下っ端団員を倒した総数…25人
原付のタイヤがはまった回数…7回
感電した回数…8回

これ何のゲーム?
私は無の境地で電気石の洞穴を進み、もう記録など後回しでいいからとにかくここから出なければならない、その一心で全てを薙ぎ払った。Nやダークなんとかの言った通り、階段を下りて地下へ行くと、無数の下っ端団員が襲ってきたので、有無を言わさずワンターンキルである。
ある時はカビゴンに殴らせ、ある時はルカリオに蹴らせ、ある時はメタグロスに頭突きをさせ、そしてイケメンの団員に目を奪われるカイリューを叱咤しながら、私は戦った。本当によく頑張ったと思う。ボロの原付に手間をかけさせられたりバチュルに感電させられたり…紛れもない地獄だったが、でもそれももう終わる!何故なら出口が見えているのだから!

長かった…と半泣きで息をつく私は、プラズマも出てこなくなった事に安堵し、これで本当に終焉なんだろうと結論付けた。もうトラブルは懲り懲りだった。
マジで何だったんだよこのダンジョンはさぁ…無駄に長いし新キャラは出るし原付で遊ばれるし…ライモンの観覧車に次いでトラウマだわ。さっさと出て次の街に行こう。そして寝よう。全てを忘れるために。
しかし、忘れるわけにはいかない事が一つだけあった。それはキングオブ電波が初めに言った台詞…そう、出口で待ってる、つまり出待ち宣言である。

ここを進んだら、言った通りNが待ち受けているかもしれない…あまりに憂鬱で、私の足取りは自然と重くなった。そんな時である。静かな洞窟内にライブキャスターの音が響いたのは。
出口近いから電波入るようになったのかな、と画面を見ると、そこにはアララギ博士と表示され、気を紛らわせたい私はすぐに応答した。

「ハーイ!レイコさん!」

神の声に聞こえたわ。いつもの調子で手を振る博士に、日常が戻ってきたような気がし、思わず涙ぐむ。今の荒んだ心にはこの上ない薬であった。本当に美人の博士でよかった。ウツギとかオダマキだったら着信拒否してたかもしれん。
お世話になった博士たちを容赦なく切り捨てていく私は、どうもと軽く会釈し、一体何用かと耳を傾ける。

「もしかして今、電気石の洞穴にいる?」
「え、なんでわかったんですか?」
「やっぱり!蹴散らされたプラズマ団がそこら中に転がってたから、レイコさんの仕業だと思っていたのよ」

仕業とか言うな。正当防衛だよ。
苦笑気味に物騒な事を言う博士に咳払いをして、チンピラと思われたくない私は即座に話をそらした。

「博士もここに?」
「ええ。パパに頼まれて、ギアルっていう歯車みたいなポケモンのことを調べているの」

パパ。一瞬危ない方を考えてしまったが、普通に考えて実父だろうから、私の頭の方が余程危ないと言える。うるせぇ。
アララギ博士のお父さんも研究職なのか…と相槌を打ち、お忙しそうですね、と当たり障りなく返しておいた。サラブレッドなんだなアララギ博士。美人だし面倒見もいいし、親父さんはさぞかし鼻が高いでしょうよ。私も全然負けてないと思うんだが何故うちの親父はあんなに鼻が低いんだ?帰ったら感電させてもいいか?

「私がポケモンの起源…誕生時期を調べているからって人使いが荒いよね…最も、私も好きで調べてるから楽しいんだけどね!」

そう笑顔で告げたアララギ博士の眩しさに、私は思わず目を細める。好きで調べていない身では直視できずに手をかざして、何故か謝罪したくなった。嫌々調べててすいません、と。
楽しく仕事ができている勝ち組の博士は、この洞窟の電気石より輝いていた。これまで出会った博士もそうだったかもしれない…ポケモン研究者ってのは…ちょっと頭おかしいけど大体楽しそうだもんな。うちの親父もそうだし。そもそもなんで起源研究のアララギ博士と生息地研究のうちの親父が共同で研究やる事になったのかというと、誕生時期と生息地の関係性について調べたいかららしく、まぁ何やかんやと理由をつけて私に記録をさせているわけだ。結局根っこでは全部繋がってるのかもな、と思う。

「この洞窟は遥か昔からあるんだけど…ギアルが存在したと証明されるデータは百年より前からは発見できないの」
「へー」
「そう!ギアルは百年前に突然発生した…そういう事になるの!」

突然熱く語られ、私は失笑した。そ、そうか…それは…すごいな…。死んだ目で相槌を打ち、そんな私とは裏腹に、アララギ博士は楽しげに洞窟を見渡した。私も早くニートになって、無職ではなく高等遊民という概念が明治時代に誕生した!とか言いたいもんだぜ…なんてしょうもない事を思い、好きな事を臆面なく言える博士を羨ましくも思った。
そんな堂々と言えないよ、ニートだけじゃなくてさ。裏切られたら嫌だし、自分の気持ちだっていまいち信用できないしな。
ぼーっとする私に、博士は静かに微笑みかける。

「ポケモンたちがどこから来たのか、そしてどこへ向かうのか…それを知る事ができれば、私たちはもっと親しくなれる、そう信じているのよね!」

そう言った博士の言葉には真実味があって、私も実際そうだよなぁとしみじみ感じる。
人間とポケモンが程よい関係でいるには、ポケモンの事を知らなくてはならないし、それを怠ってはならないのだと思う。本当に思うわ。世界の危機を見てきた人間としてはな。お前らの事だぞマツブサ&アオギリ。

でもNは、そうは思っていないのだ。電波男を思い出してしまい、顔を歪めて考え込む。
ポケモンを解放させ、人間と引き離そうとしている。そんな茶番としか思えない事を本気でだ。ポケモンにとってトレーナーは不要、何なら悪、即、斬くらいの気持ちすら抱いている彼は、一体どうしてそれを正しいと思うのか、私にはさっぱりわからない。
まぁどうでもいいけど、と結論付けかけて、アララギ博士の言葉がふと頭に浮かんでくる。

知る事ができれば、もっと親しくなれる。
いや微塵も親しくなりたくなどないが、知りもしないまま頭ごなしに否定するのでは所詮Nと同じである。ワンランク上へ行くためにも、差別化をはかりたいところだ。
アララギ博士と話したおかげで、出口で待っていると言ったNと会う決心がついた私は、心の中で深々とお辞儀をした。
ありがとう博士。私は不審者に負けないし、不審者が何故不審者になったのか、それを知る事が真の不審者避けに繋がると、いま気付かされました。本当にありがとう。そして早く来て私を守ってくれると嬉しいよ。
勝手に助けを求めている私に、博士は少し照れたように笑い、そして願ってもない提案を投げた。

「なんて、話しすぎちゃったわね!私ももうすぐ出口だから、合流しましょうか」
「あ、はい…じゃあ待ってま…」

す、まで言おうとした私は、視界の端に入った緑のせいで言葉を詰まらせ、そのままライブキャスターを切った。博士が来てくれるなら心強いな…そう思った矢先の出来事に、心は半分折れそうである。
お願いアララギ博士、40ヤード4秒2で走ってきて…!

「やっと来たね」
「N殿…」

出口…まだ先なんだが?
指摘したい気持ちを抑え、私はNと対峙した。相手を知る…相手を知る…と言い聞かせ、いつになく真剣に瞳を見つめる私は、自分自身が彼との出会いで変わり始めている事に、まだ気付いてはいないのであった。

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