02.カラクサタウン

カノコタウンを出立し、次の町であるカラクサタウンまでは、案外早く着いた。
まぁ私の移動手段は主に原チャリであるため、徒歩よりは遥かに早いし、何より最初の町から次の町までの距離なんてどのRPGでも大体短いものである。

これまでの経験上、町同士が近い場合、周辺道路にはさほどポケモンは生息していない…多くて3、4種といったところだろう。カントーの1番道路を思い出してみろ、コラッタとポッポの楽園でしょ。
今回も例に漏れずヨーテリーだとかテリー伊藤だとかそんな奴しか姿を現さなかったので、攻撃努力値稼ぎにはいい場所かもしれないが、大方の記録が済めば用済みである。よってこの辺の田舎町に長居は無用なのだ。

とは言え、今日はカントーから遥々海を渡り、慣れない土地でバニングリッシュを聞きまくったせいで、さすがに疲労がピークである。
まだ若いとはいえニートで鍛えたこの体…堕落が体にしみついているからな。記録用カメラの電池より早く、私の体力は切れてしまう事だろう。何なら朝起きた時から怠かったし。腐りすぎだろ。

万国共通の無料施設であるポケモンセンター様で休ませてもらうか…と赤い建物を探しつつ、その前に私は少しだけ、カラクサタウンの町を見て回った。

規模的には若干カノコより大きいかなって印象を受けたが、それでも名物も何もない田舎町である事には変わりない。
世間の喧騒から逃れるために芸能人とかが休みに来るってんならいい町かもしれないが、私のようなシティガールには長居は無理だな。だってスタバも109もないしイオンすら見当たらないんだぜ?田舎御用達といえばイオンである。それすらないという事は…?お察しください。

さっさと飯食って寝るか、と飲食店を探しつつ、先程記録した図鑑データを眺めて進捗状況を確認する。ながらスマホならぬながら図鑑だ。良い子は真似しないでね。
不本意な旅ではあるが、真っ新だった図鑑が少しずつ埋まっていく様子は見ていて爽快な部分もあるので、気持ちがすさんだ時は図鑑を広げながら精神統一する事も度々ある。まぁ旅が後半に差し掛かってくると、特定のポケモンが見つからない苛々で逆効果になるから、今だけできる特権なわけだが。給料が入ったあとの預金通帳を見てにやける感覚に似ている。
明日にはこの町を発つとして、寝る前に次の町までどのくらい距離があるかを把握しておかなくてはと考えた時、私はハッとした。

あ、そうだ。私タウンマップ持ってねーや。
旅の必需品、それはタウンマップ。その地図に載っている場所全てに赴き、ポケモンを記録する事が私の仕事。つまりマップがなくては何も始まらないというわけだ。ここで活躍するのがそう、製図職人である。職人多すぎだろ。

参ったな…フェリーからカノコまでの地図はもらったけど、他の町の情報が全くない…。
マップがないと予定も立てられないし、何かと不便なので、まずはそちらを購入しなくてはならない。フレンドリィショップももちろん万国共通なので、お馴染みの看板を探すが、この小さい町をくまなく歩き回っても、それらしきものは見つからなかった。

おや…?フレンドリィショップの様子が…?様子どころか霊圧が感じられない。お馴染みの建物が目に入らない危機的状況に、私は思わず息を飲む。

まさかフレンドリィショップが無いなんて言わないだろうな。いくら田舎でもそれはないだろ。だってトキワにすらあったんだぞ。
そりゃカノコは旅立ちの町の伝統を守ってショップは建ってないけど、それ以外の町には大体あるものだろう。今までもそうだったし、これからもそうでないと非常に困る。常識を覆されかねない展開に、私は腕を組みながら低い声で唸った。

イオンがないのは仕方ないとしても…ショップがないなんて…そんなに田舎なのかここは。だってあれ全国チェーンでしょ。
どうやら一筋縄ではいかないようだな、と早速イッシュに対し憎しみを抱いていれば、そんな私の怒りや悲しみを沈める天使が降臨する事となり、田舎を必要以上にディスる気持ちは落ち着いていった。

「レイコさん!」

途方に暮れながらうろうろしていると、誰かに名前を呼ばれて振り返る。どこかで聞いた声だなっていうか、数時間前に聞いたなと思って視線を向けると、先程カノコタウンで出会った眼鏡っ子、つばさキャットの羽川翼さん…違った、何でも知ってそうなチェレン君が駆け寄ってきたので、私は軽く手を挙げて応えた。

やはり君か、チェレン。そうだと思ってたよ。全てわかっていたんだ…このカラクサ声掛け事件の犯人はそう…君だって事はね。金田一顔でドヤりながら相手を見下ろす。

私がこのイッシュに来てわずか数時間…ここでの知り合いは現状アララギ博士と君しかいない、つまり私に声をかけてくる人物はおのずと限られてくるので、誰でもできる推理を披露しながら彼を出迎える。徒歩で原付に追いつくというボルトなみの脚力に慄きながらも、平静を装って用件を尋ねた。

「先程はどうも。どうかした?」
「実は…僕も今日が旅立ちの日だったんです。それであの…レイコさんに渡すものがあって」

チェレイン・ボルトはそう言うと、再会の挨拶もそこそこに、何やらごそごそと自分の荷物をあさり始める。ちらっと覗き込んだが、随分整理整頓された鞄であった。几帳面だ。私のコンビニでもらった割り箸だらけのリュックとは大違い。捨てろ。

もしかして、その渡すものとやらのためにわざわざ100m9秒58の世界記録を保持した足を駆使して追いかけてきてくれたのだろうか。そう思うと、原チャリなんておとなげないものに乗って楽々やってきた事が申し訳なくなる。
すまんな足腰の弱いニートで。代わりに座りすぎて痔になるかもしれないリスク背負ってんだ、大目に見てくれ。それは自業自得。

「すみませんね、お手数お掛け致しまして…それで渡すものとは一体…?」
「アララギ博士から預かってきたんです。さっき渡し忘れたって」

チェレンの答えに、私は鼻を鳴らして首を振る。全くしょうがないなあの人は…やっぱどっか抜けてるんですよ研究者ってやつは全員。うちの親父もそう。納豆かき混ぜるだけかき混ぜて食べるの忘れたりとかな。痴呆じゃねーか。
別に私が急いで出てきたせいではないから、と責任逃れしつつ、ちょっと申し訳ない気分になっていると、チェレンはようやくお目当てのものを見つけたようで、鞄から小奇麗で小さな包みを取り出した。皺ひとつない紙袋は、彼がどれだけ振動を最小限にして走ってきたかを物語っている。お前はレクサスか?

「タウンマップとライブキャスターです」

袋から中身が取り出されたその瞬間、あまりにタイムリーな贈り物に、私は感動のあまり口元を両手で押さえ、目を見開く事となった。ミスコンにでも選ばれた時のような反応だ。幾度となく世話になったその紙切れが目に入って、私は歓喜に打ち震える。

タウンマップ!それは!タウンマップじゃないか!喉から手が出るほど欲しいと思っていたイッシュのタウンマップ!有能かチェレン!このタイミングでそれを出してくるとは私の主人公補正も天才的だな!侮れない!今まさにそれが欲しかったんですよ本当マジで!パネェ!チョリッス!はよ受け取れ。

これがなくちゃ始まらねぇよな、と渡されたものを両手におさめ、我が子を抱くように大切に抱え込む。やっと…会えたね。私のマップちゃん。慈愛に満ちた目でタウンマップを見ながら露骨に喜びをあらわにする私を、チェレンは少し呆れたような顔をして見つめていた。クール。
照れをごまかすように咳払いをして、私は苦笑を貼り付けた。

「どうもありがとう、助かったよ。これがないと何もできないんだよね。ところで…ライブキャスターって何?」
「ライブキャスターっていうのは…まぁ簡単に言えば電話ですね。最大四人と通信できて…ここに相手の顔が映ります」

タウンマップの感動も落ち着いてきたので、今度は渡されたもう一つの道具の説明を受けながら、私はライブキャスターとやらに目を落とす。

電話だと言われたが、パッと見はゴツい時計である。電子機器っぽさはあったので、探偵バッジみたいなもんかなと思ってはいたけど…まさかの電話。

チェレンは自分のものをすでに腕に装着していたから、そちらに視線を向けると、真ん中から画面のようなものがスライドして、左右に飛び出してきた。あ!やせいの液晶画面がとびだしてきた!って感じのスピードであった。
何これスタイリッシュじゃん、と感心する私のような初心者にも、チェレンは丁寧に操作方法を教えてくれて、その甲斐あってか現代人の私はすぐに適応し、自分でも軽く操作してみる。一時期流行ったよな、スライド式の携帯電話。まさか令和でも見る事になるとは思いませんでしたよ。

「これでアララギ博士にいつでも図鑑チェックしてもらえるわけね…」

登録された博士の名前を見ながら、便利な時代になった事を痛感する。
このレイコの時代には携帯電話などなかった。カントー周ってた頃とか普通に公衆電話使ってたな。まぁ実家以外にかける相手いないんですけど。コミュ障乙。
図鑑チェックだって今まではいちいちパソコンを開いて博士と画面繋いでたし、でもこれさえあればもう自分のパソコンとかマサキのパソコンとかと間違えて繋ぐ事もなくなるわけだ。かがくのちからってすげー!

試しに実家の番号を登録しながら、早速ライブキャスターを使いこなしていく。伊達に引きこもってパソコンしてないので、操作にはすぐ慣れた。ニートがこんなところで役に立つとは思わず、嬉しいやら悲しいやら複雑である。

科学技術の進歩の象徴に夢中になっていると、不意に視線を感じた私は、ハッとしながら顔を上げた。目を向けた先にいたのは、曇りのない透明感のある赤縁眼鏡…そうだチェレン。隣にいたんだった。普通に忘れてたわ。すまん。
存在が忘却の彼方でした、なんて正直な事は言えないので、慌てて取り繕うための言葉を投げかける。結果ナンパのようになってしまったが、彼の反応は意外にも好感触であった。

「…君の番号も教えてくれる?」
「え…?いいんですか?」

咄嗟に出た台詞ではあったが、ちょっと距離を縮めるにはいい提案だったかもしれない。ナンパ男みたいな軽い口調にも、チェレンは初々しく微笑んで私を見上げた。いいも悪いもこっちがお願いしてるんだがな。気まずさに耐えかねて。特に他意はないから安心してくれていいよ。常に来いよアグネス精神だから。かろうじて犯罪だけは犯さずに生きてる。当たり前。

このカントーから遠く離れたイッシュで、何か起きた時のためにも保険はかけておくべきだろう。知り合いが一人もいないんじゃピンチに陥ったとき困るからね。助け合いの精神って…大事じゃん?是非とも君には私のピンチに大活躍してほしいです。そのための番号交換も兼ねてる。もちろん私も君のピンチには駆けつけるよ。マジで。本当。見てよこの澄んだ眼差しを。危機に陥っている子供を見捨てるような濁った目をしてるか?してるな。老犬みたいな目してたわ。
別に瞳が輝いていればいいというわけでもないしな…と開き直り、私はライブキャスターを指した。

「これ押すと電話掛かっちゃうの?」
「そうですね。ここで発信先を選んで…あとはもうボタンを押すだけです」

いかなる質問にもしっかり答えてくれるチェレンに感動しつつ、これたぶん私の知能レベル越えてんな…と考えたら切ない気持ちになり、目頭を押さえずにはいられない。

なんか普通にいい子っぽいな、チェレン…今までのクソガキは何だったのかって感じだよ。
大人だろうが子供だろうが優れた人には敬意を払って接しよう。杉元がアシリパさんにそうしているようにな。大人の威厳を捨て去っている間にも、チェレンは家電芸人顔負けのプレゼン力でライブキャスターの機能説明をしてくれていて、いっそヨドバシカメラで働いたら?くらいの気持ちになりながら相手に顔を向けた。使いやすそうだね、と三流すぎる感想を言うと、チェレンは口角を上げる。

「簡単でしょ?」

不意に笑顔を向けられた私は、完全に呆気に取られ、これがギャップ萌えだと気付いた時には、これまで出会ったクソガキ達の顔が走馬灯のように駆け抜けていった。

あ、もういいです。チェレンだけいればいいんで私。一番大事なものに気付いた瞬間だった。それは可愛さです。子供に一番求めているのは可愛げ。これがなかったんだ、今まで絡んできた子供達には…全然なかった。本当になかった。チェレンにもないかと思われたが、今の笑顔を見て確信した。可愛いじゃん。これがギャルゲーだったら眼鏡を取ると美少女っていう設定があってもおかしくはなかった事でしょう。今からでも遅くないぞゲーフリ。

眼鏡萌え属性はなかったが、ギャップには弱かった自分を新たに発見して、虚を突かれた気分である。
君はもっと…笑うと…可愛いよ。早乙女乱馬みたいな事を口走りかけるも、そこは堪え、この友好的なごく普通の男の子に感動しつつ、聖母の眼差しで相手を見つめた。人はクソガキと絡んだ数だけまともな男児に優しくなれるね。接客業をやると店員に優しくなれるように。

教育の行き届いた子供に感激したついでにもう一つ世話になろうと、私は口を開く。さっきから気になっていた疑問をどうしても解決させたかったので、申し訳ない態度を全面に出しながら尋ね事をした。

「いろいろありがとう…ついでにもう一つ聞きたいんだけどさ…ここフレンドリィショップってないの?さっきから探してるんだけど見つからなくて」
「フレンドリィショップ…?それならポケモンセンターの中に…」

呟いたチェレンの視線の先を追うと、全国共通赤い屋根のポケモンセンターが目に入る。
ポケモンセンターの…中…?
よく見てみれば、小さな看板が張り付いており、そこにはカントーでもお馴染みのフレンドリィショップのマークが堂々と輝きを放ちながら鎮座していた。驚きの展開に私は天を仰いで瞳を閉じた。

意外ッ!それは合併!
同じ建物に入ってるのか!ポケモンセンターとショップ!そりゃ見当たらないはずだよ!便利仕様にしてくれちゃって!どういう事だイッシュ!説明しろ苗木ィ!
これはいい戦略だとアンチイッシュ気味の私も認めざるを得ない。ポケモンセンターと一緒になっていればショップを探す時間も省けるし、ポケモンセンターにだけ用のあったトレーナーもそこにショップがあればちょっと寄って行こうかな?という気分になってつい買い物をしてしまう…思い切った企業戦略がそこにはあった。これぞガイアの夜明けだよ。

「イッシュとは…一体何なのだろうか…我々地方民の先を行く…とんでもない大陸なのではなかろうか…文明の進んだ国…どこかにあるユートピア…」
「…大丈夫ですか」
「ちょっとカルチャーショックを…」

目頭を押さえて絶句していると、不意にチェレンが私から目をそらし、遠くに視線を向け始めた。ニートの介護にはうんざりしたかね?と引きつった笑顔を浮かべ、私もつられて顔を上げれば、何やら周囲の村人たちが慌ただしくどこかに向かうのが見えた。事件でもあったんだろうか、と背伸びして景色を見渡す。

なんだなんだ、こんな田舎町にコナン君でも来てたのか?奴がいたら事件が起きない方が稀だから。誰か殺される前に早く追い出した方がいいぞ。

人の流れを目で追っていくと、どうやら殺人事件なんて物騒なものではないらしく、町人達は皆こじんまりとした広場に向かっているようだった。ラジオ体操とか開催されてそうな感じの広場だ。総員出動したんじゃないのってくらい大勢の民衆がそこには集まっていたが、この距離では何が起きているかまでは把握できそうにない。

なに、事件じゃないなら誰か倒れたとかですか?救急車呼びましょうか?このライブキャスターで。覚えたてのライブキャスターで。すぐ使いたがる。しかしそういった類ではないようだった。殺伐とした雰囲気はなく、全体的にざわざわしていて、何かを待っているような印象を受ける。

なんだろう。ちょっと気になるが…面倒事に関わるのはごめんだからな。あんまり近くには行きたくない。私の予定ではこのあと飯食って寝る算段だったんだ、ポケモン達にもご飯食べさせてやらなきゃならないし、カビゴンなんか餌やりの時間狂うと怒りに顔を歪めて睨みつけてくるんですからね、あの目で。不二先輩みたいな糸目でな。狂気。

素知らぬ顔をしている私とは裏腹に、チェレンは広場が気になったようで、ちょっと行ってきます、と野次馬根性に身を任せ、人ごみの中へと走って行ってしまった。元々寂しい田舎町に、私はぽつんと取り残される。心なしか風も吹いてきた気がして、枯葉が目の前を舞った。いらないからこのぼっちを際立たせる演出。枯葉も空気読むんじゃねーよ。

チェレンを見送りながら息をつき、私はこのまま適当に飲食店を探す事にした。何が起きてるのか気にならないわけじゃないが…まぁチェレンが行ったならあとで聞けばいいだろう。初めての旅立ちではしゃいでるからってあんまり変な奴に関わるんじゃないぞ。たった一つの石版を見つけた事から最終的に魔王と戦うはめになったりするんだからね。それはドラクエ7。

民衆が広場に集まっているおかげで、その辺の出店はガラガラだった。気兼ねなく食べ歩きをしていると、何やらスピーカーから発せられる声のようなものが遠くから聞こえてくる。冷めたタコ焼きを頬張りながら、どうやら広場で行われているのは演説らしいと気付くのに、そう時間は掛からなかった。聞くまでもなく答えは出たので、これで今日はぐっすり眠れそうである。

なるほどね、街頭演説か。それであんなに人が集まってるんだな…でも選挙の時期でもないし、大統領選も四年に一回なので確実に今は違うだろう。目を細めて現場を見たら、何やら背の高い外国人が喋っているみたいだった。
でけぇな。めっちゃ柄物の服着てるけど。イッシュは前衛的、はっきりわかんだね。
よく耳をすませてみると、ポケモン解放だとかなんとか団だとか聞こえてきたため、私は察した顔をしながら、遠くの人だかりを養豚場の豚でも見るような目で見つめた。

え…今なんとか団って言った?出たよなんとか団。何でどの地方にも妙な団体いるんだ?今すぐ聞き間違いって事にしてくれないか?

団のつくものにいいイメージのない私は、絶対に近寄らないようにしようと固く決め、演説の内容も意図的にスルーし、冷えたタコ焼きを完食する。
何故か毎回毎回ロケットだとかマグマだとかアクアだとかギンガだとかそういう怪しい団体に絡まれて大変な事件に巻き込まれたりもしたもんだが、本当に今度こそ関わらずに生きるわ。絶対。何かその辺の主人公補正解除する改造コードとかないのかよ。ビンビンに立ってるフラグを片っ端から折っていく決意をして、立ち食いも終えた事だしそろそろチェレンと合流するか、と人混みに入る覚悟を決める。

ぼちぼち演説も終わるだろうし、さっさと連れて帰ろうチェレンを。君はこんな変な団体の演説を聞いてはならない。お前闇落ち属性持ってそうな顔してるから尚の事近寄るべきではないな。君がこの団体に関わると必然的に私も関わる事になる可能性激高だから早く帰って来い。どれだけ私が避けていても周りが何かを持ってくるパターンになるだろ。

広場に集まるゴミのようにたくさんいる人々をかき分け、ちゃっかり最前列をキープしているチェレンの姿を見つけた私は、素早く駆け寄って行き、軽く肩を叩く。
お前なかなかの野次馬っぷりだな、プロ目指してんの?野次馬デビュー戦でいきなり最前列キープするとか才能の塊じゃん、その調子で頑張りな。

彼が振り向いた瞬間、ちょうどタイミングよく演説が終わった。先頭の緑髪の巨人が舞台を降りていき、何だか謎の威圧感に私は思わず身を引く。
マジででけぇな。2メートルくらいあるんじゃね?若い頃はバスケでも?スカウターみたいなのつけてるし、こんな田舎町まで来て何を演説してんだ…いや微塵も聞きたくないけどな。
私に気付いたチェレンに、よかったら一緒にご飯でもどう?とさっき軽食を終えた事など無視してナンパしようとしたその時、先に誰かの声が私のすぐ隣で響いた。
これが後に私の旅を狂わせる事となった伝説の事件、2010年イッシュの悲劇の幕開けである。

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