昨日会ったばかりのNに話す事など何もない私は、起き上がって腰をさすった。野宿に加え、乱雑に振り落された肉体は悲痛な叫びを上げている。おまけに不審者連チャンで心も死んだよ。慰謝料払ってもらっていいか?
どうやらさっきの忍者軍団もこいつの手先らしい。私を連れて来るや否や一瞬にしてどこかへ消えたので、私以上のチート設定野郎である。このポケモン勝負史上主義の世界にリアルファイト持ち込むのマジでやめろや。ゲームバランスが崩れるでしょ!ダイレクトアタックで人が死ぬのは遊戯王だけで充分なんだよ。闇のゲームに怯える私に、Nは新キャラの説明をしてくれたので、お前にもNPCらしいところがあるんだな…と思わず感心した。私の心のバランスも狂っていた。

「今の連中はダークトリニティ。ゲーチスが集めたプラズマ団のメンバーだよ」

だろうな。言われなくてもわかるわそんなもん。これでプラズマ団じゃなかったらマジでただの不審者じゃねーか。
ダークト…なに?と聞き返しながらも、さほど興味もないので聞き流す。本当に子供向けゲームではない今作に、IQ2の私は翻弄されっぱなしである。
なんて言いにくい名前なんだ、ダークト…ダークトリオ?ダークトロワ?ダークドライ?ダーク…もういい。どうせ覚えられないよ。二度と出てこないかもしれないしな。淡い期待を抱きながらも、このあと結構出演してしまう事をレイコはまだ知らない。

「ちなみにこの洞穴の入口にデンチュラの巣を用意したのも彼ららしいね」

いまだ名前に引っかかっている私にNはそう告げ、この時やっとすべてのからくりが解けた。フラグはずっと前から立っていた事に気付かされた私は、とことんプラズマの掌の上で転がされていると知り、頭を抱える。
なんという事だ…!それなら昨日、Nがあんなところで待ち伏せしていた事にも納得がいく。つまりデンチュラの巣で私を足止めし、初めから世間話に洒落込むつもりだったというわけだ。
手間のかかる事を…!と唸り、感電を恐れないダークなんとかに畏怖の念を示した。
どう考えてももっと楽な方法あるだろ!わざわざ通行止めにしなくたって今日みたいに私を連行してNの前に連れていけばよかったのでは!?やり方を間違えてる!それだけの力を持ちながら何故!アドバイスの止まらない私は、もどかしさを抱えて死にそうだ。
意味がわからない。高学歴ほどおかしな宗教にハマるというのは本当だったらしいな。馬鹿でよかった…と全然良くない事を思う私に、もはや恒例と化したマイペースをNは展開する。

「電気石の洞穴…ここ、いいよね」

周囲に目を向け、Nは呟く。お前と出会わなければいい場所だったかもな、という言葉を飲み込み、私は静電気で暴発する髪を押さえながら、最終的な結論を出した。全然良くない、と。
何もよくねーわ。見てこの静電気を。夢主にあるまじき髪になってるのを見ろよ。お前の電波とここの磁場が化学反応を起こしてこのザマ。どう責任を取ってくれる?いちゃもんをつけるチンピラニートは舌打ちをし、浮遊しながら近付く岩を突き飛ばす。
鬼門続きだぜイッシュはよォ…楽しかったなヒウンシティまでは…アイスも美味しかったし景観もよかった。それが一体どうしてこうなったと嘆いて、目の前の元凶を睨み上げる。
お前のせいだよN!お前がやるべき事はポケモンの解放じゃない、私の解放なんだ!私は不審者に絡まれるような悲しい存在であってはいけないんだよ!
力説する私をよそに、Nは自分の世界に没頭している。この岩をぶつけてもいいかな?

「電気を表すのは数式。そしてポケモンとの繋がり…人がいなければ理想の場所だ」

じゃオメーも帰れよ。私としてもお前がいなきゃここは理想の場所だよ。
何を言ってるんだかさっぱりわからないNに、また世間話なの?と問いただしたくて震えた。
昨日したばっかりなのにまだする?そんなに楽しかったか?それは結構だけど、私は生き地獄を味わったって事だけは覚えて帰っていただきたい。完全に接待だったからな。新手のナンパとも受け取れたかもしれないが、ナンパの方がまだマシだよ。大体お前…チャンピオンを越えるとか言いながら普通にその辺うろついてんじゃねーか。いやチャンピオンもその辺うろついてやがったけども、啖呵切ったわりにそんな素振りもないNに呆れてしまう。
この分だと私が先にチャンピオン越えそうだな…なんて卵押し付けジジイを完封する自分を想像していれば、今日こそはNも本題に切り込むらしい。別に待ってもなかったが、意味もなく友達みたいに話しかけられたら私も情が移りそうだからやめていただきたいよね。人が良すぎ。

「さて…キミは選ばれた、と言ったら驚くかい?」
「あ?」

ミス・ユニバースに…ですか?
スポットライトが当たり、喜びのあまり泣き崩れる女のモノマネをしたあとで、私は真顔を作る。何やら重大な展開を迎えそうな雰囲気だったので、ふざけるなら今しかなかった。今も充分そんな場合じゃなかったけどな。
いつになく真剣な顔つきのNは、私に一歩近づき、再度口を開く。

「キミの事をゲーチスに話した」

さらりと個人情報漏洩の事実を突きつけられ、私は目を細めてしまう。成人男性が外で女と会っている情報など聞かされて、ゲーチスが一体どんなリアクションをしたのか想像もつかず、適当に頷くしかない。
そうか。で?だから何なんだよ。前置きの長いNに苛立つ私は、チェレンと寝た事とか報告してないでしょうね、と下衆な勘繰りをしてしまう。マジでやめてくれよ無実なんだから…児童買春は許されざる罪だよ…!冤罪を恐れるレイコは通報に怯え、一体どっちが不審者だかわからなくなり、初心な心を掻き乱される。
鬱だ。何を喋ったんだお前は。どちらにしろろくな事ではないに違いない。まぁゲーチスだってこんなクソ女の話など適当に聞き流してるだろうよ。それはよかったね、なんて微笑みながらその裏では、どうでもいいわカス!って思ってる。きっとそうだ。
勝手な想像をして自我を保つ私を、残念ながらNは奈落の底に叩き落としていくのである。

「するとダークトリニティを使い、キミの事を調べたらしいよ」

ついに捜査の手まで回ってしまった事を知り、私はさすがに動揺した。あんなチート忍者の力を見せつけられたあとで、焦らないはずもなかった。
調べ…た…とは…?唇を震わせながら、私はNを五度見する。
調べたって何を。学歴?職歴?どこ住み?ニート?
何を調べられても普通にまずいので、足の震えが止まらない。これまでの旅を振り返り、一つでもマシなところを探そうとしたが、いくら考えても何もなかった。全てがやばい。ただただやばい。

仮にニートがバレていたら、うっかりチェレンに漏らされる危険性があり、それがまず第一にやばい。
あとはB’zを熱唱している姿や、拾ったハイパーボールを交番に届けず換金した姿、ゲームコーナーのスロットで、この台は出る!と絶叫しながら祈っている姿、そしてコップに注ぐのが面倒だからと2リットルペットを直飲みする行儀の悪い姿などを見られていたのだとしたら、ただただ恥ずかしい。この上ない羞恥が私を襲い、上機嫌でギリギリチョップを歌っていたのん気な自分を叱咤したくなる。
私の人生が一番ギリギリだよクソ野郎。それでも前に行くしかないんだからよ。大丈夫じゃねぇよ僕の場合は…。稲葉の力をもってしても立ち直る事ができず、私はその場で崩れ落ちた。もう限界だった。

殺そう。全員冷凍コンテナに入れるしかねぇよ。
悪魔に魂を売る私だったが、Nの言葉は私のだらけた生活を非難するものではなく、逆に好印象すら与えていたようなので、マジで大丈夫かこの組織…と本気で心配した。大丈夫じゃなかった組織は一個もなかった事など言うまでもない。

「キミには甘い理想もなければ、残酷な真実もない…言わばニュートラルな存在。それがいいらしいんだ」

え?ニートラル?
無職が恋しすぎて普通に聞き間違えたが、そうなってしまってもおかしくない謎の言動に、私は首を傾げた。ニュートラルと評されるほど中立国家ではない自覚があるため、案外ダーク何とかの調査能力も大した事ないな…と鼻で笑う。
ニュートラルってどこソースなんだそれは。無職のかっこいい言い方か?確かに何の職にも就いていないという点ではニュートラルかもしれないが、ニート色には全力で染まっているので、常にトップギアである。

「…別人をお調べになったのでは?」

思わず真顔で返すと、Nはすぐに首を左右に振った。調査対象の間違いではない…と。じゃあよっぽど盲目なんだなと同情せざるを得ない。

ニュートラルか…中立…偏りのない状態…。いい言い方をすればそうかもしれないけど、それはつまりトレーナーとしてまだ迷いがあるっていう事なんじゃないのか。手放しに喜べる案件ではない気がして、私は考え込んでしまう。
正味な話…チェレンみたいに強さを求めているわけでもなければ、アデクみたいに強さ以外でポケモンと関わる道を考えているわけでもない…私にとって何が最善なのか、そしてポケモン達はそれを良しとしてくれるのかわからないだけで、理想がないわけでも真実を知らないわけでもないんだ。どちらに触れるのも怖いだけで。
ちなみにニートという野望なら持っていますが…と心の中でトップギアの存在をチラつかせると、Nはそんな私を打ち砕くよう、問題発言を重ねた。

「僕は…まだキミの本音を聞けていないが…一晩過ごしてわかった事がある」
「言い方!」

やめろやめろ!誰かに聞かれたらどうするんだ!私は辺りを見回し、目が合った野生のバチュルを威嚇して追い払う。発言には気を付けろよ!と昨日から散々思っている事を叫んで、Nの肩を軽くド突いた。
瞬間、走った静電気により指先がわずかに痺れた。痛みとも呼べない小さな刺激は、何故だか脳にまで電流が流れたような錯覚を起こす。自然と重なった視線も、その感覚を助長する。

「キミは優しい」

まぁそうだな、といつもみたいに自画自賛ができなかった。敵であるはずの、そして恐ろしいくらい純粋なNにそう言われてしまったら、私の心臓も跳ね上がる。そういえばイケメンだった…と思い出してしまうほど、心に来た。
一歩後ずさり、優しくねぇよ、とすぐさま自嘲気味に否定し、目をそらした。言われ慣れていない言葉に照れてしまった自分も憐れだった。
愚かな…イケメンに褒められたくらいで正気を失うなど…まるで喪女のようじゃねーか。喪女だったわ。悲しい事実に目頭を押さえ、しかし本当に優しい人達をこの目で見てきた私からすれば、やはり自分は優しさとは程遠い人間であると痛感してしまう。
あれか、毛布かけてやったからか。でも真の優しさってのはな、間違った道に進んだ奴に正しい道を示してやる…つまりお前を通報する事が、本当の優しさなんですよ。
ライブキャスター片手に110番の準備をする私は、今こそ優しさを見せてやる…と画面に目を落としたところで、ここが圏外である事に気付いた。クソ磁場!

「…この先でプラズマ団がキミを待っている」

なんで電波入ってねぇんだよ!電波青年は入れてるのに!そう憤る私に、Nは不穏な発言をしたので、優しさを発揮させている場合ではないと我に返った。

「え?なんで?」
「ゲーチスはキミがどれほどのトレーナーか試すそうだよ」

いやわかるだろ試さなくても!調べたならわかってるでしょ!?レイコハンパないって!あんなん普通できひんやん!という感想を言って終わる事は明白だよ!トレーナー界の大迫は目頭を押さえ、かつてないほど面倒な展開になってしまった事に撃沈した。

試すって…もしかしなくてもポケモン勝負だよな?ゴールデンボールブリッジのように何人かが待ち構えてるってこと?ふざけないでいただきたいわ。ただでさえ鬱蒼とした洞窟、これ以上私の気を滅入らせてどうするつもりだよ。いよいよ死人が出るぞ。
ここを出る頃には数人の下っ端の死体が…という展開を想像し、殺すつもりはなかったんです…と白々しく嘘泣きをする私の肩を、Nは優しく叩く。慰めてくれんのか?いやそもそもお前が全ての元凶だろ!貴様から葬ってやってもいいんだからな!

「出口で待ってるよ」
「何故…」
「もう少しキミと話したい」

そんなデレられても何も嬉しくない…そしてどうしてそんなに馴れ馴れしいんだ…。途方もない無気力感の中に佇む私を捨て置き、話したいと言ったわりにはさっさと出口に向かっていくNに、親指を下げて何度もブーイングした。もはや一周まわって自棄だった。

何が私を試す、だクソ団体。そっちがその気なら見せてやろうじゃねーか。もうやめてくださいと土下座されても殴り続ける、そんな悪夢をな!健やかに眠れると思うなよ!
ヤマブキの破壊神と恐れられているとかいないとか、とにかく最強のカビゴンを従え、私は電気石の洞穴に悪魔の足音を轟かせた。発した地響きで、プラズマ団に警告する。死にたい奴からかかってこい、と。
まぁ私は撮影しながら歩くだけだけどな。楽な仕事だよ。

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