「トモダチが傷付く…これがポケモン勝負だよね」

カビゴンにワンパンで失神させられた憐れなポケモンをボールにしまいながら、Nは本当に心苦しそうに呟いた。
なんというか、トモダチと呼ぶくらいだからNとポケモンの距離は、私たちみたいな一般トレーナーとポケモンの距離感とは大幅に異なっている気がして、となると彼の活動は人権ならぬポケ権保護運動のように思えなくもない。
たとえば、まぁ…仮にグリーンが私の友達だとして…グリーンに、行け!ギャラクティカマグナムだ!とか命じて戦わせるのは違和感があるというか…心が痛むというか…いや別に痛まねぇな。勝手にリングにかけてろって感じだ。まともな例え話もできない自分が情けなさすぎて、いっそ己にスタンガンを構えてしまいそうである。

どっちにしたってポケモンと人間は違う生き物なんだしよ。違う生き物が支え合って生きてるから尊いんだよ。だからみんなポケモンのことを大事にしてるし、ポケモンも望んで人間と共にいる。何故それがわからないのか、何度も考えてもわからない。

「トレーナーである事を苦しく思うまま戦っていても勝てないのか…」

そして勝てない理由はそこではないと何故わからないのかもわからない!もはや全てがわからねぇよ!価値観、生活環境、家族構成などが異なりまくっている我々にもうわかり合う道はないのかもしれないな…と適当に諦めかけながら、口惜しそうなNを見つめた。勝負に負けて悔しいというより、不甲斐なさを嘆いているような、そんな表情である。

「こんな事で…理想を追い求められるか…伝説のポケモンと…トモダチになれるものか…!」

そのNの呟きに、私は二度見した。それは困る!とこちらの事情で思わず叫んだが、激励と受け取られてしまったかもしれない。

「な…なれよ!」

なってくれなきゃ記録できないじゃん!?お前が伝説のポケモンと友達になる、そしてそれを私が記録する、これが完璧なプランでしょ!?野望を抱える私は、不純な動機からNを応援せざるを得ない。
私に勝てない事と伝説のポケモンと友達になれない事はマジで何も関係ないからな!何故なら誰も私には勝てないので!私に勝てないからって諦める必要はないし、私とは関係ないところで己を高め理想を追い求めていってほしいとも思う!そしていつしか伝説のポケモンと心を通わせた時、私の前に現れてほしい。きっとそのとき初めてあなたを歓迎し、図鑑とカメラを優しげな面持ちで構える事でしょう。
チャンピオンを越え、伝説のポケモンを従えたNがどれほどの影響力を持つか考えていないわけではないが、たとえどんなカリスマ力で圧倒してきたとしても、長年培ったポケモンと人の繋がりはそう簡単に切れないと私は信じている。というか信じたい。だから大丈夫!安心して友達になるがいい。別に私がニートになりたいからそう言ってるわけじゃなくて、お前が?どんな手を使って解放を呼びかけようとも?人とポケモンの絆は消えない事を証明してやりたいというか?そういう感じだ。
虚言癖のある悲しい私にNが何かを言いかけた時、このカオス空間に、やっと助け舟が到着した。待ちわびた瞬間だった。

「レイコさん!」

聞き慣れた女神ボイスに、私は勢いよく振り返る。
このスーザン・ボイルも思わず聞き入る素敵な声は…!期待に胸膨らませ、ようやく味方が現れたことを心から嬉しく思った。

「博士…!」

やってきたのは、待ち合わせをしていたアララギ博士だった。不審者とマンツーマンという地獄から解放された感動に、思わず両手を広げて歓迎したが、博士は胸には飛び込まず普通に立ち止まった。だろうな。欧米じゃあるまいし。いや欧米だったわ。

「やっと追いついた…さすが若いわね」
「いや…原付なので私…すいません…」

大人がおとなげない乗り物に乗っています。本当に申し訳ございません。

何にせよ来てくれてよかった…助かったよ…。私は博士の傍に寄り、この不審者が夢の話で私の精神を崩壊させようとするんです…と瞳で訴える。ひどい奴なんだよ、自分が崇高な夢を持ってるからってニートの私にマウントを取って…とても傷付いたんですから…。
しおらしく俯くと、私の傷心を察したのか、出口を塞ぐように立つNの素性を、博士は尋ねてくる。

「それで…そちらのトレーナーはどなた?」

改まって聞かれ、どこから説明したら…と私は悩まされた。情報が渋滞するあまり、簡潔な説明は不可能と言って差し支えない。
どなたって言われると困るな…Nって名前がすでに説明しづらいところあるし…かと言ってプラズマ団の王様、なんていきなり暴露するのもやばい気がする。何よりそんな奴と関わってる事あんまり知られたくないしな。清廉潔白な私のイメージが台無しだよ。元々ないから安心しろ。
少なくとも友達ではないからもういっそ、他人です、と突っぱねようとしたところで、意外にもNが先に口を開いてきた。ただ、自己紹介というわけではなかった点は問題視せざるを得ない。

「アララギか…」

どうやらNの方は博士を知ってたらしい。さすが有能なポケモン博士。家にテレビもなさそうなNでも知っているくらいだから、イッシュじゃ相当有名人なんだろうな。
ていうか呼び捨てにしてんじゃねーよと憤りながら、帰る時にサインもらっとくか…とのん気にミーハーを披露していると、そんなことを言っていられなくなるような不穏な展開が私を襲う。

「トレーナーとポケモンの関係に疑問も持たず、人間の勝手なルールでポケモンを分類し、ポケモンという存在を理解したつもりになる…そんなポケモン図鑑が許せないのだが、あなたは何を考えているんだ?」

めちゃくちゃディスるやん。噛まずにしかも早口で怒りを吐露するNに、やっぱこいつ危ない奴だな…と思わず博士の後ろに隠れる。灰色の世界もポケモン図鑑も許せないという沸点が底辺なNに、私は目を細めた。
初対面のくせにとんでもねぇ喧嘩腰だな。病名のある疾患を抱えているんじゃないか。コミュニケーション能力が著しく欠如しているNは、アララギ博士を冷ややかに見つめていて、その凍るような眼差しに、私まで緊張してしまう。
確かに、両者は決して交わらない世界線に生きている…しかしどちらもポケモンの事を真に考え、尊い存在であると理解している点は同じだった。根本は一緒、でも考え方が異なると対立してしまう、まるで世界の縮図である。どちらも間違っているわけではないと思うだけに、私はつらかった。そして私だけポケモンの事は特に考えず思考がニート一色である事もつらかった。悔い改めろよ。

「あら、随分と嫌われているようね。だけどあなたの意見も一つの考え方なら、私の願うところも同じく一つの考え方よ」

全力で威嚇されたにも関わらず、アララギ博士は大人だった。涼しげにそう返し、しかし相手の考えを否定しない姿には、見習うべきところしかない。完璧とも言える返答は私を感動させ、こうやってあしらえばいいのか…と一つ勉強になった。
なんか…まともな切り返し一回もした事ないからな私…さっきも、なれよ友達に!とかわけわかんない事ぬかしちゃったもんな…。語彙のなさすぎる自分を恥じ、もしNが過激な行動に出たら博士を守らなくてはならないと、懐のスタンガンを握りしめながら前へ出る。
ガツンと言っちゃってくださいよ博士!とチンピラの下っ端みたいに心の中で野次る私の声が届いたのか、アララギ博士は自身の思想をNへぶつけた。

「ポケモンとどう付き合うべきか、一人一人が考え決めればいいんじゃない?」

全くもってその通り。さすが博士。よっ!色男!憎いね!大統領!
一瞬マサキが乗り移ってしまったが、私も本当にそう思う。ポケモンも人も千差万別…それぞれに合った人生を送るのが最善なのだ。人間と一緒にいたいポケモンもいるだろう、人間と共に戦いたいポケモンもいるだろう、ニートになりたい私もいるだろう。その思いを受け止め、考えていくのが私たちに課せられた使命、そう思う。私のニート化にも真剣に取り組んでほしい、心からそう思うんだよ。この目を見てもらったらわかると思うけどな…。濁ってますね。

博士の答えをパーフェクトだと絶賛したい気持ちとは裏腹に、きっとNは納得しないだろうと私は見破っていた。今さらそんな言葉一つで変わるようなものではないのだと、これまで関わってきた私だからこそわかった。
ポケモンも人も、簡単には変われない。私はそれをよく知っている。保護した野犬が易々と人馴れしないのと同じように。

「…それでは間違った考えの人間がポケモンを苦しめる…そんな愚かな世界を僕は見過ごすわけにはいかない」

ほらな。ATフィールド頑丈だからね。
Nとは渚カヲルのNだった疑惑を掲げ、私は悲しげな目でボールに視線を落とすNを見つめた。
確かにそうかもしんないけど…でもだからって信頼し合ってる人間とポケモンまで引き離すのに何の意味があるんだよ。一部のマナーの悪いユーザーが炎上したからってあのジャンルの奴はみんなクソだなって決めつけるくらい愚の骨頂だよ。真っ当に推しを愛してる人もいるんだ、しっかり見極めてくれ。
性質の悪いオタクのようなNを見つめていたら、不意に視線を重ねられ、その捨てられた子犬のような目に、私は思わず寄り添いかけた。どうするアイフル、と問いかけられている気分だ。そんな完全論破されたからって落ち込むなよ…と慰める寸前で、Nは洞穴から去っていく。早足で歩く後ろ姿には、何だか哀愁すら感じてしまい、あれが反論を失った理系の末路か…とインテリの悲しみを知った。脳筋でよかったー。よくねぇよ。

冴え渡る自虐を演じている私をよそに、アララギ博士もNに対して思うところがあったのだろう、見守るような声色で静かに囁く。

「…まぁいきなりわかってもらえるとは思わないけど、少しずつでいいからみんなの気持ちを知ってほしいな」
「そう…ですね…」
「それで、彼はあなたの恋人だったのかしら?」

きれいにまとまって終わるかと思いきや、博士にとんでもない事を尋ねられた私は、光よりも速く相手の顔を二度見した。Nも色んな人の意見を聞いて変わっていったらいいよな…そんな親心にも似た気持ちを抱いていた時に、心外にも程がある誤解を受け、体の震えが止まらない。

「冗談でしょ!」

思わず素が出てしまったが許せよ!それくらいの衝撃!地獄!何が無理ってあんなイカレた奴と付き合えると思われてるところが無理だわ。最低でも3Kじゃないと話にならないってのによ。高学歴、高収入、そして鉱山王じゃないとね。それはヤーコン。
3Kどころか1Nを思い浮かべ、まぁ向こうは私を気に入ってるかもしれんが…と勘違いブスになりながら、大袈裟に咳払いをした。

「まぁ…いろんな意味で放っておけない存在ではありますけどね」

通報的な意味でな。捨て置けねぇよ不審者は。

「この旅で…お互いに感じ取れるものがあるといいわね」

私の肩を叩き、節穴眼球を持った博士は微笑んだ。お互いに、と言われ、私が一体Nから何を学べというのか…という感じだったが、実際こっちに来てからいろいろ考える事も多かった。イッシュは故郷でないとは言え、他人事だと切り捨てられない問題が、私を掴んで離さない。
ポケモンとどう付き合っていくか、一人一人が考えていけばいい…博士はそう言ったけど、そして私もそれに同意したけど、でも考えれば考えるほど、薄暗い自分と対峙しなくてはならず、私は気が重くなる。
こんな…私のようなクソニートレーナーが蔓延ることがNは許せねぇんだろうな…わかるよ。わかるけど。でもいつか気持ちが晴れるような、そんな夢みたいな瞬間が訪れる事を待っている私もいるんだよ。情けない話だが。
深く息をつき、不審者とはいえ信念を持って戦っているNが若干眩しく思えたりしていると、アララギ博士も大きく息を吐いた。洞窟を見上げ、気を引き締めるみたいに拳を握る。

「さてと…もう少しデータを集めるかなー。私達とポケモンが仲良くなるためにも、もっと相手を知らなくちゃね」

レイコさんも気を付けて、とウインクを投げた博士は、小走りで洞窟の方へと引き返していった。こっちもこっちで眩しく輝くキャリアウーマン、一方カビの生えた窓際で引きこもる私。まさにポケットモンスター天&地。今秋発売しても絶対に買わない私は、とりあえず出るか…と長すぎた洞穴の出口を目指した。
いろいろありすぎたよマジで…電気とか電波とか地雷すぎるわ。ダークトリニティで丸々一話使う意味も全くわからねぇし…。ようやく平坦な道に出て、まともに原付に乗車できた私だったが、その頃にはガソリン残量が風前の灯火であった。乗り回してくれた忍者もどきへの怒りを湧き上がらせ、ハンドルを叩く。

クソプラズマ団め…!次会ったら絶対ガソリン代請求してやるからな!
督促状を叩きつける勢いで、私は電気石のトラウマを脱出するのであった。

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