08.電気石の洞穴

ホドモエでヤーコンをブッ飛ばした私は、いつまでもあんな曰くつきの街にいたくないので、次の目的地を目指してひた走っていた。
順調だったのはヒウンあたりまでだな…と自らの転落人生を振り返り、川沿いの道で記録を続ける。
まさかライモンに続いてホドモエでもプラズマに苦しめられるとは…再登場ペース早すぎじゃない?プレイヤーを飽きさせないゲーフリの巧みなシナリオ力は認めるにしても、私の人生には不要だからなそれは。ついにゲーチスとかいう奴にも会っちまうし、フルボッコにしたヤーコンさんには、お前気に入らないな!って堂々と罵倒されるし、私はイッシュの国民性が怖いよ。
まぁヤーコンさんは半分ツンデレだから萌えとくとして、もはや一刻も早く故郷に帰りたい私は、全身全霊を懸け記録に励んだ。いつの間にか陽も落ち、今日はこの辺で野宿しようと平坦な場所を探す。

奈良公園なみに鹿ばかり出てくるけど、危ないポケモンではなさそうだな…小川のせせらぎが平和な音を奏でているので、やばいポケモンは生息してない地域なのかもしれない。安心して寝れるぜ…と息をついた時、ふと木陰に緑色の何かが見え、私はカメラを向けた。

なんだあれ。何か生えてる。
ふさふさした毛のようなものが、木の真ん中あたりから飛び出していた。どう見ても葉っぱとは違うし、生えるにしても位置が不自然だ。じっと見ていると少し揺れたので、もしやポケモンでも隠れているのだろうか、と一歩踏み出す。
散々見てるシキジカの色とはまた違うな…というか毛質が違う感じもする…。逃げられないよう細心の注意を払い距離を縮めていくと、その緑は急に私の前に飛び出してきた。突然の事にボールを構えたが、現れた存在を見て一度はボールを下ろし、しかしもう一度構える。まさかすぎる正体に、思わずウワ!と叫んでしまった。心底嫌そうな声で。

「え、N…!」

なんでいるんだよ!と危うくモンスターボールを握り潰しかける。やっとプラズマ地獄から解放された矢先に王自ら出陣なされて、そんな武将みたいな事しなくていいから!とマジレスしそうになってしまった。
私は呆然と立ち尽くし、ゲーム本編ではこんなところで出会うシナリオはなかったぞ…とこの世の不条理を嘆く。人生は計画通りに行かない事を教えられた瞬間だった。
マジで何故?お前こんなに時間に出歩いてたらますます不審者じゃねーかよ。木陰に隠れて待ち伏せというやばすぎるストーカーキングに、私はドン引きが止まらない。シンプルに怖ぇわ。こいつこそ冷凍コンテナに置いてきた方がいいんじゃないのか。

火サスに脳が染まっている私は、一体何用なのかNを見つめ、いつでもポケモンを出せるよう警戒態勢を怠らない。そんな私を嘲笑うかのように、相手はマイペースを展開した。

「この先に電気石の洞穴があるのは知ってるかい?」

知らねーよ。地元民か私は。

「…知らないけど…何で?」

無知な私を笑いに来たのか?と睨み上げ、相変わらず挨拶もないNにたまらず舌打ちする。
なんでいつもいきなり本題からなんだよ。こんばんは美しいお嬢さん、くらい言えや。挨拶から入るのは万国共通の常識だぞ。倫理観の欠如しているNに脳内で説教を垂れながら、それよりも気になるワードを噛み砕いた。

いや、電気石の洞穴ってなに?
全体的に意味がわからない名称には、私の首も自然に傾くというものだ。洞穴、ってのがまず無理だな。洞窟やんつまり。一気に鬱が加速して、溜息と共に肩を落とす。
確かにな、この辺の川は私の心のように澄んでたから、山でも近いのかな?という予感はしてたよ。ヤーコンも鉱山王っつってたし、使うのも地面タイプだったから、近くに鉱山があるかもしれないと覚悟はしてた。
でも電気は想定してなかったからね?なんだ電気石って。痺れるんじゃないのかそれは。物騒な道作ってんじゃねぇよと怒り狂いながらタウンマップを広げ、確かに電気石の洞穴と書かれた洞窟があり、特殊な磁場が発生していますが人体に影響はありませんという但し書きがしてある。信用ならない私はそっとマップを閉じ、もう帰りたい、そう思うしかないのだった。

「今、入口にデンチュラの巣があって通れないんだ」
「なにゆえ」
「知りたいならついてきたまえ」

では結構です。私は後ずさり、首を左右に振って目を細めた。お前は何様なんだと再三問いたい。
ついてきたまえってどういう事?どこから目線なんだよてめぇは。ついて来てくださいだろうが。言葉の悪さはヤーコンといい勝負なNにキレながら、行くわけねぇだろと棒立ちする。しかし彼は私がついてくると信じて疑っていないのか、一心不乱に先へ進んでいくので、段々と心苦しくなってきた。

ええ…?振り返ったりしないの?そんな一目散に行っちゃうんですか?
私は想像した。Nが振り返った時に私がおらず、広い平原で寂しげな横顔を晒しながら、寄ってきたシキジカ達に慰められるディズニープリンセスのような彼の姿を。

「うっ…良心が…!」

私は胸を押さえ、渋々今作のヒロインを追うしかなかった。心の痛みに耐えられなかったのだ。
なんで私が心苦しくならなきゃならねぇんだよ、人の良さが裏目に出たじゃねーか。夢主の鑑すぎる自分に半分呆れ、小走りでNに追いつきながら、せめてもの抵抗として猜疑心を露わにする。

「どうせ妙なこと企んでんだろ…」

愚痴混じりに問いかけてみたが、Nは微笑しただけで何も答えない。夕陽が完全に沈み、あたりが闇に包まれようとしている時間は、不安を煽らないはずもなかった。
どこまで行くんだこいつ。連れションとか言ったらマジで殺すからな?ディズニープリンセスがお手洗いに行くな。私に人を撃たせないでくれ。

「僕はキミに興味があるんだよ」

唯我独尊なNにそう言われ、私は警戒しないはずもなく、持っていたボールを二個に増やした。いくら鈍感夢主として清く正しく生きていても、そんな事を言われてスルーできるような脳内お花畑女ではない。こちとらヤマブキというデンジャラスな街で生まれ育ってるからな。完全に人気のない場所に引き込まれたのも、やばさしか感じなかった。
一応聞くがこれは全年齢向けだよな?その辺…信じるからね?三つ目のボールを取り出しかけたところで、Nは足を止める。視線を空に向けたため、私もつられて上を見た。
空気が澄んでいるからか、そこには満天の星空が広がっており、なんでお前とこんなロマンチックな状況にならなきゃならないんだ?と余計に怒りのボルテージが上がる。女心は複雑であった。
もはや何もかもがわからない状況に混乱を極めていれば、Nは私に視線を落とすと、ますます意味深な言葉を投げてきた。

「キミがどういうトレーナーなのか知りたい。知った上で僕は自分の正しさを証明する」

いきなり重い話になったんだが。私は呆然とし、はぁ、と情けない相槌を打つ。
いやどうリアクションしたらいいんだよ。で?って感じなんだが。だから?なに?
真剣なNとは裏腹に、そのスピーディーな電波についていけない私は、私を知るだけならこんなところまで連れてくる必要なくない?とマジレスしたくなる。
もしやあれか、全力の私を見たいとでも言うのか。ここなら本気を出しても大丈夫そうだな…って手足につけていた重りを外すみたいな…そういう展開かな?
出すわけねぇだろと私は顔を歪め、鼻を鳴らす。別に出してやってもいいが、私が本気を出すとここで寝ながらずーっとYoutubeを見る事になるぞ。それが私がどういうトレーナーか、の答えだからな。つまりニートである。
まさかNはすでにそれに気付いていて、確信を得るために私を呼んだ可能性が微レ存…?恐ろしさのあまり震えていれば、彼は私の名を呼んだ。

「レイコ」
「何だよ」
「キミのポケモンと話がしたい」

予想外の方向から攻められ、私は一瞬固まった。そしてすぐに、また呼び捨てかよ!とブチギレる。お前と私は友達か!?と問い詰めたくなり、万が一、そうだね、なんて返された時は人を殺しかねないので、必死に言葉をおさえた。
マジで何なんだこいつは…!もはやレイコさんですら満足できねぇ、様を付けろよデコ助野郎。そしたら考えてやってもいいぞ。お前は大体人に物を頼む態度がなってないんだよ。冗談は電波だけにしてくれ、と断ろうとしたが、ボールから勝手にカイリューが飛び出したので、私は思わず二度見した。

えー!?マー!?

「おい!」

なに許可もなく出てんだ!この裏切り者!
巨体が着地したのを見届け、私はカイリューを一発ド突いた。しかし210キロという戦うボディが揺らぐはずもなく、私の方が跳ね飛ばされそうである。
お前!なに勝手な事してくれてんだよ!相手が若い男だからか!?昔からイケメン好きの傾向にある私のカイリューは、何でも聞いて?みたいな顔でNを見つめると、その辺の岩に腰を下ろす。まさか身内から間者が出るとは思わず、私は歯を食いしばった。

こ、こいつ…イケメンなら何でもいいのか…!節操のないカイリューを嘆き、どうしてこんなところだけ私に似るんだ!と目頭を熱くさせた。明日飯抜きだからなお前。覚えてろよ。
友好的なカイリューの態度に満足したのか、Nは優しく微笑むと、隣に座って何やら談笑し始める。彼が自称ポケモンと話せる男なのは覚えていたけど、いまいち信じられない私は、遠くから二人を見守って溜息をついた。
ポケモンと話せる奴がいるなんて信じがたいけど…でもカイリューを見るに、警戒している様子はなかったから、悪い奴じゃないのかもしれないと私は血迷った事を考えた。すぐに首を振り、悪の組織のボスなんだからそんなわけがないと思い直す。
感化されすぎなんじゃないか?あの電波王がイケメンだからって油断するなよクソニート。どうせろくな奴じゃないんだ。ポケモン解放なんて極端な事を言う連中を信用できるわけがないし、あのゲーチスとかいうのも死ぬほど胡散臭かった。きれいな言葉の裏に、何やら途方もない悪意を感じる。それに比べるとNは純粋で、いつも本心を喋っているように思う。

「…あいつ本当にボスなのかな…」

楽しげに談笑する姿を見て、また血迷ってしまうレイコなのであった。イケメンとドラゴン、絵面いいなぁクソ!

  / back / top