「多くの価値観が交じり合い、世界は灰色になっていく…僕にはそれが許せない」

いきなり話し出すNにも慣れてしまった私は、そんな自分を悲しく思い、心で泣いた。出会い頭に許せない世界の話をされる奴の気持ち考えた事あるか?私が許せねぇのはお前だよ。これから重い話をする時は最初に言っておいてくれ。
ちょっとはNに歩み寄ってみるか…と血迷った矢先の展開に、私は深い溜息をつく。やっぱダッシュで走り去ろうかな…と気が変わるにも早すぎる事を考えている私をよそに、Nはいたく真剣だった。いや一度もふざけていた事はないけども。私じゃあるまいし。放っとけ。
無職というマイノリティにいる私としては、多様な価値観がある世界の方が生きやすいため、Nの意見にはもちろん反対だった。交じり合う事の何が不満なのかわからねぇ。同じ価値観で生きてたらそんなもん機械と一緒だ。しかし理数系のNは、そちらの方が心地良いらしい。しっかりと断言して、私の心を揺さぶった。

「ポケモンと人間を区分し、白黒はっきり分ける」

ここでタイトル回収か。有能〜。

「そうしてこそ、ポケモンは完全な存在になれるんだ」

人生グレーゾーンな私に、Nはそう言い放った。ちなみに今の気分はブルーだぜ。
いつもこんな調子ではあるけれど、今日は一層強調し、何やら決意めいた様子だ。Nの言うポケモンの完全体とやらが何なのかは知らないが、私は人とポケモンが関わる事で、双方に理想的な結果をもたらしている例を何度も見てきたつもりである。自分もそうだ、と言えないところは、情けないけれど。

「そう、これこそが僕の夢!叶えるべき夢なんだ!」

ミュージカルでも始まりそうな雰囲気に、私は歌う準備をしたが、特にイントロは流れない。近付きながらNは熱弁するので、私は思わず一歩引いたけど、しかし夢と言われると、この不審者も身近に思えてならなかった。

「夢…」

夢だったのか、お前のその極端な野望は。私は目を見開き、そんな純粋な言葉で語られるものだと思ってはいなかったため、少々面食らった。
ポケモンと人を区別するのが夢だとは…お前…まだギャングスターに憧れるジョルノ・ジョバァーナの方が可愛げがあるぞ。ディオの息子より驚異的な電波青年に、私はもう一歩引いた。
ポケモンと人を無理矢理引き離すなんてのは…私からしてみたら犯罪だ…テロだ…でもそれを夢という小奇麗な言葉で形容するなんて…真性じゃんこいつ。本当に、それがマジでポケモンにとって最高の道だと思っているわけだ。何の疑いもなく。ずっと信じて生きてきた。
何故だか悲しくなってしまった私は、かける言葉もなくただ立ちすくむ。なんで?としか思えなかった。
本当になんで?なんでそう思うんだ?煽りとかじゃなくて何でなんだ。お前見たことないのか?ポケモンと人間が楽しそうに過ごしてるところ。あなた以外何にもいらないって宇多田ヒカルの歌に出てきそうなくらい大切に思い合ってる姿を。
私はこれまでの旅を振り返り、最初は上手くいかずとも時間をかけて愛情を育んでいくポケモンとトレーナーだとか、ポケモンのおかげで変わることができた人、またその逆、などを脳裏に浮かべ、目を閉じる。そういうの何度も見てきたし、大体生まれた時からポケモンと人間は切っても切り離せないものだと思ってきたのだ。それだけ私が恵まれた環境にいたのか、おめでたい人間だという事なのかは、わからないけど。
でも、悲しい夢だと思う。何よりも。

「レイコ」

呆然とする私を呼んだNと、視線を合わせた。裏も表もないような純真さが、いっそ怖い。

「キミにも夢はあるのか?」

そしてシリアスをぶち壊すところも怖いよ。
とんでもない事を尋ねてきたNに、私は撃沈した。こんなに参った事はなかった。

お前…それを今…私に聞くの?正気?
居たたまれないあまり、体はどんどん後ろへ下がっていく。お願いだからやめて…と心の中で懇願して、血の涙を流した。お前にだけは聞いてほしくなかった、そう思いながら。
今さぁ、何とも言えない気持ちになったばっかりだったんだわ。なんて悲しい夢を追ってるんだろう、それを夢にしなきゃいけない人生ってどんなだったんだろう、そう考えたら涙さえ出てきそうだったのに、おかげで全部消えたじゃねーか。感情が死んだ。言えるわけがないマイビッグドリームに、今日ばかりは労働したいと思えない自分を恥じる。

夢。それは原動力。
何を犠牲にしても得たいと思えるそれは、当然私の胸にもあった。ずっと頑張ってきたし、その努力は誇れるものだと思っているし、絶対に叶えたいと強く願っている。
でもこのタイミングで告げる事じゃないからな!言えるわけないよ!ニートだなんて!
聞くなよ!と脳内の全俺が絶叫し、しかしNの真剣極まりない雰囲気を感じ取ると、無視するわけにもいかず、もういっそ泣きたくなってくる。顔を歪めた私はかすれた声を振り絞りながら、言い放つしかなかった。

オレ、ヤマブキシティのレイコ。
ポケモンニートを目指してるんだ!

「…あるよ」

この勇気を称えたい。言い切った自分の立派さに、私は感涙した。人生で一番勇気を振り絞った時だったかもしれない。小泉元首相だったら、感動した!って間違いなく言ってるね。
スケールが天と地ほども違う二人の夢が交差し、今ここにカオス空間が出来上がっている。いっそ死にてぇ。もう殺してくれ。冷凍コンテナにも喜んで入るからさぁ…楽にしてくれよ…。胸が痛むあまり生への執着を失った私は、さらにNに追い打ちをかけられ、もうライフはゼロである。

「夢がある…それは素晴らしい」

やめてよ!言わないで!つらくなるから!
間違っているとはいえポケモンのためを思って夢を抱えるNと、自分本位でしかない自宅警備のニートではあまりにも差がありすぎて、その多大なるストレスから呼吸困難に陥りそうである。誰か助けて。アララギ!早く来てよ!私が罪悪感に押し潰されて死んじゃうよ!
もう無理だ。これ以上夢の話をされたら私の身が持たない。この手だけは使いたくなかったが…と懐に隠し持っていたスタンガンに手を伸ばして、身を削る思いでリアルファイトを選択する。
気絶させよう。大体向こうも頭おかしい不審者なんだから正当防衛だろうが。極論を振りかざし、恨むなら夢を尋ねた自分を恨めと責任転嫁した。こんなところで電気なんか使ったら確実にやばいとは思うけど、でも!これ以上惨めになりたくない…!
私は意を決し、パラサイトAを刺しに行く泉新一のような動作でNに近付いたが、彼もまた同じタイミングで一歩引き、初めて息が合った瞬間に警戒心を抱く。まさかスタンガンの存在に気付かれたか…?と焦るも、Nの思惑は別のところにあったのだと、直後に気付かされた。

「キミの夢がどれほどか、勝負で確かめるよ」

だから自宅規模っつってんだろ。逆上して刺された、なんてニュースになりたくなかったらもう喋らないでくれ!
被害者のプラズマ団男性、と速報で流れずに済んだNの手には、モンスターボールが握られていた。よりによってそんな方法で確かめる事なくない?と私はますます頭を抱えた。
それだと私がどんなにクソカスな夢を抱いていたとしても絶対勝っちゃうでしょ!やる気なくても勝っちゃう!何もしなくても勝っちゃうって!
フレンドパークとかで勝負してくれよ〜と泣きつきたい心境だ。もう頭がおかしくなってるけど、でも確かめるなんて言われたら、私も引いてはいられない。どんなにゴミみたいな夢だとしても、私からすれば真剣に、全力で、何よりも大事な夢だからである。

こいつに…この不審者電波野郎に…私の夢を追う気持ちが戦闘力5のゴミ程度であると思われたくない…!ニートになるためだけに四大陸を渡り歩き、苦労して生きてきた私の熱い思いを鼻で笑われでもしたら、その時こそ殺しかねん。
真剣な表情で向き合い、お前の崇高な夢も、私の人間性が底辺な夢も、どちらも強く思う気持ちは同じであると知らしめてやりたかった。

「いつも負けないけど…今日は特に負けねぇ」

かつてないほど熱く燃える私を見て、Nは満足げに笑い、そして私のニートへの思いの方が強いと、直後に証明されたのであった。嘘松。

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