遥々来たぜ洞穴。

微塵も清々しくない朝を迎えた私は、電気石の洞穴の前で原付を下り、乗り込む決心が着くまでぼーっと突っ立っていた。

昨日、何故かNと野宿をした私であったが、目が覚めるとすでに彼の姿はなく、もしかしたら夢だったのかな?と淡い期待を抱いたのだけれど、貸してやった毛布がしっかり置いてあったので、残念ながら現実だったらしい。畳んで帰れやと早々にブチギレながら原付を走らせ、のどかな街道を抜けた先に、電気石の洞穴を見つけて、記録の準備をしているところである。
Nの言った通り、確かに入口にはデンチュラの巣が張ってあった。私はしばらくそれを記録してたんだけど、その間引き返すトレーナーが何人かいて、通りたいなら引き剥がしたらよくない?と思ったのだが、どうやらあの糸に触ると感電するらしく、その辺の雑魚トレーナーでは手に負えなかったらしい。全く情けないな…とせせら笑って、私はゴム手袋とゴム長靴を装備していた。ビビってんじゃねーか。

かく言う私も、火炎放射などで焼き払えるポケモンを持っていない。手持ちは物理アタッカーばかりなのだ。別に感電したところで大したダメージにはならないと思うけど、蜘蛛の巣駆除の経験はないので、素人が手を出していい代物か悩んだものである。私にTOKIOくらいのスキルがあれば余裕だったんだろうけどな。楽器も農具も持ちたくないからお断りだけど。

結局どうしたかというと、ヤーコンさんが来て片付けてくれた。特に専門的な手順はなく、普通に脳筋で駆除していた。やっぱ力こそ全てなんだなと痛感し、丁重に礼を述べた私は、ようやく洞穴に足を踏み入れているというわけである。
中に入って早々、原付では走れない地面である事を察して、テンションはガタ落ちだった。徒歩を余儀なくされた私は、だから洞窟は嫌いなんだよと壁を殴る。

どれくらい続いてんだろ、これ。一本道じゃなかったら地獄だぞ。
イッシュに来て初めてのダンジョンに、気は滅入る一方だ。昨日のN事件が後を引いてるせいもあるな。マジで何なんだよあいつ…思い返せば返すほど意味がわからない。冷静になって考えると世間話をしただけなので、もう何も考えない方が平和でいられる気がした。
そうだ、忘れよう、全てを。何もかもを記憶から消し去り、ポジティブに、ニートになる事だけを考えて記録を続けようじゃないか。
気持ちを切り替えた私は心機一転、洞穴を進んだ。薄暗い中で、青く光る壁を見つめた時、私の決心を秒で砕く存在が現れ、さらに鬱病が加速していくのだった。

「うわっ」

それは、本当に突然だった。
静電気やばたにえん…と腕をさすっていた私の前に、いきなり人が現れたのだ。原付を押していた手がびくりと跳ね、いつもだったら、どこ見て歩いてんだボケ!とガラの悪い怒号を飛ばしているところだけれど、登場の仕方が明らかに不可思議で、思わず息を止めてしまう。

「ええ…?」

間抜けな声を出しながら見上げると、そこには白髪なのか銀髪なのか、ロン毛のノースリーブの男が立っていた。ウホッいい体って感じに引き締まった肉体をひけらかし、しかしどう考えてもカタギではない。死んだ目をしながら私を見下ろす顔には、バーチャファイターの影丸を彷彿とさせるマスクが装備され、そして死ぬほど姿勢が悪かった。

なんだこの猫背男。何用?
どう考えても突然現れたぞ、瞬間移動の如く。開けた視界には洞窟しか映っていなかったにも関わらず、足音もなく目の前に出現した男に、警戒心を抱かないはずもない私は、原付を置いて後ずさる。
誰?マジ怖いんだけど。全然喋らないし。無表情だし。
大迫なみに半端なく嫌な予感がした私は、ボールを取ろうとポケットに手を入れた。レイコは脳筋である。力でねじ伏せる方法しか知らない悲しき破壊神なので、最強のカビゴンに頼るべくボールを投げようとしたのだ。
しかしこの世には、自分よりも想像を絶する脳筋がいた事を、直後に思い知らされる。

不審者は殴って警察に突き出すしかない!と自衛を試みた私の背に、何かがぶつかった。当然さっきまで後ろには道しかなかったので、今度は何だと慌てて振り返る。するとそこには、さらなる衝撃が広がっていた。

「えっ、残像!?」

なんと、さっきまで正面にいたはずの男が、いつの間に真後ろに立っていたのだ。よく見るとその横にも同じ男がいて、もう一回振り返るとまた同じ男がいる。壊れた人形のように回転し、三周ほどしたところでやっと気付いた。

三つ子だ!

同じ顔の三人に囲まれた私は、目を回しながら混乱を極めていく。
なに!マジで誰!?サンヨウのジムリーダーも三つ子だったが、こんなに死んだ目はしていなかったため、恐らく別人だろう。何でキャラ被ってんだよ!とややこしいゲーフリにキレた。双子とか三つ子とか好きだなぁ増田ァ!

今は増田に憤っている場合ではない。あきらかに普通じゃない三人組から逃げるべく、私は駆け出した。これでも各地を旅してきた身…脚力はぼちぼちある。筋肉痛とズッ友だとしても、明日の健康よりも今の命!それが一番大事!

なんか絶対やばいぞ!今までとは毛色の違うやばさを感じる!静電気を振り払って距離を取り、テラフォーマーズのゴキブリに出会った時みたいな絶望を覚える私は、掴んだボールを後ろに投げ、460キロの巨体を不審者にぶつけようとした。しかし振り上げた手を掴まれてしまい、まさかの肉弾戦にぎょっとする。ついでに潰れたカエルみたいな声も出た。一度も聞いた事はないが。

私は確かに、三人から距離を取り、奴らが追ってきていないのを一秒前に確認したはずだった。それなのに今完全に手首を掴まれていて、そのあまりの握力からボールを地面に落としてしまう。カビゴンの入ったそれを三つ子の一人に拾われ、絶体絶命と血の気を引かせたが、何故か私のポケットに戻してくれた。いい奴かな?
謎の瞬間移動、人間離れした腕力、忍者にしては派手な外見、そして三つ子。突如現れた超人ニューキャラクターに脳内処理が追いつかない。かつてない窮地と危機的状況に、いっそ感情は無だ。
なんだこいつら。何がしたいんだ!?

「来い」

ようやく喋ったかと思えばその一言で、とりあえず人語が喋れるという事と、すぐにどうこうする気はない事はわかり、若干心に余裕ができる。依然として状況はわからないままだがな。苗木じゃなくてもいいから説明しろよ。
もう一切何もわからん。イッシュの不審者前衛的すぎだろ。結局、私は二人の男に両手を掴まれ、捕らわれた宇宙人のポーズでどこかに連れて行かれてしまう。洞穴内を進み、原付を置いて行く事に後ろ髪を引かれていたら、三つ子の一人が乗ってついてきていた。おい。勝手に運転してんじゃねぇよ。そんで私より上手いのが腹立つな。

四人と原付一台で、電気石の洞穴をしばらく進んだ。どこに連れていく気なんだろう…と不安に駆られつつ辺りを見渡せば、電磁波の力なのか石が浮遊しており、やべーところに来ちまったよ…と多重苦な状況に絶望する。マジで何なんだイッシュは?ジョゼ寺院かと思ったじゃねーか。
イクシオンに祈りを捧げるために来たわけではない私に、いよいよこの謎展開の解が示される事となる。捕らわれた宇宙人の引き渡し場所が、数メートル先に見えたからだ。
休憩すらさせてくれない登場ペースに、私の鬱病はステージ4に到達してしまったと言っても過言ではない。前方に見慣れた人物の後ろ姿があって、そいつがゆっくり振り返った時、ニート宇宙人は解放される。雑に地面に落とされる私とは裏腹に、原付は丁寧にスタンドを立てて平坦な道に停められていたから、扱いの差にも怒りが湧いた。丁重に扱ってんじゃねぇよ!ありがとな!

謎の三つ子忍者軍団は同じ姿勢で並び立つと、声を揃えて名前を呼ぶ。二度と会いたくないと思っていた人物の名を。

「N様、連れてきました」

またお前か、N。

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