打倒ヤーコン!と血気盛んに、珍しく闘志を燃やす私であったが、そのジム戦は盛大に出鼻を挫かれる事となる。

私の名はレイコ。ヤーコンに恨みを持つ者だ。何故恨んでいるかは前前前話くらいから見ていただいたらおわかりになるかと思う。とにかく扱き使われた怒りを抱き、ジムまで走っていたのだけれど、入口付近に人だかりができている事に気付いて、弾みまくっていた足を止めた。人だかりというか、プラズマだかりというか、一旦出直すか!と踵を返したくなる光景に、またしてもテンションはだだ下がりである。

今度は何なんだ…。深い絶望を抱いていると、後ろからチェレンがやって来たため、完全に退路まで断たれてしまう。お前なんで今来るんだよ。これから逃げ帰ろうとしてたのに。強制イベントだから私を足止めしておかなくてはならないのか?NPCとして志が立派すぎるよ…。血の涙を流しながらチェレンに軽く挨拶したのち、私は再びジム前へ視線を移した。

何やら数人のプラズマ団と、ヤーコンが対峙している。何もこんなところでイベント起こさなくてもいいじゃん…と思いながら観察していたが、よく見ると我々が苦労して捕まえたヴィオも立っていて、サツに連行したんじゃなかったのか、と首を傾げた。
どういう状況だこれは。ヤーコンの傍には確保したヴィオと下っ端が立っており、彼らの前には個体差がわからない下っ端が整列している。その間から、巨人がゆっくりと一歩前へ踏み出した。緑色の長髪が何かを彷彿とさせ、しかし派手すぎるローブの衝撃に二度見が止まらない。
誰だそいつ。初見!

「初めまして、ヤーコンさん」

速水奨に似た声で喋り出したそいつは、明らかに他のプラズマ団と違っていた。身長もでかかったが、それ以上に態度もでかく、ローブの柄もやばい。しかし一番やばいのは、この張りつめた空気だろう。幹部のヴィオさえ萎縮した様子だったから、プラズマ団の中でも相当地位の高い人物なのではなかろうか。
堂々と野次馬しながら、私はじっと凝視する。
やべーなあの服…どうなってんだ?仕組みさえわからず、目玉のような模様を気味悪がり、顔を歪めた。なんかスカウターみたいなのつけてるし…そのわりに靴は質素だな…まぁポケモン界の悪役は足元のお洒落には無頓着だから…。ファッションチェックが忙しい私であったが、次の瞬間、衝撃のフラグ回収を迎える事となる。

「ワタクシ、プラズマ団のゲーチスと申します」

その名を聞いて、私は顎が外れるほど開口し、驚いた。まさかここでフラグの完全回収を果たしてしまうとは思わず、怒涛の顔芸が止まらない。

お前かー!お前がゲーチス!あなたが噂の!やっと会えたね!ワタクシ、ニートと申します!ふざけてる場合じゃねぇ。
どうりですげぇ柄の服着てると思ったよ!私は再びゲーチスと名乗った男をじろじろと見て、髪型もやべぇな…と気付いたりなどしてしまう。いつまでファッションチェックしてんだお前は。私だってしたくねぇよ。
こんな重要人物にジム戦前に出会うとは…己の不運加減に嫌気が差し、主人公属性を呪った。
ゲーチス…Nが名指しで紹介したくらいだから、きっとポジション的には副社長みたいな地位なんでしょう。つまりNの次に偉い。そんな奴がどうしてここに…と息を飲んでいれば、早々に本人がご説明を果たした。有能。

「お世話になった同志を引き取りに来ました」

なるほど。私たちがお世話した同志をね。ヴィオを睨みながら、しかしそれはヤーコンが許しませんよ!と強気に構える。ヤーコンは私の何なんだよ。

「いやいや、礼などいらんよ。あんたのお仲間がポケモンを奪おうとしてたんでね」
「おや、誤解があるようで。我々はポケモンを悪い人間から解放しているだけですよ」
「…そうだといいがね」

おっさんとおっさんの静かなる戦いに、誰得なんだ?と思いながらも、私は黙って静聴した。なんて華のない絵面なんだ。紅一点として私が真ん中に立ってやろうか?余計に汚い。うるせぇな。

「…ワシは正直者ゆえ言葉遣いが悪い。それに反してあんたの言葉はきれいだが、どうもきな臭くてな」

めちゃくちゃ悪口言うやん。堂々とゲーチスをディスったヤーコンに、私は苦笑しながらも同意してしまう。どう考えても心のきれいな奴が着る服じゃないからなそれは。絶対的に怪しいのは間違いないけど、でもお前も人のこと言えないからなヤーコンさん。とんでもない濡れ衣着せやがって。一生根に持ってやるぞ。
まぁ濡れ衣着せた自覚があるだけマシなヤーコンはさておき、私からの服ディス、そしてヤーコンからの性格ディスを受けても不敵に微笑んだままのゲーチスは、一歩も引かずに真っ直ぐ相手を見つめている。遠回しに、きな臭いからお仲間は引き渡さねーよ!と言われたと思うのだが、無言の圧力でゲーチスはそれを拒否していた。
しばらく睨み合ったままの状態が続いたが、痺れを切らしたヤーコンがとうとう口を開く。

「…で、なんだというんだ?」

切り出してくるのを待っていたと言わんばかりに、ゲーチスは口角を上げた。

「プラズマ団としてもホドモエシティに興味がありまして」

こんな冷凍コンテナ地獄の街にか。全く理解できず、街を見渡すゲーチスを凝視している私は、興味がある、という言葉の本当の意味を、このあとすぐに知る事となった。

「ここにいる以外にもたくさんの部下がいるのですよ…」

脅迫だ。
俺には1000人の部下がいる!とあからさまな嘘で脅すウソップと同じ手口に、私は閉口する。しかし、ウソップと違いゲーチスからは真実味が感じられ、私もチェレンもその恐ろしさに息を飲んだ。確かに言葉はきれいだけど、そんで顔もなかなか悪くないけど、でも本当に何をしでかすかわからない恐怖がそこにはあった。

「…その言葉、嘘か本当かわからんが…戦わずして勝つとはね、大したもんだよ」

当然ゲーチスのやばさを感じ取れないヤーコンさんではないので、ヴィオに目配せし、苦渋の決断をする。

「フン!わかった、こいつらを連れて帰りな!」

そう言うと、ヴィオと下っ端団員を解放し、強面の顔面でゲーチスを睨んだ。せっかく凍えながら確保した連中を引き渡され、私は正直気持ちがおさまらない。
おいおい、そんなあっさり渡しちゃうのか?悪に屈するってのかよ!正義のジムリーダーがそれを貫けない現実を見てしまい、私は思わず前へ出た。

ヤーコンの気持ちは…わかる。彼はジムリーダーなんだから、この街を守る責任があって、今ここでゲーチスの要求を飲まなかったら街の人やポケモンが危険に晒されるかもしれないってのも、非常によくわかる。
でもこいつらを野放しにしたら、この街だけじゃなくてイッシュ中の人とポケモンが悲しい目に遭うんじゃないのか。
珍しく正義に燃える私は、ゲーチスの前に立ち、取り引き現場を妨害した。今ここでこいつをブチのめしたらいいんじゃない?と脳筋的な事を考えるも、そんなに簡単ではないとわかっているので、歯痒さに拳を握る。
突然飛び出してきたニート女にも、ゲーチスは動じる事はなかった。じっと私を見つめ、近くで対峙するとそのでかさに慄いてしまう。2メートル近くあるんじゃないのかこいつ。熊やん。こわ。
あまりの風格に圧倒され、池乃めだかのようになってしまった私は、特に何もせず引き下がった。何しに出たんだお前は。
いくら最強のポケモンを持っていたとしても、全部は救えないし人の気持ちも変えられないのだと思ったら、何だか自分が無力に感じる。あんなに何回も世界救ってきたのに…?宗教・洗脳の力の前では微塵も役に立たないわけ?信仰心って怖い…みんな脳筋であれよと祈りながら、続けてください、とヤーコンに目配せをした。私の思いが通じたのか、相手は少し笑っていた。
水を差すようにゲーチスが口を開く。

「さすが鉱山王と呼ばれる商売人…状況を見る目に優れておられる」

悪かったな、ニート王と呼ばれる私は状況を見る目が劣っていてよ。身ぐるみ剥いで地味な服着せてやろうか?

「では…そちらの七賢人を引き取らせていただきます」

言うが早いか、ヴィオはすぐさまゲーチスの元へ行き、深々と頭を下げた。序列を見せつけられ、ますますこのゲーチスとかいう奴がただの幹部でない事を察する。

「ゲーチス様…ありがとうございます…」
「良いのです。共に王のために働く同志…同じ七賢人ではないですか」

どう考えても同じではなさそうなので、何の茶番を見せられているのかと私は唸った。
同じ七賢人なのに様付けされてるからな、さしずめバイトリーダーといったところか。あんなに偉そうにおしくらまんじゅうされていたヴィオが、ゲーチスには震えるほど低姿勢なところを見るに、対等ではないとかいうレベルじゃない気がする。もっと格上。いちいち含みのある言い方も精神を揺さぶる。
この感じ…Nの時には感じなかったこの…この感覚…!何だろうモヤモヤする…!Nがボスを自称した時に感じた違和感の正体を掴みかけたところで、プラズマ団は動き出し、私の思考を止めた。

「それではみなさん、またいつの日かお会いする事もあるでしょう」

ゲーチスがそう言うと、整列していた下っ端たちは去り、ヴィオもそれに続く。最後までヤーコンと睨み合っていたゲーチスは、去りゆく前に私を一瞥した。思わず息を飲み、重なった視線をそらせない。
なに見てんだよ。ジャパニーズニートがそんなに珍しいか?そのスカウターで測定してみろ。私の無職力は53万です。
呆然と突っ立っていれば、それ以上アクションを起こされる事はなく、ゲーチスは去った。ぞろぞろとやばい服装の奴らが街の外へ消えていき、どうか職質されますように…とささやかな不幸を願いながら、やっと安堵の息を吐いた。凄まじい大人同士の戦いであった…。

「お前ら悪いな。せっかくプラズマ団を見つけたのに」

怪しい宗教団体を見送る私とチェレンに、ようやくヤーコンは声をかける。まさかの出謝罪に驚いて、謝れるなら礼も言えるだろとチンピラみたいに絡んでしまいそうになる。
マジで感謝して?お前がコンテナで凍えずに済んだのは私たちのおかげなんだからな?いつまでも根に持ってしまいそうだが、こちとら礼儀を重んじる日本人…その気持ちもわかっていただきたい。自分がいろいろと礼に欠いている事には気付かないレイコであった。

「まぁ気を取り直してポケモン勝負といくか!あんまりワシを待たせるなよ」

それはこっちの台詞だよ。気を取り直したいのは私だっつーの!
ボコボコにしてやるから待ってな!とジムに消えたヤーコンにブーイングし、私は鼻を鳴らした。まぁこれでやっと復讐、憂さ晴らし、ストレス解消ができるわけだからな、それで許してやるよ。無愛想だがホドモエを想う気持ちは熱いらしいヤーコンを少し見直し、しかし何となく気持ちは晴れない私である。みすみす逃がしちまったわけだからな。

「…お互いに街中での争いは避けたか…それにしてもあのゲーチス、ただ者じゃないって感じだ」

そう呟いたチェレンは、ヴィオを逃がした事は致し方ない事と処理したみたいで、大人だねぇ…と脳内で嫌味っぽくからかった。私はそんなに割り切れねーよ。ただでさえ働きたくないのに、その労働が今のやり取りで全部無駄になったわけだからな。殺意しかない。死んでもらおうゲーチスには。ホドモエではそれができる、そう、冷凍コンテナならね。いつから火サスになったの?

「…さてと、僕はポケモンを鍛えてきます」
「ジム行かないの?」
「あのヤーコンって人には絶対負けたくないですからね。というか完全勝利でジムバッジをもらうよ」

割り切ってるかと思いきや、結構チェレンも根に持っていたみたいで、私は漫画みたいに笑った。ワハハっつってしまったわ。
よかったー、みんな憤ってて。私の沸点が低いかと思って焦っちゃった。残念ながら低い点は変わらねぇよ。
じゃあお先に、と手を挙げ、私はチェレンを見送ったあとでジムに入った。チェレンが完全勝利の6タテを狙うつもりなら、ヤーコンは二回も地獄を見る事になるな。何故なら私も、いつだって完全勝利Sだからである。ざまあ!

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