わせながら、下っ端が中央の人物に呼びかけた。紫のローブがゆっくりと起き上がると、そこには顔面蒼白の老人がいて、無茶しやがって…という感想が真っ先に出てしまう。

逃げたプラズマ団って…爺さんもいたのかよ。
老体に鞭を打つ体を張ったじじいを見た私は、寒さも忘れて引いていた。そんなになってまで成し遂げたい野望とは何なんだ…と首を振り、見つけたからには暖かい監獄で余生を過ごしてくれと願わざるを得ない。

「やれやれ…本当に隠れていたとは。寒いならメンドーだけど出口まで案内するよ?」

チェレンも心底呆れたような声を出し、私たちは揃って出口を指差す。
窮地に立たされた八人のプラズマ団は、棺桶に片足を突っ込んでいる老人を庇うようにして立っていたため、恐らく幹部か何かなんだろう。頑張っておしくらまんじゅうして温めてやってたみたいだからな。誰か一人でも炎タイプを持っていたらこんな事にはならなかっただろうに…憐れだ…一刻も早い更生を願います。
死にかけの老人を病院まで連れてってやるくらいの気持ちだったけれど、予想に反して老害は背筋を伸ばすと、この期に及んでまだ往生際の悪さを見せてきた。憎まれっ子世にはばかるじゃないが、こういうじじいに限って元気なんだよな…と思い、もう少し遅く来てやればよかったと舌打ちする。レイコは悪魔であった。

「…いま預かっているのは王の友達であるポケモン。こんなところで傷つけるわけにはいかぬ」

王、という単語で私はもう一回舌打ちをした。今の私にこのキーワードはNGであった。
なんだ爺さん、Nのポケモン持ってんのか?わかった、ぶっ飛ばしてやろう。好戦的に前へ出て、早く出せよとボールを構えた。
しかし、出し惜しみをしてくるのが幹部というものである。まずは雑魚からというのが定石なので、ヴィオと呼ばれた老人は下っ端に目配せをすると、八人を整列させた。

「お前たち、こやつらを蹴散らせ」

じじいが命じると、下っ端は一斉にボールを出し、わかりました七賢人様!と声を揃えて意気込んだ。七賢人、という文字列のせいで幹部が七人いる事を察してしまった私は、まさかこういうイベントがあと六回あるんじゃないだろうなと邪推し、体も心も冷え切っていく。
冗談じゃねぇよ。幹部なんてせいぜい三人、多くても四人が普通じゃん!?七人もいんの?七人で介護しなきゃならないほどNの病気は深刻なの?海よりも深い絶望に、私の感情は無となり、この冷気でも結露が発生しないポケモン図鑑はすごいな…と現実逃避をしている間に、戦闘は終了した。虚無の時間であった。

  / back / top